隙ありっ
□隙ありっ
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漆黒の特急
「…ん? んだよゼロのやつ…班長の連絡は無視しやがったくせに俺に連絡してきやがった。」
「え、マジ? …おお、すごいじゃん。今からでもいいからここに呼んでやれば?」
「そうだな…。ん?」
メールを開き、その内容に目を通す俺とハギ。
そして徐にこれから披露宴へと移ろうとしている班長へと目を向ける。
ちょうど班長も俺たちの視線を受けてこちらへ向かってきてくれた。
「どうした? 降谷か諸伏から連絡でも来たか?」
「さすが班長…正解だよ。ただ…」
「ただ?」
「参加希望じゃなく、ゼロが知りたいのはまたしても宮野のことらしい。」
そうして俺の携帯を見せれば、班長がメールに目を通した後に呆れたようにため息を吐いて笑顔を見せた。
「あいつ、本当に変わらねえなあ…。」
「ま、今回はちゃんと結婚式に関する祝いの文も添えてあるし、許してやってくださいよ。班長。」
ハギがいう通り、確かにメールの最初の部分では今日の結婚式に参加したくともできない旨…それから班長の門出を祝う文がある。
…まあ、そのあとの文は俺の言う通り宮野のことについて。だが。
「つっても、どうやって宮野と連絡をとったのかを聞かれてもなあ。俺は彼女が警察官時代に使っていたメールアドレスに連絡しただけだし。」
「ま、そう返しておきますよ。」
「でも急になんでそんな連絡入れてきたんすかね? 降谷ちゃん。」
ゼロに向けてメールを送り、携帯を閉じてハギに目を向ける。
「案外、宮野もゼロもこの場に来てたのかもしれねえぜ?」
「ふむ。お互いお忍びでここに来ていたら、鉢合わせて…まーたあの時みたいに宮野さんが降谷から逃げたのかもな!」
「ははは、笑えねーっすよ班長…。あの合コンの後のゼロなんて、マジで見てらんねーぐらい落ち込んでたし…。」
「ハハハ…あれは忘れられねーよなあ…」
なんて、しばらく会っていないゼロへと思いをはせる俺たち。
何が起こっているか知らねーけど、がんばれよ。ゼロ…。
「…松田曰く、彼女が警察官時代に使っていたメールアドレスに班長が数週間前に結婚の報告を送っていたらしい。ただ、返事はなかったから届いていないものだと思っていた。と。」
「なるほど…そのメールアドレスなら俺とゼロも持ってるけど…確かに彼女が警察官をやめて組織に戻ってからはあのメールアドレスで彼女と連絡を取れた試しがないな。」
「ああ。」
松田からのメールを閉じて携帯をポケットへとしまい込む。
そしてぎし、と運転席の背もたれに体重を預け、息を吐いた。
助手席に乗るヒロはそんな俺を横目で見つつ、考え込むように目を伏せる。
「けど、これで少なくとも彼女がまだ国内にいること…。それから東京にいることはわかったようなものだ。」
「ああ…班長が結婚式を行っていたあのチャペルは東京の一等地で…駐車場付近の道路も入り組んでいるうえ、車線も多く…すぐに駐車場を出て追いかけた俺たちの車を撒くには、この周辺の道路を熟知している必要がある。」
「組織の本部からは遠く、彼女が働いていた警察庁からも少し離れているからここら辺を仕事で使っていた可能性は低いしね…。」
彼女がまだ東京周辺を拠点としているということは…毛利探偵がジンに目をつけられたにも関わらず、何らかの理由でまだ彼の傍にいるということだ。
毛利探偵の元をシェリーとともに離れていたなら…東京にこだわる理由なんてないはずだから。
そんなヒロの言葉に「ああ…」と俺も目を伏せる。
「その上で同じく東京周辺を拠点としている俺たちの包囲網に今まで全くかからずいたことを考えると…やはり黒凪は姿を変えて潜伏している可能性が高い。」
「…。このまま毛利探偵の周辺の人間に当たるのが正解だろうね。ゼロ。」
「ああ。すでに人数は随分と絞られている。赤井がキールに殺されてから毛利探偵に近づいた女は…あの女子高生探偵と毛利探偵のファンだと言っていた…」
「神崎遥…」
俺とヒロの視線が交わった。
きっと俺たち2人が考えていることは同じ。
「…ゼロ。徹底的に彼女を…神崎遥をマークしよう。」
「ああ。…悪いな、ヒロ。俺のわがままに付き合ってもらって。」
「いや、いいんだ。…俺だってゼロの提案に賛成してるし…宮野さんには俺も随分と助けられてるからね…。」
「…ていうか、本当にいいのか〜? 勝手に彼…工藤新一君の家に入って。」
「さっきメールしておいたから大丈夫だと思うよ?」
「っていうか、蘭ならメールなんてしなくても入っていーのよ。なんたって未来の嫁なんだから!」
「ちょ、ちょっと園子!」
なんて会話をしながら蘭君、園子君と工藤新一君の家へと向かう。
くくく、今頃彼、焦ってるだろうな〜。
なんて考えながらコナン君の顔を思い浮かべる。
それでも言ってみるものだなあ〜。工藤新一君のお父さん…工藤優作さんの未解決事件の資料を拝見したいって言ったらこうして学校帰りに連れて行ってくれるんだから。
本当に蘭君はいい子だなあ…。
「…あ、新一からメールだ! …って、なになに…。資料の場所をコナン君に教えて持ってこさせるから、事務所に帰っておけよ…って。」
なんで私にはその資料の場所を教えらんないのよ…。
なんて不機嫌にいう蘭君に苦笑いをこぼす。そう来たか〜コナン君。
でも家にはコナン君が以前誘拐された際に、彼の捜索を手伝ってくれたっていう大学院生の沖矢昴さんと、その恋人の神崎遥さんが住んでるんだろ?
だったら別に家の中が汚いってことでもないだろうし…。何か隠してるな?
「じゃあどうするの? 帰る?」
「う、うーん…」
「でも着いちゃったし…どうせなら入ろうぜ?」
と、2人を工藤新一君の家へと誘導する。
「これもいい機会だし、ここに住んでる沖矢昴さんと神崎遥さんに会ってみたいんだ〜。ボク。」
「そ、そういうことなら…良いかな?」
「う、うん…。」
そうして扉を開けてみると、玄関にはしっかりとコナン君の靴が。
ただし急いでいたせいか靴は乱雑。ははーん…学校終わりにダッシュで帰ってくるほど隠したい何かがあるのか〜?
「…っていうか、沖矢昴さんと言えば、よ!」
「ん?」
「あの人、いつも首を隠すような服ばかり着てるでしょ? あたし、首に何か恥ずかしいタトゥーでも入ってるんじゃないかってニラんでるのよね〜。」
「ええ〜? …たしかに、昴さんいつもタートルネックかも…?」
ふーん。首を見せたことがない、か。
まさかそのタトゥーを隠してあげるためにコナン君が急いでるとか?
…ないない。
「…そういえば、遥さんもずっとタートルネックかも?」
「ああ、昴さんの彼女でしょ? あたしがここで蘭と一緒に昴さんに初めて会った時は出かけてたのよね〜。」
「うん。私はそのあとデパートで会ったのと…コナン君が誘拐された時に会っただけなんだけどね。その時だけ偶然タートルネックだけだったかもなんだけど…。」
うん? 恋人もずっとタートルネック? となると俄然怪しいなあ…。
なんて考えていると、ちょうど傍にある扉の奥からガタ、と音がした。
なーんだ、こんなところにいたのか、コナン君。
扉に手をかけ、開いた。
「コナン君、こんなところにいたのかー…、あ?」
コナン君の目線のあたりに向けていた視線を持ち上げる。
自分よりもずっと大きな背丈で、眼鏡の優しい人だと聞いていた沖矢昴さんは思っていたよりも長身でがっしりしていた。
けど、それだけで驚いたわけじゃない。…この人、ボク知ってる…?
「…あ、昴さん! すみませんお取込み中に…コナン君来てませんか?」
「ん。」
昴さんが加えていた歯ブラシをそのままに自身の左側を指さす。
そちら側にコナン君がいるということだろうけど…なんだ? その仕草も知ってるような…。
「あ、もしかして書斎の方に…?」
こくこくと頷く昴さん。
その仕草を見て、顔から徐に首元へと目を向ける。
「ほら、園子…って、世良さんも行くよー?」
「う、うん…。分かった…。」
タトゥー、ないな…。てか、右利き…。
右手で歯ブラシを持ち、歯磨きを再開させた昴さんを見て扉を閉める。
そうして3人で書斎へと向かえば、図書館みたいな巨大な書斎にこれまた巨大な梯子をひっかけて、その上に立つコナン君と、梯子を支える女の人を見つけた。
「(あ…コナン君を誘拐から助けたあの日、蘭君たちが乗ってた車を運転していた金髪の男と一緒にいた人だ…。)」
「コナン君、遥さーん!」
「(そっか、あの人が沖矢昴さんの彼女の神崎遥さん…。)」
『あ、蘭ちゃん! 結局来たのー? 新一君からメール受け取らなかったー?』
梯子からコナン君を下ろしてこちらに目を向けた遥さんは、黒髪に吊り目の美人だった。
なるほど、あの沖矢昴さんの彼女はこんな人なんだ…。
「メールは受け取ったんですけど、近くまで来たので…!」
「じゃあキッチンの方でお茶でも飲んで待ってたらー? もう資料見つかりそうだしー!」
「そ、そうー? じゃあそうしようかなー?」
『うんうん! っていうか、蘭ちゃんのお友達⁉ 初めましてだねー!』
ぶんぶんと手を振ってこちらに笑顔を向けた遥さんに「初めまして、鈴木園子です!」と頭を下げる園子君。
ボクも「世良真純です…」と名乗って頭を下げれば、遥さんも律儀に頭を下げた。
『初めまして、神崎遥です! 昴ともども、仲良くどーぞ!』
「あ、遥おねーさん、これ持ってくれないー?」
『あ、はいはいー。』
目をかすかに見開く。
あれ? コナン君に呼ばれて、少し右上を見上げたあの感じ…どこかで。
《――あら? 大君。》
一瞬だけフラッシュバックした声に、横顔に。目をまた大きく見開く。
あれ、なんで今あんな昔のことを思い出したんだ…?
「世良さん? 行くよー?」
「! あ、ごめんごめん…」
世良真純
(あの時、兄を偶然見かけたあの日。)
(ギターを教えてくれたお兄さんと、金髪のお兄さんと、そして…)
(兄を、兄の名前ではなく、大、と呼んで…それはそれは嬉しそうに笑っていたお姉さんと。)
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