隙ありっ

□隙ありっ
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 ひそひそと会話を交わすFBI捜査官たち。
 その視線はざくざくと私に突き刺さっている。きっと、秀一のパーカーとFBIのジャケットを着ているから余計に。
 ロクな服も着ていない、FBIが追う組織から逃げ出してきた女…気にならないわけがない。



「…あれがアカイの?」

「らしいぜ。ジョディを振ってでも付き合いたかった超絶美女。」

「やっぱりアカイのルーツが関係するのかね…アジア人か。」

「いや…組織とのコネクションの為だけの関係だろ?」



 秀一が私が着ているパーカーのフードを引っ張り上げ、私の頭にかぶせて頭をぽんと撫でる。
 くだらない噂話だ、聞く必要なんてない。ってところかしら。


 
「…この部屋で俺の上司が待っている。ついさっきここに到着したところで悪いが…話せるか?」

『秀一は?』

「俺は一緒にはいけない。お前を庇う可能性があるからな…。」

『…そう。』



 秀一に見守られる中で扉を開く。
 ジンの元から逃げ出して、秀一と再会して…その同日にFBIの秀一の階級よりも上の人物との面会。
 秀一はFBIは私を悪いようにはしないと言っていたが…どうなんだか。



「はは、そんなに怖がらないでくれたまえ。」



 予想に反して秀一の上司…立派な髭を蓄えた白人男性はにっこりと笑って流暢な日本語を話した。



「私はジェイムズ・ブラック。赤井君の上司に当たり…彼と共に組織を追っている身だ。…どうぞ、座って。」



 ぱたん、と扉が閉じられる。きっと秀一が閉じたのだろう。
 私は一度だけ扉を振り返って、ジェイムズさんの前の椅子に腰掛けた。



『…初めまして、宮野黒凪と申します。』

「…うん。赤井君の言う通り、聡明な女性なようだ。」



 え、と目を見開けば、ジェイムズさんがにっこりと微笑んだまま続ける。



「赤井君が言っていたんだよ。組織で見てきた人間の中で最も常識を持っていたのは君だとね…。幼少の頃から組織に居たにも関わらず。不思議がっていたよ。」



 それは私の人生が2回目だから。…組織に行った時の私の精神年齢は子供ではなかったから。
 なんて、そんなこと口が裂けても言えないけど。



「ある程度、赤井君の調べで君のことは知っているつもりなんだが…まずは、そちらの確認から入っていいかな?」

『はい。』

「まず君の本名は宮野黒凪。ご両親は組織の科学者で…名前は宮野厚司、宮野エレーナ。2人は不慮の事故で既に他界していて、現在彼らの研究は君の妹である宮野志保…通称シェリーが受け継いでいる。」

『はい。』



 君はご両親の研究には何も関与していなかった、と聞いているが…本当かな?
 そんな質問に少しだけ目を伏せた。



『はい…。私はIQが低く、研究者には向いていなかったためです。』

「だが、君は組織にその頭脳と才能を認められて英才教育を受けていた、との報告があるが…?」



 ふ、と小さく苦笑を浮かべる。
 あの人、どこまで調べて…。



『はい、間違いありません。だた…私が認められた部分は、子供らしからぬ知識量といいますか。それから度胸だとか、とにかく子供にしては達観した面を持っていた為に…』



 スタート地点が通常よりも前にあったから、教育すれば伸びると思ったんでしょう。
 それはIQとはまた別の部分であることは…貴方も分かっているはず。
 ジェイムズさんがじっと私を見つめて「…なるほど。」と呟いた。



「なんにせよ…彼らの見立ては間違っていなかったと言うことだね。」



 そうして机に広げられた資料へと目を向ければ、まあ私の経歴がぎっしり。



「君を研究に参加させようと模索したような経歴も見られる。高校では理数系学科に在籍、その後は…」

『…』

「…日本警察に潜入すべく、警察学校へと入学。女生徒の成績トップで入学、同じく女生徒主席で卒業。」



 その後は爆弾処理班へと所属後、捜査一課へ。
 捜査一課ではかなり組織の暗殺や暗躍を手助けしたようだね。
 その言葉に表情を変えないでいると、「いや失敬…」とジェイムズさんが眉を下げた。



「手助けせざるえなかった。と訂正しよう。」

『…いえ。彼らの手助けをすることを決めたのは私ですから。』

「だが君の妹さんがある種人質のような状態だったそうじゃないか。」

『…どうでしょうね。こうしていざ組織に殺されかけると、妹を置いて逃げている状態です。』



 だが、赤井君は…。
 そう言いかけたところで背後の扉がどん、と微かに音を立てた。
 私がこの部屋に入るために使った扉だ。外には秀一がいるはずだけど…。



「…おいジョディ、」

「いいから。通して。」



 そんな声が聞こえて、前に座るジェイムズさんが小さくため息を吐く。
 その反応にそちらへ顔を向けたタイミングで背後の扉が開かれた。



「――失礼します。」

「おい、」



 秀一の声を無視して扉を閉めた、ジェイムズさんと同じく白人の女性捜査官。
 彼女は眼鏡の奥から私を見下ろすと、少し高圧的な口調で話しかけてきた。



「私はジョディ・スターリング。FBI捜査官よ。」



 ジョディ。その名前に目を細める。
 先ほどFBI捜査官たちが話していた名前…確か、秀一が振った人。



『…初めまして。宮野黒凪と申します。』

「貴方が日本警察に潜入していたことは聞いているわ。…何度か組織の幹部…ベルモットが関わっている事件でも、その手引きをしたそうね。」

『…正直、手引きは数えきれないほど行いましたから、どれとは言えませんが…。』



 バン、とジョディさんが両手で机を叩く。



「…貴方が手引きをした所為で、沢山の人の命が奪われたわ。日本で潜入捜査をしていたFBI捜査官も、沢山命を落とした。」



 目を伏せる。彼女の言い分は真っ当だ、言い返す言葉もない。
 理由があったとはいえ、私の所為で消えていった命は決して少なくはないだろう…。



「…私は、貴方がFBIに加わることを許すことはできない。だから…」



 バン、とまた扉が開く。
 目を向ければ、4人がかりで抑え込まれている秀一と、ざっと見て10人ほどのFBI捜査官がこちらに銃を構えていた。



「貴方を拘束して…しかるべき罰を受けてもらうわ。貴方の妹の保護や、組織の壊滅は私たちFBIに任せてもらう。貴方の助けは――…、!」



 ジョディさんが言い終わらないうちに机の下に身体を滑り込ませ、ジェイムズさんの元まで身体を滑らせる。
 そして先ほど掴んでおいたボールペンをジェイムズさんの首元へ。
 両手を挙げたジェイムズさんにジョディさんが息を呑んだのが見えた。



『…なんて、FBIは仲間でも必要となれば撃つのかしら。日本警察なら絶対にできない芸当だけど…どう?』

「っ…」



 ジェイムズさんの胸元に手を差し込んで拳銃を探す。
 …あった。弾は…入っている。
 正直失望した。秀一が言っていた話とはまるっきり違った展開になってしまったし…。



『(流石はFBI捜査官、身体はがっちりしている。これなら、この距離からの銃弾は少しなら防げるかしら。)』



 そんなことを考えている間にも、拘束されている秀一と視線が交わる…と、ジョディさんが私の視界を遮るように動いた。
 そしてジョディさんを見上げれば、彼女は構えていた拳銃を持ち上げ、降参するポーズをとって言った。



「Ok guys, It’s enough.」



 途端に下ろされた拳銃と解かれた秀一の拘束に眉を顰めれば、ジョディさんが拳銃を床に落とす。



「黒凪さん、落ち着いて…。申し訳ないけど、貴方を試させてもらっただけなの。貴方を拘束するつもりはないわ。」



 あの組織は規模も大きく、長年私たちFBIも手を焼いているから…シュウが言う通り味方として貴方の協力を仰ぐことになるなら、組織に対抗する為の実力が必要だという話になってね。
 どうしてもそれを直接確認したい捜査官ばかりだったから、結果この大所帯に…。
 ジョディさんの表情を注視して、彼女の後ろで立ち上がった秀一へと目を向ける。



『…秀一、今の話は本当?』

「…あぁ。怖がらせたな…悪かった。」

『…』



 ――この時、先ほどまで彼女を試していた捜査官たちのうちの1人であるチャールズは、同僚である赤井秀一の言葉に1人眉をひそめていた。
 怖がらせた? あの女を? あれのどこが怖がっているというのか。
 そしてゆっくりとペンをジェイムズ捜査官の首元から離し、さらに拳銃も机に置いた女…宮野黒凪が俺たちの後ろ…赤井さんへと目を向けた。



『…もちろん、貴方が言った説明を信じるつもりはあります。ジョディ・スターリングさん。』



 けど私は…こんな状況になってしまった以上、秀一抜きでこの部屋を出る気分にはなれない。
 貴方たちに逮捕されてしまっては、ここに来た意味がないから…。
 そうつらつらと話す宮野黒凪を見ながら…俺はつくづく、彼女がジョディさんとは全く違った女性だと、そう思った。



「(この女を使っての潜入捜査は終わったはずなのに、どうして赤井さんはジョディさんと復縁しないんだ? どうしてこの女を助けてやるんだ…?)」



 ほかの捜査官に目くばせをしてゆっくりと宮野黒凪の元へと歩いていく赤井さん。
 赤井さんは宮野黒凪に手を伸ばし、その手を掴んだ宮野黒凪の肩に手を回して彼女を守るように立った。
 それを少し苦しそうに見つめるジョディさんを俺はとても見ていられない。



「ジェイムズ、今日の聴取はこれで終わりでいいですね?」

「…ああ。宮野さん、すまなかったね。」

『…いえ…』



 そうして一緒に部屋を出て行った2人を見送ったジョディさんを見て、ジェイムズ捜査官と話をしている他の捜査官たちの間を通って1人赤井さんと宮野黒凪を追う。



「――赤井さん!」

「…チャールズ」

「俺は…貴方が理解できない。絶対ジョディさんとの方がお似合いです!」



 そう力強く言った俺に、心なしかぽかんとした赤井さんと宮野黒凪。
 な、なんだよ! 確かに場違いかもしれないけど、これは事実だっ!



「あんなにお似合いだったのに!」

「…そうか。ありがとう」

「だーかーらー!」

「しつこいヤツだな…」



 はっと赤井さんを見上げる。
 ま、まずい。この顔は…この冷え切った無表情は。
 …かなり怒っている…。



「シュウ! チャールズ!」

「あ、ジョディさん…」

『…、』



 視界の端で赤井さんの影に隠れる宮野黒凪。
 なんだよ! ジョディさんが怖いってのか⁉ あんなに美人なのに!
 てっきりそのまま赤井さんの背後で隠れていると思っていたが…予想に反して宮野黒凪は赤井さんの陰からすぐに出て、ジョディさんと向き合った。



『…ごめんなさい。反射的にでも、貴方の前で秀一を盾にするのは違いますね。』

「――!」


 
 ジョディさんが目を見開いて固まった。
 そして眉を下げて言う。



「そう…。知ってるのね。貴方がくるって言うことで、捜査官たちみんな私とシュウの過去の話ばかりだったから…聞こえた?」

『…少しだけ。』

「でしょうね…。私こそごめんなさい。貴方を試すようなことをして。でも…これで、心置きなく私たちは貴方を頼ることが出来るわ。」



 一緒に奴らを…組織を追い詰めましょう。
 そう言って手を差し出すジョディさん。なんて心が広い人なんだ…!



『…次からは、何か不安なことがあれば直接聞いてください。ジョディさん。よろしくお願いします。』



 ジョディさんからの握手を受け入れて、そう言った宮野黒凪が小さく微笑んだ。
 その表情を見て思う。あながち赤井さんが言っていた、怖がらせた、というのは間違っていなかったのかもしれないと。
 どこか掴みどころのない、不気味な女だと思っていたが…柄にもなく俺はその笑顔がとてもキレイだと思った。



 FBI


 (日本警察に潜入していたぁ⁉)
 (その上キャリア組が入るっていう警視庁への配属を勝ち取ってるよ…)

 (聞いたか? アカイが噂になっている宮野黒凪を協力者として保護できないかってジェイムズ捜査官に直談判したそうだぞ。)
 (でも今も組織にいるんだろ? どうやって連れてくるんだよ。)

 (様々な噂がFBI内で飛び交っていたのを、赤井さんはどんな気分で聞いたいたのだろうか。)


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