隙ありっ
□隙ありっ
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探偵たちの夜想曲
これが、今回公開された3人組の銀行強盗犯の映像です。
なお、この3人組は未だ逃走を続けており警察は依然行方を追っています。
この事件発生時、銀行員だった庄野賢也さんが殺害されていて――。
『…。』
ここ1週間ずうっとテレビで流れている映像を横目に資料を片手に珈琲を飲む。
今しがた決まったばかりの職場を見学に行っていて、その帰りにここ…「コロンボ」という名前のカフェに入っていた。
珈琲を机に戻してふう、と息を吐いて目を伏せる。
《さっき、ジョディ先生から電話が入ったんだ。怜奈さんがFBIに連絡を入れてくれたって…その内容が…》
組織の新しいメンバーが動き出した。情報収集、観察力…洞察力に恐ろしく長けた探り屋が2人も…。
そのメンバーの名前は、バーボン。そしてスコッチ…。
そんな電話をコナン君がくれたのは昨日のこと。その時秀一も傍にいて、互いにその懐かしく聞くコードネームに顔を見わせたのを覚えている。
『(さて、新しい仕事も大切だけれど…この2人もどうするか…。)』
「いらっしゃいませ!」
「あ、4人で…」
「4名様ですか…大変申し訳ありませんが今はお席が満席で…」
「…あー!?」
突然の大声に振り返れば、ばっと口を防いだ蘭ちゃんが。
あれ? と目を丸くしていると、その隣にいる小五郎さん…そして。
「どうしたんですか? 蘭さん。」
小五郎さんの隣に立っていた男性に思わず息が止まる。
そして悟った。
やっぱり貴方…まずは小五郎さんに取り入ったのね…バーボン。
「遥おねーさん!」
『あ…コナン君! 米花百貨店の時以来ね! 元気?』
そんな風に会話をすると彼…バーボンも私が知り合いだと悟ったのだろう、笑顔でこちらに頭を下げてくる。
それに私も続くと、店内を見渡した小五郎さんがこちらに近付いてきて、はっと神崎遥として立ち上がった。
『こ、小五郎さん〜! 今日も素敵です!』
「お、おお…ありがとう。ところで早速でなんだが…相席させてくれねーか? ここで依頼人と落ち合う予定で…」
『そうなんですか⁉ ぜひぜひっ!』
…なんて。そんな感じで5人で一緒にご飯を囲むことに…。というか私は注文してあった珈琲をただ飲んでいるだけだが。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね…。僕は安室透です。よろしくお願いします。」
『あ、こちらこそ! 私は神崎遥です。』
「安室さんは小五郎のおじさんの弟子なんだよ!」
『ええ〜! そうなのっ⁉ すごいですね!!』
と、きらっきらの目をして言っておく。
そんな私に多少引いた様子で「え、ええ…」なんて頷くバーボン。いや、安室さん。
そんな私たちを横目に見ていたコナン君が手元のジュースを持ち上げる。
「…それにしても、来ないね…依頼人のヒト。」
ジュースを飲んでそう言ったコナン君に顔をしかめて携帯のメール履歴を確認している小五郎さん。
その隣にいる安室さんは「ここに来たという連絡はしたんですよね? それに対する返事は?」なんて小五郎さんに聞いている。
「いや…返事はまだだ。でもすぐに返事も返したし…って、ん?」
「どうしたの?」
「昨日来たメールとさっきの場所変更のメール…アドレスが違ってる。」
『あれ? 元々このカフェが待ち合わせ場所じゃなかったんですか?』
それが…元々は事務所で会う予定だったんですけど、急にこのカフェで集合にしようってメールが来て…。
そう困ったように言う蘭ちゃんを見つつ、コナン君へと目を向ける。
すると彼は
「じゃあもしかすると小五郎のおじさんのメールを見ていなくて最初の待ち合わせ場所…事務所でずっと待ってるっていう可能性もあるよね?」
そう小首をかしげて言った。
その言葉に一様に顔を見合わせ、すごすごと会計を済ませて店を出る。
『あ、あのう…』
「ん?」
『よかったらなんですけど、私もついていっていいですか?』
「え?」
小五郎さんが実際に探偵として働くお姿…拝見したく!
なんて言えば、でへへと顔を緩めた小五郎さんが快く許可してくれる。
この人本当にちょろいな。なんて内心眉を下げつつ、安室さんの背中を見上げた。
このまま分かれて帰るのも、忍びないしね…。
「…やっぱり誰もいねえじゃねえか。」
呆れたように言う毛利小五郎を横目に、事務所の無理やりこじ開けられたような鍵穴を見る。
そして中に入り、紅茶でも入れて待とうという蘭さんに続いて事務所のキッチンへと向かった。
キッチン周りを見渡し…徐に食器棚に片されたマグカップへと目を向ける。
かすかに水滴の付いたそれに、自然と口の端が持ち上がった。
「それにしても、あのカフェでずいぶん待った分かなり珈琲を飲んじまった…。トイレトイレ…おっ?」
メールの到着を知らせる音が小五郎さんの携帯が入っているポケットから聞こえてくる。
携帯を開いた小五郎さんが「あれ。今カフェにいるから来てくれって…」なんて言ったその声にちらりと今しがた彼が入ろうとしたトイレへと視線をずらす。
そこで自分と同じようにトイレを睨んでいるコナン君と…そして神崎遥という女性を見た。
「(この少年の勘の鋭さは初めて会った時から気づいていたが…あの神崎とかいう女…)」
まだ出会って数時間という短時間の間ではあるが…何か引っ掛かる。
この女のこともスコッチに報告しておくべきか…。
「じゃあ急いでカフェに向かおう! でもその前に僕もトイレに行きたいから、ちょっとだけ待ってて…」
「んあ? またメールだ…。何々、全員で来てくださいって。」
「全員って…私たちもってこと⁉」
「…なるほど。」
そんな自身の声に「え?」と小五郎さん、蘭さん…そして遥さんの目がこちらに向いた。
その神崎遥の反応にピクリと眉を持ち上げる。なるほど、あくまで無垢な自分を演じるつもりか。
「どうやらその依頼人は…どうしてもこのトイレに我々に入ってほしくないらしい…」
「…え、それってどういう…」
「いるんでしょ? この探偵事務所の人間を装って…小五郎おじさんのお客さんを迎えた誰かが。」
ええっ⁉と小五郎さんと蘭さんの声が重なる。
遥さんは…なるほど、そこで理解したようにドアノブへと目を向けた、か。
あのドアノブの鍵穴の傷跡にも気づいていたらしい。
「ドアノブの鍵穴にも傷がありましたし…トイレに向かって、ほら。何かを引きずった跡もある。」
そこまで言ったところでパンッと銃声がトイレから鳴り響き、蘭さんが肩を跳ねさせて両耳をふさぐ。
自分自身も予想だにしていなかった音だったが、いい機会だと部屋にいる全員の反応を瞬時に見定める。
小五郎さんは元刑事…銃声には驚いたそぶりを見せたが、予想の範囲内。
遥さんは…。
「(…え)」
「まさか…!」
思わず思考が一瞬だけ停止して、そしてトイレへと走っていったコナン君に続いてトイレに入る。
そしてトイレの中には拳銃自殺をしたらしい男と…そしてガムテープで縛られた女性がいた。
そんな状況を見つつも、頭の中に浮かぶのは、あの神崎遥の表情…。
「(あれは…銃声を聞きなれている人間の反応だった。)」
そう、あれはまさに…あの場所で…警察学校で初めて拳銃を撃った時の、あの、…彼女の表情ととてもよく…。
携帯へと手を伸ばし、警察に電話をかけている小五郎さんを横目にスコッチへのメールを作成し…気づかれないように神崎遥の写真を取って添付して送った。
「…ではこういうことかね? 樫塚圭(かしつか けい)さん…。貴方がコインロッカーの捜査を毛利君に依頼するためにここを訪れた際、毛利君の助手だと名乗る男に出迎えられ、事務所に入った途端にスタンガンで気絶させられ…気づけば両手をガムテープで縛られトイレに監禁されていた、と。」
「はい…目を覚ましてからは、ずっと男にどこのコインロッカーの鍵なのか、と問いただされ続けて…」
「で、そのコインロッカーは?」
「鍵は…亡くなった兄のものです。遺品として大切に持っていて…」
これが兄です。と自身の携帯の待ち受け写真をこちらに見せてくれる圭さん。
それをじっと覗き込む安室さんとコナン君を横目に、私は平静を装いつつもそわそわとする自身の気持ちを必死に落ちつけていた。
なんといっても今回ここにやってきたのは目暮警部…警察時代に面識があるためだった。
「警部、男の所持品ですが…どこか妙で。」
「ん? どういうことだね高木君。」
「被害者ですが、小銭を5000円分…数枚の10000円札と5000円札、そして…45枚の1000円札を持っていて。それに携帯も押収したのですが、連絡先のデータはゼロ…メールの履歴も毛利さんに送ったものを除けば全く残っていなくて。」
「ふむ…なるほど。」
目暮警部が涙を流し続け、何かに怯える様子の圭さんを見て帽子を深くかぶりなおしていう。
「それでは時間ももう遅いですし、事情聴取は明日ということで…。色々と妙な点はあるが、男は恐らく自殺でしょうからな。明日は何か身分を証明するものなどもご持参ください。」
「わ、分かりました…。保険証でよければ。」
「それで構いませんよ。」
「…それじゃあ、僕が圭さんをお家まで送りますよ。何故襲われたのか分からない今…被害者の仲間が家で待ち伏せしている可能性もありますから。」
そう言った安室さんをじと、と見ていた目暮警部が小五郎さんへと目を向け「何故あの男がここにいるんだね、ところで」という。
どうやらすでに面識はあるらしい…。確かに小五郎さんの弟子だということなら、これまでも何件か事件に同行していたのだろうか。
「いやあ、実は彼、私の一番弟子でして〜…」
「何⁉ 一番弟子ぃ⁉ 全く…ということは君の周りにまた新しく探偵が増えたということかね…。」
「え…探偵が “増えた” ?」
安室さんが目を丸くして目暮警部に聞き返す。
目暮警部は「ああ。」と小さく頷いてその顔を思い出すように右上へと視線を寄こした。
「最近毛利君の周りをちょろちょろしている、若い女の探偵がね。高校生だったかな? 彼女は。」
「あ、はい…。私の同級生で、転校生なんです。」
「なるほど、若い探偵ですか…。それは会ってみたいものです。」
かすかに感じたその殺気じみた感覚に瞳が揺れる。
そして思わずそちら、安室さんに向けかけた視線を必死に圭さんに固定した。
気配を一瞬でも漏らすんじゃないわよ、バーボン…。