隙ありっ

□隙ありっ
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  黒の組織と真っ向勝負 満月の夜の二元ミステリー


「ごっ、ごめんなさいっ」



 と、目の前で…とはいっても暗い視界の中だが。で必死に謝る女子高生…そしてこの世界のヒロイン、毛利蘭ちゃんに目を向ける。
 焦って引き込んじゃって…どうしよう…!
 そんな風に話す蘭ちゃんに頭を抱えたくなった。途端に私の携帯がメールの受信を知らせ、そのメッセージを開く。…ジョディさんからだった。
 「ベルモットが灰原哀という子を連れ出そうとしていることがわかったから、すぐに私が彼女を先に保護しに向かうわ。合流出来そうなら途中で落ち合いましょう。」
 そんなメッセージに「はい、待ち合わせの時間に間に合わなくてすみません。」と返しておく。



『さて…。』

「う、は、はい…」

『道を歩いていた私をこんなところ…”トランク” に引き込むなんて、どうしたの? あなたコナン君と歩いていた子よね?』



 少し説教じみた口調でそう問いかけると、蘭ちゃんが本当に申し訳なさそうにおずおずとわけを話しはじめた。



「じ、実は今日この車の持ち主の人の送別会だったんです…。そうしたらその人の家でコナン君の写真や、コナン君の友達の写真を見つけてしまって…。」

『うんうん…』

「私、実は探偵の娘なんです。…放っておけなくて…」

『そこでその人物を問い詰めようと探していたら、偶然トランクが開いていたから咄嗟に乗り込もうとした、と。』



 そうしたらそんな怪しい現場を私に見られたから、思わず引き込んだと。
 そう言えば、「ハイ…」と蘭ちゃんがさらに縮こまった。



「本当にごめんなさい…なんの関係もない人を巻き込んじゃって…。私、警察にちゃんとわけを話しますから! お姉さんは何も悪くないって…!」

『いいのよ、それに…あながち無関係でもないの。』

「えっ…?」



 と、言いつつ私の頭はものすごい勢いでフル回転していた。
 どう説明をすれば今後動きやすくなるだろうか。今後物語がどのように動くのか…私は知らない。



『まずね、この車の主…ジョディは私の同僚なの。』

「えっ…、ええ⁉ そうなんですか⁉ じゃあ私もしかしてっ…」

『ええ…今日はこの車の傍で待ち合わせをしていたのよ。』



 蘭ちゃんが顔を青ざめる。
 彼女からすれば、私とジョディさんの仕事の邪魔をした、と理解したためだろう。



「ご、ごごごごめんなさい…私もしかしてお仕事の邪魔を…? あれ、でもジョディ先生は英語教師を辞めてアメリカに帰るって…」

『うん、その仕事なんだけどね…。彼女はFBI捜査官で、今は日本で巻き込まれたとある事件を自主的に追っているの。そのために貴方の学校にも潜入していたのよ。』

「えええっ⁉」

『…あの、もう少し声を抑えて。ジョディも驚いてしまうから…』

「あ、はっ、はいっ」



 声を潜めた蘭ちゃんに笑顔を見せて続ける。



『とにかく、今ジョディは仕事中なの。この車が止まれば、私は外に出るけれど…貴方はトランクの中でおとなしくしていること。いいわね?』

「わ、わかりました…」

『…。ちなみに、貴方名前は?』

「あ、も、毛利蘭です…」



 蘭ちゃん…。そう。かわいい名前ね。
 そう言って微笑めば、やっと彼女の緊張が少し解けたらしい。その表情が少し和らいだ。



「お姉さんは…?」

『私は…黒凪。フルネームはまたこの事件が終わった後に教えるから。』

「はっ、そうですよね…! 今はお仕事中ですしね…!」



 と、そんなことを真剣に言う純粋な蘭ちゃんに思わず笑みがこぼれる。
 なるほど、コナン君が好きになるのもわかる…この子、すごくいい子だわ。



「…それにしても、ずっと走ってますね…。」

『そうね。きっと事件の犯人を追いかけてるんだと思うわ。』



 そんな風に言いながらどうにかポケットからイヤホンを取り出し、耳にはめる。
 一応のため、ジョディさん、秀一、そして私が持つこの小型トランシーバーは今もつながっていて、お互いの状況が分かるようになっている。
 とはいっても現在ジョディさんのマイクのみがオンになっている状態ではあるのだが。
 また携帯が少し光り、メールの受信を知らせる。



≪ “ ジョディと合流したか? ” ≫

『 “ 合流は出来なかったけど、独自のルートで合流中。 ” 』



 あながち間違いではないし、今の状況を事細かく説明して混乱させるよりはいい…。
 メールを送信して、FBIから支給された拳銃の位置を確認する。
 途端に車がぐるんっと回転して急ブレーキをかけた。



「きゃっ…」

『っと、』



 転がってきた蘭ちゃんを受け止めてどうにか衝撃に耐える。
 目的に着いたらしい…。念のためいつでも飛び出せるようにパーカーのフードをかぶっておこう。



≪ まず私たちFBIは米国の大女優である貴方が素顔で新出医院に通う姿を見つけた。
 そうしてすぐに貴方の目的をあぶり出そうとした。…案外すぐにその目的に目星はついたわ。
 貴方が新出医師を殺して彼に成り代わろうとしている――とね。

 そうしたら案の定。貴方は彼を殺そうとした。
 …気づいた? 私たちFBIが彼の死を偽装して彼を貴方から秘密裏に助け出していたことに。≫


≪…あぁ、あの事故はFBIの仕業だったの。≫



 ジョディさんのマイクからかすかに聞こえた声に背中がすうっと冷えた。
 彼女の声を直接聞くのはいつぶりだろうか…随分と前になる。
 秀一が組織を抜けてからはほとんど幹部と会うことはなくなったし…何より彼女は私を随分と嫌っていたから…。



≪ 新出医院にある貴方の部屋を調べたら一目瞭然だったわ。
 ダーツの矢で串刺しされた上に顔に大きなバツ印を書かれた、赤み掛かった茶髪の女性の写真…。

 あれは貴方たちが数か月前に始末した――…宮野黒凪の親族ね? ≫


≪…そうね、ライの情報からその結論には容易にFBIならたどりつけるでしょう。≫



 焦った様子なんて微塵も感じない。
 イヤホンから聞こえてくるのは…ただ、すべてを見越していたように落ち着き払った、抑揚のないベルモットの声。
 そして緊張した、ジョディさんの声。



≪ …さて、此処から先は貴方への質問になる。その写真の女性と瓜二つのこの子…。貴方が殺そうとしているという事は同一人物なのかしら…?≫



 ジョディさんの言い草から、ベルモットよりも先に志保を連れ出すことには成功したらしい。
 ということは今車を止めているこの場所はジョディさんが彼女を誘き出した場所ということになるし、恐らくFBIの捜査員たちが待機しているはず。
 …ということは、ジンが現れようとそうでなかろうと…FBIはここでベルモットを確実に確保するつもりなのね。



≪ そしてもう1つ――。標的の下に貼られていた2つの写真。そして “Cool guy” と “Angel” の意味――。
 Cool guy と書かれた少年に関しては、バスジャック事件の際にも貴方…身を挺して守っていたわよね。

 …どうしてそこまであのボウヤを気にするのか。…理由を教えてくれる? ≫



 クツクツと笑うベルモットの声が微かにイヤホンから聞こえた。
 そして程なくして響いた銃声に蘭がビクッと肩を跳ねさせ、私に怯えた視線を送ってくる。



『大丈夫よ、蘭ちゃん。大丈夫…。』


≪…あら、物騒なもの持ってるのね。日本警察の許可は取ってるの?≫


≪勿論処分は受けるつもりよ。…でもね、その前に貴方に聞きたい事がある。

 …貴方…、どうして年を取らないの。≫



 その言葉に目を細めた。
 ジョディさんから既にベルモットについてのこれまでの捜査の結果は聞いている。

 ベルモットは現在クリス・ヴィンヤードとして米国で女優業を行っているが、彼女はその母であるシャロン・ヴィンヤードと同一人物だと、その指紋検証の結果から結論付けられている。
 謎なのは、どうやって彼女がその若さを保持しているのか…。



『(…どうやらベルモットはそれに関しては応えるつもりはないようね…。)』



 隣で怯える蘭ちゃんの肩を抱いたまま目を伏せる。
 お父さん、お母さん。貴方たちは組織で一体何を研究させられていたの…?
 どうして私たちはあの組織と関係を持たなければならなかったの?
 ねえ、教えて。お父さん、お母さん…。



≪…まあ良いわ。全ての謎は貴方を確保してからじっくりと解き明かしていく。

 …You guys!Come out and hold this woman!

 既に此処はFBIの捜査官によって包囲されてるわ。逃げ場は――…≫



 ドンッとまた一層大きな銃声が響き渡り、車が揺れる。
 あの、黒凪さん…!
 そう言って腕を掴んでくる蘭に「危ないわ、相手は銃を持ってる」そう言って動こうとする彼女を抑えた。



≪Thank you, Calvados. まだ撃っちゃ駄目よ。≫



 カルバドス…名前だけなら聞いたことがある。
 直接会ったことはないけど…。



≪…っ、≫

≪…私を罠に嵌めたつもりかもしれないけど…残念だったわね。実際は私が貴方を罠に嵌めたのよ。

 勿論私の部屋に貴方達が侵入してた事も知ってるわ。あの写真を見せればそっちが勝手に彼女を見つけてくれると思ったの。≫


 ジョディさんの呼吸が荒い…カルバドスに撃たれた?
 外に出た方がいいかもしれない。そうして手を伸ばした時、窓ガラスが割れる様な音が響いて私の肩が跳ねた。
 そして続けざまに聞こえたベルモットの驚いた様な声に無線に耳を傾ける。



≪…貴方まさか…≫

≪あぁ。そのまさかだよ。≫



 Cool kid、とジョディの唖然とした声が聞こえて、続けざまに「動くなよ」とベルモットに向けたコナン君の声が聞こえてくる。



≪……。ん?≫



 しかし突然聞こえたその、ベルモットの怪訝な声。
 無線からは微かに車のエンジン音の様な物も聞こえた。…まさか。



≪…まさか貴方が自分から来るとは思わなかったわ。≫



 志保――。
 私があからさまに動揺したからだろう、蘭ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。



≪――ふふ。…貴方…姉のようにろくに訓練も受けていないくせに、私相手に身一つでどうしようと言うのかしら?≫

≪馬鹿野郎! 逃げろ灰原!≫



 コナン君の怒鳴り声は私のイヤホンから音漏れし、蘭が「え」と私を見た。
 「コナン君が居るの…?」そんな彼女の言葉に思わず振り返るも、何も言えずに沈黙するしかない。

 

≪早く…! 早く逃げねえとお前――…≫

≪good night.≫



 ベルモットの一言の後、必死に志保を説得していたコナン君の声が途切れた。
 もうこれ以上待てなかった。トランクを蹴り開けて飛び出した私に蘭ちゃんも弾かれたようについてくる。
 きっともう、この極限状態ではトランクの中にいるようにと再三言っていた私の言葉なんて蘭ちゃんの頭からすっぽり抜け落ちていることだろう。



「――⁉︎」

『(――ベルモットの位置からして、まっすぐ彼女に走れば多分カルバドスは狙いを定められない。はず。)』



 気をつけるべきは、ベルモット。
 スローモーションのようにベルモットが持つ拳銃がこちらに向くのが見える。
 それより早く撃ってやればいいだけ。
 一寸の迷いなく、本当にほんの少しの躊躇もなく拳銃を撃った。



「っ…!」

「哀ちゃん…!!」



 私の撃った弾がベルモットの頬を掠め、顔を歪めたその顔を睨みながら、志保の元へと走っていく蘭ちゃんをカバーするように走る。
 そして蘭ちゃんが志保を抱えた途端にベルモットが息を吸った。



「カルバドス、撃たないで!!」



 ベルモットの指示に従う気がないのか、何度かこちらを撃ち続けるカルバドス。
 何度か見ればカルバドスの大体の位置は分かる。…見えた。
 かすかに見えた人影に向かって撃てば、銃撃が止んだ。
 途端にベルモットの方向に拳銃を向ければ、彼女もすでにこちらに銃口を向けている。



『(…なんで撃たない?)』

「っ、退きなさい! Angel…!!」

『(蘭ちゃんを撃てないの…?)』



 ならば、と蘭ちゃんの右耳を左手で塞ぎ、右腕を蘭ちゃんの肩に乗せてベルモットに向けて拳銃を撃った。



「きゃあっ!」

『ごめんね、蘭ちゃん…!』



 耳元から聞こえた狙撃音に思わず悲鳴を上げる蘭ちゃん。
 それでも志保だけは離さなくて、志保が涙目になりながら蘭ちゃんを見上げているのが視界の端に映った。



「っ、退いて…Angel..!!」



 先程撃った弾はベルモットの右上腕部に当たっていて、彼女ももう悠長に構えてはいられないのだろう、今までに見たことがないほど感情的なベルモットがそこには居た。
 ーーカツ、と途端に足音が響く。
 その音にちらりと自身の背後に意識を向けたベルモットが短く息を吐いて、少し落ち着いたように見えた。



「…OK, カルバドス。こっちに来て」

『蘭ちゃん、私が前に出るわよ。いいわね?』

「で、でも…」

『彼女が言うカルバドスは女子供だからって容赦してくれない。…その子を護って。』



 そう言うと蘭ちゃんは志保を覗き込んでその不安げな顔を見ると私の背後に回った。
 前に出て拳銃に弾を装填し、ベルモットを睨むと彼女のエメラルドの瞳と私の瞳がかち合う。


 
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