隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 京極真


「やったー! ストライク!」

「すごーい、蘭!」



 さすがは帝丹高校空手部の女主将、ほとんどやったことがないというボウリングだけど…もう上達してる。
 嬉しそうな顔をして席に戻ってきた蘭君は僕らと同じように拍手を送っていた遥さんの隣に座った。



「テニスは残念だったけど、ボウリングも楽しいねー!」

「あ、次はコナン君の番だって。頑張れ〜。」

「しっかりー、がきんちょ!」



 蘭君のいう通り、ここにいる園子君、コナン君、蘭君…そして遥さんが以前テニスをプレイしに出かけた時は殺人事件が起こったということで、今回はその埋め合わせのボウリングに来ている。
 ま、ボクはその話を学校で聞いてついてきただけだけど。



「…で? 僕と遥さんに会わせたい人って誰なんだ?」

「あ、うん…もう少しで来ると思うから、ちょっと待ってね。」



 なんて照れて言う園子君。
 ははーん、さては…彼氏だな。遥さんへと目を向ければ、彼女もにまにまと笑みを抑えきれないでいる。



「もったいぶらずに早く教えてくれよ〜!」

「えへへ、」



 思わずその可愛さに腕を肩に回してじゃれているボクと園子君を優し気に眺めてくれる遥さん。
 なんていうか…この人たちといると楽しくて、テンションが上がる。
 そう思っていた時だ…遥さんが表情を少しだけ硬直させてボクの背後に目を向けた。
 途端にボクの肩を背後から誰かが強く掴み、振り返ればものすごい形相の男が一人。



「…何だ? 何か用か?」

「………」

『(あらまあ、怒ってる時の秀一みたい。)』

「……何だよ、ボクと闘ろうっての?」



 なんかよくわからないけど、キレてるのは分かる。
 理由が何であれ…とりあえずノックダウンさせて話を聞くことにした。
 椅子に手をかけ、背後の男に向かって足を振り上げる。



「! (お、避けた…やるじゃん。じゃあこれは…どうだっ!)」

「――!」



 すぐにジークンドーの構えを取り、目つぶしにかかる。



「(この構えは…ジークンドー…⁉)」



 一瞬ボクの動きにひるんだ相手だったが、身体が自然に動くほどに鍛錬しているのだろう、紙一重で避けられ、相手の眼鏡だけが吹き飛んだ。
 まさか、これも避けるとは。



『(真純ちゃんの一撃を避けるほどの人なら、男女の対格差で少し危ないかも…)』

「(やばい、一撃が来るっ――)」



 途端に、ぐいっとジャケットの襟元を誰かに引っ張られ足元が崩れた。
 もちろんそうなっては立ってはいられず、しりもちをついて反射的に顔を上げれば、



「(…え、その構えって、)」

「(! この女性はボクシング…って、女性⁉)」



 ボクシングのような構えをとる遥さんが見える。
 そして前に目を戻せば、ボクに向かって本気で蹴りを入れてくるつもりだったのだろう、蹴りが遥さんに向かっていた。



『(っと、蹴り技か…)』



 そして遥さんは――一瞬でボクシングの構えをやめて蹴りを避け、流れるような動きで相手が着ているシャツの襟元へと手を伸ばした。
 って待て、その動きは柔道じゃ…



「(この女性――…対格差のある相手との戦いに慣れている――⁉)」

『(あの人よりは細いから、いけるかしら…!)』

「(これは本気で落とさないとまず、)」

「すっ、ストップー!!」



 園子君の声に相手の男がビタッと動きを止め、その動きを見て遥さんも男のシャツの襟を掴んで停止した。



「も、もう園子! もっと早く止めないと…!」

「だっ、だってまさか遥さんが出てくるなんてびっくりして…!」

『えっ⁉ わわっ、ごめんね⁉ 真純ちゃんが怪我しちゃうと思ったの…!』


「…え? 真純、ちゃん?」



 そ、そうよっ! 世良さんは私の同級生で…!
 そう弁解するように言う園子君をぽかんと見上げていると、蘭君がボクを立ち上がらせて言った。



「ごめんね世良さん、この人…京極真さんが園子が会わせたがってた人なの…! 空手の有段者で、それはもうすっごく強いから…!」

「え、ああ…そうだったのか!」

「す、すみません…てっきり園子さんに絡む不埒な輩かと思いまして…」



 なるほど、この男もボクを男だと勘違いしたのか…。
 確かに彼氏から見れば、男があんな風に彼女と肩を組んでたらキレるか。



「改めて…この人は京極真さんっ! 私の彼氏!」

「初めまして…」

「初めまして。ボクは世良真純。それからこっちが…」

『さっきはごめんね、神崎遥です。これでも高校教師をしています…本当にさっきはごめんなさいね…!』



 最悪の出会い方ではあったかもしれないけど、この京極って人…こうしてちゃんと話すと礼儀正しくていい人だ。
 本当にさっきまでは園子君を心配してキレていたんだろう。



「ジークンドー…誰に教わったんですか?」

「あ? ああ…兄だよ。結局その兄には一回も勝てなくてさー…。」

「そっ、そういえばそのお兄さんって亡くなったんだよね?」

「ん? うん。そう聞いてるよ?」



 コナン君がボクの兄さんに興味を持つなんて珍しいな…。



「でも前にお兄さんと電話してなかったっけ?」

「ああ…あれは真ん中の兄貴だよ。ボクらは3人兄弟だから! ボクと一番上の兄貴は顔が似てるんだけど、真ん中の兄貴だけはパパ似で全然似てないんだぜ!」

「そ、そうなんだ…?」



 そしてコナン君がちらりと目を向けたのは遥さん。
 …なんでそこで遥さん?



「(っていうか、遥さんといえば、だ。)」

「そういえば…神崎さんは体育教師ですか?」

『へっ? あ、ううん…私は英語教師ですけど…』

「え? あ、そうでしたか…」



 確かに遥さんすごかったですよね〜!
 そう話に食いついてきたのはボクらと同じように武術をしている蘭君。
 そうだよな。武術をしてれば分かる。遥さんは多分、並みの人よりも全然強いし、多分ボクらの中で一番実践に慣れてる。



「自分たちの戦いに参戦した際に見せた構え…あれはボクシングですよね? でも自分が蹴りを出そうとしていたのを見て、柔道に切り替えた…。」

「そうそう! ボクもそう思ったんだよ! 流石に足技とボクシングじゃ分が悪いもんな〜!」

『そ、そんなんじゃないよっ⁉ もう無我夢中でね…!』

「ええ〜? でも絶対、」



 そ、それより京極さん眼鏡ー!
 そう大声で言ったコナン君に京極さんとボクの意識が遥さんからずれる。
 あれ? コナン君…今わざとこの会話を切り上げさせた?





















「っはー、ボウリング一瞬で終わっちゃったな!」

「楽しかったね〜!」

「京極さんなんて、1番重いボウリングのボールを片手で投げてたもんね…。」



 そう、ボールを滑らすのではなく投げていた。
 いやきっともっと重いと思っていたらそうじゃなかったんだろうけど。



「それにしても今日、遥さんぼーっとしてるし…疲れてるのか?」

「(確かに、咄嗟とは言え京極さんをやや本気で倒す気だったし…)」



 と、先ほどのボウリング場での一場面を思い返す。
 黒凪さんにしちゃあ、あれもミスだよな…。



「遥さんには昴さんって言うフィアンセがいますもんね〜! イチャイチャしてたんですか?」

『ち、違うよっ⁉︎ お酒飲んでただけ!』



 どれぐらい飲んだんだ? …え、ボトル4本!?
 そんな会話をしている世良と黒凪さんを横目に「よく二日酔いにならなかったな…」と密かに感心する。
 確かに赤井さんならどれだけ飲んでも次の日にはいつも通りでも驚かないが。



『あ、そういえば私が調子悪いから迎えに来てくれるって昴が連絡をくれてたんだった。』

「そうなんですかぁ⁉︎ わざわざ迎えに来てくれるなんて素敵…」

「…。園子さん、車の免許を自分も取ります。」

「ええっ⁉︎」



 じいいっと道をゆく車を見つめる京極さん。
 空手で忙しいんだからそこまではまだしなくていいんじゃねーかな…。



「…あ! あの赤い車じゃないですか? 昴さんの車!」

『え? あ、ほんとだそうかも! 見てくるね…』



 その時。



「きゃあああ!」

「助けてー!」


「!?」

「え、何…?」



 突然聞こえ始めた悲鳴。
 しかも数人なんてものじゃない。
 側に有る路地の向こう側から老若男女の悲鳴や助けを求める声がする。



「ちょ、ナイフ持ってるよ…!?」

「園子さん!こちらに!」

「蘭姉ちゃんも離れて!」



 路地から出て来たのはフードを目深にかぶり、血のついたナイフを握りしめた男。
 男は逃げ遅れた女性を見ると何のためらいも無く斬りつけ、その光景に悲鳴を上げる人々。
 顔を青ざめた園子と蘭は京極さんの背後に、そんな京極さんの隣で体制を低くする世良。
 俺もキック力増強シューズに手を伸ばす中、車から降りてきた赤井さん…というか昴さんだけど、が黒凪さんの隣へ。



「あ、あれって無差別殺人鬼、とか…?」

「本物…?」


「…京極さんって空手の達人だったよな?」

「…素人なら捕まえるのは容易だと思います。」



 そう話す世良と京極さんの隣に並んだ赤井さんは眼鏡をくいと上げ、隣に並ぶ黒凪を後ろに追いやった。
 逃げる人々の中で唯一犯人を睨むこの3人に男はにやりと笑いナイフを持ち上げた。



「(い、いやいやこの面子相手じゃいくら無差別殺人鬼でも…)」

『(ちょっと無理があるんじゃないかしら…?)』



 よく考えてみてほしい。
 犯人から向かって右側に立っている世良はジークンドーの達人で、真ん中に立つ京極さんは空手の達人、左に立つ赤井さんはFBIのエージェントで…世良以上の実力を持つジークンドーの達人。
 そして百歩譲ってその面々を抜けて後ろの園子達を襲おうとも、京極と同等の実力を持つ蘭と、黒凪さんが立っている。



「……な、んだこの状況は…!?」

「え…、安室さん!?」


「『(え゙。)』」



 挙句の果てには安室さんまで登場した始末。
 …逆に犯人を心配してしまうこの状況で…どうする犯人。
 ニタニタと犯人は笑っている訳だが、正直笑っている状況ではないと思う。
 あわわわ、とビビる蘭と園子。
 緊張から頬を汗が伝う世良と京極。
 そこまで見渡して、俺は「あれっ?」と側の黒凪さんを見上げた。



『(秀一とレイ君がいるし大丈夫だろうけど万が一にでも取りこぼしたら絞め技で…)』

「(銃を使えば早いんだがな…これだから日本が嫌になる。車に残って狙撃すれば良かったか?)」

「とにかく蘭さんと園子さんは僕の後ろに。」





 黒凪さん、昴さんもとい赤井さん、そして安室さん。
 その3人を見てつい、と目を逸らした。
 ……組織組の落ち着きようが半端じゃねぇ。
 3人ともしっかり持ってきていた拳銃の有無を確認しているし、呼吸も全く乱れていない。
 これで本当に無差別殺人鬼の未来は真っ暗である。
 それ以上の修羅場を掻い潜って来た人達が3人もいるのだ。



「死ね…、皆死ね…!」



 ぐわ、とナイフを片手に走り出した殺人鬼。
 男は迷わず赤井さんの元へと向かい、ナイフを振り上げる。
 サッと避けた赤井さんは相手を気絶させようと構えるも、視界にチラついた安室さんと世良を見てジークンドーで戦えないでいる。
 その所為か、ただナイフをいなすだけに留まっているとナイフが当たらないことに剛を煮やしたのだろうその標的はーー赤井さんの背後へ。



『っ、(私か、)』



 その時俺は昴さんの姿であるにも関わらず赤井さんの鋭い目つきを男に向けた赤井さんも、バーボンの時のような殺気を纏った安室さんも見えていた。
 でも予想外なことに、その中の誰よりも早く動いたのは…



「お前…弱そうなのから狙うな、よ!」

「ぐあっ!」

『(へっ?)…ま…真純ちゃん、』



 そんなふうに唖然とした黒凪さんの声に男が自身の一撃で地面に沈んだのを見て…世良は黒凪さんに抱きついた。



「相手は武器を持ってるんだぞっ⁉︎ 逃げないとダメじゃないかっ!」

『え? あ、う、うん…?』

「遥さんが怪我でもしたらっ…」



 怪我でも、したら…
 そう尻すぼみに言って目を伏せた世良に黒凪さんはもちろん、他の面々も顔を見合わせている。



「い、いくらなんでも心配しすぎじゃない? 世良のねーちゃん…」

「…だって、」



 遥さんはなんだか…死んだ兄の忘れ形見みたいな…、なんて言うか…、
 そうモゴモゴと言う世良に安室さんが目を細め、赤井さんは素知らぬふりをしている。



「死んだ兄貴の彼女になんか似てるんだよ、遥さんは…。こんなこと言っても意味わからないと思うけど…」



 最近色々あって兄貴を思い出すようになって…。
 それで考えるようになったんだ。兄貴と付き合ってた人はどうなったのかなって。
 ボクらと同じように苦しんでるはずだと思ったら居ても立っても居られなくて…。
 でもどこにいるかも分からないから何もできないから…勝手に遥さんをその人に重ね合わせてるのかもしれない…。



『(真純ちゃん…、)』


「…とりあえず、この男を警察に突き出してきます。遥、少し待っていてくれるかい?」

『あ…うん。気をつけてね昴、』

「ああ。」



 そんな風に会話を交わす赤井さんと黒凪さんを見て、最近考え始めた仮説について改めて考える。
 やっぱりコイツ…世良は、赤井さんの…?



 世良真純.


 (初めて兄の彼女を見た時…ボクは嬉しかったんだ。)

 (兄弟の中でも人付き合いが苦手で、1人でなんでも背負い込む兄だったから。)
 (そんな兄にも心を許せる誰かがいたのだと思ったら、とてつもなく。)
 (…嬉しかったんだよ、シュウ兄…)


 
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