真珠の蒼

□第2章
1ページ/2ページ

















彼女は自分の置かれている身を察したのか、ソファの上で顔を青ざめ蹲り、強ばらせた。

何を今更、と思っていると俺の隣からルパンが彼女に歩み寄る。いつの間にか服を着て。

ルパンが声を掛けようと口を開けば、彼女の顔は途端に恐怖で埋まり、ルパンは思いとどまった。

このお人好しが。彼女の恐怖の色を見ても俺は特に何も感じない。

自分から、お前は俺が助けたなんて口を挟む気にもなれねえ。

俺が口をへの字に曲げていると、ルパンもくじけずに彼女に話しかける。



「なあ、お嬢ちゃん。ちょ〜っとお話いいかい?」



奴がかがみこんで見上げるように彼女に促せば、ソイツはただ息を飲み込むだけだった。

すると、それを見かねた不二子がルパンを突き飛ばし、彼女の両手を無理矢理握り締めた。



「・・・ッや」

「怖がらないで。アタシたちは悪者じゃないわ」



不二子が説得するようにそう呟けば、彼女は本当?とでも言いたそうな瞳で不二子に訴える。

それに対してパチンとウインクする不二子は流石とでも言おうか。

全く、よくやるぜ。

俺は溜息を付いてどかりとその場に座り込んで、潰れた缶ビールをルパンの頭めがけて投げ捨てた。

途端に彼女の蒼い瞳が俺を捉える。

フイと俺が目を逸らせば、あ、と彼女の口から言葉が漏れる。

チッ、こっち見んなよ。面倒なのは嫌いだぜ。

彼女は俺のジャケットを自分の胸元に持っていき、声を震わせた。



「あ、の。助けてくださった方・・・ですよね」

「あぁ?知らねえな」



気まぐれと、自分の苛立ちでそう言った。

普通なら俺の言った言葉にそうですか、すみませんで済むと思ったんだ。

コイツは少し違うみたいで。

不二子に手を握られたまま少し身を乗り出して、純粋無垢な微笑みを俺に向けた。



「助けてくださって、ありがとうございました」



彼女がペコリと頭を下げれば俺は思わず吐息を漏らしてしまった。

別にトキメキだとか照れなんてもんじゃねえ。

驚きから。多分な。

ルパンはそれにニヤと笑い、ウシシと口に手を添える。

不二子は微笑ましそうな表情を彼女に向けていた。






この事がきっかけで俺たちに対しての警戒が弱まったのか口数が少しずつ増えてくる。

皆さんはどういったお友達ですか?と彼女が問う。

それにルパンが不二子に飛びつき、無理矢理に肩を組むようにすれば、彼女にピースを向けた。



「オレ様は天下の大泥棒のぉ〜、ルッパァンさーんせーい!!」

「・・・峰 不二子よッ」



不二子は絡んでくるルパンが鬱陶しそうに、語尾を強めると共に奴の顔面を容赦なくグーで殴る。

あいたぁ〜いっ!と大げさに吹っ飛ぶルパンはまたもやボロアパートの壁にへとめり込んだ。

そんな奴らに俺は舌打ちをし、彼女はその光景に屈託のない笑顔を向けた。

彼女が微笑み、笑うたびに場の雰囲気を変えてしまう。

空気は優しく、朗らかに俺らを包み込んでいた。



「あなたは?」

「次元、次元大介だ」



彼女の向ける綺麗な瞳にそう告げると俺は立ち上がり、飛んでいったルパンの方へと歩み寄った。

俺を目の前にしてウヒヒと笑い、すまねえなぁ次元。と呟く。

阿呆面で笑うやつをベリと剥がし、床へと投げ捨てる。

それにまた面白可笑しそうに笑う彼女に俺は呟く。



「で、お前の名前は?」

「あ、日本から来ました。香月 星海です」

「星海ちゃん!!いい名前ね」

「・・・」



不二子は彼女―星海―の柔らかな髪を撫でて微笑んだ。

ルパンは考え込むように黙っていて、俺はん?と眉を寄せる。

どうしたんだルパンの奴、柄でも無え。

もしかして・・・コイツに何かあんのか?

不二子とじゃれあう星海は普通の少女にしか見えない。

とにかく俺もルパン同様に少し考えることにした。





どうしてあの無粋な男どもはこんな少女を追っていたんだ?

しかも銃で脅すという強行策。

見たところ、コイツは金も持ってねえようだしアイツ等から何かを盗んだっていう訳でもなさそうだ。

しかも裸足で、手首には縛られていたような痕。

・・・もしかして捕まえられていた?

そういえば彼女の胸のタトゥーも、不二子が持っていた紙に印刷されていたものと同じだったな。

クソッ、途中の説明を聞いてなかったせいで理由が分からねえ。

だが、今回のお宝にコイツが大きく関わるかもしれねえってことはよく理解した。



俺はルパンに意見を聞こうと、寝転がっている奴の隣へと座り込み、耳打ちした。

コイツ、どう思う?と。

俺は・・・まあ正直言うと臭うなと思った。俺は女はたやすく信じる馬鹿じゃねえからな。

奴はムクリと起き上がり妙に真剣な顔つきで呟いた。



「この可愛子ちゃん・・・仲間にしちゃおぅ!!」

「っはあ!?」



俺が思わず叫べば、女二人は何?とこちらを振り向く。

本気か?と俺がルパンに問えば、

マジマジ、お〜真面目よぅ、とまた下品に笑うルパンに俺は意見を述べる。



「・・・俺は反対だ。こんなガキのお守りなんて出来ねえよ」

「お守りじゃないさぁ。ちょーっち協力してもらうだけッ、なあ星海ちゃん」



急に話を振られた彼女はキョトンとした顔でルパンを見る。

不二子は何故か目を輝かして、ほうけている彼女に嬉しそうに抱きついて頬ずりをしていた。

どうやら不二子は、妹ができたみたいとはしゃいでいる様で、俺は顔を曇らせた。

そんな遊び感覚て仲間にされちゃ困る。

俺がそう言えばルパンは否定の言葉を口にして、俺を宥めようとする。



「こんなガキに何ができるってんだ、あぁ?」

「まぁまぁ次元ちゃ〜ん!落ち着いてぇ」

「・・・出来ることならあります」



彼女が立ち上がり、俺にジャケットを返しながらそう呟いた。

ルパンがはぃ?と、俺がはぁ?と口ずさめば、彼女は微笑様に口ずさんだ。



「お役に立つか分かりませんが、拳銃や槍、刀やナイフ・・・武術が出来ます」

「なっ、なんでぇ?星海ちゃん!」

「小さい頃にお爺様に教え込まれたので」



寂しそうな瞳を下に向け、彼女は微笑む。

どんな“お爺様”だよと俺が突っかかれば、彼女は寂しそうな瞳を俺に向けた。

不二子は同情するように彼女の肩を抱く。

ルパンはタイミングを見計らって、彼女に問うた。



「星海ちゃん・・・君は一体何者だい?」



ルパンの問いに彼女は窓際へと移動し、ギリシアの大きな満月を眺めながら呟くように言葉を流し始める。

日本人の、ただの女子高生ですよ、と自嘲気味に笑いながら。



「ギリシャの東にあるエーゲ海・・・その中央にそびえ立つ、船でしか行けない塔がありますよね」

「あぁ、ガラージニクタ塔ってやつねぇ〜」

「はい。その塔はお爺様の物なんです」

「ほう」



俺が驚きの言葉を零せば、彼女は頷いた。

ルパンは面白クラブッ、と意味のない言葉を呟き、

不二子はお宝に期待しているのか目を輝かせながら彼女の話に聞き入っていた。



「それで学校の夏休みを利用して、お爺様と塔へ泊まりに行こうと飛行機に乗って・・・それから」

「それから?」

「ギリシャに着いたと思ったら、男の人たちに襲われて」

「気がついたら見知らぬ場所で拘束されていたと」



ルパンが真面目くさった顔で彼女にそう言えば、あの恐怖を思い出したかのように震えた。

不二子がそんな彼女の心情を察してか優しく抱きしめれば、肩を震わせて嗚咽を漏らす。

フン、色々訳ありのようだな。

俺がドサリとソファに座り込めば、ルパンも俺と同じように行動し、隣に座り込む。

どうやら少しずつ聞いたほうがよさそうだと、ルパンは俺に呟き、俺は思わず溜息を付いた。

不二子は震える彼女を撫でながら言う。



「と・り・あ・え・ず!星海ちゃんはお風呂にでも入って身体を温めなさい」

「はい、ありがとう。不二子さん」

「嫌だわ、不二子“さん”なんて。せめて“ちゃん”にしてっ、敬語も禁止よぉ」

「あ、うん。ありがとう不二子ちゃん」



不二子からバスタオルや石鹸、もろもろを受け取ればユニットバスへと消えていく。

そんな彼女の様子を見ながら不二子はあ、と思いついたように口を開いた。

あの子の下着や服、買って来なくちゃ!と。

深夜じゃ店なんて開いてねえよ、俺が冷蔵庫からビールを取り出しながらそう言えば不二子は不敵に笑う。

開いて無かったら開けるまでよ、と。

俺はその言葉に、これだから女は。と再認識した。



「アタシ、今から出かけてくるけど・・・、彼女の入浴、覗いちゃダメよ〜」

「覗かねえよ」



あら、そう。とハンドバックを振り回しながらアジトを出て行く不二子の姿を俺はチラリと見てまたソファに腰を下ろした。

じゃあ俺は続きでもすっかなぁ、とルパンがまた機械をいじり出せば、部屋には再び静かな空気が舞い戻る。

チビチビと飲むビールはクソ不味くて眉間にシワを寄せた。

思わず相棒のマグナムを取り出して手入れをする。

チッ、さっきの戦闘で弾丸を無駄にしちまったからなぁ・・・。

また買いに行かんといけねえのか。

ふうと髭をなぞれば、金なんかあったっけ、と自分のポケットをガサゴソ漁る。

ねえな。

周りを見渡しても最近は仕事なんてしてないから、金になりそうなものは見当たらなかった。

こりゃ参ったな・・・。

ビールをクイと飲めば、ほぼ立てかけてある状態に近い玄関の扉をコンコンと誰かがノックする。



「はいは〜い。どちらさまでしょーか」



ルパンがおちゃらけた様子で答えれば、ギッと開く扉。

そして派手な音を立ててガコンと扉が倒れれば、自分が壊したと思い込んで慌てふためく五エ門の姿が目に入った。



「ありゃ、五エ門じゃねーか」

「う、うむ。ただいま戻った」

「おっかえり〜、ジュースどう?」



ルパンの言葉に五エ門はいらぬ、と一言返すと神妙な顔つきで俺の隣へとあぐらをかいて座った。

先ほど、下に二人ほど妙な奴がいた。と五エ門が呟けば、俺たち二人の耳がぴくと動く。

どんな奴だったと俺が聞けば、

黒ずくめな格好をしていた、怪しい奴らだったので即切ったが・・・良かったか。と五エ門が答える。

もしかしてアイツを追ってた奴らだろうと俺は感じた。

ひとり考え込むように生返事を返せば、五エ門は血がかかったので洗う、と言い出してユニットバスへと向かった。

ん?ユニットバス・・・?



「「あ」」



ルパンと二人、顔を見合わせ気づいても、時はすでに遅し。

パタンと扉が閉まったと思えば、途端に聞こえる彼女の叫び声。

直様五エ門は顔を真っ赤にさせ飛び出したが、バスルームから色々なものが飛んで来て見事に命中する。

そして五エ門は目の前の壁に衝突して、ヘロヘロと床へとへたり込んだ。

哀れな男よ。

俺たちは思いっきり爆笑し、ヒーヒーと息を荒ぶらせた。

五エ門は口をパクパクさせて、ユニットバスの入口を凝視していた。



「ご、ごめんなさい!ビックリしちゃって・・・大丈夫ですか?」



そこから彼女の姿が現れたと思ったら、バスタオル一枚身体に巻いているだけで。

髪からはポタポタと雫が垂れ、温かいお湯に浸かっていたのか蒸気している肌。

胸に描かれている、湯で濡れたタトゥーが妙に官能的で。

年齢に合っていない、見事なボディラインをバスタオルが物語っていた。

わぉ!、とルパンが嬉しそうに彼女の姿を眺めていて、俺も、悔しいが正直見とれていた。

そんな男性きっと誰もを魅了する身体で、倒れている五エ門をそっと抱き起こす。

すると五エ門はまたみるみる内に顔を真っ赤に火照らせ、口どもる。



「す、すまぬ。覗くつもりなどなかったのだ・・・」

「いえ、私の方こそごめんなさい。怪我は・・・無い、みたいですね。良かった」



彼女がホッと胸をなで下ろせば、五エ門は真っ赤に染まった顔をフイと伏せる。

あん?いい雰囲気じゃねーか。

俺がニヤリとその光景を見れば、雰囲気クラッシャーがその場へ飛び込む。

星海ちゅわぁ〜ん!俺もイイコイイコしてえ〜!!

俺が止めるのよりも先に、傍にあった玄関のドアが吹っ飛んできて、ルパンの顔を直撃した。

玄関にはいつの間に帰ったのか、大きな荷物をいくつも抱えてフルフルと怒りで震えている不二子が立っていた。

おっと。こいつは近づかない方が良さそうだ。と俺が身を翻せば途端に響き渡る不二子の声。



「ちょっと二人共!アタシのいない間に星海ちゃんに何してるのッ!」

「ふ、不二子ちゃんっ!?」

「・・・すまぬ」

「次元も!!止めなさいよね!!」

「へいへい」



俺は適当に聞き流し、軽く舌打ちをする。俺だって止めようとはしたんだぜ?

不二子はプリプリと怒りながら彼女を引き連れ、奥の部屋へと入っていった。

ルパンは顔にめり込んだ玄関の扉を立てかけ、首をコキコキならしながら作業の場所に戻る。

五エ門はまだ顔を赤く染めながら俺の隣へと静かに座った。

あの女子は?

五エ門がポツリと声を落とせば、俺はあくびをしながら奴を見据える。

そうすれば、フイと顔をそらした。

コイツ、惚れたな。

そんなことを思いつつ、俺は五エ門の質問に応えるべく口を開いた。

訳あり少女の星海ちゃんだとよ。

俺がそう伝えれば、五エ門はあい、分かったと呟いた。









.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ