隙ありっ

□隙ありっ
9ページ/131ページ



  めいた乗客


 秀一と再会してから数か月が経った。
 この間には体の精密検査はもちろん、組織の情報について聴取を受けたりと忙しい日々で、本当に一瞬で過ぎていったように思える。
 現在の私の身柄は表向きではFBIの保護。しかしその裏では、組織の内部情報に詳しいことや昔から組織で受けていた訓練、それから経歴を見込まれてFBIの協力者でもある感じ。



「…おい。」



 と耳元で聞こえた掠れた声にはっと意識を現実に戻す。
 そして隣に座る大君…もとい、秀一に目を向けた。
 呼び方を変えるのには本当に時間がかかった。何度間違えたことか…。



「…この間も白乾児で小さくなったばかりだろう。体調が悪いなら帰るか?」

『ううん、私は大丈夫。ちょっと考え事よ。貴方こそ大丈夫?』



 そんな私の言葉に目を細めて「けほ、」と咳を漏らす秀一。
 実は彼、珍しく昨日から風邪をひいている。
 全く、今日はやっと解禁された私と秀一、2人だけで行くことを任された任務の日なのに。
 とはいっても、別ルートで秀一のFBIの同僚、ジョディ・スターリングさんも同じ任務に従事しているのだが。
 それにしてもデート気分で出かけたかったところを…これでは彼の体調の心配ばかりしてしまう。



「…黒凪、あのバスに乗るぞ。」

『え? …ああ、そうね。』



 互いに傍に止まるバスに乗り込んだ人物を見てバスへと近づいていく。
 このバスに乗り込んだ人物…医者の新出智明こそ、今日私と秀一で尾行している人物。
 すでにFBIの捜査で彼、新出智明に黒の組織の幹部のベルモットが変装していることは掴んでいる。
 そんなベルモットの最後にはぴったりとジョディさんも張り付いている。
 彼女はベルモットを追って同じ高校の英語教師になったぐらいだから、あれぐらいの距離感でも大丈夫なのだろうけど…心配。



『(それにしても不安だわ…。名探偵コナンの原作はわりと初期の方で読むのをやめてしまったし…)』



 だから自分の死は回避できたけれど、赤井秀一が登場してからは本当友達の漫画をパラパラ読むぐらいで…。
 バスの一番後ろの席、その端に座った秀一の隣に座ってバッグを足に乗せる。
 そして標的、新出智明…もといベルモットとジョディさんの背中を確認して携帯に目を移した。
 いわく、ここでただベルモットを追っている理由は組織の幹部、ジンの登場を待ってのこと。
 FBIとしてはベルモットと共にジンも捕まえてしまいたいところなんでしょうけど…。



『(きっとジンはそう簡単には捕まえられない。あの人の警戒心は本当群を抜いて…いて…)』



 一瞬目が合った少年にピシリと自分の体が固まったのがわかった。
 え? 今の顔、見たことある。いや、そんなはず…。
 私の呼吸さえも止まったためだろう、秀一が私に怪訝に目を向けたのがわかった。
 それをなんとも言えない顔で見返し、再び少年に目を向ける。
 秀一もその視線をたどってその少年…、間違いない、この漫画の主人公、江戸川コナン君と目が合い、その目を細めた。
 その時だった。座席に座らず立っていた2人のスキーの恰好をしていた男2人組が突然拳銃を取り出したのは。



「騒ぐな!! 騒げば撃つぞ!!」



 隣に座っている秀一の雰囲気が一瞬でぴり、としたものに変わったのが隣にいてわかった。
 そしてすぐさまバス内に大きく響いた拳銃の音に肩を跳ねさせた黒凪の肩に手を回す。
 その間にもその2人組…バスジャック犯と呼んで構わないだろう。彼らはバスの運転手に指示を出していた。



「よし赤信号だな。おい、バス会社に連絡を取れ。」

「はっ、はいっ…」

≪…はい、こちら米花バス…≫

「今このバスは俺達が占拠した! 俺達の要求は只1つ、今服役中の矢島邦男の釈放だ! そう警察に伝えろ!」



 …ええっ⁉ なんて焦っているバス会社の人間に要求だけ伝えてその通話を切り、男たちがこちら側、乗客たちに目を向ける。



「よーし、携帯を全てこちらに寄越せ。隠すとどうなるか分かってるだろうな。」

「ちなみにお前らには悪いが…警察が動かなければ1時間おきに1人ずつ殺していくから、そのつもりでな…。」



 そうして1人ずつから携帯を奪い、徐々にこちらに近付いてくるバスジャック犯のうちの1人。
 最終的に最終列に来ると、まず左の端に座る秀一へと目を向けた。



「おい。携帯を出せ。」

「…ゴホ、ゲホッ…」

「おい!」



 咳を繰り返すだけの秀一に「あ、この人携帯出すつもりない…」と悟った私がすぐにフォローに出ることに。



『ごめんなさい、この人今具合悪くて…。今日は私しか携帯は持っていないんです。』

「あぁ? チッ…」



 そうしてやり過ごし、しれっとしている秀一を横目で見て携帯を集めていない方のバスジャック犯に目を向ける。
 すると視界の端で少し動きを見せたコナン君に自然と視線が移った。
 こっそり携帯を取り出して外部と連絡を取ろうとしているのだろう、その様子を何も言わずドキドキしながら眺めていると、前に立つバスジャック犯がまっすぐにコナン君の方へと歩き始める。



『(あ、まずい…)』



 案の情バスジャック犯はコナン君の首根っこをむんずとつかんで持ち上げ、携帯を取り上げると無造作に放り落した。
 痛みに顔を歪めるコナン君を睨み「次はないからな」と念を押して去っていくバスジャック犯。
 きっと尻もちをついたお尻は痛いだろうけど、それ以外には外傷もなさそうで安心した…。起こしてあげようかな。
 そう思って立ち上がろうとした私の服を引いて秀一が引き留めてきた。



『何? 助けるくらい…』

「止めておけ。俺たちは今目立つべきじゃない…。」



 正論だ。確かにそう。
 私は眉を下げて立ち上がろうとしていた体を座席に沈めた。
 そして私たちを含めた最も最後列にいる乗員たちを睨むコナン君を見て、秀一にちらりと視線を移す。
 秀一だって分かっている筈…。バスジャック犯は2人で、1人が後列で携帯を没収、そしてもう1人が運転手の近くにいた間、コナン君は確実に2人の死角にいた。
 それでも前列の方にいたバスジャック犯が迷わずコナン君へと向かうことが出来たのには、もう確実にもう1人かそれ以上の協力者が必要になる…。
 そしてそれは、おそらく私たちと同じ列、最後列にいる誰か。



「…そうか、警察は要求を呑んだか。」

「おお! 上手く行ったな!」

「あぁ」



 バスジャック犯たちが嬉々として前列でそう話し、「さて。」と私たち乗客へとその視線を移した。
 もちろんこれだけのことをしているのだ、全員を無条件で解放してはいさようならとはいかないだろう。



「よく聞け。今から俺たちがバスを降りた後のために人質を1人確保させてもらう。それ以外は解放してやるよ。」



 片方のバスジャック犯がそう私たちに語りかける間にもう片方がスキーバッグ2つをバスの通路に縦に並べ始めた。
 それを見たコナンがまたしてもこっそりとスキーバッグに近付き始めたのが視界に入る。



『(ああもう、あの子本当に無茶な事ばかり…!)』

「…黒凪、じっとしてろ」

『でもあんな小さな子が殺されたら私…』



 案の定コナンはまたしてもすぐにバスジャック犯たちに見つかり、拳銃を突きつけられる。
 ぴり、とバスの中の空気が緊張した。
 かくなる上は秀一を振り切ってでも、そう思った私の予想に反して、新出智明…そう、ベルモットが立ち上がった。
 その様子を見て秀一の目がかすかに見開かれたのが分かる。



「…黒凪、あのボウヤは顔見知りか」

『ううん、全く見覚えがないけど…』



 それはもちろん、組織の中でも。
 秀一が沈黙し、ベルモットの一挙一動に注目する。
 しかし彼女は本当にコナン君をかばっただけでまた席に着いたのだ。
 その様子を見届けた秀一の視線がすっとバスの通路に並べられたスキー袋へ。



「…あれは恐らく爆弾だろうな。」

『ええ。あれだけ大きいと解除には時間がかかりそう。』

「お前がそういうならそうだろうな。」



 小さく笑って言った秀一に「笑い事じゃないわよ…」と軽く睨むと、現在地を確認したバスジャック犯たちが再び私たち乗客に目を向けた。



「よし、約束通り乗客は1人を除いて解放してやる。」

「その前に、だ。…おいそこの眼鏡の男と咳をしているお前! こっちに来い。」



 バスジャック犯たちが指名したのは新出智明、もといベルモット。
 そして私の隣に座る秀一だった。
 黙ってバスジャック犯たちに目を向けた秀一の隣で近付いてきたバスジャック犯たちに向かって口を開く。



『ちょっと待って。この人は体調が悪いの…代わりに私が…』

「おい、早く来い。来なければその女を打ち殺すぞ。」



 私の言葉は完全に無視して秀一にそう語りかけるバスジャック犯。
 拳銃もしっかりと私を捉えている。
 それを見た秀一は聞こえない程度にため息を吐いて立ち上がり、ベルモットも立ち上がった。
 思わずちらりとジョディさんに視線を寄こせば、彼女もなにやら秘密裏にごそごそ動いている。
 バスジャック犯からも、そしてその協力者からもよく見える最後列にいる私よりは彼女に任せておいた方が賢明か…。



「お前達には俺達の代わりにこのスキー服を着てもらう。ゴーグルも忘れるなよ。」

「運転手。このトンネルを抜けたら俺達を降ろしてすぐにバスを発射させろ。そして警察の目をバスに向けるんだ。」

「下手な真似はするなよ? その為に1人人質を連れて行くからなぁ。…そこの一番後ろに座っている女。」



 ピク、と秀一の肩がかすかに動いたのが分かる。
 ジョディさんもこちらに目を向けた。
 私も「え?」とバスジャック犯に目を向けると、彼らは「お前じゃない」と私の右隣にいる女性に目を向ける。



「ガムを噛んでる方だ。」

「え!?」



 呼ばれた女性は怯えた表情で前に歩いて行き、バスジャック犯たちの拳銃を前にして震えている。
 しかしここに協力者がいることを考えると…ここで1人だけ人質として連れて行くのであれば、彼女がその協力者だと考えて良いだろう。



『(なるほど、仲間を連れてバスに出た後にあの爆弾で乗客全員を…)』



 トンネルに入り、あたりが暗くなる。
 そしてほどなくしてトンネルを抜けるころには秀一もベルモットもスキー服を着終わっていた。
 そのタイミングを見計らってか否か、コナンが席から離れて通路にでる。



「下手な真似はするなよ? 俺達の言う通りにすりゃあ全員助かるんだ…」

「嘘付き! この爆弾で全員殺しちゃうんでしょ?」



 途端にコナン君とその隣側の座席に座るおじいさん…きっとあれは、アガサ博士。
 2人がスキーバッグを持ち上げ、一瞬私の視界がふさがれた。
 ぐっと体を伸ばしてバスの前方に目を向ければ、バックミラーにコナン君とアガサ博士が持ち上げるスキーバッグと、そこに書かれた文字…「STOP」が映っていた。
 途端にその文字を見たバスの運転手が急ブレーキをする。



『(それはちょっと、爆弾に何かあったら…!)』



 これは長年の経験からだろう、体がはじかれるように動いてコナン君とアガサ博士が持つスキーバッグの下をくぐり、もう1つのスキーバッグの元へ。
 そして動かないように腕と足で固定した。そんな中もバスはものすごい勢いで道路を滑っていて、こんな中でも耐えうる自分の体幹に感謝した。
 そうして数分間にも思えた衝撃が収まり、周りを見渡すと席についていた乗客たちはどうにか席にしがみついていて、スキー服を着させられていたベルモット、秀一はバスジャック犯たちともみくちゃになっている。



「こっ、このクソガキ…!」



 はっとして立ち上がり、拳銃を持ち上げた男の背後で静かに左ひじを持ち上げる秀一。
 しかしそれより早くコナン君が腕時計型麻酔銃でバスジャック犯の1人を眠らせた。
 秀一からすれば突然力なく倒れた男にかすかに目を見開く中、コナン君は次に新出智明…ベルモットへと目を向けた。



「新出先生、その女の人の両腕を捕まえて! きっとその腕時計が爆弾のスイッチだ!」

「え、ええっ⁉」



 なんて新出智明としての演技を交えつつも、即座に反応して女性の両腕を拘束するベルモット。
 その背後で最後のバスジャック犯が立ち上がり拳銃を持ち上げる。
 爆弾を抑えたまま私がそれを見上げる中、ジョディさんが立ち上がり強烈な膝蹴りを男のみぞおちへ。
 正直、ものすごい音がした。かなり痛いはず…。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ