隙ありっ
□隙ありっ
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漆黒の特急
「…あれっ? 昴さんに遥さん!」
とあるホームセンター内のこと。
私と秀一がカセットコンロを探しているところに偶然にも蘭ちゃんとコナン君と出くわした。
「どうしたんですか? カセットコンロなんて眺めて…。」
「ああ…実はキッチンのガスコンロの調子が悪くて。明日に専門家に見てもらうんですが、それまではこのカセットコンロでどうにかしようと見に来たんです。」
「そうだったんですか⁉ それは災難ですね…。…あ、そうだ! 実は今日、以前父が解決した事件のお礼に、依頼者さんが有名な中華料理を持ってきてくれる予定なんです! 一緒にどうですか?」
顔を見合わせる私と秀一。
確かに、今日だけでもご飯を一緒にできれば助かるけれど…。
そうしてコナン君に目を向ければ、彼はにっこりと笑った。
「そうだよ! 依頼者さんは料理人さんだから、きっといーっぱい持ってきてくれるから!」
「…じゃあ、お邪魔しようか? 遥。」
『そうだね! ありがとう、蘭ちゃん! コナン君…ごほっ、ごめん、』
せき込んだ私を見てコナン君が目を丸くさせた。
「あれ、遥さん、風邪?」
『うん…ちょっとね。学校で拾ってきたのかも。』
「「学校?」」
「ああ、最近高校の教師になったんですよ。遥は。江古田高校だったかな?」
秀一の言葉に頷けば「へえ…」とコナン君と蘭ちゃんが感心したように言った。
「でも確かに今学校で風邪が流行ってますよね…。実はコナン君もちょっと風邪気味で。」
『あら、そうなの? 偶然ね!』
「アハハ…」
「…あっ、いけないそろそろ約束の時間だ…! 行きましょう、遥さん、昴さん!」
…この時私達はまだ知る由もなかった。
毛利探偵事務所で食べた中華料理の影響であんなことが起こるなんて――。
「わー! すごい…!」
「どれも中国本場仕込みの一品です! どれも力作ばかりなので、どーぞ食べてください!」
どんどんと毛利探偵事務所の机に広げられていく中華料理たち。
私の目の前に置かれた角煮も見た目だけでもものすごくとろっとろで、なるほど確かにおいしそう…!
「その角煮なんて、前の晩から仕込んじゃって…ははは。どーぞどーぞ。」
『ありがとうございます…! 頂きます!』
パクッと口に放り込んだ途端に崩れる角煮。やっぱりすごく美味しい…!
あまりの美味しさに秀一に目を向ければ、彼もニコニコと私に笑顔を向けた。昴の笑顔だけど。
『それにしても、少しお酒の香りがしますね? 何かこだわりの隠し味とか…?』
「ええ。料理に使うお酒といえば紹興酒(しょうこうしゅ)が有名ですが、中国では油の強い料理でも負けない香りと味を持つため白乾児(パイカル)の方が好まれて…今回はそっちを!」
途端に秀一が今にも角煮を口に放り込もうとしていたコナン君を制した。
コナン君も「あぶね…」なんて呟いてざざっと角煮から距離を取る。
白乾児と言えば、アポトキシン4869の解毒を助ける成分を持っている中国のお酒…。
志保によると風邪を引いた状態での接種で解毒作用を発するため、風邪気味のコナン君は一発アウト。
…ん? 待って? 風邪?
『いっ、いけない! ガスコンロの修理、今日だったんじゃない昴⁉︎』
「え、」
『急いで帰らないといけないねっ⁉︎』
恐らく顔を真っ青にして焦っているだろう私に目を見開くコナン君と秀一。
「そっ…そーだね! 急いで家に帰った方がいいよ遥さん、昴さん!」
すぐにコナン君もそうフォローを入れてくれて、秀一が荷物を抱えて私と一緒に立ち上がる。
「すみません、どれもすごく絶品でした。またお店に彼女と伺います。」
『あっ、私もすごく美味しく頂きましたっ! そ、それじゃあ!』
そうして急いで車に乗り込み、私は車に積んであった上着を羽織り顔を隠すようにした。
途端に胸が苦しくなり、キリキリと心臓が痛み始める。
懐かしいその症状に「ああ…本当に幼児化してしまう、まずい」と頭の中で焦ることしかできない。
「どうする、阿笠さんのところに行くか?」
『う、ん…そうしましょうか…、』
あ、ダメだ。痛みで意識が飛ぶ…。
「…おい、黒凪! …黒凪!」
…目の前が真っ暗になった。
「とりあえず、服を着替えさせるから博士と昴さんは外に出て!」
「い、いや…子供同士とは言え服を着替えさせるのは難しいじゃろう? 昴さんなら…」
「部 屋 を 出 て。って言うか昴さんは恋人”役”でしょ。」
「ハイ…」
目を開けばそれはもう眩しいこと。
目元を隠そうと手を持ち上げて…その手のひらの小ささに一瞬だけ動きを止める。
『志保…』
「お姉ちゃん⁉︎」
『ごめんね、びっくりさせたでしょ…。昴さんもごめんね…。』
「いや…」
志保の前だからと、とりあえず秀一としてではなく昴さんとして会話を交わして体を起こす。
ずる、と今日着ていた服がずり落ちたのが分かった。
「とりあえず私の服を貸すから、お姉ちゃん着替えられる?」
『ええ。ありがとね。』
幼児化の影響で神崎遥としての変装もすっかり取れてしまったらしい。
鏡の中に映る“自分”の姿にため息を吐いて秀一に目を向けた。
『私、外で幼児化したの? 誰にも見られていない?』
「大丈夫…誰にも見られていませんよ。ホームセンターに行っていた間から我々をつけていた車はありましたが、ここに来る前に撒いておきましたから。」
『そう、ありがとう…。』
そうして服を着替えてみんなの元に戻れば、目線が全く同じ位置にある志保がこちらへと駆け寄ってきてくれた。
「よかった…服、ぴったりね。」
『うん。ピッタリすぎてびっくり。』
なんて話していると、博士の家のインターホンが鳴る。
一斉に玄関へと目を向ければ、どんどんっと誰かが扉を叩いた。
「博士ー! 早くキャンプ行こーぜー!」
「…あっ! そうじゃった、今日は子供達と群馬へキャンプに行く予定じゃったな…!」
「はーやーくー!」
「と、とりあえず皆を中に入れましょうか…。」
そうして子供達をとりあえず中へ入れてあげると、無事に中華料理を食べ切ってこちらにきたらしいコナン君が幼児化した私を見て真っ先にこっちに近づいてきた。
「やっぱり子供の姿に戻っちゃったんですね…黒凪さん。」
『うん…ごめんね。』
「いや、隠し味のお酒は流石に避けようがないし…。」
「…あー! 誰ですか⁉︎ その子!」
あ…しまった、なんて言おう…。
なんて迷っている間に私の前に出てくれたコナン君。
しかし彼自身もなんと言おうか考えている最中なのだろう、どこかたどたどしい。
「この子は…えっと、」
「博士の知り合いですか?」
「なんか、ハーフみたいだなっ!」
「確かにっ! 哀ちゃんにちょっと似てるねー!」
どどど、と近付いてきた子供たちに目を泳がせながら、必死に頭を回転させる。
『あ…明美! えっと、昴の妹…です…。』
なんて、きつい言い訳かな…?
と、コナン君と顔を見合わせると…。
「ホントだ! 昴さんと同じで茶髪だね〜!」
「オレ元太! よろしくな、明美!」
「僕は光彦です!」
「私は歩美!」
子供達は特に疑う様子もなく私を受け入れてくれた。
この子達が子供でよかった…。疑うことを知らない…。
「…って言うか、今日はお前もキャンプに行くから博士の家にいたのか?」
『あ、ううん…えっと、』
「えー! 違うの⁉︎ 一緒に行こうよ!」
「そうですよ! これも何かの縁ということで!」
困ったように秀一を見上げる。
秀一は眉を下げて小さく微笑むと、私の側にしゃがんで声を潜めた。
「俺も同行する。志保の顔を見ている限りお前を1人にはしたくなさそうだからな…行ってやれ。」
秀一の言葉に志保へと目を向ける。
志保は私の体調を気にしているのか、コナン君に話しかけられながらもどこか上の空でこちらをちらちらと見ていた。
『…わ、わかった…。』
私の返答を聞いて秀一が沖矢昴として子供達に向き直る。
「明美も行きたがっているようだから、同行してもいいかな?」
そしてぽん、と頭の上に乗った秀一の手に、はじかれるように「よろしくお願いしますっ」と頭を下げた私。
そうして私はひょんなことからコナン君たちと共に幼児化した状態でキャンプへと向かうことになったのだ。
≪…ゼロ。沖矢昴が黄色のビートルに乗ってどこかへ向かい始めた。乗車しているのは子供ばかりだが…。≫
「了解。神崎遥の姿は?」
≪いや…さっきの追跡を撒かれた後に移動したのか、姿はない。≫
「わかった。偶然を装って接触する…尾行を続けてくれ。」
ヒロとの通話を切り、ヒロと同様に山の方へと向かっていく黄色いビートルの後を追う。
その道中でヒロが撮った、沖矢昴と同乗している子供達の写真へと目を落とした。
「(乗車しているのはお馴染みのコナン君の同級生ばかり…。ん?)」
1人の少女の顔のあたりをズームする。
フードをかぶっていてその顔は見えず…写っているのは赤みがかった長髪だけ。
「(…。この少女、何か気になる…。)」
「――それじゃあ俺と博士はメシ買ってくるから、お前らは薪集めな。」
「はーい!」
「いってらっしゃーい!」
そうして群馬県のキャンプ場に到着した私たち。
私たちはテントを設置する場所を見つけてそうそうに別行動をすることとなった。
コナン君とアガサさんが近くのスーパーへ食料調達に向かい、残された私たち子供は薪集め、秀一はテントの設置をする…という具合に。
「じゃあ僕はテントを建てておくから、何かあったらいつでも呼ぶんだよ?」
「オッケー! 皆行こうぜ!」
「あっ、待ってくださいよ元太君ー!」
『…行こう、哀ちゃん。』
「あ、え、ええ…。」
そうして子供たちだけで草むらに入り、手頃な薪を集めていく中で…私はただただ色々なことに感心していた。
子供目線から見る森も、キャンプ場も…何もかも大人の視線で見るものとはかけ離れている。
全てがとても大きいもののように見えて仕方がない。
『(不思議…。生まれ変わった時も同じようなことを考えていたはずなのに…。)』
「あっちも見に行ってみましょー!」
「あ、ちょっと…。あ、明美ちゃん。行こう?」
そしてたどたどしく私を呼ぶ志保。
なんだかむず痒いけれど…。
ずうっとこんな風に、志保となんでもない子供として接してみたかった。
『(嬉しい…。志保とキャンプなんて、全然したことなかったなあ。)』
どっ、と元太君の背中にぶつかる。
しまった、ぼうっとしていた…と元太君の、と言うより子供達の視線の先へと目を向けた。
そして私は間髪入れず志保の手を掴んで、走り出す。
『逃げるよ!』
「ぁ…、みっ、みんな!」
「うわああ!」
子供達が見ていた先には1人の男が立っていた。
スコップを持って、頭から血を流した女性を土に埋めている最中だった。
ちらりと背後に目を向ける。
男はパニックを起こしているのか、唖然とした表情のまま私たちを全速力で追いかけてきた。
『(あれぐらいの体格差ならどうにかなる? いや、駄目。今はただでさえ子供の姿だし…!)』
「あっ、あそこに小屋があります!」
光彦君の声に弾かれるようにして全員で小屋へと入り、扉を閉めて息を殺した。
小屋の中は昼にも関わらず真っ暗で、さらに何やら鉄臭い。
「ちょっと待ってくださいね、今腕時計型ライトで…」
『ま、待って、多分見ない方がいいーー…』
と言っている間にもライトをつけるつまみを回してしまった光彦君。
そしてライトでしっかりと照らされた赤黒く光る大量の血液の跡と、その上に突き刺さったままの血を帯びた斧に子供達は叫び声を上げ、途端にガタ、扉に誰かが手をかけた音がする。
『…っ』
かくなる上は、差し違えてでも…!
床に深く突き刺さった斧を掴んでギシギシと左右に揺らして抜き取ろうとする。
しかし子供の腕力ではとても…
「…あ、あれっ? 音が止まりましたよ…?」
「俺たちに気づかず帰ったんじゃねーか?」
「ま、待って2人とも! 無闇に扉には近づかない方が…!」
ガチャ、と金属音が響く。
扉は木製でしょ…? どうして金属音が?
ばっと斧から扉へと目を向ければ、扉に南京錠がかけられているのが見える。
「とっ、閉じ込められちまったぞ⁉︎」
「ええっ⁉︎」
閉じ込めた? 何のために…。
そこまで考えて、鼻をつく焼き焦げた灰のような匂いに目を見開く。
「この匂い…」
志保がこちらに目を向ける。
きっと同じことを考えているのだろう。
あの男、私たち子供が小屋に逃げ込んだのを見て、扉に鍵をかけ…火をつけた?
『(この小屋は木製だし、きっと火の周りが早いはず。保って20分から30分。)』
秀一はもう私たちの異変に気づいている?
探してくれている? それとも…。
私は白児の影響でAPTX4869を解毒している状態…大人の姿に戻る方法は時間経過を待つしかない。
この2〜30分以内に元の姿に戻れる保証はどこにもない…。
かくなる上は…
『これ…ここで殺された人の荷物…。』
「お、おいっ、勝手に開けていいのか⁉︎」
『(よし、大人の服はある…。)』
ちらりと志保に目を向ければ、志保も私の視線を受けて小さく頷いた。
志保は毎日もしものためにAPTX4869の解毒剤を持ち歩いている、かくなる上は頼ることになるかもしれない…。