隙ありっ
□隙ありっ
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ジョディの追憶とお花見の罠
「わー! 桜が沢山咲いてるね!」
「早速おみくじを引きにいきましょー!」
「大吉でっかなー!」
そんな風に笑顔で走っていく子供たちを見送って、ちらりと隣に立つ灰原へと目を向ける。
「で? 遥さんに今日のことは伝えておいてくれたのか?」
「ええ、あと少しでここに来るはず。…でも、話してくれるかはわからないわよ。」
灰原の言葉に目を伏せ、数週間前、クール便のコンテナに閉じ込められたときに灰原が俺に打ち明けたあの話を思い返す。
ベルツリー急行でキッド扮するシェリーと黒凪さんを前に、バーボンとスコッチが2人を助けようとしていたことや、黒凪さんも彼らを危険には晒したくないと言っていたこと…。
それらの会話の言葉を信じて、あの状況下で頼れる人物が安室さんしかいなかったこともあり手負いの黒凪さんを安室さんに預けたら…。
「(実際に安室さんは黒凪さんを傷つけることなく、俺たちの元へと返してきた。)」
その状況から見ても、バーボンもスコッチも黒凪さんを無理に保護しようとは思っていないらしいし、黒凪さん曰く…俺たちの幼児化の話も、赤井さんのことも知らないまま。
そうなればバーボンもスコッチもキールや過去の赤井さんと同じように諜報組織の一員で、組織に潜入しているスパイなのか。
それとも、黒凪さんが俺たちや赤井さんのことを伏せるってことは、奴らはやはり組織の人間で…黒凪さんを個人的に助けたいと思っているだけなのか?
「(とにかく今、安室さんはどうしてシェリーの死を確認してもこの米花町に留まり続けるのか…それが分からない。分からない以上、何をどう対策すればいいかもわからねーし…)」
「…私、思うの。」
「え?」
「お姉ちゃんが黙っている理由は、私や工藤君…貴方に自分で真実にたどり着くことを期待しているからじゃないかって。」
お姉ちゃんが私たちにバーボンとスコッチのことを話したがらないのは、お姉ちゃんがこの2人を守ろうとしているから。
それは逆もしかりで…彼らに私たちのことを話さないのも、同じ理由。
お姉ちゃんは長く組織で生きてきて、誰かの情報を流すことがどれだけ相手を危険に晒すか痛いほどに分かっているから…。
「だからきっと、お姉ちゃんは私たちに何も教えてくれない。私たちが本当に危ない状況に陥るまでは、何も…。」
「…灰原、」
『…こんなところにいた! もー、探したのよ?』
頭上から聞こえた声に振り返る。
『で…、私に何か用なの? コナン君!』
そう問いかけてきた神崎遥の姿をした黒凪さんに先ほどまで彼女に聞こうとしていたことを言いかけて、言いよどんだ。
灰原の言葉を受けての事だった。聞いていいんだろうか、黒凪さんに。
それとも自分で、真実を見つけた方が…。
「…、うん! 遥さん、海外で長く住んでいたから花見はしたことないでしょ?」
『え? うん…』
「良かったら灰原とどうかなって思って!」
黒凪さんの目が灰原に向かう。
灰原は俺の言葉を聞いてすべてを察したのだろう、黒凪さんに笑顔を向けてその手を掴み、子供たちの元へと向かっていく。
それを見送り、徐に携帯を取り出した。
「(こうなれば、自分で探るか…。)」
≪――もしもし?≫
「あ…ジョディ先生。今大丈夫?」
≪ええ大丈夫よ。今日は非番で、時間があるから散歩に出ているところなの。≫
今、どこにいるの?
そんな俺の言葉にジョディ先生が少しだけ黙り、言った。
「――偶然にも、同じ神社に。」
「!」
携帯を飛び越えて聞こえてきたジョディさんの言葉に驚いて振りければ「Hi!」とジョディさんが笑顔で手を挙げた。
「偶然ね、cool kid!」
「本当に偶然だね…! まさか会えるとは思わなかったよ!」
「ええ、私もよ。ここの桜は有名だから、時間もあるし見に来ただけだったんだけど…。それより、どうしたの? わざわざ電話をかけてきて。」
「うん、実は調べてほしいことがあって…」
「調べてほしいこと?」
ジョディさんが少しだけ目を丸くして、俺の話を聞くために腰をかがめた。
「…前に先生、赤井さんにそっくりな火傷の男を見たって言ってたよね?」
「え、ええ…あの銀行強盗の事件の時にね…。」
「うん、それなんだけど…あの赤井さんは黒の組織のメンバー、バーボンの変装だったんだよ。」
「ええ⁉」
本当に赤井さんが死んだかどうかを確認するために、赤井さんの関係者の周りをあの姿でうろついていたみたいなんだ。
そう言い終わると、ジョディ先生はショックを受けた様子で黙り込んでしまった。
そりゃあそうだよな…。ジョディ先生は少なくともあのバーボンの変装を見て、赤井さんの生存について一縷の望みを持っていたはずだし…。
「じゃ、じゃあ…」
ジョディ先生が俺の肩を両手で掴む。
「あの火傷の男がシュウじゃなかったのなら、シュウは本当に…」
「…、」
その両手が徐々に震え始め、ジョディさんの目元にも涙が浮かび始めた。
しかしすぐにその涙をぬぐってジョディ先生が身体を起こし、拳を握って言う。
「じゃあ次またあの火傷の男が現れたら、とっ捕まえて変装をはがして…、組織の情報を、」
「ううん、その必要はないよ。今どこにいるのかも、全部分かってるから…」
「…え⁉ そのバーボンのっ!?」
「うん。この人なんだけど…」
写真まで⁉ とジョディさんが身を乗り出して俺の携帯を覗き込む。
「毛利探偵事務所の下にあるポアロっていう喫茶店で、安室透って名前を名乗って働いているんだ。」
「な、なんで?」
「さあ…だから先生に捜査をお願いしたくて電話したんだ。FBIなら、何か掴めるかと思って。」
ジョディ先生が前に電話をくれたように、バーボンは以前のベルモットと同じようにシェリーを狙ってこの米花町にやってきた。
そしてシェリーをベルツリー急行で殺したと思い込んでいる今は、いわば目的を達成した状況。
なのにどうしてここに未だ留まり続けるのか…それを探ってほしいんだ。
「な、なるほど…。っていうか、あのベルツリー急行の爆発も奴らが…⁉」
「うん…。あの電車にシェリーも乗ってたんだ。だから襲撃されて…。」
「彼女は無事なのね…?」
「うん。大丈夫。死んだと思わせることにも成功したし…。」
ジョディ先生が「そう…」と呟いて口元に手を持っていき、考えるそぶりを見せる。
「それじゃあ、バーボンと同時期に動き出したスコッチは?」
「スコッチもバーボンと一緒に行動しているはずだよ。少し前に一緒にいるところを見たから。」
「スコッチの顔まで分かってるの…⁉」
「うん。でも写真は撮れなくて…。会ったのもその一回限りだから、今はどこで何をしているか分からない…」
「――あれ⁉」
突然聞こえただみ声に振り返る。
マスクをつけた男がジョディ先生を見て笑顔を見せた。
「もしかして貴方…銀行強盗の時に一緒に人質になった外国人の女性じゃないですか⁉」
「え?」
「実は私、あの時貴方の斜め後ろにいて…貴方の目や口にガムテープを貼ったのは私の妻だったんです。」
そう言ってマスクをずらした男に怪訝な顔をするジョディさん。
確かに、向こうからすれば外国人女性ということで記憶にも残りやすいだろうが、ジョディ先生からすればそういうわけにもいかない。
「って言っても、覚えていませんかね? げほ、ごほ…」
「え、ええ…。でもなんとなくは…」
「じゃあ、隣に座ってた火傷の男性は彼氏さんですか?」
「べ、別にそういうわけじゃないですけど…なんなんですか、急に?」
確かにどうしてそんなことを聞いてくるのか。
もう少し突っ込んで聞いてくるかもしれない、そう思って少し強気に出たジョディ先生だったが、予想に反して男は「なんだ、違うんですか。」と踵を返した。
「いや、数日前に彼を見かけたものでね。それで…」
「え⁉ ど、どこで⁉ どこで彼を見かけたの⁉」
ジョディさんが男の腕を掴むと、男は驚いたように振り返った。
「ええっ⁉ ど、どうしたんですか急に⁉」
「いいから、彼をどこで見つけたのかーー」
「きゃー!! スリよー! スリ…わっ」
どさっと大きな音を立ててこちらに走ってきた女性がしりもちをつく。
ジョディ先生にぶつかってしまったためだ。
「おばさん、大丈夫!?」
「え、ええ…」
物音を聞いて気づいたのだろう、先ほどまでおみくじを引いていた子供たちも戻ってきた。
共にいた黒凪さんも。
『強盗って、誰かに腕でも掴まれたんですか? 警察に連絡します?』
「あ、いいえ…いいのよ。ちゃんと逃げてきたから…」
ジョディさんに手を貸してもらって立ち上がった女性がぱたぱたと上着についた砂埃を払う。
そんな女性に先ほど火傷の男を見たといっていた男性が笑顔を見せて言った。
「確かにこういうところはスリが多いですからね。」
「そうなんですよ、本当にもう困っちゃう…、あっ⁉」
女性が男の顔を見て目を見開いた。
そんな女性に男がきょとんとする中、女性はそそくさと人ごみに紛れて行ってしまう。
もちろん「それじゃあ私はこれで…」と平然を保ちつつこちらから離れていったわけだが、挙動不審だった。
なんだ? あの人…。
「――で、やっぱり思い出せない? どこで火傷の男を見たか…」
そうなんども問いかけてくるFBI捜査官、ジョディ・スターリングに向かって小首をかしげて見せる。
「うーん…昨日風邪で寝込んでたもので、そのせいか記憶が…。」
「そう…。」
ちらりと人ごみの中に紛れているヒロへと目を向ける。
もちろんヒロも自分と同じようにベルモットに変装を施してもらっているから、今は全くの別人の姿だが。
「…缶コーヒーが売っているような自販機の傍だとかではない?」
「缶コーヒー? 好きだったんですか? その彼…」
「ええ…、よく飲んでいたわ…。」
あの日…黒凪を沖矢昴の元へと返した日から、俺とスコッチは徹底的に彼女を、神崎遥をマークしていた。
黒凪がベルツリー急行の爆発を生き延びていた以上…赤井秀一が生きている可能性を改めて俺とヒロが認めたためだ。
必ず奴を見つけ出し、捕らえる。その為に今日…コナン君が黒凪と話をしたいと、この神社へ呼び出したことを受けて変装をしてまでやってきた。
そして思わぬ収穫としてFBI捜査官、ジョディ・スターリングがコナン君と話しているのを見つけて今に至るということだ。
「彼が私たちの前からいなくなる前にも、いつものように缶コーヒーを飲んでいたの…。疲れていたせいか、何か悪いことが起こる予兆だったのか…缶コーヒーを床に落として…。」
「(缶コーヒーを床に落とした?)」
ちらりとヒロへと目を向ける。ヒロも神妙な顔でジョディ・スターリングの一言一句を聞いているらしい。
ちなみに先ほどこちらの腕を掴んだ際にヒロにも俺たちの会話が聞こえるように彼女の服の袖に盗聴器を隠しておいたのだ。
「(缶コーヒー、か。)」
確かに奴は組織にいた頃も毎日のように珈琲を飲んでいたな…。
任務先でもわざわざ缶コーヒーを買うためにコンビニに寄ったりしていたし、ある種中毒のようなものだったのではないだろうか。
よく黒凪にどやされていた。珈琲だけじゃなく他の飲み物も飲め、と。
結局そんな忠告なんてことごとく無視していたが。
「あ、参拝の順番が来たよ!」
「遥さん、行きましょう!」
『あ、うん…!』
視線の端で子供たちに手を引かれて賽銭箱へと向かっていく神崎遥の姿をとらえる。
慣れない様子で参拝する様を見て、思わず笑みがこぼれた。
思えば、黒凪の組織での境遇を考えればこんな風に参拝にさえも来れなかったのかもしれない。
「おりゃー!」
「だ、ダメですよ元太君そんなに乱暴に鈴を鳴らしたら!」
「でもよう、こういうのは景気よくやれって父ちゃんが…」
「――その通り。その鈴は私たちが参拝に来たことを神様に教えるためのものだから、大きな音を鳴らすのがいいのよ。」
『あ、そうなんですか…! ありがとうございます!』
ああ、変な知識を植え付けられてる…。
そんな風に思いつつも何も言えず、思い切り鈴を鳴らす子供たちを見つめる黒凪の背中を見守る。
するとぴっと目の前に名刺を差し出され、意識を現実に戻した。
「とりあえず、何か思い出したらここに連絡をくれる?」
「あ、はい…」
名刺を受け取り、とりあえず適当なことを言って人ごみに紛れる。
そしてこちらに近付いてきたヒロと合流した。