隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 黒羽快斗


 正直、あの人の手が俺に向かってきた時はもう「終わった」と思った。
 でも…想像していたよりもずっとずっと優しい手つきに、眼差しに…そしてあの言葉に。



《また明日、学校でね。》



 なんだか俺は選択肢を与えられたように思った。
 このまま何も知らないふりをして、生徒と教師として関わって行くか。
 それとも…



『で、何? 話って…。あ、もしかして告白か!』

「…ちげーし…。」



 で、結局俺はこれを望んだ。
 正直理由を立てようと思えばなんとでも言える。
 正体がバレてるだろうから野放しはリスクがあるとか、どこの誰でなんで俺を知ってるのか知りたいとか。
 でも1番の理由は…このまま何も知らないままだと“怖い”から。



「…昨日、先生何してた?」

『昨日? 実はねえ先生、あのキッドに会っちゃったのー!』

「…。その話し方、」



 どうにかならないんすか、と言おうとしたのだが、目の前でくすっと笑った神崎先生に言葉を飲み込んだ。
 初めて知った。自分はよく他人に成り済ますが、目の前に得体の知れない人が居ると此処まで…。



『…君はそれでいいのね?』

「!」

『一応の確認よ。君なら…ちゃんと考えて出した答えだろうけど。』

「…ああ。俺は今日知りに来たんだ。あんたが誰で…なんで俺の前に現れたのか。」



 俺の目をじっと見つめて、それから目を伏せて彼女は…言った。



『そこは心配しなくて大丈夫。貴方の学校に来たのは本当にただの偶然。教師になったのは生活費の足しになればいいと思っただけ…。』

「え」

『まさか、貴方を追う警察か何かだと思った?』



 偶然? 本当に?
 俺が固まって色々と思考を巡らせる中、神崎先生は…てかこの人、神崎って本名か?
 この人は、俺から目を離さずに言った。



『もし君が私を正義の味方か…それとも貴方のようにある種犯罪を犯している側の人間か計りかねているのなら、私は後者。いわば貴方側。』

「…でも俺より格段にやばいだろ、あんた…。」

『否定はできないわね…。』



 正直、やばい状況。だよな。
 まだ警察だとか…それこそインターポールの方が良かったかもしれない。
 犯罪を犯している側の人間? それって殺し屋とかそういう…。



『あまり踏み込んだ話をすると君も危ないの。』

「!」

『とにかく貴方には、私が貴方の敵ではないこと…貴方を傷つけるつもりはないことを知っておいて欲しかった。貴方の幼馴染の青子ちゃんにも、何も悪いことは起こらない。…起こらせない。』

「もし、あんたのせいで起こっちまったら?」



 その時は…。
 背中を寒気が駆け抜けた。
 足がすくむ。やばい、マジでやばい人なんじゃね? この人…。



『相打ち覚悟で挑むしかないわね。』

「…なんで」

『うん?』

「なんで昨日俺を警察に差し出さなかった? 俺が逮捕されてれば、あんたはそんなリスクを負わなかったはずだろ。」



 彼女の表情がきょとんとしたものに変わる。



『貴方を警察に差し出してもリスクが減るわけじゃないもの。』



 私はいつでも…明日命を落とすかもしれないと覚悟して生きているわ。
 そんな自分の命のために誰かを犠牲にするなんて、考えたことない。



『元々私は崖っぷちなの。心配しなくて大丈夫よ。黒羽君…いいえ、怪盗キッド。』

「…。話は分かった。俺もそんな崖っぷちにいる人を突き落とすような真似はしないって約束する。…でも最後に聞かせてくれ。」

『うん?』

「なんで俺がキッドだって分かったんだ?」

『そういうなら、どうして私が正体を偽っていると分かったの?』



 それは…勘みたいな。
 そんな俺の言葉に笑って「同じよ」と彼女は言った。
 誤魔化されたのは分かった。きっと言えないんだろう。それならいい。



『とりあえずもしもの時のために私の電話番号を渡しておくわ。貴方のは…警戒するなら渡さなくて大丈夫。必要な時だけ貴方から電話をかけてくれれば良いから。』



 予鈴がなる。話を切り上げなければ。
 ゆっくりと手を伸ばして差し出された紙切れを受け取る。
 紙には電話番号だけがぽつりと書き示されていた。






















「ほう、怪盗キッドか…。偶然もここまで来ると笑えんな。」

『ええ。コナン君と毎回火花を散らせるぐらいだもの、あっさり私が普通の人じゃないって気づいたみたい。』

「それでも誤魔化さず受け入れたと言うことは…ボウヤのように味方につけた方がいいと判断したか?」

『…彼、幼馴染の女の子がきっと好きなのね。私みたいなのが学校にいると怖かったんでしょう。だから思ったの…このまま野放しにしていたら、余計なところまで首を突っ込みそうだって。』



 私の言葉に小さく笑って秀一が机に置いてあった資料をこちらに見せてくる。



「お前が気にしていたから黒羽快斗について少し調べた。すると興味深いことが分かってな…。」

『興味深いこと?』

「彼の父親、1代目の怪盗キッドである黒羽盗一は事故に見せかけられて何者かに殺害されている。」



 断定はできんが、怪盗キッドを継いだところを見ても彼は恐らく父親の死の真相を追っているんだろう。
 そんな秀一の言葉に目を伏せる。あの明るい態度からは想像もつかないけれど、あの子も色々と抱えているのね。
 だからきっと、私の事情を察して理解を示してくれた…。



『…。』

「…俺はお前の判断を尊重する。好きなようにすればいい。」

『…ごめんなさいね。貴方も巻き込むことなのに。』

「何、少年1人に正体を知られたところでリスクはそれほど変わらんさ。」



 そう秀一が言った途端に携帯が着信を知らせ、秀一がこちらに目を向ける。
 私は表示された番号を見て首元の変声機の電源をつけ…通話を繋げた。



『もしもし?』

≪…先生か?≫

『あぁ、黒羽君ね。なあに? 電話番号の確認?』

≪本物の電話番号かと思ってよ。≫



 あらまあ疑ってたの? 失礼な子ね。
 そんな私のちょっとした嫌味に「な、」と焦ったような声を漏らしてから黒羽君が焦ったように続ける。



≪そ、そりゃ最初は疑うもんだろ!≫

『あらそう。私は貴方を信じてるのに。』

≪ぐ、ぬぬぬ…≫

『じゃあ私の電話番号は本物ってことで。ちゃんと夕食食べて寝るのよ黒羽君。』

≪…へーい。≫



 そうして電話を切れば、秀一がこちらに顔を近づけ、私の唇に口づけを落とした。



『なあに?』

「一丁前に教師をしているようで安心した。それに…」

『?』

「教師をしているお前も悪くない…。」



 へっ? と素っ頓狂な声が出た。
 しかしそのまっすぐで真剣な目を見て「ああそういえばこの人、日本人じゃなかった。」なんて考えて眉を下げる。
 好きだなあ。この人のこと。本当に…。



 何者かはまだ分からない。けれど。


 (ジィちゃん、俺決めた…。)
 (な、何をですかな?)
 (この前話した先生だけどさ…、俺なりに協力していくことにした。)
 (ぼ、ぼっちゃまなりに…。)

 ((ぼっちゃま…どこか大人になられたようですな…。))


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