隙ありっ
□隙ありっ
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ジョディの追憶とお花見の罠
「…缶コーヒーを落としたっていうの、気にならないか? ゼロ。」
「ああ。単純に奴が疲れていただけかもしれないが…毎日缶コーヒーを持ち歩いてるような奴がそうそう落とすか?」
「ああ。同感。」
なんて話しつつも盗聴器からの音を聞き逃さないようにと耳元に手を添えているヒロ。
「ベルモットは?」
「さあ、もう帰ったんじゃないか? 彼女は俺たちと違って赤井秀一にはそれほど興味はないみたいだし。」
「だろうな。以前赤井に変装させるように頼んだ時も呆れてたし。」
「――あー!! いたー!」
突然聞こえた子供の大声に肩が跳ねた。
「おじさん、お財布盗まれてない⁉」
「え…ぼ、僕かい?」
「うん! スリの常習犯だっていう女の人がね、殺されちゃったの! で、その人が盗んでた財布を確認してたらおじさんの免許証が出てきたの!」
「(あ…確かに本物を眠らせた時、財布がないなとは思ってたけど…)」
スリに遭ってたのか…。しかもその犯人が殺されたって…。
表情には出さずとも、俺がげんなりとしたのが分かったのだろう、ヒロが俺の肩を叩く。
「そういやお前、財布ないって言ってたなァ。桐平 (とうへい)。」
「あ、あぁ…ちょっと行ってくるよ…」
「こっちこっち!」
ずんずんと人ごみの中を進んでいく歩美ちゃんの後をついていき、人ごみを抜ければ、まあ頭を血に染めたご遺体と、俺の他に集められた容疑者2人。それから集まった警察官たちとコナン君がいた。
全く、面倒なことに巻き込まれたものだ…。
「なんでこんな殺害現場に呼び出されたの、あたしたち⁉」
「わしは何もしとりませんぞ…、」
「…皆さんをここに呼んだ理由をお伝えする前に、まず荷物の中にマジックで黒く塗られた5円玉があるか確認していただけますか?」
「黒い5円玉ぁ?」
それなら、本物からいくつか荷物を拝借した際に一応持ってきておいた。
なるほどそうか、大方殺されたあの女が最近ニュースにもなっていた “スリの黒兵衛” …。
スリの黒兵衛は盗んだ財布の代わりに黒く塗られた5円玉を3枚入れていくという。
自分のために必死に金を作ってくれてゴクローサン、なんて意味だと言われていたが…本当だったのか。
「はい、どうぞ…。」
「おお、わしも見つけたぞ。」
「あたしも…」
俺を含めたもう2人も5円玉を差し出し、事件を担当している警部が目を白黒させた。
ふむ、5円玉を持っていない人間が犯人だと目星をつけていたのか? 持ってきておいて正解だった…。
「で? なんなのよこの5円玉は?」
「それはスリの黒兵衛と呼ばれているスリの常習犯の置き土産のようなもので…」
「ええっ⁉ スリ⁉ じゃああたし、財布をスリに盗られてたの⁉」
「あぁ、対して財布に入ってなかったらからのぉ、気付いとったが騒ぎにはせんかったんじゃ。そのスリ、捕まったのか?」
そんな容疑者のうちの1人が問いかけると、苦い顔をして警察官2人が振り返った。
「ええまあ、死体になってね…。」
「ええー⁉」
「我々はあなた方の中に犯人がいると睨んでいるんですがね…」
「そ、そんな…我々は被害者ですぞ?」
とりあえず、荷物の中を徹底的に調べさせてください。
そう強く言った警察官にしぶしぶと荷物を見せる。
まあ、荷物を拝借した時に不審なものがないかは一応確認してあったし、見られて困るものは何もない。
「荷物を確認している間に、簡単な自己紹介もよろしいですかな?」
「は、はい…。私は 段野 頼子 (だんの よりこ) です。今日はただ花見に来ただけで、あたし殺人なんてしてません…!」
「わしは 坂巻 重守 (さかまき しげもり) じゃ。今日はおみくじだけ買って帰ろうと思ってたんじゃがのう…。スリに財布を盗られたぐらいで、殺そうとは思わんよ。」
「私は 弁崎 桐平 (べんざき とうへい) です。私も、誓って殺人は犯していません…!」
だよな? 殺害なんてしてないよな? 弁崎 桐平さん…。
と、適当な桜の木の下で眠っているであろう弁崎さんへと思いをはせる。
「…何ぃ⁉ 凶器が見つからんだと⁉」
「え、ええ…目撃者が言っていたような細い棒のようなものはどこにも…」
凶器も見つかっていないのか…これは時間がかかるぞ…。
「こうなれば、他に共犯者がいる可能性も出てくるな…。」
「となると、何千人もいる花見客1人1人の持ち物を確認しないと…」
「――いや、その必要はないじゃろう。」
突然そう警察官たちの会話を遮った阿笠さんに目を向ける。
彼とはまだ会ったことはないが…コナン君たちが懇意にしている初老の男性だということはヒロから聞いている。
沖矢昴とも親しくしているから、注意している人物のうちの1人だ。
「今も犯人は凶器の一部を持っておる…。調べれは一瞬じゃ。」
「きょ、凶器の一部を持っている⁉」
「どういうことですか阿笠さん!」
彼の足元を見れば、やはりコナン君の姿が。
なるほど、彼もコナン君の入れ知恵を受けて事件の真相を知ったくちか…。
「5円玉じゃよ…。穴に紐や針金を通せば鈍器にもなり、賽銭箱に凶器に使った5円玉を投げ入れてしまえば、証拠隠滅にもなる。」
「で、でも、そんな大量の5円玉を賽銭箱に入れたら流石に音でばれるんじゃ…」
「じゃから犯人は子供たちに言ったんじゃ。鈴を強く鳴らして、神様に自分たちの存在をアピールするように、とな。」
「…え、それって…!」
「じゃあ犯人は…!」
阿笠さんの言葉を受けて、子供たちがまずピンと来たらしい。
確かに、この中で賽銭箱で子供たちの声をかけた人物なんて犯人か子供たちしか知りえない。
「そう。すり取らせた財布に仕組んだGPS発信機で居場所を把握し、大量の5円玉を棒状に束ねた凶器でスリの犯人である矢谷 郁代 (やたに いくよ) さんを撲殺した犯人はあなたじゃよ…段野 頼子さん。」
「なっ…証拠は⁉ 証拠はあるの⁉」
「あんたの靴ひもじゃよ。」
段野 頼子の顔色が変わる。
足元を見れば、彼女の右足の靴ひもがかすかに黒く汚れていた。
「大方、その靴ひもで5円玉を束ねておったんじゃろう。時間がたって黒い汚れに見えるが、恐らくそれは矢谷さんの血液じゃ。もちろん罪を認めるのは血液反応を確認してからでもいいが…」
「…っ、」
「では署までご同行願いましょうか…段野さん。」
そうして犯人が捕まり、連行されていった。
コナン君がいてくれたおかげか、随分と早く事件は解決したが…このころにはもう日も落ち始めていて、夕方になっていた。
「じゃあわしももう帰りますぞ。」
「ああはい。長い間拘束してしまってすみませんでした。」
「じゃあ私も…」
「はい、また後日スリの件もあって連絡差しあげるかと思いますが…。」
そんな風に適当な会話を交わして離れようとしたとき、コナン君がこちらに向かってきた。
「ねえおじさん、もしかしておじさんって目が悪いの?」
「ええ? ど、どうしてだい?」
「だって今朝、被害者の矢谷さんとジョディ先生がぶつかった時、おじさんびっくりしてなかったから。」
「びっくり?」
だって、矢谷さんはきっとおじさんと会ったのは2回目だったはずだよ? 財布も盗まれてたし。
だから矢谷さん、おじさんを見た時に驚いて逃げて行っちゃったんだと思う。
そんなコナン君の言葉に内心で舌を巻く。やはりこの子、鋭い…。
「そ、そうなんだよ。おじさん目が悪くてね…」
「そんなに目が悪かったら、花見の意味ねーじゃんかよ!」
「い、いや…今日はお守りを買いに来ていてね。」
「なんのお守りー?」
ああもう、さっさとここから離脱したいのにこの子たちといったら…。
「きゃっ」
「わァ⁉ す、すみません、人を探してて…って、あー! 桐平! やーっと見つけた!」
そう大げさに言いながらヒロが近づいてくる。
ジョディ・スターリングにぶつかったところを見ても、しっかり盗聴器も回収したらしくその手際の良さには感心させられる。
「とうへい、っておじさんのことですか?」
「そうそう! 今日は臨月になった桐平の奥さんのためにおまもりを買いに来たいって言うからついてきてやったのに、事件に巻き込まれてこんな時間まで離ればなれになっちまって…!」
「なるほどそうだったんですか…!」
「奥さん、無事に出産できるといいねっ!」
あ、ああ…ありがとう。
そんな風に言ってヒロとその場を離れ、車へと向かう。
「結局遥さんはおみくじどうだったの?」
『私? 私はね〜、哀ちゃんと同じ大吉♪』
会話を交わす黒凪と、よくコナン君と一緒にいる灰原という少女が話す様をちらりと視線の端で確認する。
きっと彼女は…実の妹であるシェリーとあんな風に何気ない理由で神社に行ったりしたかったことだろう。
…心が痛む。彼女は今もまだ組織にとらわれたまま。偽りの人物として暮らし、今もきっと組織の陰を恐れている。
「(もう少しだけ…もう少しだけ時間をくれ、黒凪。)」
俺はもう決めたんだ。何があっても君を護り、助けてみせると。
何があっても。何を…誰を頼ることになっても。
「――感謝してくれよ? ちゃんと盗聴器も回収しておいたんだからさ。」
「…ああ、ありがとうヒロ。助かったよ。」
車に乗り込んでドアを閉め、車を発進させる。
そして徐に変装を解き、はがした皮を後部座席に放り込んだ。
「あのままコナン君の追撃に遭ってたら、流石のお前でもぼろを出しかねなかったしな。」
「全くだよ…彼は本当に鋭くて困る。」
でも、リスクを冒した分良い情報が入った。
そう呟くように言えば、ああ。と頷いてヒロも変装を解いて俺と同じように皮を後部座席へ。
「一歩前進だな。ゼロ。」
「あぁ…このまま一気に追い込むぞ…ヒロ。」
ジョディ・スターリング
(彼女がFBIにシュウと一緒に来た日のことを今でも鮮明に思い出せる。)
(大量のFBI捜査官に包囲されて、拳銃も向けられている中でのあの動き…)
(シュウが彼女を信頼する理由も嫌でも分かってしまって。)
(正直私は、悔しかった。)
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