隙ありっ

□隙ありっ
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  と黒のクラッシュ


「…水無怜奈の身柄は?」

「ここよ。」



 FBIによって秘密裏に運び込まれた水無怜奈。
 彼女の病室に入った私はベッドの上で目を閉じている彼女の顔を見て懐かしさから目を細めた。



「災難だったな…折角組織の人間を1人捕まえたかと思えば、事故で昏睡状態か。」



 先ほどまでジョディさんが持つトランシーバーから音声のみを聞いていた私と秀一でも、彼女とコナン君との会話である程度何があったかは理解している。
 完全にこれはアクシデントだが、コナン君の発信機から組織が暗殺計画を企てていることを知り…そのターゲットを追跡していた組織の一人、水無怜奈の捕捉に乗り出したがその最中に事故で彼女は頭を強く打ち、昏睡状態となってしまった。
 そのためすぐにFBIが組織の人間から彼女を隠すため、ここ杯戸中央病院へと彼女を移送したのだ。
 すでに彼女を移送してから、数日経っている。



「宮野君、この水無怜奈は組織の幹部…キールで間違いないかな?」



 そう問いかけてきたのは、ジョディさんや秀一と同じく日本で組織を追っているFBI捜査官、ジェイムズ・ブラックさん。
 秀一が私をFBIへ連れて帰ったあの日に私を保護対象として申請し、また組織を追う際の協力者としてくれたのがこの人で、私も感謝している。



『はい。彼女がキールです。会ったのは数回だけど、比較的表に出て活動する幹部なのでよく覚えています。』

「そうか…。」

『彼女の身元は今調べているんでしたか…?』

「ああ。ジョディ君とコナン君がね…。彼女の弟だと言う青年もいるようだし。」



 ジョディさんに目を向ければ、彼女がぱち、と片目を閉じてウィンクを見せてくれる。
 …そういえば、彼女が幹部になった時のことは何か覚えているかね?
 続けて放たれたそんなジェイムズさんの言葉に再び彼女…キールの顔に目を向ける。



『いえ…私が彼女と出会ったのは彼女がコードネームを貰ってからですから…。』



 あれは確か私が爆弾処理班から捜査一課に異動になった頃…組織が起こした殺害事件の件でその地域一帯に警察が検問を設置した時。
 急なことで、捜査一課ではまだ新米だった私は検問所に回された。
 その時にジンの指示で検問を突破するために私の元へやってきたのが、彼女。



「ああそうだ…確か彼女がコードネームを受け取った時は4年前ぐらいだって言っていたわよね? 黒凪さん。」

『え? ええ…』

「秀一が水無怜奈について調べてくれてね…。特に4年ほど前の出来事を。…ね? シュウ」

「あぁ」



 短く返答を返した秀一に「ああ、だから最近よく出かけていたんだ…」なんて考える。
 ジンに顔を見られ、確実に私の生存がばれたタイミングでもあるのに外に出て何やら調べているから、何を調べているのか疑問ではあったのだ。



「あるホームレスに話を聞いてな…話によると、4年前とある廃ビルで水無怜奈が男を射殺する現場を見たそうだ。」



 拳銃の発砲音に音がした方を覗き込んでみれば、血を流して倒れている男と、蹲っている水無怜奈。
 そして銃声を聞きつけて駆け付けた銀髪長髪の大柄の男…それからサングラスをした同じく大柄の男が彼女に話を聞くと彼女はこう言った。



「” 男の手首を噛み…銃を奪って射殺した。と。私は何もしゃべっていない。死んだ男のMDを聞けば分かる。”」

『…その死んだ男は?』

「CIAの諜報員…イーサン本堂。この水無怜奈を自身の姉だと言い張る少年の実の父親だ…。」



 秀一が1枚の写真を胸ポケットから取り出して、この場にいる全員に見せた。
 黒人と日系人のハーフを思わせる、その風貌。
 その写真を見た私は微かに目を見開いて、そして水無怜奈…キールへと目を向ける。



『…確かジンは、彼女が組織に潜入していたスパイを見つけ…そのスパイを殺害したから昇格されたと言っていたような気がします。』



 ジョディさんとジェイムズさんの視線がぱっと私に向いた。
 だけどあの時…あの日、私が管轄していた検問所へやってきた彼女はとても…



《トランクを見せてください。》

《ええ…》



 形式上、キールへ私の正体を明かした状態でトランクの中身を確認する。
 そこにはばっちりと凶器であるライフルがギターケースに入って乗せられていたが、気に留めるそぶりを見せず彼女に形式上の質問をいくつかしてそのまま解放した。
 だけど私を見つめるその両目はどこか怯えていて、でも強い意志のようなものを感じた。



「まあ、これでその水無怜奈を姉だと言い張る彼と彼女は無関係だと証明されたってわけ。だってもしも彼女が本当に彼の姉だというのなら…」

『…彼女は自身の父親を射殺したことになる』

「ええ。あらかた、イーサン本堂に娘のふりをして近付き…殺害した。そんなところかしら。血液型もその彼とは違うものだと判明したようだしね。」



 本当に? キール。
 あなたは本当にそんなに残酷な人なの?
 あの時貴方に初めて会った時、私…。



「――では赤井君、宮野君。しばらく水無怜奈の監視を頼むよ。」

「ええ…」

『分かりました。』



 ジェイムズさんが部屋を出るのを見送って椅子に座った秀一を見届け扉へと私も歩いていく。



『自販機で何か買ってくるわ。貴方はコーヒーでいい?』

「あぁ。…黒凪。」



 振り返れば、銃創を片手でぷらぷらと振る秀一。
 手を伸ばせばその銃創がぽいと投げられ掴み取る。
 その一連を見ていた秀一が浮かべた不適な笑みに肩をすくめて病室を出た。




















『――何を考えてるところ?』



 そんな黒凪の声に意識を現実に戻す。
 そして差し出された缶コーヒーを受け取って、目の前で眠る水無怜奈から黒凪へと目を向ける。
 組織の人間を見てから彼女を見ると、なんだか昔に戻ったような不思議な感覚になった。



『…なあに、私の顔に何かついてる?』



 それでも目の前で微笑む彼女のその表情の優しさに安堵する。
 よかった。彼女が組織から抜け出したのは夢ではないらしい…。



「いや…悪い、色々と考えていたものでな…。」

『だから、何を考えてたのよ?』

「…お前と初めて会った時の事を」



 初めて俺が彼女に出会った時…黒凪はまだ爆弾処理班に所属していた。
 接触する前に彼女のことを事細かに調べたことも懐かしい。
 彼女は俺の言葉に眉を下げて「そうねえ…」と小さく笑みを浮かべた。



『…今でも思うわ。貴方と出会えなかったらどうなっていたのかなって…』



 たとえそれが、貴方に仕組まれていただけの出会いだとしても…この出会いはかけがえのないものだった。
 そう目を伏せて言う黒凪に目を向ける。
 彼女の言うことは最もかもしれない。あの頃の彼女はまさに壊れかけていた。



「お前のことを調べていた時――その経歴に酷く驚いたことを覚えている。」



 警察学校の女性の部では主席。
 全体の成績を見ても、全体での主席は逃したもののその成績は2番手と言うことで抜群だった。
 拳銃の腕、格闘術、学術に至ってもまさにパーフェクト。
 それでも主席になれなかったのは、その彼女の同期が類まれなるほどに天才だったと言わざるおえない。



「警察学校を卒業後は爆弾処理班に所属し…人々の命を瀬戸際で守ってきた。」
 
『…やめてよ。爆弾処理班の仕事は配属されて仕方なく。ただ仕事をしてただけだし…。』

「俺が調べた限り、勤務態度は実に良かったが?」



 だから余計に理解できなかった。
 お前が組織の人間で…警察官として働きながら、裏で組織を手助けしているスパイだとわかった時は…。
 黒凪は何も言わない。言い訳をするつもりはない、と言うことだろう。
 だがFBIの誰もが、もちろん俺自身もこれら全てを彼女が望んで行ったことではないと分かっている。
 彼女はただ組織に子供の頃から洗脳されていた上…妹という人質を取られていただけ…。



「なあ、聞かせてくれ。」

『うん?』

「俺がお前に接触した時…俺がスパイだと既に勘づいていたのか?」



 黒凪が思い返すように右上に視線を向けた。



『…正直、貴方が組織に入りたいと言った時は疑ったわ。でも…』



 それでもいいと思ったの。貴方がスパイだったとしても…。
 それで組織が壊滅するのなら…志保が解放されるなら。なんでも。
 そんな黒凪の言葉に目を伏せる。



「…すまなかった。」

『何が?』

「結局絶好のチャンスをふいにした。…今でも不思議なくらいだ。そんな俺をお前が頼ってくるとは…」



 お前なら…俺を頼る必要はなかったはずだ。
 お前なら誰の助けも必要なく、志保を連れて逃げるぐらいはできたんじゃないのか。
 俺が、FBIが余計なことをしなければ。



「…お前がジンに殺されかけることも」

『貴方のせいじゃない。』



 黒凪に目を向ければ、彼女は俺を見て微笑んでいた。
 それはそれは愛しいものを見るような、そんな目をして。



『秀一、貴方は私の世界を変えてくれたの。私をあの暗闇から救い上げてくれたのよ。』

「…。」

『私を助けてくれてありがとう。…私を、愛してくれて…』



 ありがとう。
 じんわりと胸が暖かくなった。そして自然と笑みがこぼれたのが分かる。
 徐に黒凪の頭を引き寄せれば、彼女は抵抗することもなくそれを受け入れてくれる。
 そんな小さな彼女の行動に、彼女が俺だけに唯一許してくれる、この距離感に…柄にもなく俺は幸せを感じていた。


 Kir.


 (彼女の形式上の検問を抜けて、最後にアイコンタクトをして別れた。)

 (その時私は不思議と…そのジンと瓜二つな冷たく暗い眼差しの奥底に、彼女が誰かに助けを求めているような、そんな何かを感じた。)
 (今でもそれは何故だかわからない。だけど…)
 (きっと、大切な家族を理由に自分を殺すこととなった境遇を誰かに理解してほしかった…だからそんな妄想を抱いたのかもしれない、と。)

 (組織の基地へと向かう道中、そんなことを考えながら運転したことを覚えている…。)


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