隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 赤井秀一


 どうしてこうなってしまったのかしら。
 まずは状況を整理させてほしい。と、グラマラスな白人女性を前に私は見事に思考停止していた。
 最初に、本日は久々にやってきた秀一の休みの日。
 私は今事情もあって仕事はしていないし、外はあいにくの雨なので今日は家でゆっくりする予定になっていた。



「本当に? 嘘じゃないの?」

『ええ、嘘ではないですよ。』

「…早く起きてこないかしら、シュウイチ。……本当に付き合ってないんでしょうねっ!?」

『付キ合ッテオリマセン。』



 彼女の名前はオリビアさんというらしく、アメリカ生まれアメリカ育ちの白人の女性。
 彼女は今日朝早くからこのアパートに押しかけてきて、玄関先で座り込んででも待ってしまいそうな勢いだったため、家に上がってもらった。
 ちなみに当の秀一は日頃の激務から今も眠っている。組織にいたころはこんな風に熟睡なんてしたことはなかったんだけれど…私と一緒にいることで安心してくれている、と思いたい。
 そんな状況なのにこんなわけのわからない女性を招き入れてしまって申し訳ないのだが。



「ねえ、貴方彼とどういう関係?」

『…誰と、でしょうか』

「シュウイチよ! どういう関係っ!?」

『……従妹…デス。』



 彼女曰く、アメリカで1年ほど付き合っていたそうなのだが、急に振られて音信不通になってしまった為ずっと今まで彼を忘れられずにいたそう。
 きっとFBIでの任務のために口説いたりしたんでしょうけど…来日中に偶然秀一を見た途端に探偵を雇ってここをかぎつけてしまうほどのモンスターと化してしまったみたい。
 もうちょっとちゃんと後始末をしなさいよ、秀一…。
 ちなみに最初インターホンを覗き込んだ時は、胸をこれ見よがしに強調して「シュウイチ〜」なんていうものだから、驚いた。



「ふうん、従妹ねえ…。」

『(さて、どう追い返そうかしら…)』



 秀一の事だから、彼女には申し訳ないけれど…絶対に覚えていない。これだけは、これだけは断言できる。
 そんな風に思っていると、扉がゆっくりと開いた。当の本人が目覚めたらしい。



「シュウイチッ!!」

「っ…?」



 ぴたりと動きを止めて自信をキラキラの目で見上げる白人女性、オリビアさんを凝視する秀一。
 そして彼の目がこちらにゆっくりと向いた。
 「誰だ」と彼の視線が訴えかけている。



『(貴方の昔の女だって言ってるわよ。)』

「シュウイチ! 久しぶり…私よ、オリビア!!」

「(…俺はこんな女知らないぞ)」

『(そんなこと言っても…押しかけて来たの。)』



 声に出さずそう伝えれば一応意味は通ったらしく、秀一が眉間を抑えてため息を吐く。
 そんな秀一を見たオリビアさんはがばっと立ち上がって秀一へと一気に近付いた。



「貴方を日本で見かけて…それで驚いて…探偵に依頼してここまで来たの!」

「(…ストーカーか。)」

『(言わないであげて…。)』



 あなたとアメリカで過ごしたあの熱い日々を忘れたことなんてなかった!!
 と熱弁するオリビアさんを前になんと言おうか考えている様子の秀一。
 家にまでくるほどの熱量を持った彼女にどう対応して良いかわからないのだろう、きっと…。



「貴方の従妹に会った時は驚いたけど…、やっぱり私以外に女なんて作ってなかった!!」

「…。(…従妹? どういう事だ、黒凪。)」

『(凄い剣幕だったからつい…)』

「ヒドイのよ、皆私がシュウイチに騙されたって…! みんなそう言うのよ!!」



 いや、まさにその通りです…。よく秀一の目を見てください、完全に貴方が誰か分かってないのよ…オリビアさん…。
 秀一はじーっと女性の顔を見て、必死に記憶を掘り出そうとしているらしい。
 すると1人でぺらぺら話していたオリビアの口から「ニューヨーク」と言う言葉が発せられ「あ。」と彼の目が見開かれた。
 「思い出した?」と目で問いかければ秀一は小さく頷き、抱き着いて来たオリビアを眉を寄せてつつ受け流しこちらに目を向ける。



「(黒の組織との関係を疑われていた女だ…)」

『(それで付き合ったのね?)』

「(…少し口説いただけだ。関係性が無いとわかればすぐに目の前から消えたさ。)」

『(…とにかく、自分でどうにかして頂戴。)』



 ふん、と顔を背けてやれば秀一はため息を吐いてがしがしと後頭部を掻いた。
 そして彼はオリビアさんを自身の体から引き剥がし、英語で何やら話し始めた。
 それでも話は平行線なようで、オリビアさんが携帯を取り出して秀一に何やら見せたりと、難航している様子。
 「ツーショットの写真でもあるのかしら。」なんて考えながら朝食の準備をしていると…。



「…何故首を突っ込んだ」

「え……」



 と、地を這うような秀一の声に思わず朝食を作っていた手を止める。
 振り返れば、静かに怒っている秀一の背中が目に入り、それを見上げているオリビアさんの顔は真っ青。
 耳を澄ませて内容を聞けば…どうやら彼女、秀一を探す事に必死なあまり危険な組織と繋がりを持ってしまったらしい。
 そこまでして会いたかったのだろうか…。



「 “ 言っておくが、それは最悪な選択だ。これからどんな目に合うか… ” 」

「 “ そ、そんなあ…! ” 」



 ついにこんこんと秀一に詰められたオリビアさんは涙を流しながら顔を覆ってしまう。



「 “ た、助けてシュウイチ…! “ 」

「 ” …いや、日本警察に頼め。どうにかしてくれる。 ” 」

「 ” でも…! “ 」



 食い下がるオリビアさんを片手で制しつつ秀一が警察に電話をかけ始める。
 先ほどまで英語で会話をしていた彼だけど、「暴力団に狙われている女性が居ます」と日本語で流暢に話している。
 そうして通報を終え、オリビアさんを外に秀一が連れ出そうと動いたとき…。



「なんでよぉ! あたしぐらい置いてくれても良いじゃない!」

「それは困る。」

「なによ彼女は従妹でしょう!? 何もやましい事無いじゃない!」

「従妹じゃない。」



 秀一の言葉に目を見開いたオリビアさんの勢いが一気に減速して、そのすきをついて一気に玄関まで連れて行った秀一が彼女を部屋の外に放り出した。
 その後も何度か扉を叩いたりと数十分程居座っていたようだが、駆け付けた警察に保護されていったらしく次第に静かになった。
 その一部始終をインターホンのカメラで見ていた秀一は肩の力を抜いてため息を吐き、私に近付いてくる。



「…怒ってるか?」

『当たり前じゃない。昔の人間関係に口を出すつもりはないけれど…気分のいいものじゃないいわ。』

「…あれはただの任務だった。愛していた訳じゃない。」

『それはわかってるけど…そういう問題じゃないのよ。』



 そう言って顔を背けた私にすぐに秀一が反撃する様に「だが…、」と切り出した。
 顔を向ければニヒルな笑みを浮かべた秀一が「従妹、と言う誤魔化し方はいかがなものかと思うんだが」と笑い交じりに言う。



『咄嗟に言ったのよ。仕方ないでしょ。』

「そうか?」

『そうよ。』



 そんな風に言い合っている間にもまた秀一が携帯を操作して、どこかに電話をかけ始めた。



『…誰に電話を掛けているの?』

「警察だ。その内分かる事だろうが、あの女不法入国者だろうからな。」

『え』

「胸元から覗いていたパスポートを見れば一目瞭然だ。」



 恐らく暴力団の手引きだろうが、あれは片道切符だろうな、と笑った秀一。
 ふうん…じゃあもう再入国は厳しいでしょうね。そこまで考えて、「ん?」と秀一に目を向ける。
 秀一は丁度通話を終えた所で、私の声にこちらに目を向けた。



『…胸元見たの?』

「……パスポートが目に付いただけだ」

『……なんかやらしいわね。』

「煩い。」



 軽くはたかれた頭に私がむっとした表情を見せれば、秀一はまたニヒルに笑っていた。
 後日に知ったが、彼女はやはり不法入国者で日本の入国は今後拒否されるそうだ。



 不法侵入してまで会いたかった人?


 (ああいうのが好きなの?)
 (ん?)
 (凄いスタイルだったわよね。)
 (…俺は気にしないが)
 (何が、とは聞かないわ。)


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