Long Stories

□京紫が咲いた
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「…黒凪。」

「!…今は違う。龍之介だ」

「だったら交代してくれねぇか。反応はするんだろ?」

「……。」



 龍之介が徐に目を伏せ瞳が金色に染まった。
 金色の瞳が土方に向かうと彼は徐に眉を下げる。
 偶然通りかかった沖田は土方と龍之介を見つけるとすぐさま壁に隠れた。



「一言礼をと思ってな」

『礼?』

「あぁ。…総司を止めてくれてありがとう」

『!…別に良いよ。こっちこそ悪かったな、殿内を殺して。後始末大変だったろう』



 それは構わねぇよ。
 それにお前が殺さなきゃまた総司がしつこく殺してただろうしな。
 それを見越しての殺しだろう。
 土方の言葉に何も返さない黒凪。
 沖田はぐっと拳を握った。



「近藤さんもアンタには感謝してた。芹沢さんには甘いと言われるだろうが、あの人は総司の手が血に染まる事を極端に嫌がってる」

『……。』

「感謝してる。…アンタには犠牲になって貰った形になるがな。」

『構わないさ。…犠牲になるのは慣れてる』



 沖田と土方が同時に目を見開く。
 土方を見た黒凪はフッと笑い龍之介と交代した。
 龍之介は目の前に居る土方を見上げ居心地が悪そうに目を逸らすとそそくさと離れて行く。
 その背中を見送り土方は徐に空を見上げた。



「犠牲になるのは、」

「…慣れてる。か」



 龍之介がボソッと呟いた。
 するとドンッと芹沢に正面からぶつかり尻餅を着く。
 犬が。前を見て歩かんか。
 相変わらずの憎まれ口に眉を寄せるとぽいと頭に向かって放り投げられる紙切れ。
 紙切れを覗き込むと紙にば墨゙と書いてあった。



「買ってこい。」

「はぁ!?」

「今すぐだ。行け」

「〜っ、ったく…!」



 ドタドタと不機嫌な顔をして歩き出した龍之介。
 それを横目に鼻で笑った芹沢はまた悠々と歩き出した。




























「墨…、墨は…」

『(龍之介、あの店)』

「あ。あった」



 墨と大きく書かれた店に入り込み店主に墨の有無を問う。
 すると店主は龍之介の腰にぶら下がった刀を見ると露骨に眉を寄せた。
 ありまへんなぁ。と冷たい口調で言った男に「はぁ?」と龍之介も眉を顰める。



「此処は墨屋だろ?1つも無いのか?」

「そうは言うても今日はもう全部売れましたわ。お引き取りを。」

「全部売れたってまだ昼間…」

「すんません旦那はん。この方は私の知り合いなんどす。1つだけでも残ってまへんか?」



 へ?と声に目を向けると数日前に島原で会った若い舞子の…。
 誰だっけ、と問うた黒凪に「確か…子鈴…?」と声には出さず言った龍之介。
 すると店主はコロッと態度を変えて墨を探し始めた。
 やがて墨を出して来た店主に料金を払い用を済ませた彼女と共に外に出る。



「…助かったよ、ありがとな」

「いーえ。京には東言葉の方を苦手に思う人が多いんどす。それにお侍さんもちょっと怖がってはるみたいですわ」

「やっぱそうだよな…。露骨に刀を見てたから」

「ふふ、お客さんはそんな方やないのにね」



 あ、すんまへん。うち名前知らんから…。
 そう言った子鈴に小さく笑った龍之介は「井吹龍之介だ」と名乗る。
 すると子鈴は「覚えました」と笑った。
 その笑顔を見た龍之介は徐に子鈴の顔を下から覗き込み眉を寄せる。



「それより額は大丈夫か?芹沢さんにお猪口投げられてたろ」

「あぁ、大した事はありまへん。もう治りましたわ」

「そっか、良かった…。にしてもアンタ、あの時はよく芹沢さんに歯向ったよなぁ。ああいう所で働いてるならもうちょっと上手く立ち回れば良いのに…」

「…ああいう所?」



 聞き返して来た子鈴に「だってあそこは客に酌をして良い顔をしてりゃあ金を貰える所だろう?」と悪気のない顔で言った。
 しかしそんな龍之介に向けられた子鈴の目は酷く鋭く怒りを含んでいて。
 その顔を見た黒凪はすぐさま龍之介を押し退けた。
 そして頬の側まで迫った彼女の平手をパシッと掴み取る。



「っ!?」

『危ないな。』



 子鈴は掴まれた手に目を向け驚いた様に目を見開いた。
 黒凪は真っ直ぐに子鈴を睨むと徐に手の平に力を籠める。
 龍之介の握力に眉を寄せた子鈴は「いた、」と思わずと言った風に呟いた。
 するとそれを見た龍之介がすぐさま黒凪を押し退け子鈴の手を離す。



「す、すまない!いきなりだったもんで驚いて…」

「うち等の事なんやと思てはんの…?」



 ぽたた、と落ちた涙に龍之介が大きく目を見開いた。
 子鈴はキッと涙の浮かんだ目で龍之介を睨み走り去って行く。
 あ、と手を伸ばした龍之介だったが子鈴の涙に対しての衝撃が大きく足を踏み出せなかった。
 すると偶然通りかかった原田が唖然と立ち尽くしている龍之介を見つけ彼の肩をぽんと叩く。





























「馬鹿野郎!お前そんな事舞子の嬢ちゃんに…!」

『おっと。』

「っ、黒凪!お前龍之介に甘すぎるんじゃねぇのか!?」

『何がだよ。…ったく、どいつもこいつも龍之介に平手しようとしやがって』



 平手するべき事なんだよ…!
 そう言って掴みかかってくる原田に抵抗する黒凪。
 すぐさま龍之介が間に入る様に入れ替わり原田に押されて転がって行く。
 そんな龍之介に息を吐いた原田は何も言わず彼の首根っこを掴み島原まで歩いて行った。



「ちょ、なんで島原…!」

「謝んだよ。」

「何を!」

「良いから詫び入れろ!お前嬢ちゃんに何言ったか分かってんのか!」



 分かんねえ!
 苛立ったように言った龍之介にため息を吐いて子鈴の居場所を聞き出す原田。
 やがて2人は子鈴が稽古をしている建物の前に辿り着き稽古が終わるのをその場で待った。
 暫くして稽古が終わると子鈴が2人の前に出て来る。
 子鈴は龍之介を見て微かに眉を寄せた。



「ほれ、龍之介。謝んな」

「…チッ、分かったよ…」

「うちが怒った理由も分からず謝るんどすか?」



 すぐさま向けられた厳しい声に頭を下げようとしていた龍之介が動きを止める。
 顔を上げれば依然鋭い目が龍之介を射抜いていた。
 井吹はんはうちらの事を何も分かってないんどす。
 彼女の言葉に眉を寄せる。



「うちらは適当に此処で働いてるんやない」

「!」

「必死に磨いた芸や踊りで、血ぃ吐く思いで必死に働いてるんどす!」



 子鈴の言葉に龍之介が大きく目を見開いた。
 悪かった、呟く様に言った龍之介に子鈴が微かに目を見開く。
 悪かった!改めて言った龍之介はばっと頭を下げた。



「俺、あんた等の事何も知らず…!」

「……。」

『(ケッ、頭下げてやんの。)』

「…もうええです。顔上げてください、井吹はん」



 黒凪の言葉に多少苛立った様子で顔を上げた龍之介。
 彼の顔を見た子鈴は眉を下げ彼の頬に手を伸ばした。
 うちも叩こうと思てすんまへん。
 そう言った彼女に「いやいや!」とすぐさま距離を取る。



「結局叩かれてはないんだし…」

「そうは言うても叩こうとした事に変わりはありまへん。」

「…別に構わない。俺の方が悪かったし…」



 眉を下げて言った龍之介に微笑んだ子鈴はゆったりとした動作で頭を下げた。
 今度また見に来てください。うちの芸。
 そう言った彼女に「でも俺は此処に来る金なんて…」と困った様に言う。
 そんな龍之介に眉を寄せた原田はベシッと彼の頭を叩き「はいって言っとけ」と小さな声で言った。



「…解った、また来るよ」

「!…えぇ。待ってます」



 にっこりと嬉しそうに言った子鈴に頬を染めた龍之介はバッと目を逸らす。
 その様子を゙中゙で見ていた黒凪はまた「ケッ」とイラついた様子で目を逸らした。
 …人間なんかに謝る必要無いのにさ。




 不機嫌そうにそう言った。


 (人間なんかって、なんか恨みでもあるのかよ。)
 (あるっちゃある。でもお前には教えない。)
 (はぁ!?…ったく、どいつもこいつも…)


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