Long Stories

□京紫が咲いた
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「…起きんか犬!」

『おっとっと』



 背中を蹴り飛ばされ一回転してすぐさま起き上がる。
 己に向いた金色の瞳に芹沢が笑った。
 黒凪は背中を後ろ手に撫でて欠伸を一つ漏らす。



「主人の前で欠伸などしよって…」

『おはようございます芹沢さん。貴方より遅く目覚めた事、怒ってるんですか?』

「…下手な芝居だな。相も変わらず」



 芹沢の言葉に片眉を上げて笑った。
 黒凪、と芹沢が当然の様に呼び微かに目を見開く。
 芹沢は徐に膝を折り黒凪に顔を近付けた。



「女子だろう。貴様」

『……。男の中に入ってるんだ、女の仕草なんて気持ち悪いったらありゃしない』

「くく、違いない。…犬は寝ているのか」

『今はね。だから俺が表に出ている』



 ならば話は速い。
 そう言って芹沢の大きな手が龍之介の頭を掴む。
 黒凪はチラリと芹沢を見上げた。



「俺が帰ってくるまでに酒を買っておけ。犬よりは酒の種類も知っておろう」

『…。強いの買ってくるよ?』

「望む所だ。ただし、不味ければ全て貴様が飲め」



 背を向けて去って行った芹沢に後頭部を掻き欠伸を漏らす。
 頭の中で龍之介のうめき声が聞こえた。
 …全く。すぐさま意識を変えてやったから眠れてるんだ。
 黒凪は龍之介に聞こえる様に言って立ち上がる。



『…(てか酒屋は何処だ…)』

「(…平助達に聞けば分かるんじゃねーの…)」

『あ。そうか。……おはよう龍之介』

「(はよ。…ふあぁあ…)」



 頭の中に響く欠伸に微かに笑いつつ平助達の泊まる宿へ。
 入り口を潜ると風に揺られて藍色の長い髪が目に入った。
 微かに目を見開いてその顔を凝視する。
 随分と綺麗な顔立ちをした男だった。



『…アンタ誰だ?浪士組の人間か?』

「……」

『何故そんな所で突っ立ってる』

「…。近藤さんか土方さんはおられるか」



 居るかな?と黒凪が龍之介に問うた。
 彼は中に居るんじゃねぇのとすぐさま返す。
 固まった黒凪を怪訝に思ったのか男が片眉を上げた。



『ああ、中に居るってさ。ついてきなよ』

「?…あぁ。かたじけない」

『名前は?』

「…斎藤、一だ」



 …ふーん。と微かに笑って黒凪が言った。
 斎藤はそんな黒凪を見て微かな違和感に首を傾げる。
 しかしすたすたと中に入って行った龍之介の背中を黙ってついて行った。






























「…斎藤?斎藤じゃねぇか!」

「ご無沙汰しています。土方さん」

「まあ中に入れ!…よく此処が分かったもんだなぁ…」

「土方さんが浪士組に参加されたと聞いたもので」



 2人の親しげな様子を横目に背を向け去っていく。
 少し歩いていると龍之介が徐に口を開いた。
 なぁ、と声を掛けられ足を止めず「ん?」と訊き返す。



「(土方さんも笑うんだなぁ)」

『(そりゃあ笑うさ。人間だもん)』

「(お前は人間じゃねーみたいな言い方だな)」

『(何言ってんの。私人間じゃないでしょ)』



 龍之介の言葉が途切れた。
 ん?と振り返る。
 頭の中には光が灯っている。
 その光の下に行けば表に出る事が出来た。
 黒凪はその光の下で陰に座っている龍之介を振り返った。
 黒い髪が揺れた。白い肌が光に反射する。



「(…お前、は…一体、)」

『(?…言っただろ、黒凪だよ)』

「(!)」

『(只の黒凪だ)』



 金色の目が細まり笑った。
 その笑顔はおよそ人間らしくない、美しい表情だった様に見える。































『こんな酒で良かったのかねぇ…』

「(良かったんじゃねーの?なんでも喜びそうだし)」

『(あは、確かに。)』



 黒凪は1人笑っていると目の前でドサッと倒れた男に目を向ける。
 蹲る男の前には数人の武士がニヤニヤとした表情で立っていた。
 お、と足を止め武士の顔を覗き込む。
 その顔には見覚えがあった。



「あいつ等…!」

『(うわ、)』



 龍之介が表に出てズカズカと武士達に近付いた。
 蹴り飛ばされた男の息子が武士を睨み口を開く。
 泥棒、金を返せ。
 果敢にも言い放った言葉は武士達の癪に障ったらしく1人が拳を振り上げた。
 その拳をすぐさま正面から龍之介が掴み取る。



「止めてやれ!子供を殴るんじゃねぇよ…!」

「何だ貴様!我等武士に歯向うのか!?」

「当たり前だ!こんな理不尽な事して何が武士だ!!」

「…だったら刀で決着を付けようじゃないか。」



 すらりと抜き放たれた刀に龍之介が目を見開いた。
 太陽の光に反射する刀身を見た黒凪がすぐさま龍之介を押し退ける。
 すう、と龍之介の目が金色に変わった。
 その様子に「あ?」と眉を寄せる武士達。
 ニヤリと笑った黒凪が腰の刀を抜き放つ。



『やってやろうじゃねーの。…来いよ芋侍』

「なっ、貴様ぁああ!」



 ブンッと振り降ろされた刀を軽く避け刀の柄で背中を一突き。
 黒凪の人並み外れた腕力で背中に柄がめり込み武士はその場に倒れた。
 笑った黒凪は振り返り刀を鞘に納め鞘ごと振り回す。
 残り2人の首に鞘を当て全員を一撃で往なした。
 その際に上空に舞った金の入った巾着袋を掴み取る。



『…あいよ。また盗られる前に家に帰んな』

「あ、ありがとう兄ちゃん!」

『良いって事よ。…さて、そこで見てる平助達?』

「うお、」



 気づいてたのか、と原田が言った。
 黒凪は振り返るとニヤリと笑う。
 そこで初めて3人は改めて金色の目に気付いた。
 揺れる金色は3人を映して細まる。
 すると怯えた様子の男が息子を連れて走って行った。



『あ。…何だ、ビビりやがって』


「また不逞浪士の喧嘩やて…」

「ホンマ傍迷惑な奴等。」

「はよ出て行ったらええのになぁ」



 町の人々が龍之介を見て言った。
 黒凪は周りを見渡しため息を吐いて刀を腰に指す。
 その仕草だけでも人々は怯えた様に顔を歪めた。
 永倉の腕が肩に回る。



「行こうぜ。」

『…あぁ』



 4人で此方を睨む町人の中を通り抜ける。
 黒凪はチラリと彼等の顔を見て目を細めた。
 ――…そんなに私が珍しいか?そんなに怯えるなよ、拘束されてんだから。
 龍之介が目を見開いて顔を上げた。
 敵が多い、奴等を倒すなんて無理だ!いや、あいつ等なら…!
 コロコロと変わる記憶と目線の高さに龍之介が目を大きく見開いて行く。



《出来るさ。多分》

《ならば行け!全滅させて来い…!》

『(おい。)』

「っ!」



 映像が途絶えた。
 あまり見るな。
 黒凪の声に振り返って彼女を見る。
 今は平助達が居る為あまり気が抜けない。
 振り返る事は、なかった。






























「――…何?警護の為町に出る?」

「はい。本日は家茂公が入洛なさる日。呼ばれてはおりませんが我々浪士組は上様を護る為に京まで参ったのです」

「…ぐ、んの…!」

「…。もっと力を入れんか犬。゙変わっても良いのだぞ?゙」



 るっせぇ、と龍之介が眉を寄せて言った。
 龍之介は一層力を籠めて肩を揉みほぐす。
 その様子を困った様に見ていた近藤。
 彼の両脇には山南と土方も居る。
 どうでしょう、と近藤が笑顔で芹沢に聞いた。
 芹沢は扇子を閉じ口を開く。



「…あのような無能を警護して何になる?」

「!…芹沢殿、言葉が過ぎますぞ」

「……芹沢先生。新見です。」

「…来たか」



 はい、と襖の向こうで新見が言った。
 肩を揉んでいた龍之介の手を扇子で叩き立ち上がる芹沢。
 近藤が芹沢の名を呼ぶと微かに振り返り彼は「好きにしろ」と言い放った。
 龍之介は叩かれた右手をぷらぷらと揺らし小さく舌を打つ。



 
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