隙ありっ

□隙ありっ
51ページ/131ページ



  現場の隣人は元カレ


「へ〜、新しい人入ったんだ。一課。」

「うん。ほら、由美覚えてる? 私たちが警察学校に入った時、1代上がやんちゃをしすぎたせいで私たちの代の規則がとてつもなく厳しくなったの。」

「ああ、そうだったわね。ホント貧乏くじ引いたわー。」

「その最悪の世代の、成績ナンバー2。警察学校時代のあだ名はミス・パーフェクト。」



 え゛、と自分の声が思わずひっくり返る。



「そ、そんな有名人が来たの⁉」

「うん…。しかも私の部下っていう立ち位置でね。やりづらくって…」

「で、やっぱりパーフェクトって感じなの?」

「うーん…」



 美和子が腕を組んで天井を仰ぐ。
 抜群の成績から、公安部とかに配属されるかもって噂だったのに…謎にそれを蹴って爆弾処理班に所属した変わり者だって話だし、形容しがたい感じなの…?



「なんていうか…暗い…」

「暗い?」

「うん。ロボットとかAIを相手にしているような…」


「そっ、外で喧嘩だ! 誰か警察呼んでくれ!」



 居酒屋の外から聞こえた声に顔を上げ、すぐさま外に向かった美和子に私もついていく。
 男2人で殴り合いの喧嘩なら、主に殴っている方を美和子が制圧すればきっと収まるだろうし…。
 なんて考えながら外に出ると、予想に反して美和子は入口の傍で突っ立っているだけで。
 美和子が入っていけないなんてどれだけ高次元な喧嘩なのかと顔をのぞかせれば、



「いててっ、ちょ、いたいっ」

「けっ、いい様だぜ!」



 半泣きになってわめく男の腕をぎりぎりと1人締め上げる女性。
 その傍で半泣きの男を怒鳴りつけていた男が、男が女性に拘束されているのを良いことに…足を振り上げた。
 あ、蹴るつもりだ…なんて思った時、女性が思い切り振り下ろされた足の、脛に肘をぶつけた。
 ゴッ、といやーな音が響く。あれは痛い。



「イッ――⁉」

『反撃できない相手を蹴ろうとするなんて…よほど自信がないのね。』



 そんな風に呟きながら女性が携帯を取り出して、どこかへと電話をかけ始めた。
 そして彼女が開口一番に言った言葉は、



『もしもし、こちら捜査一課強行犯三係、警部補の宮野です。』



 捜査一課強行犯三係って美和子と一緒…っていうか、宮野⁉ 宮野って…!



「みっ、ミス・パーフェクト⁉」



 私の声に女性がこちらへと目を向けた。
 そして思う。うわ、美和子に負けず劣らずの美人…。と。



『――ああ、佐藤さん。いらっしゃったんですか。』

「あ、え、ええ。」

『丁度良かった。良ければこの場を任せても構いませんか?』



 急ぎの用があって。
 そんな風に言って立ち上がり、服についた砂埃を払う様は確かに美和子の先ほどの説明を体現しているようだった。
 表情も全然変わらないし、焦った様子も、私の言葉に驚いた様子も皆無。
 なんだか、ロボットみたい。



「んの、アマッ――!」



 そんな時だった。
 私の視界に先ほど脛をミス・パーフェクトに殴られた男が落ちていた空き缶を持ち上げて、投げつけようとしていたのが見えた。
 きっとそれは美和子も一緒で、思わず固まる私とは違って美和子が動き出したのが見える。
 でもそれよりも早く、



「That’s lame, man. (おいおい、それはダサいと思うぜ。)」

『!』

「っと、ここは日本だったな。」



 男の手首を掴み、空き缶を取り上げて…それを片手でぺちゃんこにした白人の男。
 男が白人の男を見る。頭1つ分かそれ以上のガタイの差に男がへなへなと地面に蹲ったのが見えた。



「Hey, we gotta go. come on. (おい、行くぞ。早く来い。)」

『I know, give me sec…Irish. (分かってる、少し待って…アイリッシュ。)』



 え、英語で話してる…っていうか、あの白人ミス・パーフェクトの知り合い⁉



『すみません佐藤さん、任せて行っても大丈夫ですか?』

「え、ええ…」

『ではまた…』



 小さく会釈をしてミス・パーフェクトが去っていく。
 その背中を私と一緒に見ていた美和子がつぶやいた。



「…アイリッシュ、って…アイルランド人ってことよね? 人を国籍で呼ぶなんてことある?」

「え? いや〜、あたし英語はからっきしで…」

「…。同僚ってだけだから私生活のことを知らないのは当たり前だろうけど…宮野さんは本当に全部謎なのよね…。」



 まあ、見た目からしても純日本人ではないだろうし、外国人の知り合いがいてもおかしくはないけど…。
 そんな風に言う美和子の言葉を聞きつつも、私は彼女がどこか、警察官になったと同時に別れた元カレに雰囲気が似ているような、そんな気がしていた――。

































「いや〜、それにしても、まさか由美タンに会えるなんてびっくりしたなあ〜!」

「はいはい。分かったから。あたしはこれから仕事で…」


「えー! このままデートしないのっ⁉」

「あのねえ…あたしは仕事中なのよ! し・ご・と・ちゅ・う!」



 ホント、偶然人がなくなって一番現場に近い位置にいたあたしが向かってみれば、元カレの秀吉と再会することになるなんて…思ってもいなかった。



「ええー!」

「そのにーちゃん、冴えないけど事件解決してたじゃねーかよ!」

「そうですよっ! 許してあげたらどうですか⁉」

「大人の世界はそんなに単純じゃないの!」



 まったく、がきんちょがいるところで恋愛話はご法度だったわね。
 秀吉とあたしをどうにかしてくっつけたいみたいだし…。



「じゃ、あたしは行くから。」

「うん、気を付けて――危ないっ」



 あたしの腕をぐいっと引いた秀吉に驚いていると、ビュンッと目の前をものすごいスピードで自転車が走り去っていく。



「やっぱりお似合いだね、2人ともっ!」

「え、ええ〜⁉ やっぱりそうかなあ⁉ 由美タン…」

「あんの自転車…危ないじゃない! 捕まえて…」

「あ、由美タン! 携帯! 携帯落ちた!」



 秀吉の焦ったような声にはっと意識が走り去っていった自転車から彼に戻る。
 


「あ、携帯…」



 はっと微かに目を見開く。
 秀吉が拾ってくれた私の携帯。その傍に、空き缶が落ちていたのだ。



「潰れた空き缶…。」

「え?」



 そして秀吉を見て、思い返す。
 そうだ…空き缶…。あの時、ミス・パーフェクトと偶然会ったあの日…。
 彼女と秀吉が似てるなんて唐突に思ったのよね…。どうしてそう思ったのかな。
 あの人、どんな顔していたっけ。



「あ、そうだ。」

「へ? 由美タン? 頭の中だけで色々と解決されても僕分からな――…」



 携帯に美和子がこっそり撮ってくれたミス・パーフェクトの写真を表示させて秀吉の顔の横に並べる。



「…やっぱり似てる!」

「だから、ホントに何が…」

「ほら、この人美和子…親友の元同僚なんだけど、昔会った時に秀吉に似てるって思ったのよ! やっぱり並べると似てる〜!」

「ええ〜?」



 携帯を覗き込んだ秀吉が少し目を見開いて動きを止めた。
 そして。



「この人…名前は?」

「え? 確か…宮野さん。下の名前はちょっと…」

「宮野…」

「何? まさか遠い親戚とか言わないでしょーね。」



 あんたみたいなぽわっとしたのがミス・パーフェクトの親戚なわけないか。
 そんな風に言うと、またしても秀吉が目を細めて黙り込む。



「ミス・パーフェクト?」



 そこでじいっと私たちの様子を伺いながら話を聞いていたコナン君が小首をかしげて言った。



「ああ…ミス・パーフェクトっていうのはあだ名。警察学校時代の成績がそれはもー抜群に良かったらしくて。もちろん警察官になってもその伝説は全く色褪せなくて…」

「そんなスゲーにーちゃんがいるのか⁉」

「ミス、だから女性よ。」



 元太君が勘違い発言をしたん途端に即座に訂正を加える哀ちゃん。
 そんな2人に「そっか、秀吉と似てるって言ったから男だと勘違いしたのね…」と携帯を子供たちにも見せた。



「ほら、この人がミス・パーフェクト。美人でしょ?」

「わー! ホントだ、美人さんだね!」

「あれ〜? この人、どこかで見たことないですか?」

「そうかあ?」



 え? 見たことあるの?
 まあ、警視庁勤務だったから東京には長くいただろうし、すれ違っていても別に…。



「――あ! あのバスジャックの時ですよ!」

「バスジャック?」

「博士と一緒にバスに乗っていた時にバスジャックに遭って…ほら、スキーバッグの爆弾の…!」

「…あー! ホントだ! バスの一番後ろに、マスクのお兄さんと乗ってたお姉さんだ!」



 ね⁉ コナン君!
 そんな風に言った歩美ちゃんの視線の先に立つコナン君。そしてその隣の哀ちゃん。
 2人の表情が固まっている。



「(? あれ、この2人もミス・パーフェクトと面識が…)」

「由美タン、この宮野って人、今は?」

「え? ああ…とっくに警察官をやめて、今はどこで何をしてるかわかんないわよ。かなり優秀だし、英語も話せてたから外交官とかになってるんじゃない?」

「英語も話せたの?」



 頷けば、秀吉はまた黙り込み、ぶつぶつと考えながら何やら呟いている。
 もう、何なのよホントに…。



「――由美さん、早く戻らないとまずいですよー⁉」

「あ、うんー! じゃあ秀吉、あたし…」



 がしっと私の手を両手でつかむ秀吉に言葉が止まる。



「由美タン、あのさ…」

「な、何よ⁉」



 なんなの、あたしの手を握ってそんな真剣な顔して…。
 ここで何をしようって――!



「その写真、僕の携帯に送っておいてくれない?」

「…は?」

「お願い!」

「わ、分かったわよ! 仕事終わりに送ってあげる!」

「あ、ありがとう〜!」



 ぱああっと顔を輝かせた秀吉に顔が熱くなったのが分かった。
 かわいい…なんて、思ってないわよ! 断じて!
 手を振りほどいて子供たちから携帯を返してもらい、パトカーへと走っていく。
 そんなあたしの背中を各々様々な表情で見つめているコナン君、哀ちゃん、そして秀吉には気付かずに…。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ