隙ありっ

□隙ありっ
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  探偵たちの夜想曲


 そうして私たちは安室さんの車で圭さんの家に到着した。
 本来はこのまま彼女を帰してしまうところだが…それをコナン君や安室さんが許すわけもなく。
 彼らが上手くやったことでなんやかんや全員で彼女の家に上がりこんでいた。



『(それにしても…この家、何かが腐ったような臭いがする…)』

「おお…昨日は何か友人を呼んでパーティでもされていたんですか?」



 ちらりと小五郎さんへと目を向けて、彼の視線の先の机へと目を向ける。
 確かに食べ物や飲み物が散乱しているけれど…この腐ったような臭いはもっと、タンパク質が腐ったような感じだから違うような…。



「え、ええ…。えっと…カップはどこだったかしら…」

「テレビをつけてみても構いませんか?」

「あっ、もちろん!」



 安室さんがテレビをつける。
 早速映った画面では毛利探偵事務所での事件のことが速報として報道されていた。



「…あ、そういえば携帯の電源切ってたんだった…! お母さん心配して連絡くれてるかも…」



 そう呟いて携帯の電源をつけた蘭ちゃんの携帯に早速電話がかかってくる。
 それに驚いたのか、ろくに誰からの電話からを確認せずに通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てる蘭ちゃん。
 途端に「やっと繋がった!!」と焦ったような大声が蘭ちゃんの携帯のスピーカーを突き抜けて聞こえてくる。



≪なんで電話切ってるんだよ⁉ 心配したじゃないか!≫

「ご、ごめん世良さん…! 事件で色々と忙しくて…」

≪て……そん…な…より…≫

「え…ちょ、世良さん、なんか電波が悪くて…」



 ”電波が悪い”?
 はっとすると同じことを安室さんも感じたらしい、蘭ちゃんに近付いて口元に人差し指を近づける。
 そのしぐさを見た蘭ちゃんがすぐに声のトーンを下げ、怪訝に安室さんを見上げた。



「圭さん、静かに…この部屋、誰かに盗聴されているかもしれません。丁度僕、盗聴器発見機を持っていますし探しますよ。」

「あ、ありがとうございます…じゃあ私の部屋をかたずけて来ても良いですか? 下着類が散らばっているもので…」

「ええ。もちろん。」



 部屋を出て行った圭さんを見送り、鞄から盗聴器発見機を取り出した安室さんを横目にテレビへと目を向ける。
 秀一もきっとテレビを見てるだろうし…一応連絡しておこうかしら。



『じゃあ私、圭さんを待っている間に外で彼氏に連絡してきます! きっと昴もニュースを見て心配してると思うので…!』

「あ…良ければ一緒に出ましょうか? 圭さんを狙う輩が待ち伏せているかもしれませんし…」



 そう言った安室さんに一瞬だけ動きを止めてしまう。が。
 ここでひるんではいけないと「じゃあぜひっ」とキラッキラの笑顔を見せて同行を許した。
 結局外にいる限り電話でも気は抜けないし、安室さんがいても一緒よ、一緒!



『…あれ、ドアの鍵開いてる…』

「え」



 ドアノブの軽さに目を見開いて言えば、安室さんが私に代わってドアノブを捻り、ドアを開いた。
 外には誰もいないし、怪しい人間も周辺にはいないように見えるが…。



『…ていうか、圭さんの靴、なくないですか…? あ、靴棚に直したのかな?』

「…。いや…コナン君の靴もありませんし…」



 安室さんの指摘に目を見開き、再び玄関に目を走らせる。
 確かにコナン君の靴がない。



「…あの〜安室さん、さっきからこの部屋からすごい異臭がするような気がするんですけど…」



 そう言ってきた蘭ちゃんに一斉に振り返り、安室さんがまっすぐと圭さんの部屋へと向かい、扉を開く。
 確かに途端に今までとは比べ物にならないほどの異臭が漂ってきた。
 その臭いに思わず圭さんの部屋へと向かいかけた足が止まる。
 わかってしまったのだ…これは死臭だと。



『…。』

≪…もしもし? 遥?≫

『昴…今どこにいるの?』

≪今はアガサ博士の家の前だけど…遥こそどこに?≫




 今は色々あって毛利小五郎さんたちと一緒にいてね…。
 そう言うと秀一もニュースを見たのだろう、「大丈夫なのかい?」と昴の声で間髪入れずそう言った。
 その言葉に「うん」と頷きつつも続ける。



『私は大丈夫だけれど…コナン君が連れ去らわれたみたいで。』

≪コナン君が?≫

『うん…。実は今毛利さんたちと一緒に事件の重要参考人の家にいるんだけど…』

「きゃあ!?」



 蘭ちゃんの悲鳴が聞こえる。
 ああ、やっぱり死体でもあったのね…。



≪今の悲鳴は?≫

『きっと死体を見つけたんだと思う…』

≪死体を…?≫

『うん…死体の臭いに気づいたから昴に連絡をしたの。コナン君はきっと、今も重要参考人の圭さんに逃亡の人質として連れ去られたんじゃないかと思って…。だから、彼の発信機付き探偵バッチの居場所を探ることが出来る眼鏡を持っているアガサ博士と一緒にコナン君を助けに行って…!』



 そうして電話を切って圭さんの部屋へと向かえば、そちらにいると思っていた安室さんが洗面所から姿を現し「きゃっ」と思わず悲鳴を上げてしまう。
 そんな私も少しだけ驚いたような素振りを見せて安室さんが眉を下げた。



「す、すみません…驚かせてしまいましたね。」

『あ、いいえ…。私も電話に夢中になってて…』

「ああ、そういえばお電話なさっていましたね。さっき言っていた彼氏さんですか?」

『え、ええ…コナン君がいないから、アガサ博士っていう知り合いに頼んで探してもらうように…』



 なるほど…。そう言って安室さんが口元を吊り上げる。



「ちなみに先ほど圭さんから連絡が来て…コナン君は人質に取られてしまったようです。あの子の命がかかっている以上、こちらからは何もできない…。」

『ええー⁉ な、なんでそんなことに…⁉』

「…それも演技なんじゃないですか? 貴方は部屋の死体に気づいていた…そうではありませんか?」



 そんな言葉に間髪入れず



『えー!? 死体⁉』



 と、驚いて見せる。
 私の大声に思わずひるんだらしい安室さんを見上げ、驚いています、怖いです、と演技して見せる。



『はっ、蘭ちゃんは死体を見ちゃったんですか…⁉ まだ未成年なのに…⁉』



 そう言って圭さんの部屋を覗き込み、蘭ちゃんへと目を向ける。
 勢いで乗り切った感が否めないけど、まあ仕方がないでしょう。
 そんな私を睨むチクチクとした視線が痛いけれど「おお、遥さん電話終わったか?」なんて言ってくれる小五郎さんにこれ以上の追及は辞めることにしたらしく背後の安室さんが別の部屋へと動いたのが分かった。



「…え⁉ 世良さん、こっちに来てくれるの⁉」

≪うん。コナン君も心配だしな。でもそっちは大丈夫か?≫

「うん、こっちにはお父さんのお弟子さんがいて…その人がすごく頭が切れるからきっと大丈夫…」

≪ふーん…小五郎さんの弟子、ね。≫



 蘭ちゃんの言葉にちらりと彼女へと目を向ける。
 蘭ちゃんはまた世良という人物と電話をしているらしい…彼女の口調からその人物はきっと友人だろうけれど。



「…お父さん、世良さんもコナン君を探すために来てくれるって…」

『世良さんって?』

「あ…事務所で目暮警部が言っていた子です。私の同級生で、探偵の…」

『ああ、女の子?』



 頷いた蘭ちゃんに「そっかあ、コナン君のために来てくれるなら心強いね」と笑顔を向けておいて部屋を見渡す。
 ここにある死体を見ても、きっと圭さんはこの家の持ち主ではない可能性が高いし…。
 となると、コナン君を攫ったのは組織の人間だから? 幹部でもない組織のメンバーか、新しい幹部が安室さんと共謀してコナン君を…



「…どうやら彼女の目的は、昨今話題になっている銀行強盗犯への復讐のようですよ。」

『!』



 今しがた考えていた人物の声に思わず肩が跳ねる。
 そして振り返れば、腕を組んでテレビを見つめる安室さんが。
 そちらに小五郎さんと蘭ちゃんも向かっていき、同じようにしてテレビを覗き込んだ。



「ほら、見てください。例の事件に関するニュースばかりがテレビに録画されている。それにあの死体…洗濯機の中身がすべて男性ものの衣類しかなかったところを見ても、きっと彼がこの家の本当の持ち主。」

「そ、それじゃあ…この家の死体も、もしかして拳銃自殺のあの人も…!」

「ええ。この銀行強盗犯のメンバーである可能性が高い…。その証拠に、覚えていますか? あの拳銃自殺した人物の持ち物…。」

「持ち物…」



 小銭を5000円分…数枚の10000円札と5000円札、そして45枚もある1000円札。
 小五郎さんと蘭ちゃんがはっとした表情をする。



「強盗犯は全員で3人。彼女が姿を消したのは…恐らく最後の1人を何が何でも殺害するため。でしょうね。」

「じゃっ、じゃあその3人目の殺害を終えたらコナン君も…⁉」

「大丈夫。僕の知り合いに腕の立つ探偵がいて…すでに圭さんの車の特徴を伝えてあるので今頃彼女を追跡してくれているはず。彼が車に追いつけば、きっとコナン君を無事に助け出してくれるはず…。」

『(知り合い…?)』

「それよりもここは強盗犯の家…あのパソコンでも開いてみて、残る最後の強盗犯の居場所を突き止めましょう。」



 そう言った安室さんの視線の先にはパソコンが一つ。
 安室さんの提案に頷いた小五郎さんと蘭ちゃんもパソコンの元へと向かっていった。
 しかしパソコンにはロックがかかっていて、暫くかかりそうではあるけど…彼が、バーボンがいればすぐに開くことができるでしょう。

































「…もしもし?」

≪俺が送った写真は見たか?≫

「ああ。…でも俺にとっても彼女は見覚えないな…。ま、ベルモットみたいに誰かが変装してる可能性もあるけど。」

≪そうか…≫



 お前が…ゼロが言うなら、きっと何かあるんだろうとは思うけどね。
 そう伝えて車の背もたれに身体を傾ける。
 スコッチとして組織に潜入し…今回バーボン…俺はゼロと呼んでいる。彼と一緒に組織の裏切者であるシェリーと宮野黒凪の捜索を初めて早数週間。
 バーボンは順調に毛利探偵事務所の人間と親密な関係になり、日々毛利探偵の周辺に現れる怪しい人物を俺が調べまわっている。
 今回送られてきたこの女性…神崎遥も今日から調べる人物のうちの1人だ。



「で? 他にも何か調べてほしいことがあるのか?」

≪いや…調べるというよりもとある車を探してほしいんだ。その車の中に毛利探偵があずかっている親戚の子供が監禁されている。≫

「…監禁? 子供が?」

≪ああ。もちろんもしもの時はその子供を救出してくれても構わない。その時はお前も毛利探偵に顔を売って上手くやればいい…ただ…≫



 ただ? そうゼロに問いかければ、彼はこう言った。



≪その車を、神崎遥の指示で追っている男がいる。アガサ博士と呼ばれていた…恐らく初老の人物を連れているはずだ。その男を見つけてほしい。≫

「…なるほどね。そんなに神崎遥のことを気にしているってことは、いよいよ尻尾を掴んだかな?」

≪まだ分からないがな。…でも彼女がどうしても重なるんだよ…。≫



 お前も実際に見ればわかる。時折見せる彼女の仕草はとてもよく似ている。
 …俺たちが知る、” あの頃の宮野黒凪 ” に。
 懐かしい思い出に目を伏せる。そしてハンドルに手を伸ばし、車を発進させた。



「じゃあゼロが言ってくれた車を探すよ。でもやみくもに探すのはさすがにしんどいから、ある程度行き先の目星がついたら教えてくれよ?」

≪ああ、分かってる。気をつけろよ。≫








































 パソコンのパスワード解除に集中すること30分…やはり組織で主に諜報をさせられていた経験が生き、思っていたよりも早くパスワードをあぶり出すことに成功した。
 というか、出来る限り毛利探偵の手で導くことが出来るように手を貸していたためだが…俺とヒロであればもう少し早く解除出来ていただろうが。



「おいおい…こいつの拳銃を構えた写真が残ってるじゃねーか…」

「ああっ、この真ん中の人、事務所で拳銃自殺した人…それに右隣の人はこのスーツケースの中にあった死体の人!」

「じゃあこの左の女が最後の1人…。」

『メールで女の人とのやり取りとか見れば、住所とかあるんじゃ…⁉』



 …おお! あった!
 なんて必死にメールを開く毛利探偵の隣でちらりと神崎遥へと目を向ける。
 先ほどから何度も彼女の同行に目を配っているが…警戒されたか? 常に俺の目の届く範囲で毛利探偵のサポートに徹している…。



「…あ! 引っ越し報告のメール…!」



 パソコンの画面へと目を向ける。
 拳銃を郵送してもらう為だろう、事細かく住所がメールに記されていた。
 その住所を写真で取りヒロへと送っておく。
 すぐに「了解」とメールで返ってきたのを確認して毛利探偵へと目を向ける。



「それではこの住所に向かいましょう。車を出してきます。」

「ああ、そうだな。」



 部屋を出る寸前にもう一度だけ神崎遥へと目を向ける。
 彼女の視線は蘭さんと同じように住所にくぎ付けになっていた。
 そうだ…そのまま “彼氏” へとその住所を送れ。そうすればヒロも簡単に追いつける。
 神崎遥…お前がもしも宮野黒凪なら…その “彼氏” というのは恐らく生き延びた赤井秀一だろう。
 そうだろう? …黒凪。



 
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