隙ありっ

□隙ありっ
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  と黒のクラッシュ


「…仮眠は?」

『……眠れなくて。』

「はー…」



 そんな俺の呆れたようなため息にも無反応で水無怜奈を見つめる黒凪。
 この反応の鈍さからも彼女の体力が限界に近付いているのは見て取れた。



「いい加減に眠ってこい。ベッドに入れば嫌でも眠れるさ…」

『うん…』



 なぜ彼女が眠りたがらないのか、理由は分かっている。
 志保がアガサさんと一緒に住んでいる家が米花町…ここ杯戸中央病院はそこから距離もあまりない。
 目の前で眠る水無怜奈を探して周辺に潜んでいるであろう組織の人間がいつ現れてもいいように、常に気を張っている――といったところだろう。
 とはいっても、こんな状態だと逆に何か起こった時に使い物にならない。
 FBI捜査官の男が見張りの交代に、と病室に入ってきて目が合った俺に軽く会釈をした。



「見張りを変わります。どうぞ仮眠を取ってください。」

『…はい。ありがとうございます。』



 そう言いつつも眠気覚ましのガムを取り出した黒凪を見て俺は静かに左腕を持ち上げ…そのまままっすぐ黒凪の頭に振り下ろした。
 途端に衝撃で気を失った彼女を抱きかかえれば、青い顔をしてこちらを見るFBIの捜査官が「え…?」なんて情けない声を発する。



「悪いな、今日も眠らないつもりなら気絶させてでも眠らせるつもりだったんだ。」

「で、でも大丈夫なんですか、そんなことして…」



 その「大丈夫なんですか」は恐らく彼女を眠らせた張本人である俺に向かっていることだろう。
 そんな彼に軽く笑みを返しておいて、彼女を抱えて病室を出る。
 するとちょうど水無怜奈の病室に向かっていたジョディ、ジェイムズ、そしてコナンが廊下に立っていた。



「あら、黒凪さん仮眠したの?」

「ん? あぁ…まあ、そんなところだ。」

「よかった、ずっと仮眠してないって聞いてて…やっと眠ったんだね。」

「いや?」



 コナンにニヒルな笑みを向ければ、彼は「え゛」なんて表情を固めた。



「今眠らせたんだ。」



 そしてコナンの首がぎぎぎ、と動いて眠っている黒凪に向かう。
 「まさか、ね…ハハハ」なんて言う彼に何も返さず空いている病室へと向かった。
 それを見て俺についてくるところを見て、3人が要があるのは俺と黒凪だったらしい。そう考えて個室の部屋を選択し、ベッドに黒凪を寝かせた。



「…で、どうした?」

「ああ、それが…コナン君がこの病院に組織の人間が潜入しているかもしれないって…」

「それは確かなのか?」



 ちらりとコナンへと目を向ければ、彼は神妙な顔をして1つ頷いた。



「うん…僕が探している水無怜奈を姉だと言い張ってる…瑛祐兄ちゃんについてここで働くナースのお姉さんに聞いてたら、瑛祐兄ちゃん以外に水無怜奈のことを聞いてきた男がいたって…。」

「そうか…。」



 その男の人は最近物販で販売された白いスリッパを使っていたらしいから、最近入院したばかりだっていうことは分かっているけど、それ以外は…。
 そう言ったコナンに続けてジョディが徐に口を開いた。



「そこで、私は水無怜奈をほかの病院に移すべきだと思うんだけれど…」

「だが私はここでことを急いては逆に組織に水無怜奈の所在を明らかにするようなものだと考えていてね…。」



 ジョディとジェイムズの意見を聞いた俺は暫く沈黙し、ベッドの上で眠る黒凪をちらりと見て口を開いた。



「いいんじゃないですか? このままで…」

「こ、このままで⁉ でも組織の人間が…!」

「わざわざこの病院に病人として潜入し、看護師にカマをかけるぐらいだ。奴らもまだ探りを入れている段階…先にこちらがその男を捉えればいい話です。」

「でもその男に我々がFBIだと気づかれずに調査できるかどうか…それにこの病院の入院患者は50人はいるのよ?」



 そんなジョディと俺の会話を聞いていたコナンが「いや、50人よりもずっと少ない人数を調査するだけで大丈夫だと思うよ?」と我々を見上げて言う。
 そちらに目を向ければ、



「僕が話を聞いた看護師さんは、瑛祐兄ちゃんが水無怜奈について調べるためにこの病院に来た時、すでにその男に会っていたらしいんだ。瑛祐兄ちゃんは冬休みに入る前にここに来たって蘭ねーちゃんたちに言ってたみたいだから…帝丹高校の冬休みは12月23日から。白いサンダルを新しく売店で販売し始めたのは12月18日だから…」

「…なら、まずは12月18日から12月21日までに入院した人間のみを調べるのが得策、ということか。」

「うん!」

「すぐに院長に該当する患者のリストを作成してもらってくるよ。」



 そう言って病室を後にしたジェイムズを見送り「それから気がかりなのが…」と話し始めたジョディへと目を向ける。



「その行方不明の瑛祐って言う男の子よ…。」

「あぁ…」



 本堂 瑛祐 (ほんどう えいすけ)、組織に潜入していたCIAの諜報員、イーサン本堂の息子…か。



「FBIとしては、姿をくらましていた方がありがたいがな…。NOCの息子は組織に顔が割れている可能性もある…そんな人間がここらをうろついていれば、組織にとっては重要な判断基準にもなりかねない。」

「ノック…ノン・オフィシャル・カバー…」



 そう呟いたコナンにジョディがにこにこと笑顔を浮かべながら足を屈め「やっぱり物知りね。」とコナンに話しかけている。
 そんなジョディの言葉に苦笑いを返しつつ、何かを考えているらしいコナンを見て再び黒凪へと目を向けた。



「もしもその瑛祐とかいう、NOCの息子の身を案じているなら諦めた方が良い…。我々も出来る限りのことはするが、どこまで出来るか。」

「とりあえず、組織の人間をあぶり出すための作戦を練りましょう。」

「ああ。」

「…あ、でも黒凪さんは…? 起こさなくていいの?」



 そんなコナンの言葉に「ああ、」と頷いて席に座り「折角眠らせたんだからな…」と呟けば、また露骨にコナンの顔がひきつった。
 そして彼が憐みの目を向ける黒凪に小さく笑って、彼女の顔にかかった髪をどかしてやる。


























「…おはよう。」



 そんな赤井さんの声に顔を上げる。
 そしてベッドの上で眠っていた黒凪さんが静かに身じろいだのが見えた。



『…どれぐらい私眠っていたの…?』

「丸1日と言ったところだ。無茶をしすぎたらしいな…黒凪。」



 起きてすぐに不機嫌な様子を見せず、赤井さんに微笑む黒凪さんを見て意外だと思った。
 灰原ならきっと同じことを俺がすれば怒るだろうから…黒凪さんも同じような反応をすると思ったのだ。



『…あら、コナン君。』

「あ…おはよー、黒凪さん。」



 こちらに向いた彼女の目にはっと意識を戻して挨拶を返せば、黒凪さんはまだ疲れた様子で小さく微笑んだ。
 この様子を見ただけでも彼女がどれだけ気を張っていたのか分かる…赤井さんが無理に眠らせた理由も十分理解できた。



「シュウ、コナン君…、あ、黒凪さん…」



 水無怜奈の様子を見に行っていたジョディさんと、坏戸中央病院の院長と話をしていたジェイムズさんが病室へと入ってくる。
 最初に入ってきたジョディさんが起き上がった黒凪さんに少し驚いたような顔をする中、ジェイムズさんは「よかった、ちょうど君に聞きたいことがあったんだよ…宮野君。」と笑顔を見せた。



「コナン君と赤井君が、水無怜奈を探してこの病院に潜入しているであろう組織の人間を見つけてくれてね…。君の記憶にある男かどうか、確認したかったんだ。」

『あぁ、そうなんですか…。確認します。』



 そうしてジェイムズさんは俺が先ほど特定した組織の人間…楠田陸道の写真を胸ポケットから取り出して黒凪さんへと手渡した。
 写真を片手に首を傾けて肩を鳴らした彼女が徐に写真へと目を向ける。



『…いえ、この男…全く覚えがありません。』

「そうか…宮野君が知る人物なら、すぐにでも抑えようかと思っていたんだがね…」

『何か彼をすぐに捕まえられない理由でも?』

「いや、そういうこともないが…まだ数パーセントでも、彼がただの入院患者だという可能性が残っているものだからね。」



 捕まえて尋問でもすればいいのでは?
 そう言った黒凪さんにジョディさんとジェイムズさんが苦笑いを浮かべたのが分かった。
 かくいう俺も、同じような表情を浮かべたと思うが。



「ハハハ…赤井さんと同じこと言うんだね、黒凪さん。」

『え?』



 俺の言葉にきょとんとして赤井さんに目を向ける黒凪さん。
 赤井さんはそんな視線を受けて肩をすくめて見せた。でもどこか嬉しそうで、彼がどれだけ黒凪さんを好いているのかが分かる。



「では、楠田陸道が尻尾を出すまで彼の監視をする方向で…」

「あぁ。」



 ジョディさんの言葉に頷いたジェイムズさん。
 ちらりと黒凪さんを見れば、彼女はまだじっと楠田陸道の写真を見ていた。



『…良ければ、私が彼の前に姿を見せましょうか?』

「うん?」

「え?」

「…」



 ジェイムズさん、ジョディさん…そして赤井さんが一斉に黒凪さんへとその目を向ける。
 黒凪さんは以前として楠田陸道の写真に目を移したまま、続けた。



『必要であれば看護師のふりをしても構いません。ただ…彼が怪しい行動をとった上に私の顔を知っていれば完全な黒だと言えますし…』



 そちらの方が組織の人間を見つけるには確実ではありませんか?
 そう言った黒凪さんから、俺はゆっくりと赤井さんに目を向けた。
 それはジェイムズさんとジョディさんも同じで。
 黒凪さんも徐に顔を上げ、赤井さんへとその目を向ける。まるで赤井さんの意見を仰ぐように。



「…個人的にはそんなことをお前にはさせたくないんだがな…」

『それでも貴方も分かってるでしょう? この作戦の確実性が。』

「…。あぁ。」



 そんな赤井さんの短い返答を聞いた黒凪さんは小さくため息を吐いて目を閉じ…再びその瞼を持ち上げる。
 その瞬間、俺は自分の背中がすうっと冷えたのを感じた。
 正直言うと、感じたんだ。俺は…黒凪さんから、ジンと同じ気配を。
 きっとこの人は今すぐにでも、今回のこととケリをつけてしまいたいんだ。それはもちろん、灰原の為だけに…。



 Kir..


 (のちに彼女…宮野黒凪の恋人かつ組織の幹部だったライが組織を抜けた。)
 (途端に彼女は警察官を辞め、組織にいることが多くなった。)
 (実のところ…ジンに彼女の暗殺を指示されたことがある。)

 (結局警戒心が強くとても私が暗殺できる相手ではなく、自分から辞退した。)


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