真珠の蒼

□第1章
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蒸し暑い夏のギリシャの小さな街。その裏路地に小さな足音が走る。

大人の怒声の喧騒と下劣な足音から逃げるように、小さな足音は響きわたっていた。

時折聞こえる耳を劈く銃声は逃げる少女を脅すもの。捕らえるもの。

小さな足音の少女は幼さが残る顔を恐怖で引きつらせながら走る。

捕まったら、何をされるか分からない。

生き残るため、ただひたすら走った。

真っ暗な裏路地でさえも自分に迫ってくるように思えて、戸惑う。

今は深夜。少女を照らしてくれるのは闇に輝く大きな満月しか無かった。

少女のすぐ隣の赤煉瓦に火花と共に弾痕が残る。

少女は小さく悲鳴を上げ、足を早めた。足をもたつかせ、転びそうになっても、足だけは止めない。

どうして私は追われているんだろう。

少女の心に居座る疑問は彼女自身には到底知る由も無かった。

目が覚めて、気付けば男たちに囲まれていて。

繰り出される質問に否定の言葉を口ずさめば銃で脅してきた。

だから、逃げ出した。ただそれだけ。

何故か裸足で、何故か薄手のワンピースを着ていて。

手にはしっかりと拘束された痕が忌々しく残っていた。

地面が冷たい。少し、肌寒い。だけど、身体の芯が熱くて。

短くなっている髪を必死に翻しながらどこを目指す事もなく走る。

すれば十字路が見えてきて。少女は迷わず左に飛び込んだ。



「うおっ!?」



男の人とぶつかる。男性の銜えていた煙草がポトリと落ちた。

その男性は着古した黒いスーツと帽子がよく似合っていて。

顎には年相応の立派な髭が生えていて。怖そうだけど、優しい瞳をしているのが見える。

もう、この人に頼るしか無いと少女は確信した。



「助けてッ、お願い・・・」



そう言って、少女が男性に縋り付いた時、一回り大きい銃声が頭に響く。

少女は途端に酷く顔を歪めた。

横腹に激痛が走る。それは遂に撃たれてしまったからで。

男性に体重をかけて、もたれ掛かってしまう。

ドクドクと血が溢れる感覚だけが少女を支配し、意識を閉ざした。





鳴り響く銃声を空に聞きながら、心地良い温かさに溺れていく。

それは少しの火薬と煙草の匂いがした。









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