隙ありっ
□隙ありっ
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魚が消える一角岩
「なるほどなぁ…。確かに状況を見て、あんたの言う通りこの女が殺された可能性は高い。」
『…。』
「…遥さん。」
ん? と足元に目を向ければ、志保がこちらを見上げている。
しゃがんで耳を近づければ「大丈夫? 横溝警部とは知り合い…?」と声を潜めて問いかけてきた。
そんな志保に苦笑いを返して小さく頷けば「神奈川県は東京の隣だものね…。」と志保も納得したように眉を下げる。
「で、まあ容疑者はあんたらってことだ。1人ずつ名前を。」
そう横溝警部がここら一帯で昨今ダイビングをしていた女性…そして今回の殺人事件の被害者、赤峰光里(あかみね ひかり) さんの取り巻きだという3人に目を向けて言った。
相変わらず粗雑っぽい口調でそう3人の尋問を始めた彼は神奈川県警捜査一課の警部…横溝重悟さん。
私は爆弾処理班の後は警視庁刑事部捜査一課強行犯三係にいた為、隣の県の捜査一課の警部である彼とは何度か顔を合わせていた。
今は姿を変えているし気づかれることはないだろうけれど…それでもやはり少しドキドキしてしまう。
「俺は 大戸六輔 (おおと ろくすけ) っす…。お嬢様は3日前から行方不明で探してたんすけど、行方不明になった日に俺の携帯に “後はヨロシク” っていうメールが光里お嬢様から届いてたからてっきり勝手に帰ったと思ってて…。」
「はあ⁉ そのメッセージだけで探しもしなかったってのか⁉」
「… 青里周平 (あおざと しゅうへい) です。確かにお嬢様を探さなかった俺たちも悪いが…前にも同じようなことがあったもんで…。」
「前にも同じことがあった?」
前にダイビングをしていた時も暫く上がってこなくなったことがあって…あの時俺たち、すげー焦って。
捜索願まで出して探したのに結局次の日にひょっこり帰ってきて…。
わけを聞いたら、偶然クルーザーで通りかかったイケメンに拾われてそいつん家で一晩呑み明かしたって。
「しかも捜索届に関してはお嬢様にこっぴどく怒られてよ…。あとはヨロシクってメールを送っただろって。だから今回は捜索願は出さず自力で探し回ってたんだよ。…あ、俺は 開田康司 (かいた やすし) だけど。」
「…なるほどな。話は分かったよ。」
「――警部さん。」
「んあ?」
こんなものを見つけたのですが。
そう言って昴がダイビングウォッチを持ち上げる。
それを見た開田康司さんが目を見開いて言った。
「それ…光里お嬢様の…。」
「…なるほど、これであのダイイングメッセージを書いたらしいな。ブランドは…。ん? えーっと…赤峰エンジェル…なんだ? 傷が入って見えねーな。」
「それ、赤峰エンジェルフィッシュクラブって書いてあるんすよ。お嬢様が俺たち全員と自分用に特注で作って。」
「ああ…ダイビンググループなんだから何か共通のものを持ちたいって。」
そう言った3人の手首には確かに同じダイビングウォッチがつけられていた。
「てか…なんなんすか、ダイイングメッセージって?」
「確か刑事ドラマとかで見る、殺された人が残すメッセ―…ジ…」
「…ってことは、これ事故じゃないんすか⁉」
3人の顔色が変わり、横溝警部に詰め寄った。
横溝警部はいたって冷静に「まあな。」なんて答えているし、そのがさつさが懐かしくて思わず少し笑ってしまった。
懐かしいな…佐藤さんとタッグを組んだ時に神奈川県警との合同捜査をしたときは、そのがさつさに彼女、終始イライラしていたっけ。
「まあ落ち着けって。とりあえず話は署についてから…。」
「いえ、犯人を特定しないままここを離れる必要はありませんよ。刑事さん。なあ? コナン君。」
「うん!」
「ああ?」
横溝警部が怪訝に振り返れば、昴が笑みを浮かべたまま続ける。
「だから…犯人は分かったんですから、良ければここで逮捕してはどうかと。」
「は、犯人が分かったぁ⁉ この数十分でか⁉」
「つーか、なんだよその言い方…⁉ まるで俺たちの中に犯人がいるような口ぶりじゃねーか!」
青里周平が昴を睨みながらそう食いかかると「ええ」と昴は顔色を変えることなく頷いて見せる。
「お嬢様から ” 後はヨロシク ” というメッセージが届いていた時点で、彼女の携帯を扱えた人物…かつ、彼女が突然姿を消してもそのメッセージさえあればすぐには探されないということを知っている貴方がた3人以外に犯行は不可能ですから?」
「ぐっ…そ、それはそうかもだけどよ…!」
「じゃ、じゃあ携帯を見つければ指紋とか…!?」
「いや…僕が犯人ならもうとっくに海に放り捨ててるところだよ。」
コナン君の冷静な声に「ああっ⁉」なんて大人げなく突っかかる男3人。
まあ、確かに自身が犯人だと疑われていると思うととても冷静ではいられないだろう。
「じゃあどうやって犯人を特定したっていうんだよ!」
「それは…彼女のダイイングメッセージ…サバ、コイ、タイ、ヒラメの文字から。」
さ、サバ…コイ、タイ、ヒラメ…⁉
そうまた3人の声が重なる。そんな4つの魚の名前がどうダイイングメッセージとなるのか、全く見当がついていないのだろう。
かくいう私も分かってはいないのだが。あいにく勉強はできるけれど、秀一やコナン君のようにやわらかい脳は持っていないもので。
「この4つのダイイングメッセージと…それからお嬢様のダイビングウォッチの傷の部分を見れば、見えてくるはずだよ?」
「ああ? お嬢様のダイビングウォッチの傷?」
「消えている文字は?」
「消えてる文字は…Fish、だが?」
ダイイングメッセージから、Fish…魚を取れば?
そんなコナン君のヒントに少年探偵団が口々に困惑した様子で言った。
「そんなこと言ったってようコナン! サバもコイもタイもヒラメも、みーんな魚だぞ!」
「そうですよ! この4つの魚から魚を取ったら後は何も残らないんじゃあ…」
『…あ。』
私の声に全員の視線が集中する。
その視線を受けて「いけないいけない、神崎遥として…」と気を引き締め、人差し指を立てて口を開く。
『分かった! 漢字でしょ⁉』
そう言えば、横溝警部の両目が大きく見開かれる。
「――そ、そうか! この4匹の魚の名前を漢字に直して…魚を取る…!」
「そう。鯖、鯉、鯛、鮃から魚を取って浮かび上がるのは…青里周平。」
青里周平が大きく目を見開いた。
そしてすぐにその表情を変え…胸元からサバイバルナイフを取り出すと、最も近くにいた…志保を捕まえ彼女にナイフを突きつけた。
「う、動くなっ!」
「っ…!」
「は、灰原ー!」
「灰原さんっ!」
「哀ちゃんっ!」
子供たちが一斉に志保の元へと走りかけたのを止めて、青里周平に捕まった志保へと目を向ける。
そしてサバイバルナイフの切っ先を見て怯える志保を見て…すうっと頭が冷え、逆に冷静になっていくのを感じた。
「お前…その子を離…」
横溝警部がその言葉を言い終えるよりも先に体が動いていた。
ナイフを握る青里周平の右手を左手で掴み取り、ぐっとその腕を外側に引っ張って捻り、その痛みで奴が落としたナイフを足で蹴って海へと落としてから右足膝でみぞおちを強く蹴り上げた。
「かはっ…⁉」
そして揺れた体を支えることをせずに緩んだその左手から志保を救い出し、さっと横に避ければみぞおちを抑えるようにして倒れた青里周平がその場で悶える。
途端に「ひっ」と志保が声を漏らし、ちらりと振り返れば素早く動いた昴が青里周平が動けないように上から押さえつけたところだった。
きっと一瞬だけ秀一の気配が漏れたためだろう、腕の中にいる志保が怯えている。
「す、すげー!」
「遥さん、蘭お姉さんぐらい強いんだねっ⁉」
そんな少年探偵団の声にはっと目を見開いて横溝警部を見れば「ほう…あんた、柔道を長くやっていたらしいな。」なんて言っている。
確かに警察学校で柔道を選択してやっていたけど…ここで思わず使った格闘技が柔道とは、またなんて間抜けなことを…。
「とりあえずこいつは俺が署に連行する。お前たちはもう疲れただろう。事情聴取はまた後日で良いから、もう帰んな。足はあるか?」
「俺が責任もって送ってやるよ。」
「そっか。じゃ、頼んだぜ。」
井田さんが横溝警部の言葉に頷いて、警察とは別々のルートでこの一角岩から出ることとなった。
そして横溝警部の言葉通り事情聴取はまた後日ということでそれぞれ家へと戻る。
私と昴もコナン君…いや、工藤新一君の家へと足を踏み入れ、お互いに変装をはぎ取った。
横溝重悟
(でェ? まだ警視庁から来る刑事サマ方は来ねえのかよ? お偉いさんは違うんだなあ待遇が。)
(よ、横溝さん…またそんなことを言っていると怒られますよ…?)
(んだよ事実だろうがよォ。)
(横溝さん、お二方がご到着されました!)
(すみません…遅れました。佐藤です。それからこっちが…)
(宮野です。本日はよろしくお願いします。)
(やっと来たか、と振り返って思わず眉をしかめたことを覚えている。)
(あの佐藤だとかいう女刑事は別として…、この宮野って奴ぁ…)
(被害者の遺体を前に泣き叫ぶご遺族を前に…なんて冷え切った目をしてやがるのか。と。)
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