隙ありっ
□隙ありっ
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密室にいるコナン
「…と、言うわけで…どん、という音で起きたコナン君が遺体の傍にあった花瓶と死体の傍の血を触ってみたところ、すでに血は完全に乾いていたため、この事件はどうやら密室殺人ということで…。」
そんな風におどおどと小五郎さんの顔色を伺いながら説明をする横溝参悟警部。
どうして神奈川県警から静岡県警に移動しているのこの人…っていうか、双子の弟の重悟さんとは以前一角岩で会ったし、この双子ともよく会うわね…。
「んなこと言ったってなあ…、このがきんちょは脳震盪だったんだぜ? こいつの証言がどこまで信用できるか…。しかも、密室殺人が出来るような知能犯ならそんな致命的なミス犯さねーだろ!」
「ええっ⁉ そ、そうですかねっ⁉」
『(ちょっと参悟さん…。しっかりして…。)』
「それはきっと、犯人にとって誤算が2つ起きたから。」
このままではコナン君の証言が無視されると危惧してのことだろう、レイ君が静かにそう発言した。
「1つ。コナン君が毛布にくるまって殺害現場で眠っていたこと。それから2つ目は、僕が扉の鍵を開けてしまったこと…。」
「…そうか! この2つがなければ石栗さんの遺体を窓越しに発見して、警察に破ってもらって入るころには血が乾いていてもおかしくはないし…もし代わりにここの誰かが窓を破って死体を見つけても、血の渇き具合よりも石黒さんの容体が気になってそれどころじゃない…ってところだな? 透!」
「ああ。」
「ぐ、うぬう…」
そうして本事件は改めて密室殺人事件として調査されることとなった。
「警部、この別荘内…それから周辺をかなり探しましたが被害者の部屋の鍵はまだ見つかっておりません。」
「そうか…」
「ただ、妙なことが。」
妙な事? ヒロと俺…そしてコナン君が顔を上げる。
「被害者の下にあったラケットのガットの部分が不自然に盛り上がっていて…まるで何か四角の物体が下に入っていたような。」
「ふむう…なるほど。」
「それから被害者の頭の傷は花瓶と一致しましたが、その中に水が入っていました。」
「ふむう…? なるほど??」
なるほど。口元を吊り上げてヒロを見れば、ヒロも小さく頷いた。
引きずった跡のない遺体の下に入っていたラケット。そのラケットのガット部分には不自然な盛り上がり。
被害者が食べていたのはアイスクリーム…。そしてひとりでに落下した花瓶の中には不自然にも水が入っていた。
「…ん?」
ヒロの声に反射的にそちらに目を向け、ヒロの視線に合わせて下へと視線を下ろす。
そこには腕時計を何やら触って、毛利探偵を見上げるコナン君。
そして彼は、腕時計をまっすぐと、毛利探偵へと――。
『コナン君!』
「わっ⁉」
『時計壊れちゃった? 見てあげよっか?』
「え、あ、うん…?」
なんだ? 俺とヒロの視線を遮った?
こちらに背中を向け、コナン君を覗き込むようにして言った神崎遥。
そしてこちらに向いたコナン君の視線に、彼女が何かを我々から隠したことを悟った。
やっぱりあんた、黒凪なんじゃないのか? 神崎遥…。
「…!」
メール? …ヒロか…?
メッセージの受信を振動で知らせた携帯を開きメールを確認する。
「 “ ゼロ、ベルモットから着信があったみたいだ。さっさと終わらせよう。 ” 」
着信履歴を見れば、確かにベルモットから着信があったらしい。
ため息を吐き、携帯をしまってまっすぐに犯人を睨む。仕方ない…毛利さんにこの場を譲ろうと思ったが、俺が解き明かすことにしようか。
「わかりましたよ…。この密室殺人のトリックが。」
「え⁉」
「なにぃ⁉」
横溝警部と毛利さん。そして他の面々の視線がこちらに集中する。
「いっ、いいんですか毛利さん⁉ 弟子に見せ場を取られますよ⁉」
「うえっ⁉ ま、まあ…今回は安室君に見せ場を譲ってやろうかな⁉ あっはっは。」
ばっちりと犯人だと思われる人物と俺の視線が交わり…相手がすぐに目を逸らした。
その様子に目を細め、口を開く。
「まず、今回の密室トリックですが…犯人は氷を使っています。」
「こ…氷ぃ?」
「ええ。今日の昼食は冷やし中華…犯人はその冷やし中華の準備中に氷をポケットに忍ばせ、被害者の殺人に向かった。犯人は被害者を撲殺後、花瓶の片側にのみ氷を詰め、少しバランスが崩れただけで落ちるようなギリギリの角度で花瓶を棚の上に戻した。」
「な、なるほど…! しかし、扉の前の被害者の遺体は⁉ 遺体の下のガット部分のゆがみから氷を使って滑らせたとしても…床や被害者の服は花瓶の様に濡れてはいなかったし…」
被害者が食べていた昼食のアイスクリーム…それは冷蔵庫の中ではなく被害者の部屋にありました。
被害者とコナン君が部屋に上ってから、2人とも僕らが冷やし中華を準備していた1階にはやってきませんでしたから。
アイスクリームを常温の部屋で冷やし続けるには、保冷剤か…ドライアイスが必要となる。
「!! なるほど、ドライアイス…!」
「ええ。ドライアイスをラケットの下に引いて遺体を動かせば、床や服は濡れることもない。大方ラケットに紐を結び付け、扉の下から引っ張った…。そうすれば遺体を扉の傍まで難なく持ってくることが出来る上、紐はそのまま扉の下から回収可能です。」
「じゃ、じゃあ…鍵は⁉ 鍵はどこにあるのよ!」
そんな梅島さんの言葉に「それはきっと…」と桃園さんへと目を向けた。
「桃園さんが冷凍庫で凍らせているスポーツドリンクの中では? 警察がまだ調べていない隠し場所といえば、そこぐらいでしょうし。」
「で、でも…仮に鍵を入れて凍らせたとしたら重力でどこかの面に鍵が映りませんか? スポーツドリンクは白濁してるけど、それでもちょっと無理があるんじゃあ…」
「それはきっと、過冷却水を使ったんでしょう。」
「かれいきゃくすい…?」
氷が凍るはずの凝固点…0度以下になっても氷にならずに液体のままでいる水のことで、衝撃を与えると急速に凍り始める。
恐らく犯人は鍵を入れてから片方の面に衝撃を与え…半分ほど凍ったあたりでペットボトルをひっくり返し、鍵を中央あたりに移動させてスポーツドリンクを凍らせた。
「蘭さんの言う通り、スポーツドリンクは白濁していますからね…ペットボトルの中央に入れば異物は外からはそうそう見えない。」
「…っ、」
「後はそのカギを見つけて指紋を照合すれば一発です。…まあ、僕はそのスポーツドリンクの持ち主である桃園さんをすでに犯人と見ていますが?」
先ほどからずっと目を泳がせていた桃園 琴音さんの動きが止まる。
もう逃げられないと諦めたか…。
「…そこまでばれたらもう、言い訳できないわね…。」
「こ、琴音…⁉」
「ペットボトルの中にある鍵には、焦って石栗君の上に落としたときについた血がべったりついちゃってるし…私の指紋だって残ってる…。」
横溝警部が部下たちに指示を出し、警察官がすぐさま冷凍庫へと走った。
それを横目に桃園さんがその場に崩れ落ちる。
「瓜生君の敵を取ってやろうと、色々と考えて決行した殺人だったけど…、やっぱりぶっつけ本番でそうそう上手くはいかないわよね…。」
「琴音…どうして…。」
「私、瓜生君のことが好きだったの…どんな理由であれ、彼が死んでしまう要因を作った石栗君を許せなかった。…ただ、それだけ…。」
「…詳しい話は、署で聞きますよ。桃園さん。」
ぶっつけ本番、か。…目を伏せる。
組織に入って…初めて人を手にかけた時のことを思い出す。
ずっと公安で予行練習はしていた。覚悟だって決めていた。だけど。
それでも…人を実際に殺めるとなると全く練習通りには行かなくて。
…だからだろうか。
《…あぁ、彼と会うのは初めてかな。黒凪ちゃん。》
《…!》
《最近幹部に昇格したバーボンだ。今回は彼のサポートをとあの方から言伝られている。》
ピスコに、俺がバーボンだと初めて紹介された時の彼女の顔が忘れられない。
あの悲しみを必死に押し殺したような顔…。
そして、失望したような、あの目…。
《――私、もうこれ以上…貴方たち2人を危険に晒したくはないの。》
…”もうこれ以上”、か。
「――透。」
「!」
しまった、またぼうっとしていたか…。
「俺たちはもう帰っていいようだぜ? 毛利さんたちももう帰るって。」
「あ、じゃあ…毛利さん。また…」
「おう…足はあるのか?」
「はい。車で来ましたから。」
そうして毛利さんたちと別れて車に乗り、すぐにベルモットに電話を掛けた。
いつの間にか外はもうこんなに暗くなっていたのか…。
≪――バーボン?≫
「ああ。どうした?」
≪別に? ただ…いつまで毛利探偵の周りを嗅ぎまわるつもりかと思ってね。シェリーも宮野黒凪ももう死んでいる…。これ以上何を探るつもり?≫
「…個人的にあの探偵に興味がわいただけですよ。毛利小五郎という、探偵に。」
そうごまかしておいて通話を切る。
それを見計らってヒロが車を発進させた。
「…大丈夫か? ゼロ。」
「…あぁ。悪いな…今日はぼうっとすることが多くて。」
「いや。俺も正直気が気じゃなかったよ。…神崎遥が何食わぬ顔をしてやってきたのを見てから…。」
そして今はただ願うことしかできない。
どうか…神崎遥が宮野黒凪でありますように。…ただそれだけ。
そんな風に言ったヒロに小さく頷いて…右手を目元に乗せて背もたれにもたれかかる。
「(せっかくここまで来たんだ…だから…)」
ぐっと拳を握る。
…だから、もうこれ以上、なんて言ってほしくなかった。
横溝参悟
(ええ? 警視庁の宮野警部補?)
(ああ。兄貴会ったことねーか?)
(いや〜…覚えはないなあ…。なんだ? 好みだったのか?)
(そんなんじゃねーよ。…ただなあ…)
(ただ?)
(俺ぁあれほど警察に向いてない奴を見たことねえ。)
(へっ?)
(ただそれだけだ…。)
(…? えっ? 結局なんの電話?)
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