隙ありっ
□隙ありっ
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探偵たちの夜想曲
「――み、見つけたっ! あれよ! あの車に江戸川君が乗っているわ!」
そんな焦ったような声に視線を車へと走らせる。
なるほど、青い小型車か…特徴が伝えやすい車で助かる。
「アガサさん、すぐに毛利さんに電話を。」
「ええっ⁉ 警察じゃなくて⁉」
「この状況と経緯を正確に説明できるのは彼らのみ。銃社会でもないここ日本では…確実性のない通報では検問を張ることはできない。彼らが警察に連絡を取るべきです。」
「し、しかし…コナン君を人質に取って検問を突破されたらどうするんじゃ⁉」
「その時は…」
バックミラー越しに顔を青ざめさせる少女…志保の顔が見える。
その顔を見て、そして脳裏にちらついた黒凪の姿に…こんな状況にも関わらず自身の口元が吊り上がったのが分かった。
「心配しなくとも、もしもの時は力づくで止めてみせますよ…」
そうしてシフトレバーを動かし、前を走る青い車の後を追い始める。
標的の車はどこかへ急いでいるのか、すぐに大通りに出てスピードを上げ始めた。
こちらに車もそれを追って大通りに入った途端…志保が後ろを走る車のどれかに乗るバーボンか、またはスコッチか…奴らの気配を察知して青い顔をして振り返った。
その様子をバックミラー越しに見ていた俺は、標的の車を止める手段を頭に巡らせつつも口を開いた。
「そんな顔をするな…。逃がしはしない。」
「え…」
途端に志保が背後に集中していたその気を逸らせ、こちらに目を向けた。
そして俺は運転席の扉を開き、シートベルトを掴んで身体を固定させ、右ポケットへと左手を差し入れる。
しかしポケットに入っている携帯が着信を知らせ、やっとそこで隣に並んだ白い車へと意識を移した。
「(なるほど…もうここまで迫っていたか。バーボン…)」
「何いっ⁉ 小僧を乗せた車が大石街道を北上してるだと⁉ 青い小型車⁉ ナンバーは⁉」
そう後部座席に乗った毛利さんが携帯を片手に焦ったようにアガサ博士と会話を交わしている。
その隣に座る蘭さんは「ええ⁉大石街道ってまさにここでしょ⁉」なんて同じ様に焦っていた。
対して運転をしている自分と…そしてそんな俺の隣に座る神崎遥は毛利さんが言った通りの青い小型車を探そうと周囲に視線を巡らせている。…と。
「(青い小型車…!)」
巡らせていた視界に青い小型車が入った。
運転手も何人乗っているかもわからない。だが恐らくあれだろう。
「捕まってください!」
そう声をかけて全員に一瞬だけ視線を向ける。
俺の言葉に弾かれるようにシートを掴む毛利さん、そんな毛利さんにしがみつく蘭さん…。
そして、俺が言うよりも先に腕で身体を固定する神崎遥。
ハンドルを切り、走っていた方向を180度変えてアクセルを踏み込む。
そして車の間を縫って走れば、追跡を進めているヒロの車が視界に入った。
ヒロも俺の車に気づいたらしく、こちらをちらりとみると速度を下げて巻き込まれないようにと離れていく。
「…蘭さん、シートベルトを離して毛利さんの席の方へ移動できますか?」
「え?」
「車を衝突させて止めます。早く!」
「は、はいっ」
お前は…分かっているだろう? 今の言葉で自分が何をすべきか。
ちらりと神崎遥へと目を向ける。彼女もすでにシートベルトを外し、上着を脱いで左側に並んだ青い小型車へと視線を向けながらこちらに身体を寄せてきた。
『蘭ちゃん、これ頭にかけて!』
「ええっ⁉ は、はいっ⁉」
軽くパニック状態の蘭さんへと上着を渡して左腕で顔をカバーするようにした神崎遥。
それを横目に左腕を彼女の身体の向こう側へと差し込んでハンドブレーキを引き上げる。
「きゃあっ!」
「うわあっ⁉」
『っ…』
ものすごい衝突音が響き、左側のガラスが飛び散る。
「⁉」
飛び散りこちらに向かってくるガラスを見た神崎遥が身体を持ち上げ、こちらにおぶさるようにした。
恐らく咄嗟の判断だろうが、まさかこちらを守るようなしぐさを見せるとは…。
車が止まり、まずこちらにおぶさるようにした神崎遥の背中や腕へと目を向ける。
上着を蘭さんに渡していた分、腕や首元などは素肌が出ている状態だったためだ。
「神崎さん! 傷は…⁉」
『あ、大丈夫です! 私タフさだけが取柄で…アハハ』
「な、何なのよあんたら…!」
砕け散った窓の向こう側から焦ったような女性の声が聞こえてくる。
そちらに目を向ければコナン君を抱えた状態で拳銃を構えているではないか。
まずい、ヒロ…!
と、一目のある場所で拳銃を取り出すことが出来ず背後に車を止めているであろうヒロへと目を向ける。
しかしヒロの視線は今しがた俺が止めた青い車の上に向いていて。
「ぶっとべ…!!」
そして鈍い音がして、女が転がっていく。
そしてドン、と鈍い音を立ててバイクが地面に着地したのが見えた。
そのバイクに乗っていた人物はそのヘルメットを投げ捨て、コナン君を抱きしめる。
「せ、世良さん!」
「コナン君! 心配したんだぞ〜!」
「う、うん…」
「(世良さん、ということは…蘭さんが言っていた女性探偵か…。)」
くせっ毛かつ緑色の瞳を持つ少年に見える少女。
そして…。
「(さっき車の扉を開けて胸元に手を差し込んでいた男…。ヒロの車が傍にあることを見てもあれが恐らく神崎遥の彼氏…。)」
何をしようとしていたのか分からないが…不自然にその行動を止めていたし、恐らく神崎遥が何か指示を送ったというところか。
「あ、神崎さん。外に出られますか…? 傷がないか確認しますよ。」
『あ、ありがとうございます…イタタ、』
そうして車の外に出た神崎遥の身体に目を向ける。
腕に軽く擦り傷がある程度だった。それでもこちらは無傷だし、少し無理をしすぎたかと少し不安になった。
それでもヒロへと目を向ければ、あいつも神崎遥をじっと注視している。
俺が言う、宮野黒凪と似た雰囲気をこの距離から掴むことが出来ればいいが…。
「(…なるほど確かに、顔は違えど背格好は似てるってところかな。調べてみる価値はある。)」
携帯が着信を知らせ、通話ボタンを押す。
相手はベルモット。恐らくこの状況もどこかから見ているのだろう。
≪…上手くバーボンは彼らの懐に入りこめたようね…。≫
「ああ…。今回は少しやりすぎているがな…。」
≪引き続きよろしく頼むわよ? スコッチ。バーボンにもよろしく。≫
「…了解。」
「腕の傷は大丈夫か? 奴も随分と無茶をする…。」
『ふふ、そうね。まさか自分の車をお釈迦にしてまでコナン君の救出に尽力してくれるとは。』
変装を解き、赤みがかった茶髪を彼女…黒凪が下ろす。
そちらに目を向け、背中にまで伸びるそれを救い上げた。
『無茶といえば…あの子も中々。慎重派の貴方とは違って随分とお転婆ね…妹さん。』
「…ああ。あの場に現れた時は驚いたものだ。なんの因果か…ボウヤの周りには不思議と変わった人間が集まる。」
『まあ確かに? 貴方の親族である時点で普通ではないわね。』
「…これもいい機会だ。俺の家族について詳しく話すこととしよう。」
そう言ってソファに座れば、笑顔を浮かべてこちらに近付いてきた黒凪が俺の癖のついた前髪を撫で、俺の目の下の隈に指を這わせた。
『…私、貴方のご家族に会う自信がないわ。秀一。』
「…心配するな…それは暫く先になる。今はまだ、な…。」
Scotch
(組織で彼女を見かけた日のことは、今でも覚えている。)
(俺の傍にはゼロがいて…ゼロは必死にショックを見せまいとしていたけど)
(付き合いの長い俺には簡単に分かったんだ。ゼロが何を考えいていたのか。)
(…ずっと手繰り寄せようとしていた糸がつながったのに、その先は簡単にはほどけないほどに縺れていたんだ。)
(そうだろ? ゼロ…。)