隙ありっ

□隙ありっ
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  魚が消える一角岩


 この日…私は小学校の同級生の子供たち、吉田さん、円谷君、小嶋君…そして工藤君と神奈川の沖合いにある埠頭での海釣りにやってきていた。
 アガサ博士の知り合いの江尻さんのおかげで私たちのプライベートでの釣りは思いの他楽しく、結局夕方ぐらいまでこの沖合いにいた。
 そろそろアガサ博士が私たちを迎えにやってくる…。



「…哀ちゃん、なんだか早く博士に会いたそうだね?」

「え?」

「だって、ずーっと海の遠くの方を見てるし!」



 そう言われてはっとなる。
 気づかないうちに、そんなに海を眺めていたのかしら…。



「そんなことないわよ。吉田さん、考えすぎじゃない?」

「えー! そうかなあ?」



 そう小首をかしげて言って円谷君や小嶋君とまた話し始める吉田さんを横目に工藤君を見れば、こちらを見てにやにやとしている。



「…なによ。」

「いや? お前、お姉さんと会うときはいつも嬉しそうだからよ。」



 そう。実は今日は姉がアガサ博士と共に私を迎えに来てくれるのだ。
 工藤君から聞いた水無怜奈との一件から、姉…宮野黒凪は一旦身を隠し、変装して新しく 神崎 遥 (かんざき はるか) という名前を使って私の傍にいてくれるという話は既に聞いている。
 今日はその姿を初めて私にお披露目してくれる上、私と…それからこの子たち少年探偵団と初対面の日なのだ。



「――あ! 船が来ましたよ!」

「おーい博士ー!」

「博士ー! 早くはや…く?」



 円谷君、小嶋君…そして吉田さんが大きく手を振って船を迎えれば、その博士を呼ぶ声が尻すぼみになっていく。
 きっと姉を見ての反応だと踏んで振り返った私は、その人物を見て自分の体が硬直したのが分かった。



「あれ? あの人って博士の家の隣に住んでる…」

「確か、大学院生の沖矢昴さん…ですよね?」

「でも隣にいるあのねーちゃん、誰だ?」



 すぐに工藤君の腕を掴んでその背に隠れるようにする。



「(何よ…お姉ちゃんだけじゃなくて、あの男も…?)」



 数日前、お姉ちゃんが新しく住み始めたアパートが家事になり、そこで工藤君の家にお姉ちゃんと共に住むことになった…お姉ちゃんの恋人役だという男、沖矢昴。
 火事の日お姉ちゃんは新しい仕事の面接があったとかで家を離れていて、火事の対処にあたった工藤君と私、それから少年探偵団の子達は彼とすでに会っていた。
 初めて見た時から感じる、言いようのない恐怖。これは組織の人間に対して感じるものと同じで…どうしてお姉ちゃんの恋人役だというあの男からこんな気配を感じるのか、不安で仕方がない。



「やあ君たち。この前の火事の時はどうも。」

「沖矢昴さん…ですよね? 博士の代わりに来てくれたんですか?」

「ああ。博士はどうしても外せない用事ができたそうだから代わりに僕と…僕の恋人、遥と一緒に来たんだ。」

「あー! あの燃えちゃったアパートで、昴さんと一緒に住んでたっていう、あの⁉」



 そんな風に会話をする沖矢昴を睨みつつも、子供たちに挨拶を済ませてこちらに近付いてきたお姉ちゃんに目を向ける。
 目の前にしゃがんで私と工藤君に微笑みかけてくれたその表情は、顔は違えどお姉ちゃんのもので…安心した。



『初めまして! 神崎遥よ。よろしくね!』



 そしてすぐに切り替えられたその口調に思わずぽかんとした私を見て「かわいい!」と抱きしめてきたお姉ちゃん。
 思わず何も言えず固まっていると、お姉ちゃんが声を潜めて私に耳打ちした。



『志保、暫く会えなくてごめんね…。大丈夫だった?』



 その口調にほっとして、体の力を抜く。



「うん、大丈夫だったよ。お姉ちゃん…。」

『…よかった。』



 そうして体を離して私に見せたその表情はすっかり神崎遥のものへと切り替えられていた。
 そして「コナン君に哀ちゃん。船に乗るよ。」と声をかけてきたあの男…沖矢昴へと目を向ける。



『はーい! ほら行こ! コナン君に哀ちゃん!』

「はーい。」

「…うん。」



 お姉ちゃんが私と工藤君と手を繋いで船へと向かっていく。
 そして私たち2人を船に乗せたら、ゆっくりと船に乗り込んできた。
 そんなお姉ちゃんをしっかりと見届けて船に乗り込んだ沖矢昴からは組織のメンバーから感じるプレッシャーは今は感じない。
 それでも信用できないと私の本能が訴えかけていた…。



「お姉ちゃ…遥さん。」

『うん?』

「あの人…沖矢昴さん、本当に信用できるの…?」

『…大丈夫よ。ちょっとした軍人さんだから、組織の人間と似たような雰囲気を感じるだけ…あの人は私をサポートしてくれる良い人よ。』



 そう言ってくれるお姉ちゃんを出来ることなら私も信じたい。だけど…。



「へー! あの岩、一角岩って言うんですか!」



 がやがやと盛り上がっている船の持ち主である井田さんと子供たち。
 彼らの声に思わずそちらに目を向ければ、確かに夕日をバックに映える角のような岩があった。
 近付いた船を沈めるという恐ろしい言い伝えがある岩だそうだが、子供があの岩に近付けば、逆に加護を受けて泳ぎがうまくなる。
 そう井田さんが言うと、子供たちが目をきらきらさせて一角岩を見つめた。



「…じゃあ行ってみるか? あそこなら船もつけやすいしよ。」

「本当ですかー⁉」

「歩美、行きたい!」

「俺も!」



 子供たちの返答を聞いて進路を変えた船が少しだけ揺れて、ぼうっと立っていた私はふらついてしまう。
 それに目を見開いてお姉ちゃんに手を伸ばそうとするよりも早く…近くに立っていた沖矢昴さんが私の体を支えた。
 そんな彼の手に「ひっ」と思わず声を出して、ゆっくりと彼を見上げると…。



「大丈夫かい?」



 と、穏やかな顔をして私に問いかけてきた。
 その顔を見て私が思ったのは「あれ? 思っていたよりも大丈夫…?」といったことだった。
 触れられても恐怖を感じなかった。どうして…?



「――おーい! お前ら、それは一角岩! 近付かねえ方が身のためだぞー!」



 そんな大声に全員がはじかれるように声の下方向へと目を向けた。
 そこには船が1つ。男が2人甲板に、1人が操縦席に乗っている。



「いや…あいつら子供を連れてるし大丈夫だろ。…それよりここにもいないみたいだな…。」

「ダメそうか? なら別のポイントを探すことにするか…。」



 そんな風に会話をして去っていった船を見送り、井田さんが苦い顔をして言った。



「また来てたのか、あいつら…」

「お魚を釣る人たちじゃないの?」

「あいつらは最近ここらでダイビングをしてるどこかの社長令嬢の取り巻き達だよ。海はみんなのものだっていうが…あいつらは俺たち漁船に対して何も考えちゃくれねえからよ。みんな毛嫌いしてんだ。」



 そんな会話をしている間にも船が一角岩の傍で停止し、沖矢昴さんとお姉ちゃんが私たちを船から下ろしてくれる。
 私は最後に一角岩に降り立ったのだが、先に船から降りていた子供たちは夕日を見てきゃあきゃあとはしゃいでいた。



「歩美、ここで写真撮りたい!」

「いいですね〜!」

「誰かカメラ持ってねーか? カメラ!」


「じゃあ僕の携帯でよければ…。」



 子供たちのリクエストに笑顔で答えた沖矢昴さん。
 そんな彼をいぶかし気に見ていた私だったが、こちらに走ってきた吉田さんに手を引かれあまり乗り気ではないものの写真を撮るために子供たちと一角岩の傍に夕日を後ろにして並んだ。
 前では写真を撮るために携帯を覗き込んでいる沖矢昴さんと、お姉ちゃんが写真を撮る角度を決めたりと仲睦まじく私たちの写真を撮っている。…と。



「ん…?」



 沖矢昴さんが怪訝に眉を寄せて携帯を下ろし、こちら…私の方へと一直線に近付いてきた。
 そして私をじっと見つめるかのようなその視線に身をすくませていると、沖矢昴さんが私の背後を示す。



「後ろの岩…何か書いてあるようだね。」

『え? …あ、ほんとだね。』



 みんなで覗き込めば、確かにカタカナで縦に何か書いてある。
 文字は…サバ、コイ、タイ、ヒラメ…。



「お! 俺もなんか見つけたぞ! 岩に挟まって取れねーけど…!」



 そんな小嶋君の声に振り返れば、確かに岩にピンク色の…ダイビング用のフィンだろう。が挟まっている。



「この文字も、それも記念として誰かが残したんでしょうか?」

「うーん。でもフィンをここに残しちまうともう泳げなくなっちまうし…。」



 円谷君の言葉にそう返す工藤君。
 確かにフィンを残してはこの岩から出られなくなるだろうし…予備を持ってきてまでこの岩に残すほど、一角岩は有名な観光地というわけでもなさそうだ。



『…。昴。』

「ああ…。この周辺を調べた方がいいかもしれないね。」

「あっ、コナン君!?」



 一足先に岩の向こう側へと走り出した工藤君を追って子供たちも走り出す。
 それに私やお姉ちゃん、沖矢昴さんも続くと…女性が岩にもたれかかるようにして亡くなっているところを見つけた。



「な、亡くなってるんですか、その人…⁉」

「…口の中はカラカラに乾いているし、肌の張りもない…。死因は脱水死で、死後膠着から見ても死後数時間。」

「…これはダイビング用のタンクとサーキュレーターだね。」



 工藤君の隣にしゃがんだ沖矢昴さんが女性の傍に置いてあるダイビング用のタンクに近付き、サーキュレーターを持ち上げる。
 そしてそのタンクのエアを吸う部分をじっと見つめ、お姉ちゃんに目を向けるとお姉ちゃんがすぐに携帯をポケットから取り出した。



『警察に電話を…』

「け、警察っ⁉ それってつまり…!」

「ああ…この人は誰かにここに置き去りにされたんだ…。この数時間の間にここを立ち寄った、誰かにな…。」



 子供たちの顔色が変わる。
 そんな中で工藤君の言葉に顔色一つ変えなかったのが、お姉ちゃんと…沖矢昴さん。
 工藤君がいう前にこの女性が殺害されていたことに気づいていたか…それとも、こういった状態に慣れているのか。


 
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