隙ありっ 過去編

□隙ありっ 過去編
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  7年前のあの頃 with 松田陣平


「――集合! 三列縦隊! 日朝点呼番号!」

「1!」

「2!」

「3!」



 警視庁、警察学校。
 主に4月と10月に新入生を迎え入れ――毎年1200名ほどの学生が一人前の警察職員となるべく教育と訓練を受ける、職業訓練学校である。



「鬼塚教場、気を付けィ!」



 この教場、というのは一般で言うクラスのこと。
 鬼塚教場ということは、鬼塚教官が担当するクラス全体をさす名称である。
 ちなみに何の因果か、レイ君と私は同じ鬼塚教場だった。



「――んん?」

「どうした、松田と降谷。その顔の傷は。」

『(殴るにしても見えないところにしておきなさいよ…)』



 実は! と先ほど点呼を担当していた…確か、伊達航 (だて わたる) さんが一歩前に出て言った。



「昨晩、自分の部屋にゴキブリが出まして! その退治を2人に助けてもらった時…夢中になりすぎて机や立てかけたベッドが倒れてきたために怪我をさせてしまいました!」

「ゴキブリだぁ?」

「とはいえ大切な学校の備品に傷をつけてしまった罰として、鬼塚教場は1周多く走ってきます! いくぞ!」

「「おう!」」



 最悪…なんて女生徒たちから声が上がる。
 それには同感する。ただでさえ女生徒は男生徒と同じ量の運動をさせられるというのに。



「二列縦隊マラソン始め!」

「お、おいまだ話は――。」



 なんて言っている鬼塚教場をフル無視して走り去っていく彼ら…5人組。
 既にこの警察学校で異彩を放つ5人は既に鬼塚教場にもしっかりと顔と名前を覚えられていることだろう。



『(…それにしても)』

「……。」



 レイ君からの視線が痛い…!























「…ゼロ、あの子か? お前が探してたの…。」

「あぁ…。でも俺を見ても全く驚いた様子を見せないし…人違いかもしれない…」

「名前は?」

「それもまだ…。」



 恐らく今も眉間に皺を寄せに寄せまくっているであろう俺の顔を見て苦笑いをこぼすヒロ。
 俺たちの少し前では昨晩殴り合った松田と、松田と仲の良い萩原も俺たちのように会話を交わしながら走っていた。



「それにしても、プロボクサーの親父さんに仕込まれたお前をそんなにするなんて降谷ちゃんもやるね〜」

「うっせー。」

「うは、差し歯まで取れてんじゃん! ウケるー!」


「…ゼロ、」



 ん? とヒロへと目を向ける。



「萩原って女生徒達と仲良かったよな…。彼女のこと聞いてみれば?」

「え? あぁ…」

「なになに? 女の子の話?」



 と、こちらが釣り糸を下ろす前に食いついてきた萩原。
 若干その反応速度に驚いていると、萩原はニコニコと爽やかな笑顔を見せながら人差し指を立てた。
 なるほど、これは確かにモテるだろうな。なんてその姿を見ながら思う。



「俺のオススメはね〜」

「いや、オススメじゃなくて…」

「前を颯爽と駆ける、ミス・パーフェクトだな!」



 ミス・パーフェクト?
 とヒロ、俺、そして松田の声が重なる。
 対して俺たちとは違った反応を見せたのは班長の伊達。



「あぁ…総代候補にもなったらしいな。宮野さんだろ?」



 ドクン、と心臓が跳ねた。
 宮野? 今、宮野って言ったのか?



「そうそう。女子の中で成績はダントツの1位…降谷ちゃんともほぼ同立。パーフェクトすぎてサイボーグ説が出てるぐらい。」

「ただ噂によると…、あ、おい降谷!?」



 速度をあげて彼女の隣に並ぶ。
 彼女はこちらに視線すらも向けない。



「あの…宮野さん?」

『…訓練中に女生徒に話しかけるなんて…総代としてどうなんです?』

「!」



 …違う…?
 彼女は、俺の知る黒凪は…。
 あんなに暗い目をする人じゃ、なかった。



「あらら…降谷ちゃんでもやっぱダメだったか…」

「え…」

「ほら、あのプロポーションだろ? 狙う輩は多いわけよ。でもそれをことごとくあの無表情で玉砕していくわけだから…」



 ミス・パーフェクトはあだ名の通り、高嶺の花ってことで。
 呆然と、前を一定の速度で走っていく彼女を眺める。
 でも…どうしても重なるんだ。小学生の頃、俺の手を引いて病院に連れていってくれた、あの後ろ姿に。
 どうしても…。




















「――拳銃訓練! 始めっ!」



 途端に響く、ヘッドセットのおかげでくぐもった無数の発砲音。
 引き金を引いた時にビリビリと腕に響く感覚…やっぱりゲームなどで射撃をするのとは随分と違った感覚だった。



「(あ? 全然当たんねーし…)」



 ざわ、と俺以外の全員が驚いたように一斉に右側に目を向けた。
 俺も同じようにしてそちらへと目を向ければ、唯一ほとんどの銃弾を的の真ん中に的中させている降谷と…。



「(ケッ、ミス・パーフェクトね…。)」



 それ以上の精度で的に弾を命中させた、ミス・パーフェクト。たしか、宮野…。
 げんなりしてもう一度引き金を引く。やはり球は外れた。



「(っかしーな…どっかおかしいんじゃねーかこの銃?)」



 そう思い始めるとバラして確認したくなるのが俺のサガ。
 早速その場に胡座をかいて黙々と銃をバラしていく。
 えーっと…。お、あったあった。



「お、おい松田…」



 バラした拳銃を見て焦ったようにそう俺の名前を呼ぶ諸伏。
 そんな諸伏に今しがた見つけたシリンダーストップを嬉々として見せる。



「見ろよ、やっぱシリンダーストップいっちゃってたわ。」

「松田ァ⁉︎ 何をしている貴様、すぐに元に戻せ!」

「あちゃー、またやっちゃったか陣平ちゃん。」



 呆れたようなハギの言葉に「んだよ…」と、鬼塚教場の怒鳴り声を聞きつつ返答してやれば、降谷の野郎が興味を持ってこちらを見た。



「また、と言うと?」

「陣平ちゃんは昔から分解魔でさ。ガキの頃からなんでもかんでも分解しないと気が済まないたちなんだよ。」



 おかげでメカとか爆弾に関しては、それはもーすげえ博識よ?
 ミス・パーフェクトも勝てねえかも。
 なんて宮野にまで会話を広げるハギ。
 ま、当の宮野は黙々と銃を撃ち続けて…って、全弾真ん中に当ててやがるし。



「拳銃訓練は中止だ、中止! 全員装備返却! 松田はそこで立っていろ!」



 ああ? 外で立ってろって…俺は銃の部品の不備を見つけたってのに…。



「――よし、これで拳銃、実弾ともにすべて回収し終えたか?」

「そ、それが…実弾が1つ足りず…」

「何ィ⁉」



 くあ、とあくびを漏らす。
 んだよ…誰だよ弾なんて盗んだヤツは…。



「はい…すべての拳銃も、実弾も数えたんですが…。とはいっても、松田の分はまだ御覧の通りバラバラですので回収はできていませんが。」

「なっ…松田ァ! なんでお前の拳銃は未だバラバラなんだっ!」

「はあ? 立ってろって言ったじゃないっすか。」

「お前…隠している実弾を今すぐ出せ!」



 はああ? 全部撃ったし空薬莢も渡しただろうがよ…!



『――お言葉ですが鬼塚教場。』

「あぁ⁉」

『先ほど松田君が鬼塚教場に手渡していた空薬莢の数はリボルバー拳銃に入る実弾数の最大値でした。彼が他の生徒から実弾を盗みでもしない限り…くすねることは不可能です。』

「あ、あぁ…⁉」



 出鼻くじかれて変な返事してんじゃねーよ、教場サマよお…。
 と呆れたように鬼塚教場を見つつも、ちらりと噂のミス・パーフェクト…宮野へと目を向ける。



「(つか、宮野の奴いつ俺が渡した空薬莢の数なんて…)」

「すみません、鬼塚教官…屋根の補修工事の作業をチェックさせていただいても構いませんか…?」

「え⁉ あ、はいっ! ご案内いたします…!」



 いいか⁉ 誰が実弾をくすねたのかわからんが…自主的に差し出すんだ!
 そう怒鳴る鬼塚教場の視線の先にいるのは俺。ったく、まだ疑ってんのかあのおっさん…。



「まあ、松田もお前がやったんじゃないなら堂々としてろよ。俺が真犯人をすぐに見つけてやっから…。」

「お、おお…」

「大丈夫だ。ミス・パーフェクトもついてる!」



 んだよ、班長…伊達だっけか。こいついいやつだな…。



「甘いなあ、班長は…。」



 そんな声に振り返る。
 こちらに笑顔で近付いてくる降谷が俺の視界に入った。



「疑いを自分の手で晴らさせないと…彼も父親の様になってしまうかもしれない。」

「…あぁ? テメェ…俺の父親のこと調べやがったのか…⁉」

「まあ、少しは…だけど、やっぱり君の口からきくべきだと思ったよ。だから聞かせてくれないか?」



 ぶち、と血管のどこかがキレたような気がした。
 俺は…何も知らねえ野郎なんかに、俺の父親のことを語られるのがこの世で一番むかつくんだよ…!



「聞かせてやってもいいが…それは、」



 降谷が身構える。



「テメェを殴った後だ…降谷…!!」



 バキッ、と音が背後…いや、正確には自分が背にしている方向の、天井の方から。
 何か重いものが固い木のようなものを破壊したような、そんな音がした。



 
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