隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 赤井秀一


「悪いな…お前には関係のない話になるが、我慢してくれ。」

『いいのよ。貴方が私を1人放っておきたくない気持ちは分かっているつもり。』



 と、そんな会話を交わしながら私たちは群馬県へと来ていた。
 東京周辺での仕事に関しては1人で向かう秀一だったが、流石にこれほど距離が離れるとなると私を同行させることにしたそうだ。
 FBIとしても急なことだったようで、他の任務に従事していた秀一がすぐに駆り出され、おまけにアジア圏で仕事をしていたほかのFBI捜査官たちもここ、群馬県に集結しつつあるらしい。



『それにしても…アメリカの指名手配犯がここ群馬県にねえ…』



 のどかな景色を前にそう呟けば「奴の親戚が群馬に住んでいるらしい」と秀一がぼそっと呟くように言って煙草をくわえて火をつける。
 ホント、こののどかな景色に似合わない人…。



「先輩ー! アカイせんぱーーーい!!」



 ぴく、と秀一の肩が跳ねる。
 あら。FBIの後輩さんが来たらしいわね。
 そう言えば秀一が少し不機嫌に振り返り、低い声でこちらに走ってきた女性に言った。



「…落ち合う場所は別の場所だった筈だが?」

「えへへ。先輩の飛行機の時間調べてきちゃいました♪」

「単独行動は止せと何度も言っているだろう…エマ」



 ふわふわの金髪を短く切った長身の女性。
 FBI捜査官らしくスレンダーな彼女は近くで見てもモデルのようだった。



「えへへ、久々の先輩だあ〜」



 そしてこの人懐こさ。
 こんな彼女を狙う男の人は多いだろうけど…彼女が興味があるのは秀一のようね。
 そんな風に考えながらニコニコと秀一の隣で立っていると、やっと彼女のスカイブルーの瞳が私をとらえた。



「えー…っと?」

『初めまして。宮野黒凪です。』

「は、じまして? 私はエマですけど…。」



 そして彼女の瞳がじいいいっと私の顔を穴が開くほどの勢いで凝視する。
 そして私を秀一を交互に見て、言う。



「先輩の妹ですか?」

『…うふ。』



 笑顔を向けるしかできない私と、隣で不機嫌に眉をよせる秀一。
 そんな私たちの反応から自身の推測は間違っていると判断したようで、エマさんは「じゃあ…誰なんですか⁉ お姉さんですか⁉」とこちらにずずっと顔を近づけた。



『これでも秀一とはお付き合いしています。彼が日本での任務に従事してからのことだから…知らないのも無理はないですね。』

「…え、えぇ!? お付き合いいいい!?」

「……外で叫ぶな…」



 秀一が冷静にそう突っ込むも、エマさんはすでに放心状態。
 結局ずるずると引きずられるようにレンタカーへと突っ込まれ、秀一の運転の元他のFBI捜査官たちとの待ち合わせ場所へと向かうこととなった。














 私はエマ・コリンズ。
 FBI捜査官。アメリカ出身。好きな食べ物は寿司。好きな人は…赤井秀一先輩。



「(そんな大っっ好きな先輩に新しく彼女が出来ていたなんて…ピンチよ! エマ!!)」



 彼アカイ先輩と出会ったのは、FBI捜査官となって数年目のこと。
 アメリカのFBI本部の演習場でライフルの狙撃練習をしていた時に、先輩たちが特に狙撃能力が高い捜査官として、アカイ先輩を連れてきてくれた。
 そして私は…その的確な指摘やアドバイスにまずアカイ先輩に憧れて…そしていつの間にか恋心を抱いていた。
 でもそのころにはすでにジョディ・スターリング捜査官と付き合ってたし…長らく気持ちは伝えられなかった。
 でもいつしか2人が別れたと聞いてずっと機会をうかがっていたのに…またしても…!!



「……エマ」

「はっはい!?」



 先輩が私を呼んでくれた!
 キャー! バックミラー越しのあの鋭い視線! 痺れる!!



「…あまり彼女を睨んでくれるな」



 落胆した。なんだあ、彼女をかばうために声をかけてきたのね…。
 じゃ、じゃあ私たちにしかわからない話題で気を逸らす作戦よ!



「ち、ちなみにっ! 私なりに今日の狙撃場所の目星をつけてきていて…」

「ほう。どこだ?」

「ここらへんかなあって…」



 と、後部座席から身を乗り出して信号を待っている先輩に地図を見せる。
 数秒ほど私が指さす地点を眺めていた先輩が、徐に口を開く。
 わあ、伏せっているその目も、気だるげに動く口もすんごく素敵です先輩…。



「いや…この位置の方が見晴らしはいいだろう。多少標的の位置がずれても狙撃できる。」

「あ…ほ、本当ですね…」



 感嘆するしかない、その頭の良さ…経験値。
 やっぱりこの人は凄い人だ。歴代のFBI捜査官の中でも、ホント飛びぬけてると思う。
 そんな人に、私は惚れたんだ。



『あ、秀一。そこ右。』

「ん、あぁ」



 彼はFBIでもトップクラスの狙撃手だ、自分以外にも彼を狙っている捜査官は沢山居る。
 でも、それでも。私はその中でも先輩の中では特別な存在になれていたと信じていた。
 …まさか、恋人が日本にいるなんて、思ってもみなかった。
 だって元カノが日本人じゃなかったし、私みたいな金髪のアメリカ人が好みだと思っていたのに。



《せんぱーい、全然弾が当たらないんですけどー》

《?…200ヤードか。これぐらい撃てないと困るぞ。》

《だって撃てないんですもん…》

《ちょっと撃ってみろ、見ておく》



 あの時も、私に狙撃のコツを手取り足取り…。
 …でも、いざ彼女を前にすると自分との差は歴然で。



「…黒凪。俺の携帯の電話に出てくれ。」

『はいはい。』



 先輩の携帯に着信が。それを先輩の代わりに取れる人なんて今まで見たことない。
 それに正直なところ、先輩を “秀一” と呼ぶ人も稀だった。
 いや…大半は秀一と呼べない、と言うのが本当のところだ。
 いいなあ。私は先輩としか呼べないのに。携帯だって持たせてもらえないのに。



『それにしても貴方も後輩の面倒を見てあげたりするのね。』

「まあ…新しい人材の教育も仕事のうちだからな。」

『ふふ、初めて知ったわ。』



 …笑顔が綺麗な人だと思った。
 そしてはっとして、頭をぶんぶんと横に振り、じと、と宮野黒凪を見る。
 自分の方が先輩の事は熟知している、こんな女に負けて堪るか、と対抗心が湧いた。



「そ、そうなんですよねー! 昔も私が耳栓し忘れちゃって! 怒られて…!」

『うふふ。耳栓なしで拳銃を打つと頭がキーンとなるわよね。』

「っ、そ、そうですよ。それはもー低い声で怒られて。…でも最後は、笑って…」



 ない。笑ってない。
 記憶にある先輩の表情はすべて仏頂面で。笑顔は、一度も。
 …この人には笑顔を見せているのだろうか。
 むかつくむかつく。こんなに前面に出してるんだ。絶対この人も気付いてるんだろう、私がアカイ先輩の事が好きだって。
 私のことを心の中で嘲笑ってるのかな。そうだったら嫌だな、こんな人いなくなっちゃえばいいのに。
 …でもきっと、アカイ先輩が好きになった人だから…私が想像するようなことは考えてないんだろうなぁ。
 ―――ああ、こんな風に考えてる自分が1番情けない。



「…良い彼女さん、ですね。先輩。」

「ん? あぁ…。俺には勿体無いな。」

『ちょっと秀一…』

「あはは。…じゃあ、」



 今回の任務は早く終わらせないと、ですね。
 そう言えば先輩は通りの無表情で「あぁ。」とだけ短く答えた。
 本当に、最後の最後までこの人は私に笑顔を向けてくれないのだろうか。
 でもそっちの方が良いのかもしれない。
 そっちの方が、馬鹿な私は期待しないだろうから。だから。…だから…。



『急ぐのはいいけれど、無茶はしちゃだめよ。エマさんも。気を付けてね。』

「お前こそ、でしゃばるなよ?」

『志保関連なら約束はできないけど、流石に貴方の仕事までは手を出さないわよ。』

「どうだかな。」



 …やばい、涙が零れそう。
 先輩は今、確かに彼女を見て微笑んだ。
 何気ない会話の中で…本当に何気なく、笑ってみせた。
 やっぱり、好きだ。この人の事が好きなんだ、私。
 こんなに幸せそうな人を好きになっちゃうなんて、私もどうかしてる。
 どれだけ私ってしつこいんだろう。
 ふっと笑ったエマは赤井に聞こえないぐらいの声で一言呟いた。



「やっぱり、先輩の事が好きだなあ…」

「ん?」

「…いーえ。何でもないでーす。」



 私がずっと好きな人。


 (でもやっぱり敵わないよ)
 (あんなに先輩と話してる時に幸せそうな顔をする人)
 (私見た事無いもん)


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