隙ありっ

□隙ありっ
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  黒の組織と真っ向勝負 満月の夜の二元ミステリー


「…。なるほど…」



 ベルモットがため息混じりに言った。



「生きているとは思っていたわ――宮野黒凪。でも残念。ここでシェリーと一緒に殺してあげる。」

『…訓練を受けた私を殺せるの? それも…“貴方1人”で。』



 先ほどベルモットが志保に言った言葉を引用して言ってやれば、ベルモットが少し癪に障ったような、そんな顔をした。
 そしてそんなベルモットの背後で複数の銃火器を背負った秀一が徐に口を開く。



「…これほどまでの武器を日本に持ち込んで…どこぞの武器商人かと思ったぞ。」

「――! …赤井秀一…!?」



 反射的に拳銃を背後へと向けたベルモットの腹部を容赦なく散弾銃で撃った秀一。
 あんな威力の銃は本来人に向けるようなものではない…受けたベルモットは一瞬宙に浮いて尻餅をついたぐらいだ。
 痛みに顔を歪めたベルモットがカルバドスがいるであろうあたりに目を向ける。



「あんたの相棒の両足を折っておいた…助けは期待しない方が良い。」

「…シュウ、殺しちゃ駄目…!」

「心配するな。あの女が腹に防弾チョッキを数枚重ねてるぐらい動きを見れば分かる。」



 ベルモットにとって秀一の登場は完全に予想外だったのだろう、眉を寄せた彼女はジョディさんの車へと弾かれるように走り出した。
 そんなベルモットに秀一も反射的に銃を向けたが、生憎私もすぐ傍にいた為彼の指先が引き金を引くことを躊躇したのが見えた。
 すぐに秀一のために体を伏せたが、ベルモットにとっては一瞬でも隙ができれば十分で。
 瞬く間にコナン君を抱えてジョディさんの車に乗り込み、車を発進させた。
 それを見てまた体が反射的に動き、銃の標準を車のタイヤに合わせる。



『秀一、右のタイヤは私が』

「わかっーー…」



 秀一がサイドミラー越しに銃を構えたベルモットを見て銃を下ろし、新出智明の車にもたれかかるようにして腹部の傷を押さえているジョディを抱えて飛び退いだ。
 ベルモットがミラー越しに車のガソリンタンクを正確に打ち抜いたためだ。
 途端に車が爆発を起こし、熱気が私たちを包む。
 秀一がベルモットを感心した様子で見送る中、私自身も爆発の衝撃で途切れた集中に無意識のうちに止めていた息を吐いて、銃を下ろした。



「ほう、中々やる…。あの状態でミラー越しにガソリンタンクを打ち抜くとは。」

『…今気づいたけれど、あの車のタイヤを撃てばコナン君も危ないわよね。』



 秀一がジョディさんから離れて地面に伏せたままの私に手を伸ばしてくる。
 その手を取って秀一を見ずに立ち上がり、ベルモットが乗るジョディさんの車を睨む。



『確かジョディさんの車にはGPSも仕掛けてあるし、貴方の車で追いましょう。どこに…』



 はた、とこちらを覗き込んでくる秀一に動きと言葉を同時に止める。
 彼は私の目をじっと見て、徐に言った。



「瞳孔が開いてるぞ。大丈夫か?」

『え?』



 そこで言われて気づいた。
 なんだか頭の裏の方がじんわりしている。
 多分アドレナリンがものすごく出ているのだろう。
 今なら躊躇なく人だって殺せてしまうような、そんな気がした。



「…ベルモットに啖呵を切るなんてお前らしくないと思ったんだ。」

『…?』

「自分がいる場所を思い出せ。お前はもう…組織の一員じゃない。」



 そこまで秀一が言ったところで、彼の言わんとしていることが分かったような気がした。
 そっか、私…ジンたちと同じような目をしていたのかしら。



「シュウ、黒凪さん…今すぐあの車を追って…! 人質を取り返さないと…!」

「あぁ…。…次からはテメェの車のキーぐらいは抜いておけよ、ジョディ。」

「え、ええ…これは完全に、私のミスね…」

『傷口に塩を塗るようなことは言わないの。…じゃあジョディさん、ここまでやっておいて日本の警察を欺くなんて出来ないし…警察を呼んでうまくごまかしておいてくださいね…。』



 腹部を押さえながら浅く息を繰り返し、それでもかすかに笑みを浮かべてジョディさんが頷く。
 そして気絶している蘭ちゃんと志保に目を向けた。



「この子たちも、私がどうにかしておくわ…」

「…見たところケガは無いようで何よりだ。」

「ええ…」

『その女子高生…蘭ちゃんには、貴方がFBI捜査官で、日本で巻き込まれた事件の犯人を自主的に追っている最中だったって言ってあるから。話を合わせておいてください。』

「わか、ったわ。さあ、行って…。」



 後ろ髪を引かれる思いで秀一とともに歩き始め、彼の車へと乗り込む。
 そして拳銃を手元で一回転させるて弾の残数を確認する。



『…秀一、弾倉いくつある?』

「2。」



 そうぶっきらぼうに言って1つを手渡され、それを掴み取り慣れた様に装填して、苦笑いをこぼす。



『…こんなこと、誰も望んでなかったのに。』

「ん?」

『志保は命を狙われて…私は組織から教わった、こんな悍ましいことを当たり前のようにやって…。』



 誰1人…こんなこと、望んでいなかった。
 …誰1人。






















「――赤井秀一にやられただと?」

≪え、ええ…≫



 地を這うような低い声が助手席に座る男…ウォッカの鼓膜を揺らす。
 ハンドルを握りながら組織の幹部であるベルモットからの着信を受けた男…ジンが言った言葉に、ウォッカも思わずジンとベルモットの会話に意識を向けた。



≪日本に潜伏していた彼に偶然見つかって…あばら3本は持っていかれたわ…。≫

「あァ…1年前、お前がニューヨークでばらし損ねたあのFBIか…」

≪や、やっぱりあのニューヨークで相打ち覚悟で殺しておけばよかった…。あの方が我々のシルバーブレットになりうるかもしれないと恐れた、あの男を…。≫



 ベルモットの言葉をジンが鼻で笑い、言った。



「俺たちを一撃で壊滅させられるシルバーブレットなんて存在しねえよ…。」

≪…どうかしら、ね…≫

「あ?」

≪あの男…赤井秀一…宮野黒凪を連れてたわ…≫



 ジンの眉がぴくりと揺れる。



≪あなたが彼女を1から育てたのは有名な話だけど…あれじゃあまるで…≫

「…なんだ」

≪あれじゃあまるで、貴方を相手にしているようだったわ…。ジン…。≫



 ふう、とジンの口から吐き出された煙草の煙が車に充満する。
 ウォッカは1人、ジンの隣で息を潜めていた。
 ジンの直属の部下として動く彼にとって、それはとても分かりやすいほどに…ジンはキレていた。
 それは電話越しにいるベルモットも感じたようで「と、とにかく…」と話をすり替える。



≪今25線沿いの電話ボックスだから…拾ってくれる? トラブルがあって動けないの…≫

「…その前にお前に聞きたいことが2つある…」

≪な、何?≫

「黒凪が日本にいるのなら…お前シェリーをあいつの傍で見なかったか?」



 1つ目の質問に帰ってきたベルモットの答えは「いいえ」。
 そして2つ目の質問は…



「なら2つ目だ…。…お前、工藤新一っていうガキ…知ってるか。」

≪…さあ。知らないわ…。≫



 ジンの質問に答え、もう一度自分の居場所を伝えてベルモットが受話器を下ろす。
 そして空を見上げ、深く深く息を吐いた。



「(あの子ならなれるかもしれない…本物のシルバーブレットに…)」



 それまでは、貴方に免じてシェリーを狙うことは諦めてあげるわ…。
 工藤、新一…。


















『改めまして…蘭ちゃん。貴方を結果的に巻き込む形になってしまってごめんなさい。』

「い、いえいえっ! 本当にもう謝らないでください…!」



 むしろ今回は私の方から巻き込まれに行っちゃったっていうか、むしろ黒凪さんとジョディさんのFBI捜査官としての仕事を邪魔しちゃって…!
 そう言って必死に謝ってくれる蘭ちゃんに「いえ、でも私たちはあなたと違って大人だから…子供を守るべき立場なのに…」といつの間にか私たちは暫く平行線を辿っていた。



「ほんっとうにごめんなさい…! 私、てっきりジョディ先生が新一が抱えてる事件の犯人か誰かに脅されて、新一の弱みを掴もうとしてるんじゃないかと思っちゃって…」



 でも実際は、独自に誘拐事件を追っていたところ、偶然にもコナン君と哀ちゃんが巻き込まれて…それを助けようとしていただなんて…!
 …そう。ここまでがジョディさんが蘭ちゃんたちに説明した今回の事件の内容となっている。
 この件については既にFBI捜査官の中ではしっかりシェアされているし、私も秀一から説明を受けているため、完璧に話を合わせられるようにしておいた。
 ちなみに、混乱を避けるために蘭ちゃん達には私もFBI捜査官ということに。
 …そうこうしていると、事務所の外に出ていた名探偵…と巷では通っている毛利小五郎さんが戻ってきた。



「連絡取れたぞ。彼氏さんと。」

『ありがとうございます。本当にすみません、今回はお詫びに来たのに迷惑をかけてしまって…。』

「本当に災難だったよね、空き巣と遭遇して怪我しちゃうし…携帯も壊れちゃって…」



 眉を下げてそう言ったコナン君に「お恥ずかしい限りで…」としか言葉が出ない。
 実は今日この毛利探偵事務所に来る際、偶然にも探偵事務所に真昼間から忍び込もうとしていた空き巣と遭遇し、階段から突き落とされた挙句携帯をお釈迦にされてしまったのだ。
 もちろんこの空き巣はコナン君が華麗に捕まえてくれた。



「――あ! 彼氏ってあの人ですよね⁉ ニット帽の…FBI捜査官の!」



 そう、空気を変えるように言ってくれた蘭ちゃん。
 しかし次はコナン君の空気が少しぴり、と緊張した。
 秀一がベルモットとの一件で助けに入ってくれた時にはコナン君は気絶してしまっていたし、実際まだ彼のことは信用しきれていないのだろう。



「どんな人なんですか? 彼氏さん…」

『彼は…優しい人よ。もう随分と長い付き合いになるの。』

「へえ…! じゃあ結婚とか⁉」

『うふふ、そのうちね。』



 きゃ〜、なんて1人で照れている蘭ちゃん。
 そして何やら妄想に浸った様子の彼女の隙を見て(多分工藤新一君のことを考えてるんでしょうけど)
 コナン君が私の服の袖をくいと引っ張った。



「あの、黒凪さん…本当にあの人は信用できるんですか? 灰原を追いまわしてたし…」

『うーん…。…あのねコナン君…』

「はい…」

『あの人が志保を追っているのは、実は私の頼みを聞いてくれているからであって、彼個人がそうしているわけではないのよ。』



 しばしの沈黙。
 そして「ええっー⁉」と思わず叫んだコナン君に妄想に浸っていた蘭ちゃんと、座っていた小五郎さんが一斉にびくっとその肩を跳ねさせた。



「わっ、ど、どうしたのコナン君」

「なんだぁ?急に叫んで…」



 う、ううん。何でもない…。
 しどろもどろに言ったコナン君に怪訝な目を向けて「あ、そうだお父さん…」と蘭ちゃんが小五郎さんに何やら話かけはじめた。
 それを見たコナン君は今一度自身を落ち着けるように息を吐いて、私を見上げた。



「そ、それってつまり灰原の事を…」

『私も彼の前で幼児化しているし…組織のこともあるから、ね。伝えてあるわ。』

「…ちなみに俺のことは…」



 コナン君の言葉に首を横に振ると、彼は少し安心したようだった。
 そんなコナン君に心の中で「ごめんね」と手を合わせる。
 秀一も貴方の演技に付き合うつもりではあるようだから…それにもし原作で正体をばらすことになるなら、いつかはそうなる。ただ私は自分の独断で未来をいたずらに変えたくはないだけ…。



「――あ、はーい。」



 事務所のインターホンが鳴り、蘭が扉を開く。



「あっ…こんにちは!」

「どうも、この度はご迷惑をおかけしました。」



 やってきたのは秀一で、自分よりも頭1つ分以上小さな蘭ちゃんに何やらお土産を手渡して丁寧に少し頭を下げた。
 そして中に入って私に近付くと、小五郎さんに気づいて再び「ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げる。



「…立てるか?」

『肩を貸してくれたら…』

「分かった。」



 そうして秀一に肩を貸してもらって事務所を出て階段を下りていく。
 そして車に乗ると、車の外で運転席に回った秀一がもう一度だけ窓越しに蘭ちゃんや小五郎さんに小さく頭を下げたのが見えた。



『ごめんなさいね。仕事抜けてきたの?』

「いや、もう今日は上がった。」

『そう…ごめんなさいね。』

「いいさ。カルバドスにあれだけ銃を連射されてほとんど無傷だったんだから、運を使い切ったんだろうさ。」



 そんな風に言って笑った秀一に眉を下げて私も思わず笑みをこぼす。
 


 Vermouth.


 (彼女は私の言葉にかすかにその両目を見開いて、そして言った。)
 ( “ 貴方が何を言っているのか、皆目見当もつきませんが。…私はただの子供です。”と。 )
 (思わず笑みをこぼす。)

 (ただの子供? あなたが?)
 (…ありえない。絶対に。)


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