Long Stories

□京紫が咲いた
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「…あれだけの事があったとなると…」

「大義で縛ろう。破れば切腹にすりゃ良い」

「(切腹!?)」



 偶然土方の部屋の前を通り掛かった龍之介は物騒な言葉に目を見開いた。
 そんな龍之介の足音に顔を上げた山南が扉を開き龍之介を睨む。
 盗み聞きなんてしてない、と即座に言った龍之介に微かに微笑んだ山南は彼を部屋に招き入れた。
 何が何だか分かっていない様子の龍之介は目の前に座る土方と山南に背筋を伸ばす。



「…最近はどうです?あまり黒凪さんの方は見ていませんが」

「あ、えと…」

「……反応、ねぇのか」

「いや!そう言うわけじゃ…。…この前も芹沢さんから俺を護ってくれようとしたんだが」



 俺が出て来るなって咄嗟に言っちまって…。
 そう言って目を伏せると龍之介の眼帯がするりと落ちた。
 結び方が緩かったのだろう、慌てて眼帯を拾い上げた龍之介に土方が微かに目を見開く。



「…右眼治ってるじゃねぇか」

「え、」

「本当ですね。…一時的なものだったのでしょうか」



 怪訝に眉を寄せつつ眼帯を懐にしまう。
 すると突然龍之介の両目が金色に染まった。
 中では龍之介が意識を失い黒凪が光の下に立っている。



『龍之介には寝て貰った』

「…んな事も出来るのか」

『まあね。…山南さん、あまりこの子に対して変な事は考えないでくれよ』

「……お久ぶりです。黒凪さん」



 山南の言葉に何も返さず黒凪は立ち上がり襖に手を掛けた。
 依然は黒くなっていた髪も元通りの青になっている。
 それを確認した土方は黒凪の名を呼び彼女を呼び止めた。



「悪かったな。…別にそいつを隊に引き入れようだなんて思ってねぇよ」

『お前は違ってもそっちはどうかねぇ。…まあ良い。切腹なんて物騒な事を考えるアンタにこの子は見合わない』



 微かに目を細めて言った黒凪は部屋を出て自室に向かう。
 部屋に入るとすぐさま柱に凭れ黒凪も光の下から出た。
 やがてハッと目を見開く龍之介。
 顔を上げると日が落ちかけ夕方になっていた。



「お、龍之介。やっと起きたか。」

「つか右目治ってるな」

「ホントだ、おめでとー。」



 原田、永倉、沖田…。
 見えた人物の名を呟く様にして呼ぶと俺達も居るぜ、と平助と斎藤が顔を見せた。
 庭に屯していた様子の5人に片眉を上げ「何してんだ?こんなとこで…」と目を擦りながら声を掛ける。
 すると平助が「それがよう、」と困った様に眉を下げた。



「土方さん達が俺達隊士に向けて局中法度ってのを出したんだ」

「局中法度ぉ?」

「すんげー厳しい決まりなんだよ。それを破ったら切腹だぜ?切腹。」



 脳裏に土方と山南の会話が過った。
 これの事かと納得した龍之介は「そりゃあまた…」と眉を下げる。
 そんな龍之介を見て沖田が「他人事じゃないよ?」と薄ら笑いを浮かべて言った。



「芹沢さんが万が一腹を切る事になったら、多分君も巻添えだろうからね」

「な、」

「まぁお前は大丈夫じゃね?もしもの時は黒凪が居るしよ。」

「ちなみに夜兎ってのは腹切っても大丈夫なのか?」



 平気だよ。
 黒凪の声が頭に響き「平気だってさ」と龍之介がすぐさま言った。
 へー、と感心した様に言った面々に目を向げ中゙に意識を持って行く。
 驚いた、急に話しかけて来るから。
 その考えが彼女に筒抜けたのだろう、別に。とそっけない答えが返ってくる。



「(黒凪、)」

『(気を付けな)』

「(!)」

『(もしもの時は助けてやるけど)』



 おい犬。
 掛けられた声にビクッと反応して振り返る。
 龍之介の事を゙犬゙と呼ぶ人物はたったの1人。



「…芹沢さん…」

「こっちへ来い。お前に仕事をやる」

「は?」

「ちょっと待ってよ。」



 沖田の声にまた振り返る。
 芹沢の目も沖田に向いた。
 一体何を任せるつもり?
 睨みを効かせて言った沖田に芹沢がニヤリと笑った。



「気になるならお前も付いて来るが良い」

「ちょ、沖田…」

「少しでも近藤の役に立ちたければな」

「…解った。」



 おい、と沖田を止めようとした龍之介。
 しかし沖田は逆に龍之介の首根っこを掴むと芹沢の元へずんずんと歩いて行った。
 最近の沖田は少し乱暴で血の気が多い。
 つい最近も人を斬りたいと公に話し土方に嗜まれていた。



「土方さんは良いのかよ…っ」

「別に。関係ないでしょ」

「沖田…!」



 芹沢が入った部屋に放り込まれる龍之介。
 沖田も入ると後ろ手に襖を閉じた。
 ドカッと座った芹沢の前に仕方無さ気に座る龍之介。
 その隣に沖田も腰を下ろした。



「局中法度と言う制度の話は聞いたか?」

「あ、あぁ…」

「早速違反者を見かけたものでな。黒凪に始末を任せるつもりでいた」

「誰です?その違反者って。」



 殿内と言う男だ。
 名前に聞き覚えがあるのか沖田が目を細めた。
 その様子にニヤリと笑った芹沢が右上に目を向け口を開く。
 そんな芹沢に黒凪は徐に舌を打った。



「そう言えば近藤を殺したいだのなんだのと言っていたな…」

「!…近藤さんを?」

「あぁ。…どうする沖田。お前が始末をつけるか?」

『俺がやるよ』



 表に出た黒凪に龍之介が目を見開く。
 芹沢は金色の瞳を見ると微かに目を細めた。
 ちょっと。とそんな黒凪の腕を掴む沖田。
 自分に向いた金色の瞳に沖田は微かに眉を寄せる。



「僕がやる。獲物を取らないでくれるかな」

『それはこっちの台詞だ。離せ』



 力尽くで沖田の手を振り払い背を向ける。
 待ちなって、と手を伸ばしてきた沖田の背後に回り手刀を入れた。
 ドサッと倒れた沖田を担いで黒凪が徐に芹沢に目を向ける。



『余計な事はするなよ芹沢さん。土方さん達を苛めたいなら俺を使え』

「…ふん。気が効くではないか」

『思っても無い事を…』



 部屋から出た黒凪は縁側に沖田を寝かせ屋敷の天井に登った。
 屋敷の外に出た黒凪は隊士達に闇雲に「殿内は何処に居る?」と訊き回る。
 そうして見つけた殿内を一瞬で闇に引き摺り込み首を圧し折って川に落とした。
 ぷかぷかと浮かぶ殿内の死体に゙中゙で龍之介が息を飲む。



『(龍之介、1人で帰れる?)』

「(む、無理だ!あんな死体を見た後じゃ…)」

『…。仕方ないな…』



 ぐっと体を伸ばしゆっくりと屋敷に戻る。
 中に入ると土方と近藤が芹沢の屋敷に入って行く様子が見えた。
 恐らく夕方に芹沢について行った沖田を探しての事だろう。
 …となると縁側に居る沖田に気付いて面倒な事になりかねないな。
 彼等を追って芹沢の居る部屋に近付くと案の情怒鳴り声が聞こえてきた。



『芹沢さん』

「おぉ。早いな」

「!…黒凪」

『どうしたんだよ土方さん。こんな夜分遅くに』



 芹沢の隣にドカッと座る黒凪。
 そんな黒凪に眉を寄せた芹沢は龍之介の頭を扇子で叩いた。
 特に痛みを感じた風でもない黒凪はあっけらかんとしている。



「…縁側で倒れている総司を見つけた。一体何をしやがった?」

「何だ、縁側に放って行ったのか」

『態々持って行くのは面倒だったんでね』

「どういう意味だ」



 沖田が爆走しそうだったから止めてやったんだよ。
 黒凪の言葉にピクリと眉を寄せる土方。
 そして土方の視線はゆっくりと龍之介の服の裾に向かった。



「…何故裾が濡れてる」

『あ?』

「水場で何かしたな?」

『……。見に行ってみれば分かる』



 土方さん!と永倉が襖を開いて部屋に飛び込んできた。
 川に殿内の死体が。永倉の言葉に黒凪に向けられる土方と近藤の視線。
 すると永倉の背後から気だるげな顔をした沖田が現れた。



「…なんだ、もう殺しちゃったんですか」

「!…総司…」

「僕が殺す予定だったのに。酷いなぁ」

『刀で斬ったら汚れるだけだ。俺のやり方が1番綺麗で手っ取り早んだよ』



 黒凪…!と眉を寄せる土方だったが「甘いなぁ」と言う芹沢に言葉を飲み込んだ。
 局中法度を作った人間が何を喚いている。
 芹沢の言葉に土方が「あ?」と眉を寄せた。



「殿内は近藤を殺したいと俺に言いに来ていた」

「!」

「組織の規律を守る為の行動なのだがなぁ」

「…っ」



 お前等は甘い。
 土方と近藤が目を見開いた。
 組織を縛るなら徹底的にしろ。
 何も言えない2人に目を向け龍之介と黒凪が入れ替わる。
 龍之介が表に出るとそんな土方と近藤に眉を下げた。




 甘い。


 (お前が言い出した事は)
 (徹底して守れ)


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