隙ありっ

□隙ありっ
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  迫る黒の刻限


『――これが良いかな? 昴。どう思う?』

「うーん…。レースが付いたようなブラウスは避けた方がいいんじゃないかな?」

『ええ⁉ そうかなあ…。かわいいのになあ…。』



 とある日曜日。私扮する神崎遥と秀一扮する沖矢昴は米花百貨店のスーツ売り場に訪れていた。
 つい最近決まった私の仕事用の服を新しく探しに来たためだった。



『じゃあ…これはっ⁉』

「うん、良いと思うよ。」

『んふふ、じゃあ着替えてみるね〜!』



 なんて、本当に何の気なしにショッピングに来ていただけだった。
 むしろ久々にデートに出かけちゃおうなんて、ちょっと舞い上がっていた。…なのに。



『町が一望できるレストランがあるらしいよ、そこでご飯食べて行こっ』

「分かった分かった。」



 ぐいぐいと昴の手を引いて進んでいく。
 そしてエレベータに乗ると、一緒にエレベータに乗り込んだ客が顔を見合わせて小首をかしげる。



「あれ? 4階にエレベータが止まらない…。」

「え? 嘘…あれ、ホントだ。」

「故障かな? 階段使って行こっか。」



 そんな風に会話をして一足先にエレベータを下りていく乗客たち。
 それを見送って昴と最上階に行き、適当なレストランを見つけて窓際の席に座った。



『お腹ぺこぺこ〜。何食べようかなあ。』

「…それより、気にならないかい? 遥。」

『うん?』

「さっきのエレベータ…。あれは意図的にエレベータが止まらないように一時的に設定されていたようだし、何かあったんじゃないかな。」



 そんな風に神妙な顔をして言う昴を見て眉を下げ、メニューに視線を落とす。



『あのねえ昴…。この世には警察ってものがいるのよ。私たちには関係ないの! それより私に集中してよ、わーたーしーに!』

「…ああ、そうだね。ごめんごめん。」

『全くもー。そんなんじゃモテないわ…よ…』



 なんて軽口を叩きながら外へと目を向けた時だった。
 見覚えのある黒い車を見つけてすぐに携帯を取り出して妹…志保へと電話を掛ける。
 私の電話にはいつもすぐに出てくれる志保。今日も変わらず「もしもし、お姉ちゃん。」と電話口で言ってくれて、心底安心した…。



『あ、もしもし志保…。貴方今どこ?』

≪今? 家にいるわよ? どうしたの?≫

『よかった…それが、米花百貨店にポルシェがあってね…』

≪…え⁉≫



 この反応から、志保も…そしてコナン君も全く把握していない状況なのだろう。
 ちらりと昴に目を向ければ、彼は小さくうなずいて定員さんを呼び止め、事情があって今すぐに店を出る旨を伝えてくれた。



『じゃあ志保、とりあえず貴方はそのまま家にいること。良いわね?』

≪え、ええ…でも大丈夫なの? お姉ちゃん…。≫

『大丈夫よ。貴方が関係ないなら私も無理に首は突っ込まないから。』

≪…分かったわ。気を付けてね…。≫



 そうして電話を切って店を出る。
 すっかり気分が落ち込んだ、というよりも殺気立った私たちを店員さんがおろおろと見送る中、すぐさま私たちは階段へと向かった。



「…俄然、4階の状況が気になっているようだね? 遥。」

『まあね…でもあの子関連の話じゃないなら…組織が追っているのはコナン君かな?』

「可能性はある…。とりあえず4階へ向かおうか。」

『うん。』



 このまま最上階から5階まで下りて非常階段の扉を開いて4階へと向かう。
 そして中に入れば、ざわざわと人がエレベータの周りに集まり何やら話していた。



「爆弾だって…怖いわね…。」

「警察はまだなのかよ⁉」

「早く下に降りたいんだけどぉ…」



 昴と目を合わせる。どうやらこの階には爆弾が仕掛けられていて、その影響でエレベータがこの階には止まらないようになっていた、ということらしい。
 状況を理解した私たちはできる限り人ごみの隅に留まり、私が率先してこの階にいる客の顔を1人1人確認していく。
 組織のメンバーは紛れ込んでいないか? 有名人でもいれば、その人物が組織の今回の標的かもしれない。



「…遥。」

『ん?』

「いたよ。奴らの標的が…。」

『…!』



 くい、と昴が顎で示した先を見た私は思わず目を見開いた。
 そこには顔にやけどを負い黒いキャップを深くかぶった秀一が立っている。
 いや、正確には秀一ではない。秀一と瓜二つの誰か。



『(ベルモットか、それとも…)』



 昴がかすかに口の端を釣り上げる。
 その様子を見て今は放っておいて良いはずだとその男を睨むことをやめ、ちらりとフロア中に設置されている爆弾へと目を向けた。





























「ほう…爆弾でフロアを占拠しているのか」

「ええ。どっかの馬鹿がやらかしてるみたいですぜ。こんな時についてませんね、兄貴。」



 ごくりと生唾を飲む。
 そんな私の右こめかみにはまっすぐと銃口が向けられ…その拳銃を持つジンは悠長に煙草を自身の愛車であるポルシェの後部座席で吹かしていた。



「どうやら…その赤井らしき男って奴が百貨店から一向に出てこないところを見ると、そいつもそのフロアにいるんじゃないですかい。」

「…。」



 ジンの親指が動き、リボルバー銃のハンマーを暇を紛らわせるようにカチカチと動かし始める。
 ここ…米花百貨店が見える路地に車を止めて早30分ほどは経っていることだろう。
 組織のコードネームすらも与えられていない下っ端が偶然訪れたこの百貨店で赤井らしき男を見たとこちらに情報が入ってからすぐにこちらに駆け付けたジンの行動から、たとえ私が彼の目の前で赤井秀一を射殺した事実があっても…それでも、生きているとなれば十分理解はできる…。
 ジンにとってそれほどの男なのだろう、赤井秀一は。



「それにしても…赤井がもし生きていたなら、宮野黒凪も一緒にいそうなもんですがねえ…。本当に離反しちまったんだか。」

「…やり方はいくらでもある…奴の所持品から携帯でもなんでも出てくりゃあこっちのもんだ…。徹底的に調べ上げて、もしもまだ繋がっていたなら必ずあの女の元までたどり着き、殺してやるよ…。」

「そういえば…」



 私が徐に口を開けばジンの冷たい目がこちらに向いた。



「彼らはこのこと知ってるの?」

「…誰のことだ。」

「バーボンとスコッチよ。組織を裏切った科学者のシェリー…そしてそのシェリーを守っているっていう姉、宮野黒凪を探し出すために来日したって聞いたけど?」



 かち、とハンマーをいじる手が止まり「さあな」とジンが言う。



「奴らもベルモットと同じく秘密主義者…どこで何やってるかなんざ知らねえよ…。」

「…そういや、奴らも…特にバーボンも赤井を嫌ってやしたね。それこそジンの兄貴以上に。」

「あぁ…赤井を殺れるのは自分だけだと息まいてやがったからな…。」



 今回ここで本当に赤井を見つければ奴は嬉々として言うだろうよ。
 「それみたことか」ってな…。



「…あの話は本当なの? バーボンとスコッチはまだ…宮野黒凪の暗殺に失敗はしてないって。」

「フン…あの時期、奴らは逆に任務で手一杯でサポート役として黒凪を駆り出してたぐらいだからな…。」

「なんだ。失敗していない、じゃなくてそもそも暗殺の任務自体を受けていなかったのね…。」



 そんな風に言いつつバーボンとスコッチの顔を思い浮かべる。
 それでも…任務では大概一緒に行動するあのコンビが相手となると…貴方でもきついんじゃない? 黒凪さん…。


 
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