隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 黒羽快斗


「…まじかー…」

「ん? なんか言った? 快斗」

「……いや、なんでもねー…。」



 俺は片手で目元を抑えてうなだれながら、怪訝に小首をかしげる青子にひらひらともう片方の手を揺らして見せる。
 そして再び先ほど見かけた人物…そちらへと視線を向け、指の間からしっかりと目視する。
 夜景が見える窓際を選んだ俺と青子とは違って、レストランの端に座っているカップル…。
 眼鏡をかけた長身のイケメンと、日本人離れしたスタイルと切れ長の吊り目の美人。
 そう。吊り目の美人ってのは…神崎遥と名乗る俺の副担任だ。本名は恐らく別にある。けど、教えてもらっていない。



「(なんなんだよぉおお! 崖っぷちなんだろあんた⁉ なに優雅に彼氏と食事してんだよ!!)」



 俺は混乱した。
 それはもう、目の前の青子を一瞬忘れてしまう程に。



「…ねえ、快斗?」

「(てかあんた結構危なめの犯罪者なんだろ⁉ 大丈夫なのかよこんなところで堂々と…って顔変えてんだったなー!)」



 じいいっと彼女を見る。穴が開くほど。
 あの笑顔はどーーー見たって神崎遥のもんだ。
 ってことはだなあ? あの彼氏は神崎先生の正体を知らない一般人って事だろ⁉
 崖っぷちで色々頑張ってる癖に彼氏作って悠々と高級レストランでディナーですか、ああそうですか。
 そんなことをぐるぐると考えながらギリリと手元のフォークやらを握りしめ再び振り返って2人を睨む。



「ちょっと快斗! 何処見てんのよ!」

「あ?…あー! いや! なんでもねーよ!?」



 口調はいつも通りではあるが、やはりここは高級レストラン。
 声を潜めて問いかけてきた青子にばばっと意識を戻して必死に動揺を隠す。
 そんなことをしている間にも料理が運ばれてきて、俺はもう全力で食事へと意識を集中させた。



「おお、美味そう…!」

「ホントねー! 頂きます!」



 口に入れれば上品な味が広がり、青子もさぞご満悦の様子だ。
 そう。何も無ければ俺もご満悦なんだがなぁ…。
 あの2人さえいなければ! いや! 実際は神崎遥さえいなければ!!
 どうしても気になって視線をそちらに向けてしまう。
 視線の先で笑っている2人は上品にワインとカクテルを傾けていた。



「(くっそー、男の方はカクテル飲んでやがる!)」



 本当にあいつ、神崎遥は何を考えてるんだ…⁉
 今日はただの休暇か⁉ それともこのレストラン内にあいつが狙ってる敵みたいなやつが居たりすんのか⁉
 あああ集中出来ねー!



「…ちょっと俺、トイレ行って来るわ…」

「はーい。」



 やってらんねー…。
 顔でも洗ってこよ…。




















「…行ってくるかい? 遥。」

『ん、そーね。あの子すんごく焦ってたし。』

「ああ。可哀そうなぐらいにね。」



 小さく笑って立ち上がり、黒羽快斗を追ってお手洗いへと向かう黒凪を見送り徐にカクテルを傾ける。
 少し時間を空けて向かったかいがあってか、黒凪はお手洗いから出てきたばかりの黒羽快斗とうまく鉢合わせたらしい。



「な、お、おまっ…」

『しっ。…これ読んで。』

「お、おう…」



 ぽかーんとしている黒羽快斗とは必要最低限の会話だけをかわして通り過ぎて行った黒凪の後ろ姿を見送り、こそこそと渡された手紙を覗き込む彼を見守る。
 手紙には短く「デート中。気にするな。」と書いておいた。
 ちなみに書いたのは俺で…いつも彼女の授業を受けている彼なら文字の癖の違いにすぐに気づいたことだろう。



「…!」



 ばばっとこちらに目を向けてきた黒羽快斗にグラスを少し持ち上げて笑みを向けてやれば、彼は挑戦的に笑ってツレの席へと戻っていった。



「(追伸を見たか…)」
















「(P.S…A wise man keeps away from danger.)」



 意味は…賢者は危険を避ける。
 俺たちに必要以上に近付くな、賢くあれ。ってか?
 んなこたー分かってるよ。
 …俺だって青子だけは、何があっても必ず護る。
 何を犠牲にしたって。



「(そういうことだろ?)」



 神崎遥の邪魔をすれば、ガキ相手でも容赦しないっていう脅しだろ? この追伸はよぉ…。
 もう一度あの男に目を向ければ、神崎遥が席に戻ってきていた。
 そして俺を見てにやりと笑った男に何かを囁いて…男は軽くむせた。
 彼女が何を言ったのかは分からないが、良い様だぜ。



「…!」



 神崎遥のウインクにかすかに目を見開く。
 なんだ、俺のためにやってくれたのか。
 そうして俺は彼女から受け取ったメモをぐしゃりと握りつぶしてポケットへと放り込む。
 そしてもくもくと食事を続ける青子へと目を向けた。



「(それにしてもこいつ、神崎遥と比べるとマジで色気ねーな…。いやいや、学校を卒業すればちったあ…)」

「?…な、なによ…」

「…いや? (…んー。当分は無理だな。)」

「……変な快斗。」



 ぼそ、と呟いてまたぱくりと野菜を食べる青子。
 そんなふてくされた青子に小さく笑って、去っていく神崎遥とその彼氏を見送った。
 青子とあんな風なカップルに成れたら幸せだろうか、なんて突拍子もないことを考えながら…。



 護ってくれる人はいるらしいな。


 (へー…、沖矢昴って言うんだ。あのおっさん。)
 (おっさんじゃないでしょ。あ、そうだ黒羽君――…)
 (なんだよ…、ん? あれ? ……切られた?)

 (あら? …どうして切るのよ、秀一。)
 (…風呂、入るんだろう?)
 (へ? え、ちょ…)
 (レストランで言っていただろ? 忘れたか?)
 (忘れてないけどあれは冗談…、待って抱えなくていいっ、行くから!)

 (…ははーん。彼氏の”嫉妬”か。)


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