隙ありっ

□隙ありっ
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  怪盗キッドと赤面の人魚


『…え? 赤面の人魚 (ブラッシュマーメイド) ?』

≪ああ。あんたも乗ってただろ? ベルツリー急行。そこで展示されてた宝石がその赤面の人魚なんだよ。≫

『それを鈴木大博物館で展示するの? あんな事件があったのにこの短期間で?』

≪どーせ、あんたとその妹を追ってた奴らの爆発事件で展示が中止になったからやけになったんだろ。警察にも止められてるだろうによー。≫



 ってことで。だ。
 そう人差し指を立てて言っているであろう黒羽君を想像しながら「うん」と返しつつコップの水を喉に流し込む。



≪あの時は手伝ったし…今回手を貸してくれよ。センセ。≫

『っ、ごほっ、まって、手伝う?』

≪おう。出来るだろ?≫

『貴方ねえ…私は泥棒なんてしたことないのよ? ぶっつけ本番で出来ないわよそんなの。』



 ふふん、分かってねーなあ先生は。
 そう舌をチッチと鳴らしながら言った黒羽君へ意識を集中しつつもこぼれてしまった水を拭き上げ、テレビをつける。
 怪盗キッドが現れるとなればニュースぐらいにはなっているだろう、と思ってのことだ。



≪そんな難しいことはしねーから大丈夫だって。今回はとにかく赤面の人魚が本物かどうか調べたいだけだからさ。≫

『本物かどうか…調べたい?』



 やはりニュースでやっていた。何々…キッドは展示初日に赤面の人魚を奪うと声明を出しており――その展示が始まるまで約12時間。
 …って、明日じゃないのよ…。



≪ベルツリー急行に乗ってた時に宝石を軽く視察したんだよ。そしたらまー、合成だか本物だか分かんねーダイヤモンドが赤面の人魚と合わせてびっしり。≫

『へえ…。というか、急にも程があるわ。決行日の前日に連絡してくるなんて。』

≪え? だって先生学校で言ってたじゃん、明日は暇だって。≫

『何か予定があってもそう言うわよ。』

≪じゃあ忙しーの?≫

『忙しくないけれど…。』



 ならいいじゃん、とまるで友達と話すように軽く言った黒羽君にため息を吐く。
 けれど、確かにベルツリー急行では無茶をさせてしまったし…断るわけにはいかない、か。



『分かった…。手伝うようにするわ。で、何をすればいいの?』

≪まあ今回は施行ってことで。そんな難しいことはさせねーけど…。先生銃撃てるよな? 上手い?≫

『(なんでそんなこと…。ああ、レイ君と諸伏君に対抗して拳銃持ってたからか…。) …まあ、ある程度はできるけど…。』

≪その言い方は結構できるな。よし。≫



 何が ”よし” なんだか…。



≪先生の出番は宝石が偽物だった時だけ。まあ十中八九偽物だろうけど…。≫



 そうして黒羽君が話した作戦はこうだ。
 宝石が展示される水槽…ちなみに今回の宝石はカメの背中にくっついているらしい。のプレートに強力な磁石を仕込んでおく。
 そしてライトに鉄を混ぜた餌を設置し、皆の意識を逸らすための仕掛けでレッドカーペットを巻き上げ、皆が転んだタイミングで餌を投下。
 鉄を含んだ餌は板へと吸い寄せられ、同時にカメもそちらへと向かい…もしもダイヤモンドが偽物で、鉄の成分が混ざっていればカメも板にくっつくこととなる。もちろん万が一にもカメを逃がさない様に接着剤もつけておくらしい。
 そして偽物だと確定したら、ここで私の出番。



≪先生には皆の目を盗んで水槽と鈴木次郎吉さんの足元に、俺のトランプ銃を使ってメッセージ付きトランプを飛ばしてもらう。≫



 そのトランプには鈴木次郎吉さんがカメを秘密裏に回収したくなるような文言をうまーく書いておくから、後はあのおっさん本人に宝石を回収してもらって、終わり。



≪簡単だろ?≫

『簡単…かしらねえ…』

≪じゃ、明日はよろしく! 上手く理由つけて会場まで来てくれよな!≫

『あ、ちょ……もう…。』



 通話が切れた携帯を睨んで息を吐き、そのまま蘭ちゃんの電話番号を表示させる。
 そして電話をかけると、思いの他すぐに蘭ちゃんは電話に出てくれた。



≪もしもし、遥さん?≫

『あっ、蘭ちゃんごめんねー! 実は今しがたキッドが鈴木大博物館に来るって言うのをニュースで見て…。』

≪あ、そうなんですよ! 明日は園子と、それから世良さんと行くことになってて…≫

『実はね私…鈴木次郎吉さんと中森警部の大ファンなの!』



 え? とあっけにとられたような蘭ちゃんの声が聞こえてくる。
 でもこのまま押し切る…!



『そこでね、良ければ私も連れて行ってくれない…⁉』

≪な、なるほど…。多分大丈夫だと思います。私の方からも園子と世良さんに言っておきますね。≫

『ありがとー! じゃあ明日、現地集合でねっ』



 そうして電話を切り、はああー…と長い溜息を吐く。
 明日は秀一とゆっくりするつもりだったのに…。



「…今帰った。」

『あ…秀一おかえりなさい。』

「? なんだ、やつれてるな。」

『分かるー…? あのね、実はね…』



 帰ってきたばかりの秀一が沖矢昴の変装を取る間、その後をついて回って今しがた起こったことをつらつらと報告する私。
 秀一は疲れているのか「うん」と「ほう」しか言っていなかったけど、お構いなし。
 最終的に秀一はそんな私がどれだけ明日に行きたくないのかを悟ったらしく、何も言わず頭を撫でてくれた。



「…まあ、頑張れ。」

『うんー…。』































「――あ、遥さん!」

『蘭ちゃーん!』



 手をぶんぶんと振りながらこちらに駆け寄ってくる遥さん。
 やっぱり遠目に見ても美人で、さらに一見地味に見えるようなシンプルな服装がその美貌を際立てていた。



『あ、園子ちゃんこの前のテニス以来ねっ!』

「あ、はいっ。結局あの日も事件が起こって全然予定通りにいきませんでしたけど…。」

『アハハ…』



 その場には私もいたから、一緒に苦笑いをしていると「何の話だ?」と小首をかしげた世良さん。
 あ、そっか。世良さんはいなかったもんね…。
 と説明しようと口を開いたとき、遥さんが世良さんににっこりと笑顔を向けた。



『真純ちゃんも、こんにちは。』

「あ…こ、こんちは…」

『うふふ、その八重歯かわいーわねー! この前に会った時から言おうと思ってたのっ』



 どこか照れた様子の世良さんに今度は私が小首をかしげる。
 そういえば、前に新一の家に行った後もずっと遥さんのことを質問してきていたような…。
 といっても私もほとんど遥さんのことは知らないし、特に役に立つようなことは伝えられなかったけど。



「…八重歯…。」

「え? どうかした? コナン君。」



 コナン君の呟きに振り返ってそう問えば、コナン君は「あ、いや…」とこれまた歯切れ悪く答えた。



『あら、コナン君もかわいいと思ってたの? 真純ちゃんの八重歯。』

「…え⁉ そうなのかっ、コナン君ー!」



 途端に顔をぱあっと明るくさせてコナン君に問いかける世良さんに「い、いや…」と私に見せたような困った顔をするコナン君。
 でもコナン君は暫く世良さんをじっと見つめて、ゆっくりと口を開いた。



「世良の姉ちゃんってもしかして…僕とどこかで会った事ある?」

「え? …なーに言ってるんだよ、最近よく会ってるじゃないかぁ!」

「えっ、いやそういう意味じゃなくて…」

「――あ、入口開いたみたいだぞ! いこーぜコナン君!」



 そうしてコナン君の手を引いて走り出した世良さん。
 ざざあ、と波の音が耳の奥で聞こえたような気がした。
 そしてコナン君のさっきの言葉…”どこかで会ったこと”。
 その言葉が何度も頭の中で繰り返されて。



「蘭? 行かないの?」

『蘭ちゃん?』

「…さざ波…」

「え?」



 世良さんが走り去る後ろ姿を見るたびに…いつも耳の奥で聞こえるの。
 さざ波の音が…まるで魔法にかかったみたいに…。
 これはずうっと世良さんと会ってから感じていたことだった。
 けど、なんとなく園子に伝える気になれなくて…というか、伝える必要がないような気がしていて言わなかった。
 だってこの記憶っていうか、感じは…いつか子供のころ…園子とじゃなくて、きっと新一といた時の…いつかの記憶で…。



『…昔の記憶かなあ?』

「え…」

『私もたまにあるよ? 昔見たことがある光景に似た何かを見ると…こう、フラッシュバックするんだよね。』



 気持ちが優しくなるような…あったかくなるような記憶だといいね。
 そう言った遥さんはどこか悲しそうで…。寂しそうで。
 何か言わなければならないと、口を開きかけた時。



「…おおっ、史郎んトコの娘っ子! 前のベルツリー急行の時はすまんかったのー!」

「次郎吉叔父様!」

『あ、鈴木次郎吉さん!!』

「ん? おお、お主は麒麟の時の!」



 あ…そういえばコナン君、前のキッドのとの対決の時に保護者として遥さんを連れて行ったって言ってたなあ…。
 そういえば…普段は結構人に対して警戒しているところがあるのに、どうして昴さんと遥さんは出会ってすぐから新一の家に住まわせてあげたりしているんだろう…。
 昔からの知り合いだったとか、そんな感じなのかな…?





























「…というわけで、これが今回キッドが狙うお宝…赤面の人魚じゃ。」



 そう言って水槽を見せた鈴木次郎吉さんを横目に、水槽の中を泳ぐ宝石を甲羅につけ…腹の部分にもいくつかダイヤモンドを持つカメを視線で追う。



「水槽は硬質ガラス。奥はコンクリートの壁…天井と両枠は特殊合金の金網。その上宝石は水槽の中を縦横無尽に泳ぎ回る。これなら怪盗キッドでも奪えまい。」

「ってか、宝石を甲羅に貼っつけるなんて悪趣味だなー…。動物愛護団体に訴えられないか?」



 呆れてそう言った世良に俺も同感。
 ってか、なんでカメ…。



「実はこのカメ、曰くつきでのう…。ほれ、前にニュースでやっとったのを見とらんか? 海難事故で亡くなったイタリアの大女優…。このカメは、その女優が買っておったポセイドンじゃと言われとるんじゃよ。」

「ポセイドン?」

「そうじゃ。赤面の人魚の元々の所有者は彼女じゃしのう。船が沈む前にこのカメだけは助け、誰かに引き取ってもらうために必死に接着剤で宝石をはっつけたということじゃ。」

「へえ…でもそれ、ちゃんと鑑定してもらったの? 叔父様。」



 ああ。じゃが鑑定士が鑑定中にこのカメに指を噛まれてしまってな…。
 本当は脱皮した際に取れた宝石を鑑定してもらってからの展示にしようと思ってたんじゃが、待ちきれんくての。



「(ま、宝石がカメに張り付いてる間にどーしてもキッドと勝負したかったんだろうな…。)」


「――そろそろキッドの予告時間だ! 関係者以外は退出しろー!」

「…誰だ、あの人?」

『怪盗キッドの捜査を主に担当している中森警部! 私、大ファンなのー!』



 え、あ…そっか黒凪さん、麒麟の角の時に中森警部に関してもファンっていう設定でいってたなあ…。



『中森警部ー!』

「ん⁉ おお…神崎先生!」



 ん? え? 神崎 ”先生”?



「青子が世話になっております! いや〜、以前の三者面談の時はどうも…。」

『こちらこそ! まさか大ファンの中森警部が生徒のお父様だなんて…今日もぜひぜひ警部の有志、拝見させてくださいねっ』



 な、なるほど…世間は狭いんだな…。
 てか、黒凪さんが見つけた仕事って教師の仕事だったんだ…。



「では私は仕事に…って、おいボウズ! お前も外に…」

『あ、中森警部! その子は蘭ちゃんと園子ちゃんの同級生の探偵さんなんです! きっとキッドを捕まえるのに一躍買ってくれること間違いなしです!』

「ぅお⁉ そ、そうなんですか…」



 あーあ、また世良の奴初めて会う人に男だと思われてる…。
 そんな風に眉を下げて見つめていると、



「おーい、蘭!」

「あれっ、お父さん⁉」

「いや〜、来る気はなかったんだが、あまりにニュースでこのことばかり報道されるもんだからよ。」



 おっちゃんも結局来たのかよ…。
 中森警部もなんだかんだで増え続ける登場人物にイライラし始めてるし…。



「じゃああと30分でキッドの予告時間だしトイレにでも行ってこようかな。」

「そう? …あ、世良さん! 1階は混んでるから2階の方がいいかもよー?」

「了解!」



 トイレに向かって走っていく世良の後ろ姿を眺める。
 やっぱりどこかで会ったような気がしてならない…。
 でも、どこで?


 
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