隙ありっ 過去編

□隙ありっ 過去編
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  6年前のあの頃, 時計じかけの摩天楼


「ゼロ! 本気でいくつもりか⁉︎」

「悪い、どうしても放っておけそうにないんだ…」



 ポケットに先ほど入れた自身の携帯が着信を知らせる。
 携帯を開くと、班長からだった。



「もしもし、班長?」

≪おー諸伏。降谷は?≫

「まだいるけど、もう…」

≪米花シティビルに向かうところ、ってか?≫



 肯定の意味で言葉を止めれば、班長が笑った。



≪丁度、俺も本庁から出るとこだ。相乗りといかねーか?≫



 ゼロへ目を向ける。
 頷いて外に飛び出そうとしたため、僕も仕方なくそれに続くことにした。
 本当、宮野さんが絡むと後先見えないゼロと、そのフォローに回る僕、そして班長。
 警察学校時代と何も変わってないな、なんて苦笑いの様な笑みが溢れる。






















「どれぐらい時間が残されてるかもわからねえ…手分けして探すぞ!」

「オッケー…!」



 本当、どうしてこんなことをしているのだろう。
 いつ爆発するかわからない、そんな状況下で心臓の鼓動が早まって行く。
 脳裏に浮かぶのは、志保。



『(いっそこのビルにいる全員を見捨てて志保の元へ行ってしまおうか)』



 私まで居なくなれば、志保はどうなってしまうだろう。
 あの地獄の様な、組織の中で…。
 米花シティビルの5階に併設されている映画館へと足を踏み入れる。
 母親と手を繋ぎ、嬉しそうに歩く少女が目に入った。



『(志保――)』



 途端に、建物が大きく揺れ、背後から物凄い衝撃が襲った。
 突風に体が前のめりに倒れて、それでもなお転がって行くほどの衝撃の中何人かにぶつかったのもわかった。
 まあ、そこまで考えたところで意識が途切れたのだけど。



『――、』



 どれぐらい気を失っていたのだろう。
 子供の耳をつんざく様な鳴き声で目が覚めた。
 顔を上げると、瓦礫で塞がった映画館の入り口が目の前に広がった。
 そして声がする方向を見れば、崩れかかった映画館の端で震えている人々。
 目元に液体が垂れてくる感覚がした。血が出ているのか。そういえば額のあたりがズキズキと痛む。



『(これが犯人の言っていた爆弾? それとも他にもまだ爆発物が…? 松田君と萩原君は…?)』



 思考が1つに纏まらない。
 痛みと興奮と混乱と…様々なものが混ざり合っているのだ。



「お、おいキミ、そこから離れた方がいいぞ…! 入り口があったあたりに爆弾の様なものがあるんだ…!」

『!』



 体を持ち上げ、男性が指を刺す先に佇む赤色の紙袋を開くと、悲鳴の様なものが上がった。



『(あと20分か…)』

「お、おいっ! 余計なことはしないでくれ、頼むから…!」

『…大丈夫です。これでも機動隊に所属している爆発物処理班の人間ですから…。』



 目元の血をぬぐい、胸元から警察手帳を見せれば、今度は歓声のようなものが小さく上がる。
 爆弾を紙袋から取り上げ、人々から離れた瓦礫の傍で腰を下ろし、爆弾のケースを開いた。



『(…うん、これなら解除できる。)』

「――宮野! 宮野いるかー⁉︎」

「宮野ちゃーん! おーい!」



 入口をふさぐ瓦礫の向こう側から私の名前を呼ぶ声がする。
 よかった、2人とも無事だった。
 両袖をぐっと持ち上げ、胡坐をかいて爆弾の解体に取り掛かる。



「――大丈夫か!?」

『!』



 思わず手が止まる。
 え? 今の声って…。伊達君?



「班長! 宮野がいねーんだ!」

「てか3人ともどーやってここまで登ってきたんだよ?」



 松田君と萩原君の声。
 そして、



「いや、爆発前から1階から各フロアを走り回って君たちを探してたから…」

「丁度5階に到着したところだったんだ、タイミングが良かったな。」

「それより宮野さんがいないって!?」



 諸伏君、伊達君、そして…レイ君。
 何なの? この人たち。あの電話の後にわざわざここまでやってきたの?



「この瓦礫の先に映画館があるんだ、確か宮野はそっちに…」

『ふふ、おかしい。…松田君、萩原君!』

「! 宮野!?」

「宮野ちゃん!? 無事だったか!」



 瓦礫に一気に近付いて大声を出すものだから、彼らの声は映画館に良く響く。



『こっちは大丈夫。瓦礫に挟まった人も見当たらない…ただ、20分後に爆発する爆弾が1つあるけどね。』

「はあっ!?」

『そっちのフロアは大丈夫なの? 周りを確認した方がいいわよ。』

「っ、ハギ、行くぞ!」

「おうよ! 班長達は宮野ちゃんを頼む!」



 松田君と萩原君が離れていき、変わって伊達君、諸伏君、そしてレイ君がここに留まることになったらしい。



「宮野さん、大丈夫なのか!?」



 レイ君の焦ったような声がする。



『大丈夫。今爆弾の解体中だから、少し待って…。…危険だから、貴方たち脱出できるならそうしたら?』

「…脱出? 君を放って?」



 諸伏君が呆れたように言って、



「「「するわけないね。」」」



 3人が声を合わせて言った。
 まあ、予想していた返答だけど。
 コードを切っていく。



『…よし、できた。』



 残り5分というところでタイマーが止まり、息を吐く。
 しかしすぐに「ん?」と眉を寄せる。
 ずっと自分が解体していた爆弾の音を聞いていたためだろうか。時計の針が進む音が、消えない。



『(まさか、まだどこかにある? 見落としていた…?)』



 立ち上がり、瓦礫の隙間やカウンターの下などを隈なく探していく。
 急に私が言葉を止めたからだろう、瓦礫の方から心配げな3人の声が聞こえてくる。



「宮野さん? 大丈夫か?」

『…、タイマーの音、そっちの方でしている?』

「タイマー? …、たしかに、ちょっと待って。」


「――あった!」



 レイ君の声に顔をあげ、瓦礫の方向へ。
 小さな瓦礫と瓦礫の間から向こう側が見える。その先でレイ君と目が合った。



「宮野さん、この瓦礫の下に小さなくぼみがある。女性なら入れるかもしれないけど…」



 レイ君が差す方へと向かってみれば、確かに瓦礫と瓦礫の間で通れそうだ。
 ただ、奥ばった位置に爆弾がある。この場所だと衝撃を受けただろうに、爆発していないなんて奇跡に近い。
 目を凝らして分数を見ると…



『(5分、か。)』

「宮野さん? 」

『…降谷君、諸伏君、伊達君。』



 振り返る。彼らと目が合う。



『ここはもういいわ、松田君と萩原君のところにいって。』

「え、」

『あと5分しかないの。私でもギリギリ解体できるかどうか…。…被害は最小限に留めるべきだわ、中には人がたくさんいる。…最悪、犠牲は私だけで。』

「バカを言うな!」



 レイ君の怒鳴り声に肩が跳ねる。



「皆で生きて帰るんだ…! 宮野さん!」



 もう一度だけ振り返れば、レイ君と同じく諸伏君と伊達君も私をまっすぐに見て頷いた。
 その後ろに松田君と萩原君が戻ってくる。そして瓦礫の隙間から私の手元にある爆弾を見ると、ぐっと口をつぐみ、こちらに近付いてきた。



『…、馬鹿ね。』

「残り時間は?」

『3分。』

「大丈夫だ、俺達がいる。やるぞ、宮野。」



 萩原君、松田君が交互に言った。
 こんな極限状態だからだろうか、馬鹿な想像ばかり浮かぶ。
 この人たちが、私が組織に連れてこられたとき傍にいてくれたらどんなに良かったか。
 大丈夫だと、傍にいるからと言ってくれていれば…どんなにありがたかったか。



「待て、そのコードじゃねえ、1本下だ。」

『っ、(危な、)』

「深呼吸、深呼吸。」

『…、』



 あと30秒。…15秒。
 心臓の鼓動が大きくなっていく。ああ。怖い。
 ここで死ぬの? この秒数が0になってしまったら。



「宮野、考えんな! 大丈夫だ!」

「宮野さん、」

『!』



 レイ君。
 微かに振り返る。瓦礫の隙間から手を伸ばして、私の肩に手を触れていた。
 どこにもいかないと。私が死ぬのなら、自分も死ぬと。
 そんな目を見て――この人たちに死んでほしくないと、思った。
 震える肺を抑えて、息を吸って、コードを切っていく。



『(あと少し。出来る。やらなければ。私は、)』



 志保の元へ戻るの――。
 パチン、と酷く鮮明に、音が聞こえた。
 カウントを続けていた数字が、00:02を示して止まっている。



『…、』



 身体の力が抜けて、後ろに倒れかかったのを両腕で支える。
 そこからは良く覚えていない。ぼうっとしている間にも、私が入っていた隙間から身体の小さな子供、女性が脱出し、その頃には自衛隊員たちもやってきていて、瓦礫をどかし男性陣も脱出し、映画館のフロアから全員が脱出していく様子を見ていたのを、どこか覚えている。
 私自身ははっと気付くと外にいて、肩に毛布が掛けられていて…少し離れた位置で煤や灰を頬や頭につけた松田君と萩原君が現場の警察官に報告をしていて、救急車に腰かける私を守るようにレイ君、降谷君、伊達君が周りに立ってくれていた。



『(やり切ったんだ、私。)』



 守りたい人も、皆無事だった。
 ああ、良かった。また目の前で失ってしまうかと…その引き金を自分の手で引いてしまうのではないかと、思った。不安だった。



「――宮野さん…?」



 諸伏君の声にレイ君と伊達君が振り返って、私を見て固まった。
 それはきっと、涙の所為。声も出さずに、溢れる感情を抑えきれず涙を流している、私の所為。



 爆弾処理班組


 (宮野が泣いていようが、気にならないぐらいに自分自身も興奮していた。)
 (あれだけの現場を五体満足で、3人とも切り抜けられた事実が、嬉しくて。)
 (宮野ちゃんの涙を見て、心臓が震えたような気がした。)
 (あそこまで不安げな彼女を見たことがなかったから、自然とこちらも緊張していたのだろう。)

 (怖さではない。嬉しさでもない。…悲しさでも、ない。)
 (ただただ、安堵した。ああ。皆無事でよかった。)

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