隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 赤井秀一


「(暑い…)」



 あまりの暑さに目を覚まし、身体をねじってベッドの傍にあるクーラーのリモコンへと手を伸ばす。
 そんな中で自分の胸元に抱きついた状態で眠っている黒凪に気づき、次はゆっくりと彼女を揺らさないように動いてリモコンを手に取り、温度を確認した。



「(それほど高い設定ではないが…)」



 ピ、と温度を下げてリモコンを元の位置に戻して息を吐く。
 それにしても暑い…。…いや、暑いのは俺じゃなく、こいつか?
 ぎりぎりと両腕で俺の胸元を締め付けるかのごとくしがみついて眠っている黒凪へと再び目を落とす。



「…。」



 寝グセで少しうねった赤みがかった茶髪に指を通す。
 途中で引っかかった髪は引っ張らないように指を抜いて、暇な時間をつぶすように毛先からほどいていく。
 自分の黒く強くうねった髪とは違い、やわらかく細いその茶髪が俺は昔から好きだった。
 この茶髪は黒凪の白い肌によく合っている…。



『ん…』

「(お?)」



 パシ、と黒凪の手が俺の手首をつかみ取った。
 そして手首から伝わったその熱に微かに目を見開いて腕を持ち上げれば、黒凪の腕も少しだけ持ち上がる。
 よく見ればこいつ、汗かいてる…。



『う、ちょ…』



 彼女に掴まれた手首をそのままに自分の服を片手でつかんで黒凪の額をぬぐえば、黒凪はうっとうしそうに顔をしかめた。



「くく、起きたか?」

『んー…ちょっとだけね…』

「暑いか? クーラーの温度は下げておいたが。」

『ほんと…? ありがとお…』



 舌足らずに言う黒凪に自然と頬が緩んだ。
 ああ、この時間がずっと続けばいいのに。なんて柄にもないことを考える。
 それぐらいには俺は彼女にぞっこんだった。



『嫌な夢を見たわ…』

「ほう、どんな?」

『あの貨物車が列車から切り離された時のレイ君と諸伏君の顔がねえ…ずう――…っとリピートされるのよ…』



 朝から他の男の話とはこいつ、やってくれる。
 若干朝からイラッとしたものの、ここは大人として何も言わず「それで?」と彼女の話の続きを促す。



『それからねえ…志保の言葉もねえ…ずっとリピート…』

「志保の言葉?」

『私を守るのは誰なのっていう、あれ…』



 ああ、あれか…。
 あれは確かに俺自身にも刺さる部分があった。
 それはきっと、全く同じ言葉をこいつが…黒凪が俺に言ったことがあったから。



「…覚えてるか? 同じようなことをお前が俺に言ったことを…」

『うん…』



 組織で特に仲間とはつるまずほとんど1人で任務をこなしていた時のことだ。
 FBIであることを悟られないために取っていた行動とは言え、やはり無茶はしていたようで生傷が絶えなかったあの頃…。
 黒凪は一度傷だらけの俺の身体を見て言ったのだ。



《貴方はもっと他人を頼った方が良いわ…》

《そういうのはもう沢山なんだ…。過去にコードネームも与えられていないような下っ端を連れて任務に向かったが、結局死なせてしまったものでな。》

《だから、あなたぐらい強い誰かを見つけるのよ。組織の幹部に1人ぐらいはいるでしょう?》

《…ふむ…。》



 見つかるといいわね…。貴方に守られて、貴方を守ってくれる誰かが。
 そうしたらフェアでしょう?
 なんて、そんな風に黒凪は言っていた。



「(それでつるむようになったのがバーボンとスコッチだったわけだが…。)」



 結局あいつら2人も組織に侵入していた工作員なのだから、波長は合いやすかったんだろうな。
 なんて考えながら口寂しさに視線だけを動かして煙草を探す。



『…煙草?』

「ああ。」

『キッチンにあったわよ、私昨日見た…』



 キッチンか…起き上がって探すほどではないな。
 と息を吐いて黒凪へと再び目を向ける。
 それにしてもこいつ、今日は汗をよくかいてるな…。
 と、手を額に乗せて。



「…お前熱あるぞ」

『え? …うわあ、ホントだ熱いわね…』



 自分でも額を触ってその尋常じゃない熱さに気づいたらしい黒凪が起き上がろうとして、顔をしかめた。



『…あ、これダメだわ秀一。頭を動かしたら眩暈がすると思う…。』

「…志保を呼ぶか。」

『そうね…』



 そして黒凪の腕をはがせば、なんと涼しいことか。
 目が覚めた時に感じた熱は黒凪の身体から伝わっていたものだったのかと呆れつつ沖矢昴の変装を施し隣の家のインターホンを鳴らす。



「…どうしたんじゃ昴君、こんな朝から…」



 アガサさんと一緒に玄関先に出てきてくれた志保にほっとして身体を屈める。



「実は黒凪が熱を出しているようで…少し診ていただけませんか?」

「え、お姉ちゃんが…?」

「うむ…じゃが哀君は学校が…」

「休むわ!」

「ええ⁉」



 そうしてそのままの格好で玄関を出て工藤宅へと走っていく志保の後ろ姿に眉を下げてアガサさんに目を向ければ、アガサさんも同じような顔をしていた。



「ハハハ…それじゃあ学校にはワシの方から連絡を入れておくよ…。」

「朝からお騒がせしてすみません、アガサさん。」

「いやいや、良いんじゃ。元々黒凪さんは幼児化したり組織の人間と対決したりと忙しくしていたから、疲れが出たんじゃろう。」



 そうしてアガサさんに会釈をして工藤宅に戻れば、志保が俺を見てキッとその目つきを鋭くさせた。



「昴さん、この家風邪薬さえもないってどういうことよ!」

「え、あ…いや。黒凪も私もあまり風邪はひかないもので…」

「この前幼児化した時も風邪ひいてたでしょ! まさかお姉ちゃんに薬の1つもあげてなかったんじゃないでしょうね…。」



 じと、と黒凪によく似た顔で睨まれ、どこか強く反論できない自分に「ハハハ…」と苦笑いをこぼせば、ため息を吐いた志保が携帯を開いた。



「…江戸川君今どこ?」

≪え? 学校に向かってっけど…≫

「今日の放課後、薬局で風邪薬買ってお姉ちゃんのところに来てくれる?」

≪え、風邪薬?≫



 頼むわよ。と問答無用でぶちっと通話を切って黒凪の元へと歩いていく志保。
 途端に俺の携帯にボウヤから連絡が。



≪あ、昴さん。遥さん大丈夫?≫



 一応外にいる上、志保が俺の傍にいるといけないと思っての昴呼びだろう。
 それに倣って俺も沖矢昴として返答を返した。



「彼女、風邪を引いたようでね。哀ちゃんに看病をお願いしたんだ。」

≪なるほどね…。じゃあ放課後に風邪薬持ってそっちに向かうね!≫

「ありがとう。」



 そうして通話を切り、黒凪が眠る寝室へと向かおうとしたところで志保が料理本を持ってこちらにやってきた。



「昴さん、貴方料理出来たわよね?」

「え、まあ…ある程度は…」

「このおかゆ作って。あとこのスープも。」



 そして開けられた料理本を渡して寝室へと向かっていった志保の後ろ姿に肩をすくめ、彼女の言うとおりにするためにとキッチンへと向かった。































「えー! もう帰っちまうのかよコナン!」

「おう。なんか遥さんが風邪みてーだから。じゃーな!」

「あっ! じゃあ歩美たちも…って、もういないし!」

「じゃあ後でお見舞いに…。」



 と人差し指を立てて言った光彦の声にずざざ、と足を止めて教室へ戻る。



「ちなみにお見舞いはなしな! 遥さんの具合が余計に悪くなったらいけねーから!」

「ええー!」

「じゃ、おとなしく家に帰れよおめーら!」



 これだけくぎを刺しておけばあいつらもこねーだろ…。
 と、恐らく素顔で看病を受けている黒凪さんを想像しつつ薬局へと走る。
 そして灰原から送られてきた買ってきてほしい薬のリストを開きつつ薬局を右往左往し、購入した薬を持って俺の家へと向かって中へ入った。
 途端にキッチンから香ってきた良い香りにそちらへと向かう。



「あれ、昴さん。料理中?」

「ああ、コナン君。いらっしゃい。」



 昴さんの横にはこんもりと盛られたネギと、すりつぶされたショウガが見えた。
 なるほど、風邪に効くような料理を作ってるのか…。赤井さんホントなんでもできるな…。



「灰原ー。薬買ってきたぞー。」

「あ、ありがと。そこに置いておいてくれる?」



 そうして黒凪さんがいるであろう寝室へと向かえば、眠っている黒凪さんの傍に座っていた灰原がこちらに目を向けた。



「黒凪さん大丈夫か?」



 そう声をかければ、額に乗せたタオルを冷水につけながら灰原が不安げに言う。



「ええ…。こんな風に寝込むお姉ちゃんは初めてみるけど…。」



 いつもなら取り乱さないのに、やっぱり黒凪さんのこととなると露骨に取り乱す灰原に小さく笑みがこぼれた。
 初めて会った時は組織から来た冷たい女だと思ったけど…今となってはその印象も随分と変わった。



「大丈夫だって。おめーが看病すればすぐよくなるよ。」

「な、何よ…」

『ぅ…』



 照れたように顔をしかめた灰原が黒凪さんのうめき声を聞くとばばっとすごい勢いで黒凪さんへと目を向ける。
 ホント、よく似た姉妹だぜ…。



「よく似た姉妹ですね。本当に。」

「わっ、…あ、昴さん…」



 作った料理をおぼんに乗せてやってきた昴さんに目を向ければ、昴さんはこちらに目を向けて小さく微笑み、おぼんを机に置いて黒凪さんの元へ。



「黒凪、大丈夫かい?」

『ぁ…しゅ、じゃなくて昴…』



 今思い切り本名の方を呼びかけたけど、それに即座に気づいて修正できる程度には体調も回復しているらしい黒凪さん。
 ちらりと灰原を見れば灰原は昴さんの料理を吟味するように睨んでいた。



「…うん、大丈夫そうね。お姉ちゃん食欲ある?」

『…あるよ…』

「じゃあこれ食べて。昴さんが作ってくれたから。」

『え…ほんと昴…ありがと…』



 ふにゃあ、と微笑んだ黒凪さんになぜか風邪を引いたときの蘭を思い出した。
 確か赤井さん、蘭と黒凪さんが似てるっていつか言ってたなあ…。
 …その言葉の意味が少しだけわかったような気がした。

 
 守って、守られて


 (前はああ言ってたけど、おめーちゃんとお姉さんを守れてるじゃねーか。)
 (え?)
 (こうして看病できるだけでも黒凪さんにとっては十分だと思うぜ?)
 (…そう、かしら。)

 (そんな風に会話を交わすボウヤと志保を見て、改めて思った。)
 (この子たちを守ろうと。黒凪と共に…。)
 (何があったとしても。)

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