隙ありっ
□隙ありっ
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謎めいた乗客
「―――い、急いで逃げなきゃ…っ」
ベルモットに拘束されている女が腕時計を見て唐突に言った。
それを聞いて私の視線がすっと手元の爆弾に向かう。
女が「爆弾が今の衝撃で発動しちゃったのよ!!」とのたまう中、スキーバッグのチャックを下ろして中を確認すると、確かにタイマーが動いている。
「はっ離してー! あと1分もないのよぉ!!」
「な…、み、みんな逃げろー!」
女とコナン君の声に皆はじかれたように走り出す。
そんな中、私はポケットに入っている小型のハサミを取り出して爆弾を開いた。
『(…ほんと、私たち同期って呪われてるわよ…。)』
そんな風に苦笑いを浮かべてコードを確認する。
これは短時間での解除は難しいし、簡単なつくりだから時間を引き延ばすこともできなさそう。
それにこの重量…移動させるのは無理かな。
「っ、…」
そこでやっと背後からかすかに聞こえる震えた吐息に気がついた。
振り返りその顔を覗き込むと、そこにいたのは…。
『…志保⁉』
びくっと蹲る少女が肩を揺らした。
そしてはじかれるようにこちらに目を向ける。
「…え…⁉」
『もう、あなた何してるの! 早く逃げなさい!』
「な、…なんで…」
途端に大粒の涙を流し始めた志保。そう、私の妹。
そっか、もうAPTX4869を飲んで子供の姿に…。
「おい! 何してる!」
『ごめん、手伝って!』
「きゃっ…」
すぐに戻ってきてくれた秀一が志保の首根っこをつかみ、私と共にバスから逃げ出した。
そしてバスから飛び出した途端に見えた小さな影、コナン君の腕を掴んでバスから引き離す。
コナン君は驚いてこちらを見上げたが、秀一の腕の中にいる志保を見て一気にその体の力を抜いたのが分かった。
途端に背後でバスが爆発して、その暴風で4人して体が少し中に浮いた。
志保は秀一に任せてコナン君を抱きかかえれば、そのまま4人で地面を転がっていく。
そして勢いを殺して立ち上がった私はコナン君をおいて秀一と志保の元へ走った。
『志保、大丈夫…?』
「っ、ぅ…」
志保のうめき声にがばっと秀一と共に志保を覗き込めば、志保は肩を震わせて泣いていた。
それを見てほっとしていると、爆弾の影響で起きた黒煙の向こう側で警察のサイレンや声が聞こえてくる。
「…警察はまずいな。」
『ええ。…志保。』
「っ、うん…」
志保も私と一緒に組織にいたし、私の事情は分かっている。
それにそこまで子供でもない…ちゃんと気持ちを切り替えたのだろう。
私を涙でぐちゃぐちゃになった顔で見上げて言った。
「行って、お姉ちゃん。あ、でも連絡とか…」
『貴方の居場所は大体わかるわ、すぐに会いに行くから待っていて。』
「ぐす、わかった…」
『…じゃあ、またあとでね。』
「ああ。気をつけろよ。」
そうして志保をコナン君に任せ、私は秀一に手を振ってそのまま煙に紛れてその場から姿を消した。
――それから数日後。
私は1人米花町に立つ豪邸の前でインターホンに指を伸ばした。
『…こんにちは。あの、宮野ですが…。』
「はーい!」
扉を開いてくれたのはバスジャック事件でも見た、この物語の主人公…江戸川コナン君。
彼は私の顔を見てにっこりと微笑むと「どうぞ。」と扉を大きく開いてくれた。
そのまま彼と中に進めば、ソファに志保とアガサ博士が座っている。
すぐにアガサ博士が気を使って席を空けてくれて、志保の隣に私が、前にコナン君とアガサ博士が座った。
『志保、ケガは大丈夫だった? ほっぺたが擦り切れちゃっただけ?』
「うん…。お姉ちゃんも大丈夫だった…?」
『私は大丈夫よ。鍛えられてるからね。』
ある意味これは私たちの中ではブラックジョークなわけだが、志保は少し笑ってくれた。
それは少し悲しそうでもあったけれど…まあ、事実だしね。
そしてすぐにコナン君とアガサ博士に目を向け、笑顔を見せる。
『改めて初めまして…宮野黒凪と申します。この子の姉です。』
「わしは阿笠博士というものです。…いやはや、まさか哀君のお姉さんに会えるとは…彼女の話ではその、」
『亡くなっていたはず?』
「ま、まあ…そうですな。」
言いにくそうに言うアガサ博士に「お気遣いありがとうございます。」と微笑めば、コナン君がじっと私を射抜いているのが目に入る。
彼自身、どう身を振るべきか考えているのだろう。
それを見て助け舟を出すことにした。
『大方、バスでの様子を見ていた限り…貴方も志保と同じなのかしら?』
「!」
『もし警戒しているのならその心配はないわ。この子から聞いたかもしれないけれど、私はしっかり組織の幹部に反旗を翻して今は追われる身だからね。』
それでも言いよどんでいるコナン君に「APTX4869も飲んだし。」と言えば、やっと彼の表情が変わった。
それは驚きのもので。
「じゃあ幼児化もなく…⁉」
『いや…手違いで不良品を飲んでしまって。今は特定の条件下のみ幼児化する体になったの。』
「…面白いデータだわ…まさか真逆の効果を発揮するなんて…」
すかさず科学者としての顔を覗かす志保に眉を下げて、考え込むコナン君に目を向ける。
『ええと…ところであなたの名前は?』
「あ、…江戸川コナンです。本名は…工藤、新一。」
『あら、そこまで教えてくれるのね。』
「…灰原のお姉さんですから。」
私の隣で嬉しそうに志保が微笑んだのがわかる。
もしかすると私が来るということで、色々なことを彼に伝えていたのかもしれない。
『私のことは志保からしっかり聞いているようね。』
「はい。組織にいた事情も、大体…」
『そう…。じゃあ時間が許す限り、貴方と志保のことを教えてくれないかしら?』
この数か月で組織と何かあったなら、それも知っておきたいの。
そんな私の言葉に志保もコナン君も深く頷いた。
『――…そう、ピスコが…。』
「…本当にあの時は運がよかったの…」
『…うん、そうね…。』
随分としぶとく生きていたくせに、終わりはなんてあっけない…。
ジンに殺されて終わりだなんて。
考え込む私を心配げに見上げる志保がおずおずと口を開く。
「…怒ってる…?」
『うん? …いいえ? 色々なことが重なってそうなっちゃったんだから仕方ないわよ。』
話してくれてありがとう。
そう言って微笑めば、コナン君は「いや…」と謙遜して見せる。
本当、中身は子供ではないとはいえ、その頭の良さが垣間見えるこの子がよく組織に見つかっていないものだと感心してしまう。主人公補正というやつかしら。
『ああそうだ、これ私の連絡先ね。』
「あ、どうも…」
『ちゃんと番号を記憶したら燃やしておいてね?』
「へっ?」
むんずと志保がコナン君から紙を奪って、数秒ほどじっと見るとすぐに火をつけた。
それをぎょっと見るアガサ博士とコナン君の前で慣れたように文字の部分が燃えたことを確認した志保が左右に振って火を消す。
その一連の行動を黙ってみている私と志保の前でコナン君が焦ったように口を開いた。
「お、おい灰原…」
「大丈夫よ、もう覚えたから。後で口頭で教えるわ。」
「そこまでしなくても…」
『組織に居ればこんなものよ、新一君。』
え、とこちらに目を向けたコナン君ににっこりと笑う。
『これぐらい警戒心がないと生きていけない…対抗なんてもってのほか。それがあの組織よ。』
「!」
貴方の周りの人たち…そして志保のためにももう少し気を付けるようにしてね。
今の様子から見ても貴方はまだまだ警戒心が足りないようだから。
『…だからピスコに志保の正体がばれるなんてことが起こるのよ。』
「ハ、ハイ…」
『……じゃあ皆さん、私はそろそろお暇しますね。…志保、無茶はしないようにね。』
「うん…」
立ち上がった私に合わせて志保が立ち上がり、一緒に玄関へ向かう。
その後姿を見送ったコナンがアガサ博士とか顔を見合わせてひそかに私に震えあがっていたのには、正直気づいていなかった。
…ちなみに、秀一のことについて伝え忘れていたことは帰路で気づいた。
そうして夜。
秀一と一緒に暮らしているアパートの一室で夕食を作っていた私は玄関の扉の音を聞いてそちらに向かった。
「……ただいま」
『お帰りなさい。外寒かったでしょう、大丈夫?』
「ああ。…夕食まで作る時間があったのか…随分と早く帰ってきたんだな。」
『まあね。』
そんな風に言っていると徐にぽんぽんと頭を撫でられ、「何?」と顔を上げれば、優し気に微笑む秀一が。
こんな笑顔を見せてくれるなんて、組織にいたころはほとんどなかったし、きっと彼もずっと気を張り続けていたんだろう。
『あ、ちょっと待ってね。』
「ん?」
ぱたぱたとキッチンに戻って串カツを片手に戻れば、きょとんとしている秀一が。
そんな秀一に笑顔を向けながら彼がくわえていた煙草を奪って串カツをちらつかせる。
それを見た秀一は肺に入れていた煙草の煙をふう、と吐き切って串カツにかぶりついた。
『おいしい?』
「うん。うまい。」
『…うふふ、串カツ似合わないわねえ貴方。』
「お前こそその煙草、似合ってはいない。」
そんな風に軽口を叩きながら串カツを食べた秀一は串を皿に置くと私の口から煙草を取り、自分の口へと運んでいく。
それを見送った私はまた料理に戻りながら「また仕事に戻るんでしょう?」と声をかける。
その言葉に小さくうなずいた秀一を見ててきぱきと串焼きを弁当箱につめ込んで玄関へと向かう彼の後を追った。
『はい、お弁当。串カツだけだけどね。』
「助かる。」
そう言って傍に弁当を置いて靴に足を突っ込む秀一。
『…痩せたんじゃない? 大丈夫?』
「ちゃんと飯は食ってる。問題ないさ。」
『そう…。気を付けてね、帰ってきたらお風呂温めるのよ?』
「ああ。」
じゃあな、と出て行った秀一。
一応お風呂を温めることに同意はしているが、それを実行しないのがあの男だ。
電気代を節約、というよりはきっと面倒くさいだけ。
だから極力遅い時間にお湯を入れるようにしているけれど、しっかり暖かいお湯に入れているのだか…。
Vermouth
(彼女を初めて見たのは、あの日…ピスコがあの方の命令で訓練を受け持っている子供がいると聞いた時。)
(ただの興味本位だった…。年齢に見合わない頭脳と精神力を持っていると、そう聞いていたから。)
(…私は、その子供を目の当たりにして息をのんだ。)
(そして問いかけたのだ。)
(貴方…どうやってその姿を手に入れたの? …と。)
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