隙ありっ 過去編

□隙ありっ 過去編
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  7年前のあの頃 with 伊達航


「ちょっと良いかい?」

『…はい』



 素直にそう返答を返してくれた彼女に小さく笑みを浮かべて、医務室のベッドを隠すカーテンをどかせば…ベッドの上に座る宮野さんがこちらを見上げた。



『業務連絡でしょうか。伊達君。』

「あいにく、今日は個人的に宮野さんと話したくて来た。迷惑だったら言ってくれ。」

『…迷』

「降谷の話だ。」



 迷惑、と言いかけた口をつぐんだ様子を見て眉を下げる。
 やっぱり…。今回のトラック事件から、いや…正確には以前のコンビニ強盗事件からだろうか。
 降谷に極力関わるまいとしていた彼女が、今は何処かあいつが心配でたまらないように見える。



「…。降谷から全部聞いた。」

『!』

「宮野さん…大丈夫か?」



 彼女の目が真っ直ぐにこちらを射抜く。
 俺の言葉の意味を考えているらしい。
 だけど、この程度のカマには乗ってくれねえか。



「あのコンビニ強盗の日…君と一緒にいた黒人の男…」

『…』

「あの男と降谷、今度会うらしい。あんたが置かれている状況をどうにかする算段を練るために。」



 この時俺は見逃さなかった。彼女の目が一度、ぐらりと大きく揺れたのを。
 もちろんここまでの話は全て嘘だった。
 余計なお世話だと思ったが…こうして警察学校の同期として苦難を乗り越えていった降谷と宮野が心配で、こんな芝居を打つことにしたのだ。
 2人が、とてつもなく大きな何かに関わっているようで…ある日突然2人とも、いなくなってしまいそうで。そんな不安が理由もなく俺を駆り立てるから。



『…。』



 沈黙が落ちる。彼女が静かに考えているのが分かる。
 それは、この状況を切り抜ける方法か? それとも、こんな俺を信用して頼るべきかと、考えてくれているのか…?



『降谷君に伝えてください。』

「!」

『…貴方が心配する程、私は弱くないって。』



 ダメだった、か。



『そして貴方にも言わせていただきますが』



 視線が再び彼女と交わる。



『心配してくれてありがとう。…でも、私は大丈夫。』

「…、」

『貴方たちのことは信頼しています。けれど…』



 目を伏せる宮野さんを見て、ほんの少しでも降谷の気持ちが分かった気がした。
 これは…、



『(警察学校内ではもてはやされる実力の持ち主でも、到底組織と相対するには足りない。この人たちとでは、勝てない。)』



 無力感だ。
 目の前の女性1人助けられない、敗北感。
 そして彼女の、宮野さんの信用にたる人間にもなれない、無力感…。






























「――おう。班長どこ行ってたんだ?」

「ちょっとな…」



 食堂で集まっているいつもの面々を見渡し、最後に降谷を見る。
 やはり何かを抱え込んでいるように思えてならない。班長として…友として、何かできないものか。



「…班長?」



 皆と違って食事を持ってこないまま席に着いた俺を怪訝に思ったのだろう、諸伏が小首をかしげる。
 と、そんな諸伏の声に松田や萩原…そして降谷もこちらを見た。
 正直、俺だって降谷がこちらを頼ってくるのを待つべきだとは思っていた。
 だが俺たちもそろそろ卒業が近い今、行動を起こすなら早い方が良いのではないかと思い始めていたんだ。
 …特に、宮野さんの様子が大きく変わってきた様に思えてきたから。



「…宮野さんと話してきたんだ。」

「え?」



 降谷の顔色が変わる。
 何かを期待しているような、なんとも言えないその表情に眉を下げて応えた。



「何も話してはくれなかったが。」

「…ぁ、そ、そうか。」



 すぐに取り繕うようにスプーンを動かし、食べていたカレーを口に含んだ降谷に目を伏せる。
 ほかの面々が俺と降谷を交互に見ているのが分かった。



「皆どう思ってるかわからねえが…俺はな、降谷。お前と宮野さんが心配なんだよ。」



 降谷が口をぐ、とつぐみ、目を伏せる。
 途端に松田や萩原、諸伏が食べていた手を止めた。



「宮野さんと話してきてお前の気持ちが分かったような気がするぜ…。頼ってもらえねえ、何が起こってるのかさえも教えてもらえねえ。かといって自分で突き止めることもできねえ…。」



 無力だよなあ。
 降谷が持っていたスプーンを皿の上に置いた。



「お前が打つ手なしで悩んでるのはよーく分かった。…だがな、俺たち5人でならどうだ?」

「…。」



 降谷が不安げにこちらを見る。
 その隣で松田と萩原、そして諸伏が顔を見合わせたのが分かった。



「…ま。確かに宮野はでけえ獲物だよな。」

「陣平ちゃん、獲物って…」



 ゼロ、ありゃあオメー1人じゃ無理だ。頼れ!
 松田が言う。そしてそれにつられるように萩原も小さく笑って、



「まあ、5人集まればそれだけ色んな策も生まれるってもんだしな。」

「…うん。ゼロ、話してみてよ。」



 続いて諸伏もそう言うと、降谷が徐に口を開いた。



「正直、今でも怖い。この俺の判断が、どう事態を動かすのか…。けど、頼ってもいいかな。」

「あったりめーだバカ!」



 良かった。そう思う。降谷が頼ってくれて…。
 松田が肩を組み、ぶんぶん振り回されながら笑顔を見せる降谷にほっとする。
 だがこの時俺はまだ正直事態を舐めていたのだと、話を聞いて思い知らされることとなる。
 降谷と宮野が抱える、この問題の闇の深さを…。



「…正直、彼女が何に巻き込まれているのかは俺もまだ分かってはいない。俺が突き止めた事といえば、警察学校外で宮野さんの知り合いに、俺たちが違和感を感じていることを気取られてはいけないって事だけ…」

「はあ? んだよそれ…誰に言われた?」

「コンビニ強盗の時にいた、黒人の男だよ…。もし目をつけられれば、俺自身も…そして宮野さんをも破滅させかねないって。そう言われた。」

「…ヤクザとかマフィアとか…そういうのに巻き込まれてるって事かな…?」



 諸伏の言葉に、眉間にしわを寄せながら降谷が首を横に振る。



「分からない…。その男には、少なくともただの学生である今は何もできることはないって言われて…。かといって、どこまで上り詰めればこの問題に手を出していいのかさえも、全然わからない…」

「…。これは俺の考えすぎなのかもしれないんだけどさ。」



 萩原の声に降谷が顔をあげた。



「前のトラック暴走事件の時…宮野ちゃんはトラックの運転手がどうなるっていうより、降谷ちゃんのことを気にしてたみたいだった。…まるで、降谷ちゃんの行動の結果に万が一のことがあれば、言い方は悪いけど ”無駄死に” みたいな。」

「…確か、運転手は心臓発作で亡くなっていたんだったな。」

「あれから俺、少し調べたんだけど…あの運転手、持病も何もなかったらしい。ただ、生前妙なことを言ってたって。」

「妙な事?」



 ”やばいものを見てしまった” って。
 空気が冷えていくのが分かった。
 まさか、あの運転手は殺されたとでもいうのか?



「…そう思うとさ、正直怖いわけよ…なんで宮野ちゃんがああもタイミングよく現場にいたのかとか…色々と、さ。」



 沈黙が落ちる。
 諸伏の言っていた、ヤクザやマフィアなどの組織が彼女のバックについていることも、いよいよ本格的に視野に入れるべきかもしれない。



「そうなると、さ。確かにゼロが言われたように下手に首を突っ込むのは宮野さんにとっても不味いかもしれないな…。」

「…ああ。それに、警察学校内での彼女の実力を見ていると、逃げようと思えばどうとでもできるような気がするんだ。宮野さんなら。それをしない、というか出来ないってことは…」

「…人質、か。」



 俺の言葉に降谷が深く頷いた。



「黒凪…、俺が昔友達だったあの子が引っ越す直前、ご両親がこう言っていたことを覚えているんだ。これから3人家族じゃなく、4人家族になる、って。」

「…なるほどな。つまりは、宮野に妹か弟がいて…下手すりゃそいつらが人質に囚われているせいで身動きが取れないでいる、と。」

「俺のただの憶測だけど…。」



 全員で顔を見合わせる。そうなると、確かにその組織…仮に “敵” とすると、奴らにとって俺たちは邪魔者でしかない。
 その上ただの病気に見せかけて人を殺すような奴らだ。宮野さんだって、頼りたくともできないだろう。



「…とにかく、彼女の信頼を勝ち取ることが先決かもしれんな。」



 俺の言葉に4人が小さく頷く。
 油断も焦りも禁物だ。まずは宮野さんに状況を確認し、慎重に対処しなければならない。
 そして、彼女を思うなら…これは俺たちだけで内密に進めるべきだ。
 はやる気持ちを理性で抑え込みながら、早く動く心臓を抑えようと息を深く吸う。
 それでも焦りのような、恐怖のような…この気持ちの悪い感覚が消えないのは、やはり俺自身…恐れているからだろうか。



 伊達航


 (班長として、感じるんだ。)
 (徐々に諸伏や萩原、松田…そして俺が)
 (降谷が感じていた彼女の、宮野さんの違和感に勘づき始め)
 (そしてその後ろに潜む深く冷たい闇に…気を抜いた途端に巻き込まれていくような)
 (そんな危うさを。)

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