隙ありっ

□隙ありっ
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  甘く冷たい宅配便


「先生バイバーイ!」

『はーい、気を付けてね。』



 友達と楽しそうに話しながら帰る子供たちを見送り帰路につく。
 思えば、小学生ぐらいまではあんな風に友達と家に帰ったりもしていたのに…組織に連れていかれたせいで、そんな青春もこの人生では結局経験することが出来なかった。



『(本当、父さんと母さんが組織に目さえつけられなければ…。)』



 なんて、そんなことを考えていても意味はないけれど。
 ため息を吐く。学生たちをよく見る所為か、最近はよく…自分が学生だったころを思い出す…。



「おい、早くしろよ。」

「あ、ああ…でも気持ち悪くてよ。これ動かすの…」

「ったく、しょうがねえな…。」



 会話を交わしながらトラックの荷台に積んでいる荷物をごそごそと移動させる、クール便の配達員たち。
 そんな彼らを横目に通り過ぎようとしたとき…配達員のうちの1人のボールペンがトラックの外に転がり落ちたのが見えた。



「それにしても、悪かったな…巻き込んじまって…。」

「仕方ねえよ…届け先の家が偶然お前の浮気相手の旦那で…お前のせいで離婚することになった! って掴みかかってきたんだろ?」

「こ、殺す気はなかったんだ! 捕まれた手を跳ねのけようとしたら、その反動でぶつけた場所が悪かったのか動かなくなっちまって…」

『(あ。しまった。)』



 と、思ったのも時すでに遅し。
 配達員2人の目が私の目とばっちり合わさった。
 こんな状況で今の会話を聞いていなかった、なんて言い訳が通じるはずはない。
 …逃げないと。



『っ…』

「ま、待て…!」



 ボールペンを放って走り出そうとしたところですぐさま腕を捕まれ、男2人がかりが相手のためあっという間にトラック内に引きづり込まれた。



「いてっ! こいつ、嚙みやがっ…」

「うわあぁあっ!」



 最後に聞こえたのは男の野太い叫び声。
 次の瞬間には目の前が真っ黒になった。



































「…よし…」



 腕の中で必死に押さえつけていた灰原を離せば、灰原は半泣きになって配達員たちによって荷物の陰に隠された黒凪さんの元へと駆け寄った。
 灰原に続いて俺も黒凪さんの元へ近づき容体を確認すれば…黒凪さんは配達員の1人に頭を強く殴られ、気絶しているようだった。



「は、遥さん…!」

「死んじゃったのか⁉」

「そ…そんなあ…」

「いや、大丈夫だよ。気絶してるだけだ…。」



 今は、としか言いようがないが。
 滲んだ血のおかげで今はまだ目立っていないが、ぱっくりと変装用の皮膚に亀裂が入ってしまっている。
 血が乾いたり、病院に見せれば黒凪さんが変装をしていることは一発でばれてしまう。
 このままではまずいのは確かだ…。



「と、とにかく早くこのコンテナから出ないと…!」



 そう言った灰原に頷く。
 俺たち少年探偵団は公園でサッカーをしていたのだが、偶然見かけたポアロに足しげく通う野良猫…大尉を追っているうちにこのコンテナに紛れ込んでしまった。
 当初はすぐにこのコンテナから配達員たちの助けを借りて脱出する予定だったが…先ほど黒凪さんが聞いてしまった話を聞いてしまった上、奴らが隠した死体を見つけてしまった。
 今となっては、彼らに俺たちが紛れ込んでいることがばれると命が危ない状態だった。



「(でもどうする…⁉ さっき話していた通り、大尉に暗号を書いた紙を括りつけてポアロの安室さんに助けを求めることもできるけど…そうなると黒凪さんの正体がバレかねない…。)」

「…っ、どうするの、江戸川君…」



 灰原に目を向ける。きっと灰原も、黒凪さんがこんなことになってしまった以上安室さんを頼るのはリスクがあると考えているのだろう。
 …そう、思っていたのだが。



「…貴方には言ってなかったけど…」

「え…」



 声を潜めて言った灰原に目を見開く。
 あの日…ベルツリー急行でのバーボンとスコッチとの会話を知っているのは、現場にいた怪盗キッドと黒凪さん…そして無線で指示を飛ばしていた灰原だけ。
 俺もある程度は聞いていたが、この場で灰原が言った内容は初耳だった。



「…つまり、バーボン…安室さんは黒凪さんを見つけても、組織に差し出したり…殺したりするつもりはないってことか?」

「確証はないけど…。でも、確かにあの2人はお姉ちゃんを傷つけるつもりなんてないように…むしろ、助けたいように聞こえた…。」



 あの後お姉ちゃんにもあの時の会話のことを聞いたの。でもはぐらかされて…。
 黒凪さんへと目を向ける。



「お姉ちゃんは…私たちの敵には容赦がない人なの。それなのに彼らを守ろうとするっていうことは、そういうことなんじゃないかって…ずっと、考えてて。」

「……。(そうなのか? 黒凪さん…。)」



 バーボンとスコッチは…味方、なのか…?



「…とにかく、脳震盪を起こしているお姉ちゃんをこのまま長時間放っておきたくない。私は…安室さんにかけてもいいと思ってる。江戸川君はどう思う…?」

「…。」



 安室さんは以前、テニスラケットで脳震盪を起こした俺も助けてくれた。
 俺が誘拐された時も…車を犠牲にしてまで救出に来た。
 信じていいのか? 安室さんを…。



「…分かった。かけてみよう。安室さんに…。」

「…。」



 神妙な顔をして頷いた灰原に俺も小さく頷いて、光彦が持っていたタクシーのレシートへと目を向ける。
 このレシートは感熱紙。熱で黒く変色させて文字を書いている…。
 元太が持っていたかゆみ止めに入っているアンモニアはレシートの文字を消すことが出来る。



「文字を消して…corpse、死体…それからこの車のナンバーだけを残せば…きっと安室さんなら気づいてくれる。後はこのレシートをぐしゃぐしゃにして大尉の首輪に挟んでおけば…たとえ奴らに捕まってレシートに気づかれてもこれがメッセージだとは気づかないはずだ…。」

「すごいです…!」



 これで安室さんならすぐに気づくはずだ…。
 もしも仕事で今すぐ助けには来られなくとも、スコッチに連絡を取って確認に行かせることだって可能なはず…。
 そうして大尉を放ち、暫く待つことにした。
































「…安室さん、大尉の牛乳どこでしたっけ?」

「ああ、それならここに用意してますよ。」

「ありがとうございます。…大尉〜、お待たせ。」



 牛乳を持って大尉と呼ばれる、最近ここに通い始めた野良猫の元へと嬉しそうに歩いていく梓さんの後ろ姿を見送り、皿洗いを再開する。



「…あ、安室君。梓さん呼んでくれるかい?」

「え? ああ…はい。」



 皿洗いを急いで終わらせ、手をエプロンで拭きながら外に出れば、梓さんが小さな紙きれを凝視していた。



「梓さん、マスターが呼んでますよ?」

「あ、ほんとですか? じゃあ…。あ、そうだ安室さん。」

「はい?」

「これ、なんだか暗号っぽくないですか? 大尉の首輪に挟まってたんです。」



 差し出された紙…レシートか。の表面に目を落とす。
 不自然に消された文字…Corpse。死体…?
 番号もいくつか消されているな…車のナンバーか?



「…。大尉がこのポアロに来ることを知っている人物ってそう多くありませんよね?」

「え? ええ…。大尉が来るようになったのは最近だから、ポアロの従業員とコナン君ぐらいかしら…。」

「(コナン君、か。) …他に何か気になることはありませんでした? 大尉の様子とか。」

「うーん…。首輪がすごくひんやりしてたぐらいですかね? 今日はそんなに寒くないのに。」



 ひんやりしていた首輪、corpse の文字…。
 下の数字が車のナンバーだとしたら考えられるのは冷凍車だが…そういう特殊な用途で用居られる車のナンバーは8から始まるはず。
 だが記されている番号は8から始まっていない…となると、宅配業者のクール便か…。



「…梓さん、僕今から上がります。」

「えっ、きゅ、急ですね⁉」

「すみません。マスターには体調不良だと伝えておいてください。今日のお給料ももう大丈夫ですので。…頼みます。」

「わ、わかりました…。」




























「(くそ…、まだ安室さんはこの車を見つけられてないのか…⁉ それとも、レシートがうまく届かなかったか…。)」

「さ、寒い…」

「こっちにこいよ歩美、皆で集まってたらまだあったけーし…!」



 子供たちの体力も限界に近付いているのが見て取れる。
 それに黒凪さんも…。



『…ぅ』

「! は、遥さんっ」

「え、遥さん…⁉」



 俺の声に反応して灰原が立ち上がって黒凪さんの元へと駆け寄った。
 灰原の声に黒凪さんが顔をしかめ、その目を開く。



『…ぁ、れ…しほ…』

「遥さんっ…」

『(あれ、なんでコナン君が組織に…? え、まって…今ここ何処…?)』



 本格的にやばいかもしれねー…。
 黒凪さん、俺の顔見て混乱してる…! 記憶障害か? それとも意識障害…。



『…ごめん、志保…お姉ちゃん、ジンのとこ、に』

「しっかりしろ遥さん…!」



 震える腕で体を持ち上げようとする黒凪さんが、床に落ちた自分の血をぼうっと眺めている。
 その尋常じゃない状況に焦ることしかできない俺と灰原を子供たちが遠目に怯えて見つめていた。
 この距離なら黒凪さんの消え入りそうな声なんて聞こえていないから、それはよかったけど…どうする…⁉



「…やっぱりな。」



 コンテナの扉が開かれ、配達員たちの目と俺と灰原の視線が交わった。



「荷物の配置が微妙に変わってるから、猫の他に何か紛れ込んでると思ったんだ。これほど大所帯だとは思ってなかったがな。…この女が起きたのは予想外だったが。以外にも石頭か? あんた。」

『……(頭、いたい…)』

「…ま、頭の傷は効いてるらしいな。」



 配達員の1人が黒凪さんの身体を蹴り飛ばした。
 いとも簡単に倒れ、また立ち上がろうとする黒凪さんについに灰原が泣き出した。
 やばい、やばい…! どうする…⁉
 この寒さで博士の道具は使い物にならねえし、こんな子供の身体じゃ…!



「…あの。」



 車のクラクションが鳴り、肩が跳ねる。
 そして顔を上げれば…そこには車から下りた安室さんが立っていた。



「すみません、この路地狭いので…譲ってもらえませんか? 傷つけたくないので。」

「あっ、安室さんー!」

「助けてください! 遥さんが…遥さんが死んじゃいますっ!」

「(遥さん…⁉)」



 安室さんの顔色が変わり、その視線が蹲っている黒凪さんに向かった。



「テメェ…このガキたちと知り合いか⁉」

「…ええ…まあ。」

「見られちまったら仕方ねえ…ガキを殺されたくなければアンタもコンテナの中に…」



 安室さんが一瞬で構え、拳を下から配達員の男のみぞおちに振り上げた。
 す、すげえ…ちょっと浮いてたぞ、配達員の身体…。



「が、あぁ…⁉」



 もちろんそんな一撃を受けた配達員が立っていられるはずもなく…地面に沈んで蹲る。
 それを見たもう1人は「貴方もやります?」と笑顔で高速シャドーを披露する安室さんに両手を挙げてその場にへたれこんだ。



「す、すげー!」

「安室さんすっごく強いんだねっ!」

「僕、あのパンチ見えなかったです…!」

「ははは、ありがとう。…それより、遥さんは…?」



 黒凪さんの傍から動こうとしない灰原の手を引いて安室さんが入ることが出来るように道を開く。
 ああは言っていても、灰原も不安なようで…安室さんが黒凪さんを抱え上げると俺の服をぎゅっと握りしめた。



「…酷い傷だ…。急いで病院に連れて行くから、君たちはこの事を警察に…。」

「あ、でも俺らの携帯が使えなくて…」

「ああ、なら…」

「近所の人に助けてもらうから、大丈夫だよ。」



 俺がそういえば、安室さんがこちらに目を向けた。
 視線が交わる。…頼む。その人を悪いようにはしないでくれ、バーボン。
 そんな意味を込めて安室さんの目を見返せば、安室さんは小さく笑って黒凪さんを後部座席に乗せ、どこかへと走り出した。


 
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