隙ありっ
□隙ありっ
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怪盗キッドと赤面の人魚
「(…さて、と。)」
世良と呼ばれていた男の服を拝借し、顔も…うん。ばっちりだな。
そう便座に座った状態で眠っている世良の顔を覗き込んで確認し、世良としてトイレを出る。
「…あ、世良さん戻ってきた!」
「おかえり〜。」
「ただいま!」
そうして名探偵の彼女と、鈴木財閥の令嬢の傍で待機し時間が来るのを待つ。
おっと、今回の協力者はっと…。うん。ちゃんといるな。
「遥さん、もっとこっちに来なよ! そんな遠くで見てないでさ!」
『え? あ、うん…』
うんうん。ちゃんと神崎遥として演技もできてるし緊張はしてねーみたいだな。
時間まであと1分…。手筈通りに頼むぜ、先生…。
「ねえ蘭、今何時?」
「えっとね…。あれ?」
名探偵の彼女が俺たちから少し距離を取る。
しまった、俺が持ってる磁石に反応して携帯が使えなくなっちまったのか。
ま、名探偵は離れたところに立ってるし、気づかれね―ことを願って、っと。
「きゃあっ⁉」
『わっ…』
「うわっ⁉」
スイッチを押し、カーペットが持ち上がる。
足元が不安定になった上、坂の様になったことでカーペットの上に立っていた俺、先生、そして鈴木財閥のご令嬢が少し前に立つ中森のおっさんと毛利探偵へとなだれ込むように水槽へと近づいていく。
しっかりと世良に変装している俺も驚いたような声を出しつつ、水槽へと目を向けて――。
「(…よし、あの宝石は偽物確定。っと。)」
ポケットに入れておいた携帯で先生に空メールを送信した。
先生は俺のメールの受信に気づくとポケットから目にも止まらぬ速度で俺のトランプ銃を取り出し、俺の指示通り…宝石を奪った旨のメッセージを水槽に、そして次郎吉氏の足元にもう1つのメッセージを撃った。
どちらもまさに俺の指示通りの位置へと飛んでいき、内心で舌を巻く。
「(さっすが先生!)」
three, two, …one!
そして俺が用意しておいたカセットテープが動き、カウントダウンと同時にレッドカーペットを持ち上げていた糸が切れ、全員がその場にしりもちをつく。
ちなみに視界の端にいた先生は目にもとまらぬ動きで拳銃を隠し、何食わぬ顔で驚いたような演技に徹していた。…さすがだ。
「――お、おいっ…カメがいないぞ⁉」
「な、なにぃっ⁉ さ、探せ!」
「…ま、待てぃ!」
次郎吉氏の声ににやりと内心で笑みを浮かべる。
先生が撃ったメッセージを見たな? これであんたは…俺の代わりにカメを回収する。
「キッドからのメッセージじゃ! 宝石を奪ったと…。」
「なっ…」
「す、すぐにわしが水槽を確認する、鍵を開けるんじゃあ!」
よしよし、俺の計画通り…。
そうして水槽を覗き込んだ次郎吉氏を見守りつつ、先生の元へ…。
「遥さん、大丈夫だったか?」
『あ…うん、大丈夫だったよ。』
「…センセ、銃俺に貸して。隠しとく。」
『!』
驚いたような顔をした先生にばちっとウインクをする。
しかし先生は拳銃を俺に渡しながらも、俺の全身を見てその表情をひく、とひきつらせた。
『黒羽君貴方それ…』
「…ま、まあ仕方がないのう! 宝石を奪われた以上キッドも此処にはおらんじゃろうし…撤収じゃ撤収!」
「(お、さっさと偽物を隠したくてたまらねーみたいだな、あのおっさん…)」
「いや、キッドがまだ潜んでいる可能性も0ではない…」
ま、ここまでは予想通り。
中森のおっさんもそう簡単に容疑者を返すようなことはしねーわな。
「じゃあ女の子もいるから顔をつねるのはナシにして…何組かに分かれてボディチェックでもしないか?」
「む、だが…」
「ま、一応…最初に水槽に近付いた鈴木次郎吉さんだけは、」
「いだだっ」
確認しといた方がいいだろうけどな〜。
なんて言って次郎吉氏の頬をつねってキッドではないことをここにいる全員にアピールしておく。
これでどうにかこのままごまかして…カメを連れて出てくれよ? おっさん。
「じゃ、じゃあ男女でグループを作ってボディチェックを開始しろ!」
「はっ!」
「…世良さん、こっちおいで〜」
…え? おいおい、今男女で別れてって言ってたのに…。
それともこの世良って男、そんなに警戒されない程の何かがあるのか…?
「いいのか、ボクも同じグループで…。」
「えっ? いいに決まってるじゃない、世良さんだもん!」
「そ、そっか…。じゃあ年功序列で、ボクのボディチェックからでいいよ!」
「年功序列って…あんたいつの間に私たちの誕生日まで把握したのよ…。」
…なんか若干会話がかみ合わないような…。
ちらりと先生を見れば、相変わらずどこかバツの悪そうな顔…。
なんか俺、ミスしたか…?
そうしてボディチェックも難なく突破し、水槽の水を抜いてみたり部屋中を探したり…とカメの大捜索は続くが影も形もない。
当たり前だ。カメは今も次郎吉氏の胸ポケットの中なんだから。
「…ねえキッド様、もう逃げたら?」
一瞬息が止まる。
な、なんで俺がキッドだって…。
「え、逃げるって…なんのこと? 園子…」
声の主…鈴木財閥のご令嬢へと目を向ければ、その視線の先にいたのは俺ではなく名探偵の彼女。
「何って…貴方がキッドでしょ? 私見てたんだから! カーペットがめくれ上がる前に離れてたの!」
「えぇ!? ち、違うよそんな! 園子に時間を聞かれた時に携帯で確認しようと思ったら画面が真っ暗で…電波が悪いのかと思って入口の方に近付いていっただけで。」
「…え、それホント!? 蘭姉ちゃん!」
…やっべ。名探偵に気づかれた。
あ゛、名探偵の奴先生に目くばせしてやがるし。
『…』
ま、でも今回先生はこっち側…。一応知らん顔をしてくれたけどさっさと逃げた方がいいかもな。
「――ええい! もう撤収じゃ! ここまで探して出て来んのじゃ…ここにはもう宝石はありゃせんわ!」
「ぐぬぬ…、だが…!」
「…センセ、俺もう出る…」
『じゃあちゃんとその服、本人に返しておいてあげて…』
へろへろ〜、と変な声が聞こえた。
その声に「え?」と先生と同じタイミングで振り返れば、鈴木財閥のご令嬢が眠っている。
…あー、ダメだ。またいつもみたいに強行突破しねーといけねーな…。
先生も同じことを考えたんだろう、眉を下げて肩をすくめた。
「――誰も気が付かないワケ? 亀は盗まれたんじゃなくて、私達の視界から消されただけだって事に。」
「け、消されただけぇ?」
ほーれ、始まった。名探偵の推理ショー…。
そこから名探偵が暴いたトリックの種は、まあ毎度のごとくパーフェクト。
寸分の違いもつけず俺の計画を暴いて見せた。
その上…
「じゃ、じゃあ問題のカメはどこにいるんだよ⁉」
「1人だけ…先に頬をつねられてキッドじゃないと証明され…ボディチェックを免れた人がいるわよね?」
カメの居場所まで完璧とは。やれやれ恐れ入る…。
「まさかあんた…!」
中森のおっさんの視線が次郎吉氏を射抜き、すぐさまボディチェックが行われる。
そして…。
「いたぞ! カメだ! ってこたあアンタ…キッドだな⁉」
「いでで、ち、違うわいっ!」
「な、マジで違うじゃねーか⁉」
じゃあなんでカメを隠したりしたんだよ!
そう問い詰める中森のおっさんに目を泳がせる次郎吉氏。
「どうせ、キッドのメッセージに書いてあったんでしょう? 磁石に反応するほど不純物が混ざった合成ダイヤを大量に着けた亀が本物の赤面の人魚を背負っている訳がない、ってね。」
「あ? …って事はこの亀は偽物…!?」
「そう。偽物を高額で買い取った事を知られたくなかった叔父様は、誰にもばれない様にカメを回収したって訳よ。」
「だ、だから早く撤収しようと言っておったんじゃ…。…亀が可哀相だったんでのー…。」
ため息を吐いてがっくりとうなだれる中森のおっさん。
そして「それで? キッドは?」と鈴木財閥のご令嬢へと目を向けて問いかけた毛利探偵。
さて、潮時か…。とハンググライダーのスイッチの位置を確認したが…。
「さあ? これまでのトリックはすべて遠隔操作ができるものばかりだったし…もうどこかへ逃げてるんじゃない?」
あ? なんだよ名探偵…今回は俺を逃がすつもりか…?
ちらりと目を向ければ、相手も俺を見て小さく笑みを浮かべた。
ほう、マジで今回は俺を逃がすつもりか…。
「じゃあ全員解散だ! …くそうキッドめ…今度こそは捕まえてやる…!」
「ふあぁ…、あれ? なんでみんな解散してるの?」
「何言ってるのよ園子! 園子がキッドのトリックを暴いたんでしょ? すごかったよ〜、お父さんみたいで!」
「え⁉ そ、そう⁉ なはは…」
そうして現場片付ける警察官たちとは別れ、外のやじ馬たちが帰るのを待つため通路でいったん足を止める。
「じゃあ私、待っている間にお手洗いに行ってこようかな。」
「あ、蘭が行くなら私も…。」
「なら俺も行っておくか…。」
そうして一斉にトイレへと向かった毛利探偵たちを見送り、廊下には名探偵と先生、それから俺だけになった。
「…さて、キッド。そろそろその服本人に返してやれよ…。」
「やっぱ気づいてたか、名探偵。」
「ったりめーだ。」
じと、とこちらを見上げてくる名探偵に肩をすくめて見せれば、名探偵がちらりと先生に目を向ける。
「…ってか、やっぱり遥さんも気づいてたんだ?」
『え? ああ…まあ、キッドは勘違いしたままだったしね。』
「へ? 勘違い?」
やっぱなんか俺間違ってたのか?
そして先生へと目を向ければ、困ったような顔をして俺の服へと目を向けた。
『キッド…貴方この子が蘭ちゃん達より年上の男の子だと思ったんでしょ?』
「…え、違うの?」
『違うわよ。この子は真純ちゃん…列記とした女の子。』
え゛。マジ?
先生から名探偵にも目を向ける。
そしてそんな俺に深ーく頷いた2人を見て顔がひきつった。
「た、確かにパンツがやけにローライズだったような…」
「…このおぉ…!!」
「いっ⁉」
「コソ泥ー!!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
気づけば地面に倒れていて、頭がぐわんっと揺れた。
なんだ? 今飛び蹴りされたのか、俺…⁉
「お、おいボクっ娘! そんな恰好で…」
「きゃーっ! お父さん向こう向いてて!」
「世良さん服! パンツ!」
な、なるほどさっきトイレに行った毛利探偵が気絶させておいた世良に気づいたのか…!
「よくもボクにスタンガンを…!」
「っ…!」
ジークンドーらしき格闘技の構えをとった世良にやばいと感じてすぐさま服を置いて窓から離脱する。
ちらりと背後を見れば、俺を鬼のような顔で睨んでいるが、それを先生がどうにかなだめていた。
「(あっぶねー…、あのなりで女かよ…!)」
だから先生、俺が世良になりすましてると知るや否やあんな微妙な顔してたわけか…!
だったら先に言ってくれよセンセー!
「あいつ…勝手にボクの服まで着やがって…!」
「ア、アハハ…世良さんのことを男の人だと勘違いしたのかな…?」
「あのコソ泥、いつかボクが捕まえてやる…。」
廊下に残された服へと近付いて、一番上にのっていた帽子を手に取った。
そして帽子についた形を見て思わず口元をとがらせる。
「(形もついてるし…)」
そうしてキッドが使っていたことでついた形を必死に直そうと帽子をいじっていると、それを見た蘭君がボクの傍にしゃがみ込む。
「大切な帽子? 世良さん。」
「え? あぁ…死んだ兄がよくこういうのかぶってたから…マネしてて。ベルツリー急行でもつけてたんだよ?」
「…あ! もしかして私が電車の廊下で拾ったあれ?」
「うん、そう…。」
ベルツリー急行では、シュウ兄みたいなやつと出会ってから記憶がないけど…。
蘭君がこの帽子を見つけた場所は、ボクが気を失った7号車じゃなくて8号車。
なんでそんなところに帽子だけが残されてたんだ…?
「…なんかさ、君がこの帽子をボクに返してくれた時…ついてたような気がしたんだ。」
「ついてた? 何が?」
「…兄がよく帽子につけてた、形みたいなの。」
そんなこと、あり得るはずないのにさ…。
世良真純.
(確か、兄は金髪の男をバーボン…ギターを教えてくれた人をスコッチ。)
(そしてあの女の人のことはたしか、)
(たしか…。)
(黒凪、って呼んでたっけ。)
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