隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 黒羽快斗


「キッドぉ―――!!」

「(――ったく、今日も元気だなぁ中森のおっさん…)」



 毎回あんな大声出して目元吊り上げてたら、いつか血管切れるんじゃね?
 なんて、そんなことを考えながらちらりと少しほつれたパラグライダーへと目を向ける。
 これじゃあ長距離の移動は厳しいな…テキトーなとこに降りて…。



「(――お、でっけー豪邸発見。丁度いいや、あそこに降りるか。)」



 敷地内に入ってパラグライダーを閉じると傍にある窓が開いていたのか、カーテンが大きく揺れて中にいた人物がこちらを振り返った。
 そこで「あ。」とお互いに間抜けな声を出す。



「あれ? せんせーじゃん。」

『貴方…不法侵入よ?』



 ぱあっと思わず笑顔を見せた俺に冷静な一言。
 ったく、変装をしてない素の先生はこれだぜ…。



「警察に追われててさ、しかもパラグライダーの調子もちっと悪くて…匿ってくんね?」

『…うーん…』



 難しそうな顔をして振り返る先生。
 あ、そっか。ここに住んでるってことはあのメガネ彼氏もいるってことか。



『昴ー! 急なお客様だから、身なりちゃんとして出てきてねー!』



 そう声をかけても無言。それでもやることはやったということか、先生が網戸を開けて俺に目を向けた。



『はい。靴はちゃんと脱ぐのよ。』

「へーい。」



 あのメガネ彼氏がいるなら変装は脱がない方がいいな。うん。
 ひらひらとなびくマントを気にしつつも先生に促されてソファに座って、早速パラグライダーを開いて修理を始める。



『今日は何を盗んできたの?』

「鈴木財閥は最近あのがきんちょ探偵をよく呼ぶから…今日はテキトーなジュエリーをな。」

『お目当てのものだった?』

「んーん。全然。」



 ぱん、とパラグライダーの生地を引っ張る。
 うん。これだけ修復出来たら家までは飛べるな。



「――うぉ、」

『あら、警察のサイレン…。こんなところまで貴方を探しに来たのね。』



 性分からかやっぱりサイレンを聞くと身体が過剰に反応してしまう。
 特に今はキッドの格好だから、余計に。
 そんな俺を見た先生は小さく笑って紅茶を出してくれた。
 ホントこの人、素だとなんていうか…すんげー優雅。



「…ちなみに、先生のメガネ彼氏は全部知ってんの?」

『全部、とは?』

「先生の正体とか…狙われてることとか。」

『ええ。ああ見えても彼、ちゃんとした軍人さんよ?』



 えええ…。あれが…?
 確かにガタイはよかったかな…?
 いやいや、でもあんな優しそうなのが軍人?
 思わず身震いした。やっぱこの人の周辺、怖ぇー…。



「ま、もうあんま詮索しないでおく…」

『うん。それがいいと思うわよ。』



 そう言って紅茶を仰ぐ先生。
 ホント、なんでこの人が寄りにもよって働き始めたのが俺の学校で、俺の副担任のポジションなんだか…。
 神様なんて信じちゃいねーけど、神のいたずらだとしたら相当たちが悪いぜ…。



『…ん、昴が出てきたみたい。少し待っててね。』

「うい。」



 廊下の向こう側から聞こえたドアが開く音に先生が立ち上がってリビングを出ていく。
 確かにさっきの先生の声が聞こえてなくて半裸とかで出てこようものなら気まずいし…そもそも今俺、キッドだしな。
 驚かせないための配慮だろう。
 そんなことを考えながら紅茶を飲み干し、キッチンにコップを片しておく。
 一応キッドとして、一般人の前で呑気に紅茶を仰ぐつもりはないためだ。



「(いつでも出られるようにしておいて、っと…)」


『――、』

「――。――、」



 ん? 先生、もしかして彼氏と言い争ってる?
 かすかに聞こえた声に扉の方へと向かおうとして、やめた。
 俺の勘がそっちに行くなと言っているような気がしたから。



「(…帰った方がよさそうだな…)」



 ギギ、と扉が動く音がする。
 その音にびくっと動きを止め、窓に向いていた自分の身体を回転させて…再び廊下へと続く扉へと身体を向けた。



「…悪いが、出て行って貰おうか?」



 想像していたよりもずうっと低い声に、あのメガネをかけた優男の風貌からは想像できないようなセリフ回し。
 廊下が暗くてその姿は見えない。しかし男に口を塞がれて動きを封じられているらしい先生との身長差を見ても、そのガタイの良さがよく見える。



「(…待て、こいつ本当に先生の彼氏か? まさか例の敵ってやつに見つかって先生、拘束されてるとかじゃねーよな…?)」



 トランプ銃へと手を伸ばせば、すぐに男がこちらに拳銃を向けた。
 その条件反射のような早業にビタッとトランプ銃を掴もうとしていた手を止める。



「(やべ、俺死んだ…?)」

『っ、いい加減に放しなさいよこの手っ』



 と、むりくり口元にあった男の手を振り払って、先生が男の拳銃を上から抑えるようにした。



『怪盗キッド、とりあえず今日は帰ってくれる? 大丈夫この人ちゃんと私の彼氏だから…』



 ぎぎぎ、と拳銃をめぐって静かに攻防戦を繰り広げる2人…というか、カップルを見てすぐに先生の言うとおりにするべく窓へと急ぐ。



「で、では私は帰らせて頂きます。」

『うんうん。またね。』

「いや…”また” はない。」



 またあの低い声が自分にかけられた。
 そしてチクチクと感じるその殺気というか、プレッシャーのようなものに心臓がバクバクと跳ねる。



「此処は俺達の愛の巣なんでね…」



 は、はいいっ!
 と内心で返事を返しつつ窓から外へ出てパラグライダーで自宅へと急ぐ。



「(こ、怖ぇえー! なんだあれ⁉ あんなの聞いてねえよ先生…!)」


























 



「――ああいう輩が趣味なのか?」

『そんなわけないでしょ。何言ってるの。』

「くく、冗談だ。」



 ニヒルな笑みを浮かべてソファに座った秀一のくせ毛からしずくが落ちる。
 この人のことだから、今更沖矢昴の変装をするつもりもなかったのだろう。
 だから黒羽君をあんな風に追い出した。



『早く追い出したかったのは分かるけど、あれじゃあ怖がらせてるだけよ。』

「あぁ、そうだな。それでも一丁前にお前を助けようとしていたじゃないか。」

『いい子なのよ。だからあまりいじめてあげないでね。』



 はい、と紅茶を渡して彼の隣に座る。



「…まあ、今回は有名人に会えたんだから良しとしよう…。」

『何言ってるのよ、有名人の弟を持っているくせに。』

「怪盗キッドはワールドワイドだが…あいつは日本国内でのみ有名だろうからな。」



 そんな風に会話を交わしながらテレビに映る太閤名人…羽田秀吉を2人で眺める。
 本当に顔は似ていない兄弟だけど、頭の良さはしっかりと受け継がれているらしい。
 彼はすでに将棋で四冠を達成しており、彼が目標としている七冠まで半分ほど来ている状態だ。



『彼とは今も連絡は取っていないの?』

「あぁ…俺は死んだことになっているからな。兄弟とは言え、俺の事情に巻き込むつもりもない。」

『そう。…まあ、彼は彼で貴方とは違ってやるべきことがあるからね。』



 物騒すぎるカップル


 (本当にあの男、彼氏なんだな? あのメガネの?)
 (ええ。あの日はほんの少しだけ機嫌が悪かっただけ。)
 (本当に本当だな?)
 (本当に本当。心配しないで。)


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