隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with ジェイムズ・ブラック


 右手に抱えたケーキを抱えたままタクシーを出て、生活路を歩く。
 そして見えた豪邸を見上げ、インターホンを鳴らせばガチャ、と門のカギが外された音が響く。
 その音に自分で門を開き、同じような工程を経て豪邸の中へと足を踏み入れれば…久々に見る顔に迎えられ、眉を下げる。



「やあ、赤井君。それに宮野君。」

『ジェイムズさん、遠路はるばるありがとうございました。どうぞ中へ。』



 水無怜奈ことキールに殺されたと見せかけることに成功したあの日から、どれぐらい経っただろうか。
 少なくともジョディ君やキャメル捜査官は徐々にその現実を受け止め始めているように思える。
 それでも組織の人間が仕掛けた罠に翻弄され、まだまだ赤井君の死を消化しきれていないようだが…。



『ジェイムズさんは珈琲がお好きだったかしら?』

「ああ。珈琲で大丈夫だよ。ありがとう。」

「…どうぞこちらへ。」



 キッチンへと向かった宮野君を見送って私をソファへとエスコートしてくれた赤井君は私の目の前に座り、ちらりと私が持つケーキの箱へと目を向けた。



「それは?」

「ああ、道すがら良さそうな店を見つけてね。宮野君は甘いものは好きかな?」

「ええ。彼女も喜びます。」



 そう言って微笑んだ赤井君に眉を下げる。
 あの日…キールの元へと向かおうとした赤井君からこの計画を聞いたときは耳を疑ったものだ。
 ジンという幹部の監視が光る中で死体偽装計画がうまくいくのかという不安もあった。
 何せジンは我々FBIの作戦を2度も看破した頭の切れる男だったから。



「ジョディたちはどうです?」

「君の訃報、それから宮野君のFBI離脱を知ってからは随分と落ち込んでいたが…今は少しずつ立ち直り始めているよ。」

『珈琲、こちらに置きますね。』



 そうして出された珈琲を口に運べば、香ばしい香りが口いっぱいに広がった。
 よくFBIの職場で赤井君が飲んでいた珈琲と同じ香りがする。
 この家で出している珈琲は彼の気に入ったものばかりなのだろう。



『お口に合いました? 秀一が好きな珈琲はどれも苦くて、私は苦手なんですが…』

「うん、香ばしい…良い珈琲だ。流石、趣味が良い。」

「どうも。」



 そんな我々の会話に肩をすくめてミルクやら砂糖やらを混ぜる宮野君に赤井君へと目を向ければ、赤井君はそんな宮野君をいとおしそうに眺めている。
 赤井君の滅多に見られないその表情に「これをFBIの女性捜査官たちが見たらどうなることやら…」と考えつつも、話を本題に戻すことにした。



「…そういえば、例の火傷の男だが…」

「ああ、その件は方が付きましたよ。組織の幹部であるバーボンとスコッチの仕業でした。」

「バーボン、それからスコッチか…。」



 定期的に赤井君からの報告を受けてはいたが、その名前は初耳だった。
 以前爆発事件を起こしたベルツリー急行の件にも関わっていたそうだし、色々と我々の知らないところで事件が起こっていたのだろう…。



「まあ、2人ともあのベルツリー急行の事件以来消息不明ですがね…。ただ、黒凪…それからシェリーは件の爆発で死亡したことになっています。生存がばれない内は組織の人間も手を出してはこないでしょう。」

「それなら良いがね…。」



 そう言って珈琲を仰げば、赤井君が何も言わずに写真を1枚私に差し出した。



「バーボンの顔写真です。一応シェアしておきます。」

「おお、ありがとう。」

「スコッチは今回表立って行動していなかったもので写真はありませんが…」

「人種は?」



 アジア人です。バーボンなら日本で見つけることは簡単でしょうが…。
 そう言葉を濁した赤井君に「なるほど」と答えてまた珈琲を仰ぐ。
 それにしても美味い珈琲だ。



『…キールからその後連絡は?』

「特には。もしかすると今は日本を離れているかもしれんよ。」

『そうですか…。無事ならいいですが。』

「きっと無事さ…彼女は優秀だからね。」



 バーボンの写真を赤井君に返して上着の形を正し、改めて宮野君と赤井君へと目を向ける。



「さて、それじゃあ私は日もくれたことだしそろそろお暇しよう…。あまり長居するとジョディ君たちに怪しまれてしまうからね。」

「分かりました。もし何かあれば、すぐに連絡を。」

「ああ、もちろんだ。それじゃあ宮野君、珈琲をどうもありがとう。」

『いえ…気に入られたんでしたら、またいつでもいらっしゃってください。』



 ああ、そうさせてもらうよ。
 そうして帽子をかぶって玄関へ向かえば「あ…そうだ。」と宮野君が呟いてばたばたとどこかへと走っていく。
 そして戻ってきた彼女の手には黒い折り畳み傘が握られていた。



『そろそろ台風の影響で雨が降るそうなので、良ければ傘を。』

「ああ、ありがとう。」



 そうして渡された折り畳み傘を片手に工藤宅を後にし、すぐにタクシーに乗ってFBIの日本支部へと向かった。


























『――ジェイムズさん、お変わりなさそうね。』



 ジェイムズを玄関で見送り、しっかりとしまった扉の鍵をかけて黒凪がそう言った。
 その言葉に「ああ」と頷いて共にリビングへと向かおうとしたところで…。



『「あ。」』



 と、お互いに随分と間抜けな声を発した。
 そして同時に天井を見上げる。…とは言っても、今の状況では天井何て見えないのだが。



『…あ、雨もたくさん降っているみたい。その影響かしら。大丈夫かしらジェイムズさん…。』

「はぁ…、携帯と懐中電灯を取ってくる。」



 急に光が消えたせいか、何も見えない。
 それにジェイムズを見送りに玄関まで来ていただけだったため、黒凪も俺も携帯はリビングにある。
 とりあえず手ごろな懐中電灯を取りにキッチンへと歩き始めれば、俺の手を器用に黒凪が掴んだ。



『あ、あった。秀一の手。』

「…歩きづらい。」

『いいじゃない、キッチンまでの辛抱よ。』



 そうしてキッチンにたどり着いた途端、約束通りに黒凪の手が俺の腕を離れていく。
 ここまで来れば暗闇に目が慣れていて、案外簡単に懐中電灯を見つけることが出来た。
 そして懐中電灯をつければ、目を細めて出してあった包丁を探す黒凪の姿が照らし出される。



「そんなに目を凝らしても見えないものは見えないと思うがな」



 懐中電灯の光に少し顔をゆがめつつも「早かったわね」と笑って包丁をしまう黒凪。
 そんな黒凪にもう一つの懐中電灯を投げ渡せば、難なくそれを掴んで彼女も懐中電灯の電気をつけた。



『携帯を取りに行きましょうか。』

「ああ」



 そうしてリビングにたどり着き、黒凪が携帯を開くと徐に窓へと歩き始める。



『志保から電話がかかってきていたみたい。そりゃあここが停電ならお隣も停電だろうし、きっと心配して…。』



 と、不自然に言葉を止めた黒凪に目を向け、俺もそちらに向かえば、しっかりと電気のともったアガサ宅が見えた。
 すぐにほかの家へと目を向ければ、アガサ宅以外は見事に真っ暗。
 伊達に博士とは呼ばれていないのだろう、自家発電できる何かを持っているらしい。



『…停電にならない様に家を改造しているとか?』

「かもしれないな。」

『わっ』



 途端に黒凪の携帯が着信を知らせる。
 ある程度視界が制限されている状態だと聴力が余計に働くのだろう、柄にもなく2人とも携帯から発せられた着信音に思わず肩を跳ねさせた。



『もしもし、志保?』

≪あ、お姉ちゃん…停電は大丈夫?≫

『大丈夫よ。…それにしてもすごいわね、そっちは電気が灯ってるじゃない。』

≪あ、今こっち見てるの?≫



 少し動いた博士の家のカーテンに黒凪の右手が俺の左肩に乗り、ぐいっと下に押し込まれる。
 油断していた俺はその力に存外あらがうことが出来ず、黒凪の思惑通りにしゃがみ込む。



「おい…。」



 突然のことに思わず多少イラついた声を出せば、黒凪がちらりとこちらを見下ろして人差し指を口元に持って行った。
 それだけでも俺にとっては絵になって、結局怒りはそれほど継続せず…彼女から目を逸らす。



≪昴さんは? 今1人なの?≫

『ううん、一緒よ。今懐中電灯を取りに行ってくれてるの。』

≪そっか。…もしよければこっちにくる?≫

『そうねえ、どうしようかしら…。』



 そう言って黒凪が天井を見上げた時、パッと電気が灯った。
 あ。とまた間抜けな声を出す黒凪に小さく笑えば、黒凪が軽く俺を蹴る。



≪元に戻ったみたいね。≫

『そうね、』



 そして俺は徐に携帯に文字を打ち、画面を黒凪に見せた。



『 “ 珈琲を淹れてくれ ”…ふふ。』

「どうしたの?」

『ううん、昴が珈琲を飲みたいみたいだから、淹れてくるわね。おやすみ、志保。』

≪そう、分かったわ。おやすみなさい。≫



 そうして通話を切った黒凪はカーテンを閉め、俺の前にしゃがみ込んだ。



『日本は台風が多くて嫌になるでしょう。お詫びに珈琲あげるわ。』

「それはどうも。」



 共に立ち上がり、黒凪が宣言通りに早速珈琲の準備をしてくれる。
 それを横目にテレビをつければ、豪雨にさらされる地方の様子が映った。



『凄い雨…。こっちはまだ大丈夫なのにね。』

「あぁ。これじゃあ車も迂闊に動かせないんじゃないか?」



 水位が足首程まで上がっている町も映され、自然と眉を寄せる。
 ちらりと黒凪を見れば彼女も同じような顔をしていた。



『やだわー、あんなの…』

「いよいよジェイムズが心配になってきたな。」



 途端にまた電気が落ちたのか、ブツッとテレビが切れる。
 もちろん部屋の電気も。



『…携帯は、』

「ん。」



 ぽいと俺が投げた携帯を懐中電灯を難なく受け取り、黒凪が立ち上がる。



『ブレーカーを見てくるわ。』

「…いや、俺がやろう。ブレーカーの位置はお前には少し高かったはずだ。」

『そうなの?』



 そうして2人でブレーカーの位置へと向かい、黒凪が見えるようにブレーカーを照らしてやる。
 俺が少し背伸びをしたら届く位置だ、彼女一人では無理だろう。
 それを黒凪も悟ったのだろう、俺が持つ懐中電灯を受け取ってブレーカーを照らすことに徹した。



『あ、ついた…。嫌になるわね、こんなに頻繁に停電が起こると。』

「…今夜はずっとこの調子かもしれないな。」

『そうね。とりあえず懐中電灯と携帯は持つ様にして…』



 また消える電気。
 何も言わず懐中電灯を灯す黒凪、俺もすぐ傍にあるブレーカーを捜査し電気を灯した。



『…いっそもう寝ちゃう? そうすれば電気なんて気にならないし…』

「そうだな。これじゃあ鬱陶しい…」



 ブツッと電気が消える。
 お互いに見えないながらも顔を見合わせ、同時にとため息を吐いて2人で寝室へと向かう。



 停電の日。


 (いたっ、…誰? 床に拳銃置いたの?)
 (ん? あぁ、悪いな。)


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