隙ありっ

□隙ありっ
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  4台のポルシェ


≪…あ、もしもし…黒凪さん?≫

『あらコナン君? どうしたの、朝から電話なんて。』



 携帯にかかってきた見覚えのない携帯電話番号の着信を取れば、聞こえてきたのは私の妹…志保とある種運命を共有した少年、江戸川コナン君の声だった。
 今しがた作った秀一用のコーヒーを彼に手渡して彼の隣に座る。
 有事の時に連絡をするようにと渡した私の携帯番号…それを使うということは、何か組織とあったのか。
 隣の秀一もそれを察してか、私の携帯にその耳を寄せた。



≪実は灰原…がものすごい高熱で≫

『はいばら…ああ、志保ね。うん。』

≪…黒凪さんに会いたいって聞かなくて。多分不安になっているんじゃないかなあって…最近はよく組織の人間にも怯えてるし…≫

『ああ…そっか。わかったわ。すぐに向かうわね。』



 そうして通話を切り隣でコーヒーをすする秀一に目を向ければ「いってこい」と言わんばかりに肩をすくめて見せた。
 それに頷いてコートに手を伸ばせば、コーヒーを台所に持っていきながら秀一が口を開くのが見えた。



「…志保に会いに行くなら…ついでに任せられるか?」

『それって…盗聴器?』

「ああ。念の為だ。」

『そうね…私はあなたと違ってこの国では自由に動けないから。』



 すぐに盗聴器を秀一から受け取って家を出て大きな通りに出れば、見覚えのある黄色い車が端に止まっているのが見えた。
 近付いて窓を軽くノックすれば、運転席に座っているアガサ博士が笑顔で窓を開けてくれる。



「やあ黒凪さん。どうぞ後部座席に。」

「この前ここで会ったでしょ? 僕覚えてたんだ!」



 車の窓を伝っての会話でもしっかりと子供を演じるコナン君に笑顔を見せて、アガサ博士の指示通りに後部座席へ。
 パーカーなどの衣類を枕にして寝転がる志保の体を持ち上げて代わりに私の膝にその頭を乗せてあげればその熱が伝わってきた。なるほど、確かにこれはすごい熱だわ…。



「…けほっ、お姉ちゃん…?」

『おはよう志保。珍しいわね貴方が風邪なんて。今日は一緒にゆっくりしましょ。』

「うん…」



 嬉しそうに笑ってすり寄ってくる志保を後ろ目に見てくれているコナン君と「よかったのお。」と声を掛けてくれるアガサ博士。



『ところで、病院は開いているんですか?』

「デパートに入ってる病院が休日診療もやってくれてるそうで…そっちに。」



 車の密閉された中では大人びた様子で敬語を交えて話してくれるコナン君。
 ついでにそのデパートには評判のレストランもあるということで、昼食もそこで食べる予定だとか。
 そうしてこのままアガサ博士の車でデパートの駐車場に到着し、私はもってきていたマスクを志保につけてあげてから彼女を抱えて車を出る。
 そして、



「『…ポルシェ…』」

「え…」



 私と志保の言葉にコナン君がばっと顔色を変えて私たちと同じ車へと視線を走らせた。
 しかしすぐにその顔色をもとに戻して「あの車の色はグリーン…ジンの車じゃない。」と冷静に私と志保へと語りかけてくれた。
 その言葉に私はすぐに冷静さを取り戻したが、志保にはまだ難しいようで、私の胸元に顔を埋めて体を縮こませる。



「いち、に…ポルシェが4台も並んでる…。きっとポルシェ好きの人たちが集まってるんじゃない?」



 にっこりと子供らしい笑顔でそう言ったコナン君の視線の先ではそのポルシェたちの周りで何人かが談笑している。その様子を見る限り、きっと彼の言う通りなのだろう。



「お姉ちゃん、私やっぱり今日はやめておく…」

『あら、そう…?』



 私の腕の中から下りて1人とぼとぼとアガサ博士の車へと戻っていく志保。
 その後ろ姿をじっと見ていると、コナン君がこちらにやってきて「あのね…」とその口を私の耳元へ寄せてきた。



「最近その…黒凪さんの恋人の人に付きまとわれてて、それが怖いみたいで…」

『ああ…私の妹だから様子を見てくれてるだけだと思うけど…。彼がFBIの人だってことは志保に言っておいてくれたの?』

「うん…でも灰原は一貫して怖がってるし…。あの人、本当に信用できるの…?」



 黒凪さんがその、騙されてることはない?
 そう控えめに聞いてきてくれるコナン君に「大丈夫よ、あの人は…」と眉を下げると「お姉ちゃんは!」と志保が突然大声を出した。



「…お姉ちゃんは、騙されてるかもしれないでしょ…?」

『志保…』

「あの時みたいに、騙されていたことに気づけなくて大変なことになってからじゃ遅いのよ⁉」



 あの時、とはきっと秀一とのことだろう。
 確かに私は彼に騙され、その影響で組織に殺されかけた。
 灰原の言う通り、騙されてるかもしれないっていうことも念頭に置いておいてくれないかな…?
 そう言ったコナン君にとりあえず頷いておく。
 きっとコナン君にとっても志保にとっても…もう少し彼を信用する必要がある。もちろん私のことを抜きにして、だ。
 それまでは特に志保には秀一が大君と同一人物だということも、きっと伏せておいた方が良い…。
 今それを明かせば、余計に秀一のことを信用できなくなるだろうしね…。



『じゃあ私は志保と一緒に車に残っているから、コナン君とアガサさんはお昼ご飯を食べに行って?』

「2人きりで大丈夫…?」

『うん、大丈夫。楽しんでらっしゃい。』



 はあい、と子供らしく返事を返してアガサ博士とともにデパートの中へ向かっていくコナン君。
 彼を見送って志保とアガサ博士の車の後部座席へ。
 そして徐に時間をつぶすために車に備え付けられたテレビをつけた。



≪ご覧の通り、店の前にはこんなに長い行列が出来ています! すごいですね〜!!≫

『あら偶然。これってここのデパートのレストランでしょう? ほら、私たちが行く予定だった…。』

「…。工藤君達が映り込まなければ良いけど…」



 確かに追われ、命を狙われる身としてはあまり公の場所に姿を見せたくないもの。
 とはいえ…きっと志保が頭に思い浮かべている人物はジンやそのほかの組織の幹部たち、そしてきっと秀一。



『…あの人が怖い? FBIの…』

「…確証はないわ。お姉ちゃんが大丈夫だって言うなら、信じたい…でも」

『でも?』

「あの男、諸星大に似てるんだもの…」



 ぎく、と思わず体を硬直させてしまう。
 さすが私の妹。勘が鋭い…。
 でも確信を持てていないのは、きっと志保があまり秀一に会ったことがないから。
 志保はずっと研究に没頭していたし、私も仕事の関係で秀一…大君と付き合ってからは忙しい日々を送っていた。



≪――それでは列に並んでいるボウヤにも聞いて見ましょうか!≫

『…あ。』

「何? おねえちゃ…」

≪あ、えーと、人が多過ぎるから今日は止めておこうかなって…≫



 しどろもどろに話す画面に映るコナン君に灰原が深いため息を吐いた。
 さすが私の妹、予想もことごとく当たるらしい。



「多分これで工藤君も博士もすぐに戻ってくるわ…」

『そうね…。』



 ふと、自分の視線が1人の男性へと向かった。
 きっとポルシェのこともあるし、志保も調子が悪いしで自然と緊張しているのかもしれない。
 それでもなぜかその男性から視線を外す気になれなくて眺めていると、その男性は白いポルシェの中を覗き込んで、不自然に固まった。



「ごめん灰原、黒凪さん。急だけどここから離れ――…」

「――うわぁぁああ!?」



 戻ってきたコナン君が扉を開いて私たちにそう話しかけていた時、私が先ほどまで何気なく眺めていた男性が大きな悲鳴を上げた。
 その声に弾かれるように男性の元へと走っていくコナン君とアガサ博士。



「な、何…?」

『何か事件があったみたいね…尋常な叫び声じゃなかったし…』



 そうしてしばらくしてコナン君がアガサ博士とともにこちらに戻ってきた。



「男性が殺害されていたみたいで…灰原の体調も悪いし、組織の人間がやってくるかもしれないのも正直怖い…良ければ博士と一緒に離れていてくれませんか? 黒凪さん。」

『わかったわ。警察が来る前に出られたら良いけど…殺害現場ならきっとこの駐車場はすぐに封鎖されてしまうし…』

「そ、そうじゃな。急ごう。」



 そうして駐車場を出ようとしたわけだが…やはりここは日本。
 警察の仕事は早く、すでに駐車場の出入口は封鎖されていた。



「うむ…仕方ないのう…新一に連絡を取ろう…。」



 そうして元の位置に戻ると、コナン君がすぐにこちらに駆け寄ってきてくれる。



「博士、どうして戻ってきたんだ⁉」

「出入口が封鎖されておってのう…。」

「そっか…。じゃあ事件をさっさと解決するから、それまで待っててくれるか?」

「――うん? コナン君の車は事件現場から近い場所に止めてあったんだね。」



 さっとつけていたマスクを少し持ち上げて顔を隠す。



「あ、高木刑事…」

「コナン君もアガサさんも第一発見者の叫び声がするまでは事件現場は全く見ていなかったんだよね?」

「う、うん…」

「そっか…ほかに現場を見ていた人…は…」



 高木刑事、と呼ばれた男性の視線がこちらに向いた。
 そして「あの〜…」と控えめに声を掛けられ、仕方なく車の窓を開ける。



「貴方は事件当時、どちらに…?」

『…車の中に。』

「ああ、なるほど…。第一発見者の方は見ていませんでしたか?」

『…見ては、いましたが…』



 なるほど、と高木刑事が少しだけ笑みを見せる。
 まずい。何を言われるかなんとなくわかった気がした。



「よければ少しお話を聞かせてもらえませんか?」

『…、』



 アガサ博士に目を向ければ、小さくうなずいてくれる。
 志保のことは任せられる、か。



『あ、じゃあ少し待ってください。私の上着を哀ちゃんに…』

「ああ、はい。」



 そうして車の窓を閉め、上着を脱いで志保の体の上へ。
 そのついでに車のシートとシートの間に秀一から渡された盗聴器を忍ばせた。



「ではこちらに。」

『はい。』



 幸いこの高木刑事とは面識はないし、助かった。
 必要以上に焦る私をちらちらと見上げてくるコナン君からの今後の追及は少し痛いけど、今はとにかく平常心…。



「おお高木君。その女性は?」

「ああ、こちらは第一発見者を目撃していた…えーっと…?」

『あ、みや…。!』



 私の体が硬直する。
 まずい、この人目暮さんだ…。



『…赤井、明美です。』



 コナン君からの疑いの目がぐさぐさと突き刺さる。
 わざわざ警察に偽名を名乗る理由がわからないのだろう。
 ごめんねコナン君。あとで説明するからね…。



「では見ていた光景を一通り説明していただけますか?」

『は、はい…ええっと…』



 そんな風に話している間にもコナン君の視線は容疑者たちとアガサ博士の愛車を右往左往していた。
 事件解決もすぐにしなければならないが、組織の人間に追われている志保のことも気になるようだった。



「…つまり、ここにいる容疑者の方々は誰も、赤井さんと哀ちゃんが車にいた間はこの白いポルシェには近づいていない、と…。」

『そう、ですね。』

「そうですか…。」

「……。ところで…」



 事情聴取をしてくれていた高木刑事の傍で私を見ていた目暮さんがそう声をかけてくる。
 今度こそ体は硬直しなかったが、私の意識がぴんと張りつめた。



「どこかでお会いしましたかな?」

『…ええ? そうですか? 私は最近この米花町にも引っ越してきたばかりですし…どうでしょうか…』

「ふむ…なら人違いですな。すみません。」

『いえいえ。』


「――わあっ⁉」



 そんなコナン君の声に振り返ると、そこに立っていたのはジョディさん。
 今日は非番のはずなのに…どうしてここに…。



「偶然デスネ〜、コナン君!」



 相変わらずの似非なまりで話すジョディさんにあたふたとするコナン君。
 そんなコナン君がジョディさんをベルモットだと疑っているなんて微塵も思っていなかった私は何を焦っているのか…とぽかんとしてしまう。



「それでは事情聴取はこれで終わりになります、が…事件が解決するまではここに待機していただいても構いませんか? 一応のために…」



 そう言われてしまっては迂闊には動けない。
 とりあえず高木刑事の言葉に頷いて、ジョディさんと秀一に連絡を…と携帯を開くと、すでに秀一から着信が入っていた。



『少し電話をしてきても構いませんか?』

「あ、ええ。もちろん。」



 そうして高木刑事たちから距離を取って秀一に電話をかけると、すぐに通話がつながった。



『もしもし、秀一? ごめんねえ、しばらく駐車場から動けそうにないの…』

≪ああ、大体の事情は把握した。それよりお前に状況を一応報告しておこうと思ってな。≫

『状況?』

≪いわく…志保をベルモットの元へ連れていくことになっているらしくてな。≫



 思わず思考が止まった。
 はい? どういうこと?



≪志保の体調を心配したアガサさん…だったか? が仕方なく新出智明のところへ志保を連れていくことにしたらしい。≫

『…まあ、確かにデパートの病院は今更いけないけれど…なんでまた…。』

≪安心しろ、お前は動けないのは重々承知の上だ。ジョディが駐車場から車を出せないアガサさんの代わりに車を出してる…お前はとりあえずその状況からどうにかしてうまく抜け出せばいい。≫

『…わかったわ。貴方は?』



 俺も志保につく。それでいいか?
 そう言った秀一に「ええ」と一言だけ返して通話を切る。



 ついに


 (ジョディがついていたとは言え、奴に志保の居場所が見つかったことに変わりはない。)
 (ええ。志保の動向には一層注意しないとね…。)


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