隙ありっ

□隙ありっ
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  漆黒の特急


「…。(これは…子供達がつけていたミステリートレインの指輪…。)」



 黒凪含む子供達が薪を拾いに行ってから既に30分が経っていると言うのに、なぜ戻ってこないのか。
 テントを建て終わり、子供達の元へ向かおうとした時…誰の通報を受けてか、警察がこのキャンプ場にやってきた。
 話を聞くと林の中で死体が見つかったそうで、今はボウヤ、それから偶然居合わせた真純が犯人の特定を急いでいる。



「…! (煙…)」



 目の端に映った空へと真っ直ぐに伸びる煙。
 それを見上げていると側にいたボウヤもつられて顔を上げた。



「…あれ? あの煙は?」

「んん? あぁ、キャンプファイヤーでしょ。何たってここはキャンプ場ですからね。」



 ボウヤの問いに答えたのは今回の事件でこのキャンプ場にやってきた群馬県警の刑事。
 既に容疑者も集められていることだし、この場は彼らに任せて俺は子供達の捜索に集中するとするか…。





















「…ヒロ、そっちはどうだ?」

≪そろそろ犯人は捕まりそうだけど…やはり子供達はまだ戻ってきていない。≫

「そうか…。こっちも子供達を探しているんだが、いかんせん規模の大きなキャンプ場だからな…。」

≪そうか、分かった。…ところでゼロ…≫



 うん? と額の汗を手首で拭ってヒロに返答を返す。



≪10分程前から見えているキャンプファイヤーだと思われる煙だが…徐々に大きくなってるように思うんだ。≫

「え?」



 空を見上げる。確かに若干大きくなった、か?



≪一応そっちを見に行った方がいいんじゃないか?≫

「…ああ、分かった。行ってみることにするよ。」





















 黒煙が立ち込め、ついに私たちは呼吸を確保するために地面に伏せり、狭い扉の隙間に頭を近づける体勢を取らざる得なくなっていた。



「…だめ…歩美、もう息が苦しい…」

「しっかりしろ歩美!」

『(もう子供達の体力も限界…それに私の体も元に戻る気配がない。)』



 ちらりと志保へと目を向ければ、志保は小さく頷いて被害者のバッグへと近づいていく。
 大人用の服を着てから解毒剤を飲むつもりなのだろう。
 …背後から迫る熱気が痛くさえ感じる。
 もう一刻の猶予もない。



「……離れて…!」

「えっ…」

「だ、誰だ⁉ このねーちゃん…⁉」

『(志保…!)』



 途端に、大人の姿に戻った志保が斧を引っこ抜き、扉に向かって振りかぶった。

























「…っ」



 誰だ、キャンプファイヤーの炎だなんて言ったやつは…!
 ヒロの助言通りに煙が立つ方へと足を進めば、開けた場所に立っている小屋が炎上している現場を発見した。
 たどり着いたときにはほぼ全焼状態で、その熱気に唖然としつつも周辺の捜索を開始する。



「(まさか子供達がこの中にいるなんてことないだろうな…⁉︎)」



 もしも本当に子供たちがこの中にいれば、今頃は…。
 ――途端にバキッと鈍い音が響いて振り返れば、まだかろうじて焼け残っていた扉に鋭い鉄製の…斧か? が微かに見えた。
 それが中にいる何者かにずぼっと引き抜かれ、また扉に突き刺さる。
 …誰かが扉を壊そうとしているのか…?



「あ、開きましたよ…!」

「歩美、しっかりしろっ!」

「うぅ…」

「その子は私が抱えるから…!」



 そうして扉からフードを深く被った何者かが子供達を小屋の外へと連れ出した。
 俺は途端に木の陰に隠れ、その人物の様子を伺う。
 誰だ…? 俺がいる角度からは顔が見えない。



「いい⁉︎ 警察が来るまでここで隠れているのよ!」



 その人物の声に心臓が跳ねる。
 よく似ている…エレーナ先生の声に。



「ちょっと待って! まだ哀ちゃんと明美ちゃんが中にっ…」

「2人は先に外に出して安全なところに寝かせてあるわ…! 意識がなくなってたみたいだから…!」



 とりあえず隠れていて! そう言い残して森の中に走って行ったその人物の後を追う。
 ついに見つけたか…⁉ シェリー…!
 無我夢中だった。ここで逃がすわけにはいかない。可能であれば、今ここで確保を…。
 しかし。



『きゃっ』



 その人物を追うことに必死だった俺は、足元に蹲っていた子供に気づけておらず、足音に驚いて叫び声を上げた子供にビタッと動きを止めて、足元に目を向ける。



『す、すみません…。そこの火事に巻き込まれて…て』



 少女の茶色い瞳が俺の視線と交わった。
 その途端に自分の目が丸く、大きく見開かれたのが分かった。
 そして口をついて出た言葉は――…名前、は、



「…黒凪…?」

『(レ、レイ君…)』



 地面にうずくまる少女の顔に…思考が停止した。
 その姿は俺が子供の時に見ていた黒凪そのもので。
 ずっと探していた、彼女そのもので…。



≪……ロ、…ゼロ!≫



 耳元のイヤホンから聞こえたヒロの声に意識を現実に戻す。



≪子供達が全焼した小屋の傍で見つかった! ゼロも側にいるのか?≫

「あ、あぁ…」

『(! 誰かと話してる…。相手は諸伏君…?)』

≪そこでついに見つけたぞ…シェリーを…!≫



 ヒロの言葉に目を見開く。
 見つけた? シェリーを? 黒凪の、妹を…?



≪シェリーはどうやら何らかの理由で子供たちと同様に全焼した小屋に閉じ込められていたらしく…中にあった斧で扉を破壊し子供たちもろとも脱出したようだ。…ラッキーなことに、その子供のうち1人が動画を撮っていたんだよ…小屋から脱出したばかりのシェリーの姿を。≫



 動画は毛利探偵の元へと送られたそうだ。
 あとでパソコンをハッキングして動画を入手しに行こう。
 そんなヒロの言葉を聞きながら、ゆっくりと地面に座り込んだままの少女へと目を向ける。



「…君、名前は?」

『え…』

「お兄さんがみんなのところに連れて行ってあげるよ。ご家族は?」

『(どうしよう…。レイ君は小さな頃の私の顔を知ってる…昴と関係があるとバレたら…)』



 言い淀む少女に笑顔を向けて少し腰を屈める。
 なあ、もしお前が黒凪なら…俺たちを、日本警察を頼ってくれ。
 本当に赤井秀一を…FBIを信用できず、シェリーと路頭に迷っているなら。
 


「――おや? あなたは…。」



 聞こえてきた声に少女が振り返り、その表情を凍らせる。
 そんな少女の視線を追って俺もそちらへと目を向け…現れた男に目を細めた。



「(沖矢…昴…)」

「ええっと…どちら様でしょうか。」



 きょとんとした表情でそう問いかけてきた沖矢昴に、すぐに笑顔を貼り付けて口を開いた。



「…安室透といいます。偶然火事の現場に居合わせて…蹲っているこの少女を見つけて。」

「そうでしたか…。僕は沖矢昴と申します。その子は知り合いが連れてきていた子供達のうちの1人で…ずっと探していたんです。」



 あくまで自身とは関係のない子供だと主張するわけか…。
 沖矢昴の言葉を受けて少女へと目を向ければ、彼女は一目散に沖矢昴の元へと走って行った。



『す、昴お兄さん! ごめんなさい…迷子になっちゃって…。』

「いいんだよ明美ちゃん。帰ろうか。」



 アケミちゃん、か…。
 沖矢昴が少女を抱えあげ、こちらに小さく会釈をして歩いていく。
 その背中を見送り、先ほどから何度かこちらの様子を伺っていたヒロに向けて無線を飛ばす。



「すまないヒロ…しばらく返答できなくて。」

「いや、いいんだ。…大丈夫か?」

「ああ…」



 その場に腰を下ろして息を吐く。
 今でも記憶にこびりついて消えない。
 やっと自分を理解してくれる人と出会ったのに、突然いなくなってしまったあの日。
 バイバイだねと、困ったように言って目の前から消えてしまったあの日の、彼女の表情が…。























「…大丈夫か? 志保は既に解毒剤の効力が切れて子供の姿に戻っている。一足先にお前と一緒に俺が連れ帰る手筈だが…。」

『そう…分かった。私はまだ元に戻れそうにないかなあ…。』



 ちらりと目の前にある沖矢昴の顔を見れば「うん?」と秀一の表情でこちらに笑みを向けてくれる。



『子供目線で見ると、貴方本当に大きいわね。』

「それは褒め言葉と取っていいのか?」

『ええ。』

「それはどうも。」



 そうして草むらに隠れていた煤だらけになった志保も抱えたままキャンプ場の側で秀一がタクシーを捕まえると、コナン君が小走りにこちらにやってきたのが見えた。



「昴さん! 僕も一緒に帰っていい?」

「ええ…もちろん。」



 そうしてタクシーで群馬県の街中まで降りると、次はレンタカーに乗って東京へと向かう。
 道中で私が元の姿に戻る可能性があるため、わざわざタクシーからレンタカーに移動手段を変更したのだろう。
 それに…秀一の運転なら私たちをつけているバーボンの追跡も撒くことができるだろうし。



「…やっぱりついてきてるね。」

「そうだね。すぐに撒くから、少し待っていてくれるかな。」



 コナン君もバーボンの追跡に気づいていたらしい。
 秀一がハンドルを切り、路地を経由してうまくやり過ごしていく。
 その様子を横目に、助手席に乗る私は体を捻って志保とコナン君が乗る後部座席へと目を向けた。



「灰原、大丈夫か?」

「ええ。…それより本当なの? 円谷君が私の動画を撮っていたって言うのは…。」

「ああ。しかもおっちゃんのメールに転送までしちまってて…。」



 志保の不安げな目が私へと向かう。
 その視線を受けた私は後部座席にある毛布を引っ張っていつ大人の姿に戻っても良いように自分の体に巻き付けると、志保へと苦笑いを向けた。



『それに、森の中でバーボンと出会ったわ。こんなところまで私たちを追ってきているぐらいだから…きっと確実に目をつけられている。』



 その上、動画の中には志保…貴方がつけていたベルツリー急行のリングも映っているだろうし、確実に彼もベルツリー急行に乗ってくるはず。
 そう私が言うと、志保は目を伏せて自身がつけているベルツリー急行のリングを見下ろして口を開いた。



「じゃあ…みんなのためにも今回のベルツリー急行には私は乗らない方が良さそうね…。」

「…いや、逆に良い機会かもしれませんよ?」



 小さく笑みを浮かべてそう言った秀一…もとい昴に「え?」と志保が顔を上げる。



「組織の総力を挙げて君を探している状態である今…今回のベルツリー急行での直接対決を避けたところで、いずれまたこのような機会に見舞われ、これからもずっと逃げ続けることとなる。」

「そ、それはそうだけど…」

「…話によると、バーボン、それからスコッチは以前君を狙ったベルモットと行動を共にしている可能性が高い…そうだろう? コナン君。」

「あ…うん。あそこまで精密な、火傷を負った赤井さんの変装が出来る人物なんてベルモットしかいないはずだし…」



 志保の表情が少し曇る。
 以前の事件の際にも目の当たりにしていたから分かる…ベルモットの志保に対する執念深さは筋金入りだ。
 彼女ならなんとしてでも志保の殺害に乗り出してくるはず…。



「でも、ベルモットは私が幼児化していることを知っているわ。今回ごまかせたとしても、私がここにいる限り何をしても…」

「ええ。ただ…彼女は何らかの理由で君の幼児化を組織に黙っている必要があるらしい…。今回はそれを逆手に取る。」

「え…」

「いわばベルモットに、君の殺害を完遂したと上司に報告させさえすればいい。」



 そうすれば報告の後に彼女が君の生存に気が付いても報告を覆すことはできなくなる。
 それはつまり、今までのように表立って君の殺害に乗り出すことが出来なくなるということ。



「ただ…そのためには、志保ちゃん…君がベルツリー急行に乗っているという事実をベルモットに見せる必要がある。」



 志保の表情が少しだけ不安を帯びる。きっと怖いのだろう…。ベルモットの前に出るのが。



「…我々を信じて、協力してくれるか?」



 バックミラー越しに秀一と志保の視線が交わった。
 そして志保の視線は私へ。



「…。お姉ちゃんが、いるなら。」

『…うん。お姉ちゃんが絶対に守るから、頑張りましょう…。』



 そして舞台はベルツリー急行へ…


 (…え、宮野さんにそっくりな子供を見た?)

 (ああ。…本気で彼女だと思ってしまった。)
 (…そんなこと、ありえないのに…馬鹿だよな…。)

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