Long Stories

□世界を変えたのは
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『――…全く、何故50年も私に連絡を寄越さなかった』

【いやあ、すまんのう。お前が言っとった呪いかどうか半信半疑だったんじゃ】

『…まあ、まだそれは分からぬがな。それを断定するのは…』

「ああ、こりゃ十中八九呪いですなぁ。」



 あっけらかんと放たれた言葉にぬらりひょんと黒凪が鯉伴の前に座っている男に目を向ける。
 彼はぬらりひょんから鯉伴と山吹乙女の間に子が成せない事を相談された黒凪が呼んだ裏会のまじない師、染木。
 あまり大きな一族ではないが確かな能力を持つ彼の言葉に奴良組は一斉に沈黙した。



「黒凪さんや花開院にかけられとるものと一緒です。黒凪さんは人との間に子を成せぬ呪い、花開院は生まれた男子が早死にする呪い…」

【お前そんな呪いをかけられとったのか】

『まあね』

「鯉伴さんの場合は、妖との間に子を成せぬ呪いです」



 山吹乙女が固まり、見る見るうちに彼女の顔色が悪くなっていく。
 一応聞いておくが…呪いを絶つ方法は無いのかい。
 黒凪の言葉に「うーん」と悩む様に黙ってから染木が首を横に振った。



「この呪いは鯉伴さん、貴方の根本に根付いているものなのですよ。無理に引き離せば一緒に寿命も持っていかれかねない。余程の実力を持つ解呪師でも居ないと…」

【その解呪師に当ては無いのかい、先生】

「…言っちゃあなんですが、裏会で最も腕の良い解呪師が私でしてね。こりゃあ私じゃどうにも…」

【ふむ…】



 ――まあ手は無いわけではないですが。
 ぼそっと言った染木に皆が顔を上げた。
 途轍も無く時間はかかりますが1つだけ当てがあります。
 …しかしこの方法は私がここ数年で編みだしたもの…成功するかと言われれば、
 そこまで言った染木の言葉に鯉伴が身を乗り出した。



「何でも良い、その方法を教えてくれねえか」

「…。…先程呪いを引き離せば寿命も共に持って行かれると言いましたね。私が言う方法は"一旦寿命ごと呪いを他者に移しその他者から代わりに寿命を受け取る方法"です。」

【…そんな事が出来る奴がこの世に居るのかい】

「います。私はそれが可能な人を知っている」



 しかしこれは鯉伴さんの呪いを他者が代わりに受け継ぐ事になる。
 …つまり呪いを受け取る側には負担でしかないのですよ。代わりに寿命を与える事になりますしね。
 この方法には犠牲になる意志と犠牲にする意志を必要とする。



「互いにとってとても気分の良いものではない。」

【……先生、一旦その人を此処に呼んじゃあくれねえか】

「……、」

『…。』



 顔を見合わせた染木と黒凪にぬらりひょんが目を見開いた。
 …まさか、あんたなのか。黒凪。
 ぬらりひょんの言葉にため息を吐いたのは、やはり彼の視線の先に居る黒凪だった。



『染木の話を聞く限りではね。…そうだろう、染木』

「ええ。本人の前でどうかと思いましたがね」

【…そんな、】



 震えた声で言った山吹乙女に皆が顔を向ける。 
 こんな事ってありますか。また震えた声で彼女が言う。
 顔を伏せた彼女の目からぽたぽたと涙が畳に落ちて行った。



【嫌です、黒凪さんを犠牲にだなんて…!】

「……。」



 この2人の状況ではとても黒凪に犠牲になってくれなどと言える様な風ではない。
 それ以前に顔見知りを犠牲にするなど出来る人達ではないのだ。
 その様子を見た奴良組の幹部達や部下の脳裏に過った言葉は。



【っ、どうにかならんのか…!】

『!』



 木魚達磨の苦言にびくっと鯉伴と山吹乙女が肩を跳ねさせる。
 黒凪の目がゆっくりと幹部達に向いた。
 木魚達磨の表情はとても苦い。彼の周りにいる妖達も皆、同じような顔をしていた。
 恐らく彼は組の為に悪者を引き受けたのだろう。
 それを理解した黒凪はゆっくりと口を開いた。



『分かった分かった。やってあげるから泣くんじゃない、山吹』

【っ!】

「…良いのかよ、あんたには負担でしかないんだぞ、」

『何が負担だ。妖と子を成す事など無い。寿命だって私には腐る程あるんだ』



 これは犠牲なんかじゃない。私が失うものは何1つないのだから。
 小さく笑って言った黒凪にわあっと山吹が耐え切れない様に蹲り涙を流した。
 鯉伴はそんな妻の隣でゆっくりと頭を下げる。



「…ありがとう。」

『うん、謝らないだけお前は賢い』



 ほれ、さっさとやれ染木。
 黒凪に目を向けられ彼は微かに眉を下げ持って来ていた荷物の中から筆を取り出した。
 それでは今からお二人の手にまじないを彫ります。
 そう言った染木に黒凪が左手を、鯉伴が右手を出した。



「毎日1日に一刻で構いません。このまじないを重ね合わせ先程言った通り、呪いを引き離し代わりとなる寿命を鯉伴さんへお願いします。…出来ますよね、黒凪さん」

『あぁ。出来る筈だ』

【…先生、鯉伴の呪いが完全に抜けるまでどれ程掛かる予定だい】



 ざっと250年程ですかね。
 その言葉にざわっと皆が顔を見合わせた。
 ご理解ください。一端の人間が作るまじないにそれ程の精度は在りませんし、黒凪さんとてお暇な方では無い。



【…あんたも死んじまうほどの年月じゃあねえか、】

「ええ。…ですが寧ろ褒めて頂きたいものですよ。人がやるには随分と無茶なやり方だ…背伸びをするにはそれ相応の時間と労力が伴うのです」

【……】

「…黒凪さんに感謝なさってください。彼女の様な人は他に誰一人としていない。…これから先もこの人を超える人間は生まれない」



 この時代に彼女が生き、偶然貴方達と関係を持っていなければ成し遂げる事の出来なかった事だ。
 まじないを彫りながら言う染木の側にぬらりひょんが腰を下ろした。
 …あんたらみたいな術者は自分のいない未来に向けての術をよく生み出すもんだ。
 ぬらりひょんの言葉に染木が小さく笑った。



「息子が居るのですよ、私には。この術は息子の代に受け継がれ、やがて孫へと私の技術は移って行く。」



 息子や孫の為に今出来る事を惜しまない。…それが人間です。
 寿命に限りがあるからこその考え方だ。
 …私ではない誰かに託す。それがひ弱な我々に出来る唯一の事なのですよ。
 まじないを彫り終え、染木が鯉伴と黒凪の手を重ね合わせる。



「…奴良組に素晴らしい世継ぎが生まれる事を心から祈っております」



 そう言って微笑んだ染木に奴良組の幹部達が頭を下げる。
 その様子に染木は心底嬉しそうに笑うのだった。



  
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