隙ありっ 過去編
□隙ありっ 過去編
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19年前のあの頃 with 降谷零
子供の時の記憶とは曖昧なもので、きっと人それぞれ急に自我が目覚めたかのように記憶が始まっているのではないだろうか。
私のかつての子供の頃の記憶の始まりは、自分が何をしていたかさえ定かではないが…「そうか。自分は生きているんだ。」そんな風にふと思い立った時から始まっている。
まあ、それは今の人生から数えると1つ前のものだけど。
「黒凪、じゃあお母さんお仕事に行くからね。」
『いってらっしゃい、おかあさん。』
私、宮野黒凪。
日本人とイギリス人のハーフである母と日本人の父の間に生まれたなかなか美人なクオーター、7歳。
今年開業したばかりの両親の病院、宮野医院の2階に住む、以前の人生の記憶を持った人間である。
「あれ、黒凪。今日学校は?」
『もうすぐ行くよ。』
「そっか。気を付けてな。」
そんな風に言って母の様に1階の職場へと向かっていく父。
両親は何故か達観している子供を持って最初は戸惑っていたが、2人の初めての子供である為、まあこんなものなのか? と今ではもう私のこの異常さを気にも留めていない。
私ももう小学校に上がってからは少しでも子供っぽく自分を見せることを完全にやめていた。
てっきり大人に近づくにつれ以前の記憶が消えていくかと思ったが…そうでもないらしい。
しっかり鮮明に色々思い出せる。勉強とかはちょっと不安だけど、まあやっているうちに取り返せるだろう。
『よいしょ。』
記憶に懐かしい、真っ赤なランドセルを背負って家を出れば、学校へと向かう班の子たちが待ってくれていた。
さて、今日も7歳としてそれとなく頑張っていこう。そう思って始まった、何気ない1日。
そんな今日に出会う男の子とこれから何十年も関わっていくなんて、思いもしなかった。
「わっ、ガイジンが怒ったー!」
『へっ?』
ある種自分を差すその言葉に、振り返った。
そして怒ってないよ、という言葉が喉のあたりまで上がってきたところでその言葉がほかの誰かに向けられていることに気づく。
なぜならそこには私よりも何倍も外国人らしい容姿を持った男の子が頬に擦り傷をつけて同級生らしき子たちに飛びかかっていたから。
「うわーっ、痛い痛い! やめろよ!」
「先生に言いつけてやるー!」
外人、そんな事実に言い返せないのだろうか、その男の子はただひたすらに同級生を殴り続けている。
金髪の髪に青い瞳、それから褐色の肌。人より少し肌が白くて、瞳も髪も茶色に近いだけの私とはレベルの違う身なり…移民の家系の子だろうか?
「こら、降谷!」
「っ、」
先生の太い怒鳴り声に、やっとその男の子が動きを止める。
途端に先生に腕を引っ張り上げられ、降谷と呼ばれた男の子は同級生から離された。
「なんで友達を殴ったりしたんだ⁉」
「…友達じゃ、ない…」
「なんだって⁉」
ああいうの、フリョウっていうんだよ。
そんなこそこそ話が聞こえてくる。
名札の色からして、噂をしているのは高学年の生徒たち。
対する降谷君は、2つ上の小学3年生らしい。
「つまりお前は、友達じゃないからっていう理由で殴りかかったんだな⁉」
「…。」
そういう風に怒鳴ると、子供は言葉が出ないものだ。
私は精一杯子供っぽく言葉を選びながら助け舟を出した。
『せんせー。ガイジンって言っちゃダメな言葉でしょ?』
「あっちに行っていなさい。今大事な話…」
『わたし、ガイジンって言われると悲しいよ! でもそこの皆、このおにーちゃんをそう呼んだの!』
「え?」
ガイジンって、傷つくよね!
大きな声で言ってやれば、ぎく、とバツの悪そうな顔をした降谷君の同級生達。
一方の降谷君はぽかんと私を見て、そして必死にこらえようとしているのがバレバレだが、涙がほろりと出た。
「…降谷、本当にガイジンって呼ばれたのか?」
「よ、ばれた…」
「…。お前たち…。」
「ひいっ、ご、ごめんなさい…」
泣いたら謝るのかよ。ホント、子供って単純…。
途端にチャイムが鳴り、降谷君たちは別室へ、私は授業のために教室へと戻ることになった。
それから授業を終え、帰路へ着いたのだが…。
帰路の途中にある公園でまた見慣れた金髪が同級生らしき子たちと転がりまわっているのが見えた。
転がりまわる、というと語弊があるだろうか? 殴り合いながら転がっている感じだ。
「喧嘩だ! せんせーに…」
『あのおにーちゃん、私の友達。』
「えっ?」
『私がつれていくから、心配しないでー!』
そんなふうに言って班から抜け出した。
班長を務める子は高学年とは言ってもまだまだ小学6年生。
本来一番信用してはいけない1年生の言葉を信じて歩き出してくれた。
そんな様子を横目に、息を大きく吸う。
『せんせー! 喧嘩してるよー!』
「げっ、逃げろ!」
「先生が来るぞ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げて行った悪ガキたちを見送り、しかめっ面で座り込んでいる降谷君のもとへ。
『ふるやくん。』
「…あ、学校の…」
『ガイジン仲間だね。』
そう言えば、口をきゅっと結んで沈黙した。
まあ、外国人の血が混ざっていることは真実なんだし、ここは強くなるんだ。降谷君。
『うちの家、病院なんだよ。足のケガ、見てもらお。』
そう言って手をつなげば、降谷君は驚いたように目を見開いた。
しかし何も言わずに立ち上がり、とぼとぼと私の後をついてくる。
『降谷、何君?』
「…レイ」
『へえ…私は黒凪。もう喧嘩しちゃだめだよ。レイ君。』
「…。」
そうして私、宮野黒凪と降谷零君は友達になった。
まあ、喧嘩してボロボロになるレイくんの面倒を見る、保護者みたいな感じだったけど。
初めてのオトモダチ。
(あらあら、お友達?)
(…髪の毛、)
(うん? ああ…一緒の金色だね。)
(私の母、エレーナのそんな言葉にレイ君はまた大粒の涙を流した。)
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