隙ありっ
□隙ありっ
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赤と黒のクラッシュ
≪ちょ、ちょっと待ってよ――…水無怜奈をまんまを奪われた上…黒凪さんもいなくなった⁉≫
≪あぁ…大方、水無怜奈の居場所が組織にばれた上、簡単に奴らの作戦に嵌った俺たちFBIを信用できなくなっての行動だろうな。≫
≪そ、そんなこと言ったって…どうしてそうも冷静なのよ⁉ 黒凪さんは貴方の…≫
≪…覚悟はしていたことだ。あいつにとって最も優先すべき存在は昔も今も妹のシェリーだけ…。≫
ひそかに傍受していたFBIの無線の会話を聞き、目を細める。
そんなジンを横目にウォッカは彼の愛車であるポルシェを走らせていた。
後部座席にはFBIから逃げ出してきたキールを乗せている。
「…。」
「どうやら宮野黒凪の野郎、逃げちまったみたいですね。兄貴…。」
「あぁ…奴が本気で姿を消せば、向こうが尻尾を出さねえ限り見つけることは難しいだろう。」
あいつの死に顔を今回拝めると踏んで楽しみにしていたんだがな…。
そう地を這うような低い声で言ったジンを横目にバイクに乗って近付いてきたベルモットをサイドミラーで確認するウォッカ。
ベルモットはキールを車外から睨むようにして見ていた。
まあ、FBIに捕まっていたのだから仕方がないことだ…ジン自身もキールのことを信用しきれていない部分はこちらから見ていても分かる。
「…念のために部下にも探らせたが、本当にあの野郎姿を消しやがった…。」
舌を打って自身の携帯を閉じ、ジンが不機嫌に呟く。
この時ウォッカは気づいていなかった。
ジンのつぶやきを聞いて内心舌を巻いていた、後部座席に乗るキールに…。
「キール」
「! (…ジン)」
FBIの…いや、赤井秀一とあのボウヤ、江戸川コナンの要請で組織に戻ってから数日後。
私を複数の備考と盗聴器で監視することばかりをしていたジンがついに接触を図ってきた。
この数日で、本当に彼女…宮野黒凪が組織の捜索をかいくぐって完全にその消息を絶ったことは確認済みである。
本当に彼女は得体がしれない。いったいどんな人生を歩んでいればここまで完璧に動けるのか。
まあなんにせよ…これで本当に彼女の暗殺はあの方もジンも分かっているように、現在は不可能であることが分かっている。と、なれば…。
「あの方からの命令だ。…とある人物を殺し…信頼を取り戻させてくれ、とな。」
「…とある人物?」
「…FBI捜査官…赤井秀一…。」
どくん、と心臓が小さく跳ねた。
本当にあのボウヤは末恐ろしい。
あの方とジンの命令が…まさにあの子の筋書き通りに、私の元へと舞い込んできた…。
赤井秀一を殺せ、という命令が…。
そうして私はジンの言うとおりに赤井秀一を来葉峠へと呼び出し…彼を”殺した”。
それは組織につけられた首の監視カメラからも、オンタイムでジンとウォッカも確認していたことで。
…まさに完璧な計画だった…あのボウヤが作ったこの計画は。
ジンもウォッカもここまでの殺害がすべて偽装だとは全く気づいていない様子だった。
≪…今、赤井秀一の指紋を、日本警察が来葉峠で回収した焼死体と照合したFBIが出てきたわ。≫
「…」
≪あの様子だと、成功したみたいよ。キール。≫
「…そうか。」
ウォッカが運転するジンのポルシェの中で、ベルモットと通話をしていたジンが一言そう彼女に返し、その通話を切る。
そして片手でその携帯を閉じ…ジンがバックミラー越しに私を見た。
「よくやった…キール。」
「お褒めに預かり光栄だわ。これで信用してくれたかしら? 私は貴方たちの味方だって…」
「あぁ…あの方も満足だろうよ。」
これで随分と楽に動けるようになる…。
そう言ってにやりと笑みを浮かべたジンをバックミラー越しに見て、目を伏せた。
本当に…ここまで上手くいくとは。
「…どうして…どうして黒凪さんが見つからないのよ…!」
「…ジョディ君。まだこんなに遅くまで残っているのかね? そろそろ君もゆっくり休むべきだと思うが…。」
はっと顔を上げれば、心配げな表情を浮かべてジェイムズ・ブラック捜査官へと目を向ける。
きっと私の目は長らくパソコンを覗き込んでいたせいか、充血してしまっていることだろう。
目を伏せ、徐にデスクから立ち上がった。
「すみません…人捜しをしていて。」
「…宮野君かな?」
「…。」
「…彼女を恨むことはできんよ。もちろん水無怜奈も…。」
彼の言葉にぐっと口を強く結ぶ。
そんなことは分かっている。…だけど。だけど…!
「宮野君も水無怜奈も…今回この決断をしなければ彼女たち自身の身が危うかった。我々が失ったものは大きい…だがここで挫けてはいけない。」
「…はい。」
どうして黒凪さんはシュウをおいて消えてしまったのか?
シュウを愛していると、そう言っていたではないか。
これほど早く決断を下せるほど…シュウはどうでも良い存在だったの?
それとも、貴方の妹…シェリーがそれほどまでに大切なの?
ねえ、教えて。黒凪さん。
シュウを失った今、貴方は何を思うの――?
「――はい、完璧♪ 我ながらものすごい美人さんを作っちゃったわ〜 ♪」
目の前でぱちんと両手を合わせてにこにこと微笑んで言った美女…工藤 有希子さんを前に慣れない変装の感覚に、すぐに鏡を覗き込んだ。
そこには釣り目気味の日本人の顔。私の顔は元々少しハーフっぽいものだったので、これは新鮮だった。
「見て見て新ちゃ…コナン君!」
うん、思いっきり正体をばらしかけているけれど、大丈夫ですよ有希子さん。お構いなく…。
私も…そして私と同じく変装を施されて目の前に立つ彼…赤井秀一も、すべてしっかり理解していますから。
すでに変装を終えて私の変装姿を待っていた彼、秀一は私の顔を見ると小さく微笑んだ。
「ほう、その顔も中々。」
『あら。こっちの方が好みなの?』
「いや? お前の本来の顔の方がそりゃあいいさ。」
『白々しいわよ?』
そんな風に軽口を叩き、そんな私たちをニコニコと眺めている有希子さんと…そしてコナン君へと目を向ける。
この2人の協力が無ければこんな風に2人揃ってジョークを言い合うこともできなかっただろう…本当に感謝している。
「じゃあこれから赤井さんは “ 沖矢 昴 ” さんとして…それから黒凪さんは “ 神崎 遥 ” さんとして。よろしくね? 変声機はこれなんだけど、サイズは大丈夫そう?」
『これ…スイッチは?』
「スイッチはね、…ここ!」
言われるがままにスイッチを押せば、まあ自然と声が変わること。
アガサさん、本当にすごい…。
「…それでは、遥。」
『え、何その口調。』
「口調も念のために変えておこうと思ってね。」
にっこりと笑ってそう話す秀一を見ていると、本当に同一人物には見えない…。
遥も口調を変えたらどうだい?
なんて宣う秀一にひく、と少し表情を引きつらせて少し沈黙し、ごほん、と咳を1つ。そして…。
『…わかった! わかったよ、昴。 これでいーでしょ?』
と変声機を使いつつ口調を変えれば、そんな私を見ていた秀一、コナン君そして有希子さんが笑みを浮かべた。
Gin.
(あいつには、まさに俺のほとんどすべてをつぎ込んだ。)
(それこそあの方に自信を持って見せられるように。)
(その影響か…奴を逃がしたあの日から未だ捕まえられずにいる。)
(待っていろよ、黒凪。)
(赤井秀一の次はお前だ…。)
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