Long Stories

□世界を変えたのは
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【――ご無沙汰しています、先代。】

【おう、よう来た。鯉伴は今乙女さんが起こしに行っとる、ちと待ってくれ。】

【勿論です。…先代、三代目はどうですか】

【ん?あぁ、リクオか…】



 鯉伴も組を継ぐ様に強く言わんからな、どうもリクオは…。
 そう言葉を濁すぬらりひょんに「そうですか、」と奴良組本家を訪れた幹部、鴆が目を伏せて言った。
 …それにしても二代目総大将の鯉伴はよく眠るものだ。そろそろ夕方だと言うのに…。



ただいまー

【お、リクオの方が早く来よったわい】

おっ、リクオじゃねえか。今から学校か?

え、今帰って来たばっかり…



 何ふざけた会話しとるんじゃ…。
 そう言って鯉伴とリクオの元に顔を見せたぬらりひょんが鴆が来とるぞ、と2人に声を掛ける。
 するとリクオがぱあっと顔を明るくさせて走って行く。
 それを見送った鯉伴は後頭部を掻いてぬらりひょんに目を向けた。



「鴆ってのはリクオが小せぇ頃に遊んでたあの鴆か?」

【うむ。じゃからあんなに嬉しそうに走っとるんじゃろうなぁ】

「俺にはあんな嬉しそうな顔見せねぇぞ…」

【息子ってのはそんなもんじゃ。】



 …そんなもんかねえ。
 鯉伴が寝癖でボサボサになった髪を掻きながら背を丸めて言う。
 一方のリクオは部屋で待っていた鴆の前に腰を下ろし「お久しぶりです、若!」と意気揚々と頭を下げた鴆に苦笑いを浮かべた。



「頭下げてくれなくて良いよ鴆さん。久しぶり…」

【へい、お久しぶりです。総会にはあまり出席出来なくて申し訳ねえ。】

「ああ良いよ良いよそんなの!あんなの只の悪行自慢大会みたいなものだし…」

【次期総大将殿がそんな事を言っちゃあいけねえや。若はいずれ魑魅魍魎の主となるお方…、胸を張って…!】



 あ、うん…。
 そんな風な微妙な反応を返すリクオに鴆の勢いがふっと止まる。
 …何やら反応が悪いご様子。
 笑顔のままでそう言った鴆にリクオも笑顔を浮かべて口を開いた。



「だって僕は継がないよ?奴良組なんて。」

【…それはどうしてでしょうか?】

「だって僕人間だし。それに父さんが総大将で上手くいってるみたいだし何も僕がでしゃばる事…」

【ふざけんなよゴルァアアア!】



 響き渡った鴆の怒号に「ぅえっ!?」とリクオが飛び退いだ。
 聞いてるぞリクオォ!!お前のその腑抜けた態度の所為で幹部達の賛同を1つも貰えず、三代目になりそこなってるって事はなぁ!!
 勢いよく立ち上がり言った鴆に「あ、なんだ知ってたの…」とリクオが引き攣った笑顔を見せる。



【どういう事か説明しやがれぇ!】

「だ、だって…だって僕は人間だし!妖の頭が人間だったらおかしいだろ!?だから僕は継がない!」

【んのっ、いっぺん死ねやぁああ!】

「わ、ちょっ、鴆さん止めてー!」



 鴆の猛毒を含んだ羽が部屋を飛び回り、ぎゃーっとリクオが襖を開いて外に退避する。
 そんなリクオを見て鴆が目付きを鋭くさせ「こんな奴の為に生きてるてるわけじゃねえぞ俺は!」と再び罵声を浴びせた。
 しかし途端に咳き込み、鴆がその場に座り込む。
 騒ぎに顔を見せた鯉伴が蹲る鴆に目を細めた。



「おいおい、あんま無茶すんなよ鴆。」

【っ、二代目…】

「体調が悪いんなら今日はもう帰んな。親父には俺から言っとくから。な?」



 鯉伴に付き添われて玄関に向かい、鴆が部下と共に去っていく。
 それを見送ったリクオはすぐさま祖父であるぬらりひょんの元へ向かった。
 その背中を見た鯉伴は「あーあ」と呟くと息子の後に続く。



「ちょっとじいちゃん!」

【ん?なんじゃリクオ】

「鴆さん呼んだのじいちゃんだろ、なんで呼んだんだよ!」

【…ばれちゃあしょうがないの。】



 何考えてるんだよ!鴆さんは身体が弱いんだ、呼びつけるなんて酷いよ!
 怒った様に言ったリクオにぬらりひょんがちらりと目を向けた。
 酷いじゃと?…本気でそう思っとるなら、お前にこの奴良組を継がせられるだけの器量は無い。
 そう言って部屋を出て行ったぬらりひょんに「おいおい…」と鯉伴が眉を下げる。



「何言ってんだよじいちゃん…。僕は継がないって言ってるのに」

「…ちょっくら行ってくらあ。リクオ、ちゃんと母さんの飯食えよ」

「…父さんだって何で悪さばっかりする集団の総大将なんてやってるんだよ…」

「悪さぁ?…おいリクオ、そりゃあちと違うぞ。」



 え?とリクオが顔を上げる。
 何で奴良組なんてもんがこの世に必要か分かるか、リクオ。
 すぐに首を横に振った我が息子に鯉伴が小さく微笑んだ。



「この世には数え切れねぇ程の妖怪が居る。その中には弱く、小せえ奴等も沢山居るんだ」

「……」

「そいつらを護る為の器。…それがこの組が存在する意味の内の1つってわけよ」

「…弱い妖を護る場所って事?」



 そうだ。少なくとも俺は、そんな奴等を護る為に此処の総大将になってる。
 鯉伴の言葉にリクオが目を伏せた。
 そんなリクオの頭に手を乗せ、鯉伴が徐に髪を掻き混ぜた。



「総大将になりたくなけりゃそれで良い。お前はお前の好きな様にしな。」

「…うん」



 リクオの頭から手を退けてぬらりひょんの後を追う。
 自室に戻っていたぬらりひょんの前に鯉伴が無造作に腰を下ろした。
 目の前に座るぬらりひょんの姿は自分とはとても似ても似つかない。



【…いっそ見せたらどうだ鯉伴。てめぇの本当の力をよ。】

「何言ってんだよ親父。俺と山吹の方針に賛同してそんな姿を取ってくれたのはあんただろ。」



 妖怪任侠世界の事はまだリクオに見せるつもりは無ぇ。
 あいつには人としてもう少しだけ過ごしてほしいんだ。
 鯉伴の言葉にぬらりひょんがふんとそっぽを向く。
 そんなぬらりひょんが鯉伴と山吹乙女の頼みで祖父に見えるように態と老人の姿を取って随分と経つ。



【…じゃが、儂とて組の行く末は心配じゃ。】

「あぁ。分かってる。…分かってるよ」

【…しっかりな】

「おう。…ちゃんと育ててやらねえとあいつに怒られそうだしな」



 …もうあやつと…黒凪と会わんくなって何年経つ。
 リクオが今年で13だからな…13年だろ。
 2人はそう言葉を交わし徐に目を伏せた。
 少しの間沈黙が降り立ち、徐にぬらりひょんが口を開く。



【…もう死んどるかもしれんぞ】

「…は?」

【……】

「…どういう事だよ、親父」



 …黒凪は死ぬ場所を決めとる。
 鯉伴がぴくりと眉を寄せる。
 あやつにはあるものを封印すると言う目標があった。…その目標を達成すれば死ぬと言っておった。
 リクオを生んでからすぐにその目標を達成する為に修行をすると言っておったし、あやつの事だ…まだ終わってないとはとても思えん。



「…死ぬ事をやめてるかもしれねえだろ」

【黒凪を止められる奴がおると思うか?】

「………。」



 苦い顔をした鯉伴にふはっとぬらりひょんが笑った。
 今も昔も思い通りにならんのはああ言った奴だけじゃ。
 ぬらりひょんの言葉に鯉伴がゆっくりと顔を上げた。



「なぁ親父、…本当にもうこの世に居ねえと思うか?」

【……あぁ。思うな。】

「…、そうかい」



 諦めた様な声色で言った鯉伴にぬらりひょんが「あぁ」と一言返す。
 ――…へくしゅっ!と裏会の会合中に噂の人物、黒凪がくしゃみをした。
 すん、と鼻を啜った黒凪は「えー、続きをどうぞ…」と報告をしている最中だった裏会幹部に声を掛ける。
 …その頃、リクオはと言うと。



「――居た、鴆さんだ!」

【お待ちくださいリクオ様、何か様子が…】

【…てめぇ蛇太夫…。俺との盃の忠誠心はどうしたよ…】

【ふん。もとより忠誠心などありませんでしたよ。ただ行く場所が無かっただけ…】



 ですが丁度最近に奴良リクオの三代目就任を反対する幹部の御方に声を掛けられましてな…。
 其方に着いた方が私の出世の道もあると考えたまで。
 悪びれる様子も無く言った蛇太夫にリクオの側に居る鴉天狗が「外道め」とボソッと呟いた。



【俺はまだ…死ぬわけには…ゲホッ、ゴホッ】

【フン、まだあの奴良組のバカ息子の事を言ってるんですか。貴方も凝りませんねえ…】

【っ、】

【せめて苦しまずに葬ってやりましょう…!!】



 ぐんっと首が伸びて蛇太夫が大口を開き鴆に迫っていく。
 それを見た鴉天狗が咄嗟に飛び出し、体当たりで蛇太夫を退け衝撃で鴉天狗が鴆の前に転がって行った。
 そんな鴉天狗に鴆が目を見開くと遅れてリクオが彼の側に駆け寄り鴆の身体を支える。



【リクオ!?お前どうして……、おい、お供はどうした…!】

「どうしても鴆さんに伝えたくて、謝りたくて走ってきたから…、……お供は…」

【馬鹿野郎、俺じゃお前を護れねえってのに…ゴホッ、】

【これはこれは奴良リクオ様…。良い機会だ、ついでに貴方も殺して差し上げますよ!!】



 止めろ蛇太夫!……逃げろ!リクオ!!
 鴆の焦った様な声に「落ち着け、俺は大丈夫だ」とリクオが言った。
 その口調と雰囲気にぴたっと止まった鴆がゆっくりと顔を上げる。
 その背中は先程までのリクオのものではない。…明らかに、別物。



【テメェに鴆の大義がほんの少しでもありゃあ、命ぐれぇは助けてやったのによ…】

【ぐっ!?】



 蛇太夫の口に刀を宛がい、其処から蛇太夫を真っ二つに切り伏せる。
 刀に纏わり付いた血を払い鞘に納めたリクオを鴆と鴉天狗が唖然と見守る中、ゆっくりとぬらりひょんの畏を纏いリクオが振り返った。
 その姿は魑魅魍魎の主、ぬらりひょんを彷彿させ、その妖気は完全な妖そのものだった。



【…リクオ、なのか…?】

【まあな。】

【……はっ。やっぱり四分の一は妖怪だったって事だな】



 眉を下げて笑った鴆にリクオも笑い、彼の目が鴆の牛車に向いた。
 ごそごそと中を漁ったリクオが酒瓶を取り出しお猪口を2つ持って鴆の前に座る。
 鴆のお猪口にリクオが酒を注ぎ、向き合って酒を煽った。



【…なぁ、リクオよ】

【あ?】

【俺と盃を交わしちゃくれねーか。…俺のこの残りの命、あんたに託したい】

【…本気か?】



 俺は嘘は付きませんぜ、三代目。
 小さく笑って言った鴆にリクオが笑い、互いに腕を交差させて自分のお猪口を口元に持って行く。
 そうして同時に酒を喉に流し込むとお猪口を置いて腕を解き、リクオが立ち上がった。



【そろそろ帰りな、鴆。体調もそう良くはねえだろ】

【…あぁ。本当はあんたと夜通し語り合いたかったんだがな】



 牛車に乗って飛び上がった鴆を見送り、空を見上げていたリクオが徐に鴉天狗を呼んだ。
 鴉天狗はすぐさまリクオの側に飛んでゆくとその姿に目を伏せる。
 朝になってしまえば目の前のリクオは消え、普段のリクオとなってしまう。
 それを考えると勿体無くて仕方が無かったのだ。



【…鴉天狗よ】

【は、はいっ】

【…俺は三代目を継ぐぜ。】

【!!】



 一体後何人の妖と盃を酌み交わせば良い?
 彼の言葉に「それは、その」と鴉天狗が言い淀む。
 その様を見たリクオはふ、と笑って「自分で考えた方が良いよな」と言い放つと再び空を見上げた。



【…なぁ鴉天狗】

【はい、】

【……俺ぁ今日、この姿になって…】



 一体誰にこの事を伝えたんだろうな。
 …はい?とリクオの言葉に鴉天狗がそう聞き返す。
 俺もよくは分からねえ。…ただ、



【俺が"表"に現れた時、誰かがそれに気付いた筈なんだ】

【は、はあ…】

【…誰かは、分からねえんだがな】



 誰かが、確かに俺に気付いた筈なんだ。…誰かが。
 ざあっと風が吹く。
 その風に揺れた白髪を片手で抑え、黒凪が夜行の屋敷の縁側で月を見上げる。



『(…これはやっぱりリクオなのかねえ)』

【面白そうな妖気が流れ込んで来てるなァ】

「面白そうか?…多分俺等と同類だぜ、この気配。」

【良いねェ…発展途上って感じで。】



 発展するかどうかは分からねーぞ。
 ニヤニヤと笑っている火黒にそう言って閃が黒凪の横でコップに入った牛乳を飲みほした。
 一方の限は黙って雲の流れを見ているとぼそっと一言、



「…知ってる気がする」

『え?』

「…俺は、この気配を知ってる」



 限の言葉にドキッとする。
 彼の次の言葉を待つ様にじっと見ていると限はやがて眉を寄せて首を傾げた。
 あ、そこまで確信を持った感じじゃない…?
 そんな事を考えながらじーっと眺めていると思い出した様に限が片眉を上げる。



「あぁ、最近潜入してるとこの…」

『え、あんたまたどっかに潜入してんの』

「浮世絵中学校…。の、…、奴良…」

『!』



 …奴良、リクオ…?
 眉を寄せて絞り出す様にそう言った限に微かに目を見開いた。
 そんな黒凪に気付かず閃が「なんで潜入してんの?」と限に問いかける。
 限が空を見上げたままで口を開いた。



「妖混じりと妖が結構混じってるから、それの調査」

「ふーん。まあ最近は妖も人間に紛れ込める奴が増えてるもんな。…お前は相変わらず皮がねえと無理っぽいけど」

【俺もこのまま昼間に歩こうと思えば出来るけどなァ…。やっぱ皮の中のが楽なんだよなァ】

「…ふーん。」



 …そんなに気になるなら見に行く?
 黒凪の言葉に「またお前は無茶を、」と閃が振り返った。
 しかしそんな閃を押し退けて顔を近付けた火黒が「行く」と即答する。
 にやっと笑い合った2人に限と閃が呆れた様に顔を見合わせた。



『そうと決まれば正守に話通して来るわ』

【また無理矢理承諾させるくせによォ】

『さーて何の事かしら〜』

「…見に行くって、まさか限と一緒に潜入するとか言うんじゃねーだろーな…」



 え?そのつもりだけど。
 あっけらかんと言った黒凪に「そりゃいい」とまた火黒が賛同した。
 項垂れる閃の背中を限が叩いて「諦めろ、あいつはあんな奴だ」と慰める。
 …我等が頭領の元へ向かう彼女の足取りは軽い。


 
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