Long Stories

□京紫が咲いた
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「すげー!めっちゃ良いなコレ!」

『…んだよ、昨日の熱がまだ収まってねーのか…?』

「お前こそなんだよ龍之介…じゃねえな、黒凪か」

「随分寝てたなぁ」



 昨日は会津公の所に行って正式に認めてもらった日だったし、その勢いで夜通し酒飲んでたのはお前等だろ。
 その所為で龍之介は二日酔いで潰れてんだよ。
 呆れた様に言った黒凪に「弱っちぃ奴だな」と皆が笑った。
 そんな彼等の手には浅葱色の羽織が握られている。



『なんだそれ』

「俺達の隊服だよ。芹沢さんが作ってくれたんだ」

『へー…。粋な事をするじゃないか』

「偉そうに物を言うな。犬が」



 おっとっと、と飛んで来た扇子をパシッと掴み取った。
 そして同じ様に芹沢に投げ返すと彼も難なくそれを掴み取る。
 袖を通しても構いませんか?と近藤が声を掛けると芹沢は上機嫌な様子で「構わん」と返事を返した。



『派手な色だな。これなら仲間割れはしなさそうだ』

「あぁ。目立つから俺達の名も知らしめる事が出来る」

「それを羽織って名を上げれば隊士もやがて集まるだろう。…見回りにでも行って来い」



 羽織を掴み土方に投げる芹沢。
 それを掴み取った土方は小さく微笑んだ。
 意気揚々と出て行った彼等を見送った芹沢は「失礼」と一言掛けて入って来た男に目を向ける。
 黒凪も其方に目を向けると徐に目を細めた。



「幕府より遣わされました、蘭方医の雪村綱道と申します」

「あぁ、待っておったぞ。中へ入れ」



 中に通された綱道を見た黒凪は屋敷の奥へと進む芹沢について行く。
 そんな黒凪を見た芹沢は徐に口を開いた。



「土方達が戻ってきたら俺の屋敷に呼べ。それまで此方には近付くな」

『!…良いのかい、アンタを護ってやらないぞ?』

「フン。構わん。」



 小さく笑った黒凪は芹沢から離れると塀を軽く跳び越えて去って行った。
 その様子を見ていた綱道は芹沢に「あの男は?」と問いかける。
 すると芹沢は振り返りニヤリと笑う。



「何、只の犬だ」

「犬?」

「あぁ。少し腕っぷしの強い奴だがな」



 もう何も言う気はないのだろう、芹沢が背を向けて歩いて行く。
 もう一度チラリと黒凪が去って行った方向を見た綱道も何も言わず後ろをついて行った。





























「もう夜になるぞ…」

「あぁ。土方さん達、芹沢さんの屋敷に行ってから全然出て来ねぇな」

『…。』

「…龍之介はまだ二日酔いか?」



 原田の声に「あぁ」と返して振り向かない黒凪。
 そんな黒凪に沖田が片眉を上げた。
 何か気になる事でもあるの?
 そう問うた沖田にも目を向けない。



『別に。一瞬仲間を見つけたかと思っただけだ』

「仲間?」

『あぁ。人間じゃないのがいたんでな』

「人間じゃない…?」



 そう斎藤が訊き返した時、芹沢の屋敷の方から男の叫び声が聞こえた。
 ばっと立ち上がった面々が顔を見合わせ其方に走って行く。
 黒凪も徐に立ち上がると一気に走り出した。



「くそっ!開かねえぞ!」

「おい土方さん!一体何があったんだよ!」

何なんだこいつは…!

トシ、気を付けろ!斬られるぞ!



 土方と近藤の声を聞いた面々は顔を見合わせ扉を力尽くでこじ開けようとする。
 それを横目に塀に飛び乗った黒凪は難なく屋敷の中に入り込んだ。
 そして声のする方へ向かうと白髪の髪をした男が暴れている。
 芹沢は黒凪を見つけるとまたニヤリと笑った。



「…面白い。おい犬!」

『あ?』

「この男を倒せ」

『……。』



 ぐるるる、と低い声で唸る男に目を向けた黒凪。
 ゆっくりと腰を下ろした黒凪に土方達が目を向けた。
 飛び掛かって来た男を掴んだ黒凪が地面に叩きつける。
 ゴキッと骨の折れる音が響いた。



『…!』

「グアァアア…!」

『…首の骨、折ったのにな』



 次は腕を掴み力尽くで引きちぎった。
 それでも痛みを感じていない様に掴みかかってくる男に目を見開いて徐に笑う。
 そんな黒凪の表情に土方達が目を見開いた時、遅れて沖田達が中に入って来た。



「ヒャハハハ!」

『…あれ?折れた首の骨はどうした?』



 普段と何処か違う黒凪の口調に沖田達が眉を寄せる。
 龍之介の顔には飛び散った血が付着していた。
 その血を見た原田や永倉が目を見開き刀を抜く。



「退け黒凪!」

『?』



 原田と永倉が男を斬り付ける。
 飛び散った血に「やったか、」と目を細めた2人だったが男の手がばっと伸び2人を殴り飛ばした。
 吹き飛んできた2人を受け止めた黒凪は男を見ると小さく笑う。



『退いてな』

「ば、お前だってあぶねぇんだぞ!?」

『馬鹿言うな。私は夜兎だ』

「!」



 お前等人間とは違う。
 ドサッと2人を地面に降ろしてゆっくりと男に近付いて行く黒凪。
 その手を掴んだのは斎藤だった。



「女子の出る幕では無い」

「そ、そうだ!俺等に…」

『くく、今更何言ってんのさ』



 黒凪の金色に染まった目が斎藤に向いた。
 男ってホント意地っ張りだね。
 その言葉に目を見開いた時、力尽くで手を振り払われ黒凪が男に向かって行く。
 奇声を上げて腕を振り上げる男の懐にするりと潜り込みその胸元に手を突き刺した。



『これでどーだ。』

「ぐ…」



 ずぶっと手を引き抜くとその右手には血まみれの心臓が握られている。
 男の目にその心臓が映ると男は目を見開いてその場に倒れた。
 その様子を見た黒凪が興味を無くした様に心臓を放り投げる。
 地面に落ちた心臓に目を細めた芹沢は「くくく」と堪え切れない様に笑った。



「やはり犬には敵わぬか」

『当たり前。』

「本来の姿が垣間見えておるぞ」

『!…やべ。つい楽しくて口調が出ちまった』



 いつも通りの男口調に戻った黒凪。
 そんな黒凪を見ていた土方は全員中に集まってくれ、と声を掛ける。
 皆は神妙な顔でその言葉に頷いた。



 
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