隙ありっ

□隙ありっ
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  漆黒の特急


「そ、んな…」

「っ、くそ…!」



 崩れ落ちたバーボンとスコッチを見届け、足早に8号車に入り有希子さんの元へと向かう。
 そして満足げに有希子さんの部屋を出てきたベルモットを見届け、中に入って不安げな顔をしている有希子さんに微笑みかけた。



「…上手くいきましたよ、有希子さん。」

「え…」

「偶然この列車に居合わせた怪盗キッドをボウヤがうまく使ったようです。」

「うそ…、本当? よ、良かった…。」



 へなへなと座り込んだ有希子さんに手を貸し、すぐに最寄りの駅で止まった列車から乗客に紛れて下りていく。
 途中、誰か…恐らくジンだろうが、に電話をかけるベルモットの傍を通る。



「…ええ。貨物列車ごと爆発したシェリーと宮野黒凪をバーボンとスコッチがしっかり見ていたそうよ。だから確実。…ええ。じゃあ。」



 隣の有希子さんもその電話を聞いていたらしく、安心したように眉を下げて警察の誘導に従って駅の外へと歩いていく。
 そしてちらりと振り返れば、志保本人を抱えたアガサさんと、そんなアガサさんと楽しそうに話す子供たち。
 そして誰かに電話をかけているらしいボウヤ。



「…おう、分かった。そのままその人と一緒に待っててくれ。…あ、協力者が送ってくれるって? じゃあ東京駅で…。」



 こちらにも黒凪からメールが送られてくる。
 どうやらボウヤが話していた通り、キッドの協力者が2人を迎えに行き、東京駅まで黒凪を送ってくれるようだ。



「事情聴取を受けられる方はこちらへ――」



 さて、さっさと事情聴取を受けて、東京で黒凪を向かえることとするか…。
 …それにしても、やはり志保と黒凪はよく似ている。
 他人のために迷わず自分を危険に晒すその危うさも、何もかも。
 だからこそその危うさが人を惹きつけ…人を縛るのだろう。
 かくいう自分も、そんな人間のうちの1人であるのだが。































『…ここまで送っていただいてありがとうございました。』

「いえいえ…。それではこれからもぼっちゃまをお願いいたします。」

『あ、こちらこそ…。わざわざ私のせいで車移動になってしまって申し訳ありません。』




 そうして工藤家から少し離れた位置で黒羽君の保護者である寺井さんが運転する車から下りる。
 今回初めて顔を合わせた寺井さんだけれど、保護者兼執事のようなこともしていらっしゃるようで、顔を隠すためのマスクやら小道具やらをどっさり持って現れた時はその有能さに驚いた。



「じゃ、また学校で…。」

『うん。今日はゆっくり休んでね、黒羽君。』

「せんせーこそ…」



 なーんて、ずうっと名古屋から東京までの道のりの中でもごにょごにょと歯切れの悪い黒羽君。
 きっと見慣れない私の本当の顔を相手に以前まで神崎遥に接していたようにはできないのだろう。



『それじゃあ寺井さん、失礼します。』

「はい。」



 扉を閉じ、発進した車にもう一度会釈をして歩き出す。
 コナン君たちは鈴木次郎吉さんの計らいで名古屋からは新幹線で東京に戻ったそうだし、車で戻ってきた私たちとは違ってすでに家にいるころだろう。
 私ももちろん新幹線での移動を提案したのだけれど、黒羽君と寺井さんにそれはもう猛反対を受けた。
 …まあ、拳銃まで持ち出すような組織に狙われている私を素顔のまま公共交通機関に乗せるべきではないなんてことは、彼らだって重々承知ということだろうけど。



『(秀一にメールを、と…)』



 フードを目深にかぶり、マスクをして歩く。
 どう見たって怪しい身なりだけれど、顔を監視カメラに取られる方が怖い。
 この顔は…東京の警察官にだって知られているのだから…。



『…!』



 工藤宅とアガサ宅が並ぶ生活道路に入れば、アガサ宅の前に立つ秀一…もとい昴が私の姿を見つけると片手をあげた。
 そんな秀一に小走りでそちらへ向かい、手を広げれば秀一も同じようにして私を受け止めてくれる。



『ただいま…』

「ああ、お帰り。…志保も今か今かとお前を待っている…中に入ろう。」

『…うん』



 そうしてアガサ宅に入り、リビングの扉を開けば先ほどの私から秀一への勢いなんて比でもないぐらいの勢いで志保が私に飛び込んできた。



「お姉ちゃん…!」

『志保…心配した? ごめんね。』



 震えて私にしがみついたままの志保に秀一と顔を見合わせて眉を下げる。
 コナン君と秀一の計画通りにほとんどは進んだが、確かに最後の最後になってベルモットの妨害で計画は一度破綻したも同然…。
 あの場に黒羽君がいなければ本当にどうなっていたことか。



『志保、』

「……の?」

『え?』

「お姉ちゃんは私を守ってくれるけど…、そのお姉ちゃんは誰が守ってくれるの?」



 私がいる限りずっとお姉ちゃんはこんな風に危ない目にばかり遭うの?
 誰も助けてはくれないの?
 そう涙ながらに言う志保に瞳が揺れる。



「お願いだから…お姉ちゃんも頼れる人には、頼って…」

『……』



 脳裏に浮かんだのは、秀一、黒羽君…そしてレイ君と諸伏君。
 私はしゃがんで志保の顔をまっすぐに見つめた。



『…うん、志保がそういうなら。もう少し誰かを頼ってみる。』

「ぐす、…うん…」

『心配しないで。私の傍にはもう、すっごく強い助っ人がいてくれているから。』



 ね? と秀一へと目を向ける。
 志保の目が秀一扮する沖矢昴へと向けられた。



「君のお姉さんを危険な目に晒してしまってすみませんでした。」



 私の視線を受けて秀一もしゃがんで志保に目線を合わせた。



「これからは君の言う通り…これまで以上に君のお姉さんを全力で守るようにします。だから、そんな顔はしないでください。」

「(そんな顔を…)」



 志保が微かに目を見開いた。
 そして私に視線を戻して、眉を下げて言う。



「お姉ちゃんがどうして昴さんを恋人役に選んだのか、分かったような気がする…」

『え?』

「あの人に似てるからでしょう? あの諸星大って人に…」

『!』



 お姉ちゃん、私に会うたびにあの人の話ばかりだったもんね。
 なんて言った志保にぐっさぐさと突き刺さる秀一からの視線。
 志保! 本人が今まさに隣にいるから!
 きっと私の顔が真っ赤になっているせいだろう、遠目に私たちのやり取りを見守っていたコナン君とアガサさんが顔を見合わせる。
 そしてなんと言おうか言いよどんでいる私に助け舟を出すようにコナン君が口を開いた。



「ま、でもギリギリの攻防だったけど…得たものは大きかったよね。」

「…。ええ。これで2人を狙っていたバーボンが毛利探偵事務所の1階にあるポアロで働いていた安室透だと断定できましたから。」



 今秀一、助け舟を出してくれたコナン君に舌打ちした? してないわよね?



『ま、まあ。これで私も志保も死んだと思っているはずだから、追われることもなくなったしね。』

「確かに安室さんはあれからポアロを体調不良で休み続けているようじゃしのう。」

「ああ…。残念だぜ。のこのこ戻ってきたら、今度はこっちから探りを入れてやろうって思ってたのに。」



 なんて新一君の顔をしていうコナン君。
 正直、たまに彼は秀一に自分の正体を隠していることを忘れているのではないかと疑ってしまう。
 まあ秀一がそんなコナン君を素知らぬ顔で受け流しているからだろうけれど。





























「…え、ポアロにとどまる?」

「ああ。」

「確かに公安で手に入れた情報では、あの貨物車から死体は見つからなかった…。でも川に流されて死体がまだ見つかっていないケースもありえるし、脱出に成功していたとしても流石にもう東京からは逃げているんじゃ…。」



 ギシ、と椅子に深く腰掛けて、どこか上の空なゼロに息を吐く。
 俺だって宮野さんを目の前で失くしたゼロのショックは理解しているつもりだ…。
 ゼロは俺と出会った時からずっと、ずっと彼女のことを探し続けていたのだから。



「ゼロ、僕たちは十分やったよ。そろそろ組織の潜入に集中すべきじゃ…」

「あの手りゅう弾…」

「え?」

「あれを放り込んだのは恐らく赤井秀一だ…。」



 赤井秀一? ちょっと待ってくれよゼロ…。
 その話はもう方が付いたはずだろ? ベルモットの協力を得て赤井秀一の変装までして、仲間の反応を確かめたじゃないか。
 現にシェリーが追い詰められたときにやってきたのも、宮野さんただ1人だったじゃないか…。



「ゼロ…」

「とにかく調べる。」



 ゼロの言葉に口をつぐむ。
 その真剣な目に、ああ僕では止められない。そう思ったからだ。



「せめて、あの手りゅう弾を放り込んだのがベルモット側の人間か、それ以外かだけでいい…」

「…」

「もしベルモットの仕業じゃないのなら、あれはシェリーと黒凪を脱出させるためのものだ。だとしたら、協力者は誰か?」



 あれほど慎重な黒凪が協力者として選ぶ人間なんて限られている。
 現にあの時黒凪は誰かと無線で話していた。
 つらつらと話すゼロに目を伏せ、再びあの時の…切り離された貨物車の中でこちらに目を向けた宮野さんの顔を思い返す。



「…。分かった。僕も協力する。」



 そんな僕の言葉にゼロがはっとこちらに目を向けた。



「いや、ここから先は完全に俺個人の事情だ。ヒロお前は…。」

「僕とゼロの仲だろ? 協力させてくれって。…僕だって、宮野さんには生きててほしいんだ。」

「ヒロ…」

「それに、」



 そう言ってパソコンを開いて画面をゼロへと見せれば、ゼロがかすかに目を見開いた。
 僕たちは任務ごとに使うメールアドレスや電話番号を変えていて、同じ任務に就くときはそれらを共有している。



「さっき毛利探偵からメールが来た。」

「…テニスのコーチ?」

「ああ。この毛利探偵の娘の友達って、あのベルツリー急行の運営主…鈴木次郎吉の姪だろう? 貨物車に何らかの細工を施していて、シェリーと宮野さんを逃がすことに手を貸していた可能性も0じゃない。」



 とりあえず、いい機会だと思わないか?
 考え込むゼロにそう言えば、ゼロがやっと笑顔を見せた。



「ああ…ありがとな。ヒロ。」



 Scotch.


 (…諸伏君)

 (その声に、言葉に息が止まった。)
 (だけど彼女はそんな僕など気にも留めず、言ったのだ。)
 (僕の正体を突き止めた奴が組織にいるから、対処するようにと。)

 (僕には分からなかった。何故彼女が自分のためにそんな危険を冒すのか。)
 (なあ宮野さん。どうして…。)


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