隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 赤井秀一


 今は夜の8時を回った頃だろうか。
 あたりは暗く、人気も少ない。それなのに――…私と全く同じ速度でついてくる誰かが後ろにいるのは、何故?



『…。』



 私が止まれば相手も止まって、速度を上げれば同じようにしてくる。
 うん。これは…典 型 的 な ス ト ー カ ー。



「…おい。動くな。」

『……。』



 違った。ストーカーは声をかけてはこない。し、対象の肩をつかんでくるなんてこともない。
 これは多分…。傍に黒いバンがものすごい勢いで近付いてきた。
 それを見て私の肩を掴んでいる男の手を捻り、手が離れたところで走り始める。
 今日に限って走りづらいパンプスなんだから困ったものだ。
 携帯を開いて秀一に電話をかける。多分男が複数いるだろうし、私一人ではどうしようもない。武器もないし。



≪――どうした?≫

『秀一、今すぐ出てこられる? 追われてて…』

≪組織の人間か?≫

『多分違うと思うんだけど…多分あれはレイプ目的の誘拐犯ってところかしら。男が複数…正確な人数はわからなくて、』



 徐々に息が切れてくる。
 数人バンから下りて細い路地も私を探しているようで、見つからないように常に移動し続けているためだ。



『私のGPSで居場所、分かり、そうっ?』

≪ああ。すぐに行く。通話は切るなよ。≫

『分かってる、』



 喉の奥が痛い。肺が痛い。
 きっとここ数か月運動してなかったせいだ、思っていたよりも体が動かない。
 武器でもあれば…あんな奴ら全員簡単に、



「おーい! いたぞ!」

「はははっ、見っけ〜。」



 通話を繋げたまま携帯をポケットに放り込む。
 そして2人の男を前に柔道の構えを取った。
 1人ずつかかって来ればいいけど…そういうわけにもいかないわよね。
 同時にこちらに向かってきたうちの1人に狙いを絞って関節を固める。
 しかしやはりもう1人はおざなりになるわけで、私の髪を掴んでその拳を振り上げた――時。



「チッ、おーい! この女乗せるの手伝え!」



 車のライトが私たちを照らす。
 それは私の正面、関節技を決められていない方の背後。
 男はこのライトが仲間のバンのものだと思ったようだが、あれは…。



「……人の女を追い掛け回さないで貰いたいな…」



 と、どすの聞いた声に思わず私も、そしてきっと私に拳を振り上げている男も、背中が冷えた。
 私の頭を殴らんとしていた拳が止まって、男の視線が背後――秀一に向かう。
 同時に男たちの仲間が乗るバンが私の背後に止まり、秀一のシボレーと向かい合う形になった。



「チッ…、おい男も来た! お前も手伝え、1人女に関節技決められて泡吹いてっから!」

「え、あ、ああ…」



 泡吹いてる、その言葉でやっと私が無意識のうちにギリギリとフルパワーで締め続けていた男が泡を吹いて気絶しているのに気づいた。
 締め技を解いて、私の髪をつかんでいる男の腕に足を絡め地面に沈めると男が「わぁっ⁉」と情けない声を出す。



『秀一、後1人どうに…か…』

「あぁ…その男も離して離れていいぞ、疲れているなら。」



 秀一が車から降り、今しがた私に地面に沈められた男、そしてバンから下りてきた男を睨む。
 拳銃をその左手に持って。



「え、ええっ⁉ そっそれっ」

『ちょ、ちょっと秀一! それ日本ではダメなやつ!』

「…あぁ」



 と、やっとそこで気づいたらしい秀一は手元の黒光りする拳銃を見て言った。



「頭に血が上っていたらしい」

『ちょ、ちょっと落ち着いて…。』

「ああ、分かってる。」



 そう言って拳銃を下ろし、男を睨んだ秀一の顔を見て絶句する。
 全然落ち着いていない。あの眼光は組織でも見たような、人を殺す時のような…。
 バキバキと指を鳴らし、肩も鳴らす秀一を見たバンの運転手と私は同時に顔を青ざめたことだろう。
 締め技で意識を失った2人目の男を確認して「一応犯罪者でも一般人だし…!」と秀一の腕に抱きついて彼の鉄槌を全身で止めようとするが、それに構わず秀一は歩いていく。



『ちょ、ま、待って秀…』

「二度と同じことが出来ないようにしてやる…」

『流石に貴方が殴ったらトラウマ所じゃ――』



 と、言っている間にも鈍い音がしてバンの運転手が地面に沈んだ。
 一撃で意識を奪うなんて、どんな威力の何をお見舞いしたんだか…。



『あぁ…可哀そうに…』

「警察には匿名で連絡しておいた。すぐにここに来るだろう。」

『そう…じゃあすぐに私たちもここを離れないとね。』

「ああ」



 ちらりと秀一の顔を見上げれば、まあ見事に無表情。
 まだ腸が煮えくり返ってる様だ。
 車に乗り込み、秀一がUターンをして帰路へとつく。



「…急に狙われたのか?」

『あぁ…うん。多分。…後をつけられてるような感じは最近してたんだけど』



 そう言うと一気に車の中の空気が冷えた。



「…お前も勘付いていたなら少しは俺に話せ。」

『…ハイ…』

「そういう時にこそ夜でふらふらしやがって。お前は複数の男には敵わねぇんだぞ。」

『はい、存じております…』



 チッと舌を打った秀一に肩をすくめるしかない。



『でもほら、普通の人ならどうにかなるかと思って…。秀一もいるし…』



 すると車が急停止し、秀一の冷えた目がつい、と私を見る。
 「う、まずい」そう思い「冗談です…」と言えば秀一が再び正面に目を向けて車を発進させた。



「いつでも護れるわけじゃないことは分かってるな?」

『…はい』

「…あまり心配を掛けるな。…ま、お前はまだ素人じゃないだけマシだがな。」



 「ハイ…」と返事を返しておいて、ちらりとパンプスが食い込んでできた足の傷に目を向ける。
 また家に帰ってからこれが見つかれば、多分怒られるだろうなあ。なんて考えながら、しばしの休息として車の中で静かにしておいた。



 怒ると怖いんです…


 (…奴らの尾行に気付いていたなら)
 (うん、スニーカーとか履けばよかったわよね…。)
 (…馬鹿野郎)
 (痛っ、)


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