隙ありっ

□隙ありっ
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  漆黒の追跡者


 ―――ガシャン、金属音がコンクリートの道に響き渡る。
 振り返ったジンは一度舌を打つと数歩戻り、地面に手を伸ばした。
 拾い上げたそれ…先ほどまで胸元に入れていた拳銃をじっと見る彼に「どうかしやしたか?」とまた声が響く。
 ジンは胸元にそれを仕舞い、踵を翻した。



「…まだ持ってたの?」

「あ?」

「ベレッタ。…それ、宮野黒凪の為に調達されたものでしょう?」



 ジンがこちらに目を向け、その苛立ちを隠すこともなく舌を打ちこちらを睨んだ。
 それ以上は言うな、殺すぞ。ということなのは分かっている。
 それでもまたポケットにそのベレッタを戻したジンに思わず口元が吊り上がった。



「あの方から聞いたの。あの方が彼女のコードネームを決めた時に記念としてその拳銃を贈ることを決めたって。」



 貴方があの方のGOサインを受けても自分の判断でコードネームと拳銃を与えることを先延ばしにしていて…結局日の目を見ることはなかったけれど。
 そんな私の言葉には何も返すつもりはないらしいジンがポルシェへと向かい、地下の駐車場へと足を踏み入れれば…そのポルシェの傍に立つ人影が1つ。



「あら、今回手違いで盗まれてしまったノックリスト…その回収役に選ばれたのは貴方だったのねぇ。アイリッシュ。」

「なんでも、自分から願い出たとか?」



 私に続いてウォッカもそう問いかければ、彼…アイリッシュがジンを睨んで言った。



「あぁ。バーボンとスコッチまで呼び寄せて…やっとシェリーと黒凪を殺すことに成功したらしいお前らに任せるのは忍びなかったんでな。」

「フン、いい心がけだなァ。アイリッシュ。」



 アイリッシュの嫌味にも顔色を変えず飄々と応えたジンを見て、アイリッシュが嫌な顔を見せる。



「チッ。…で? 作戦は。」

「我々の組織のメンバーが殺されて、これで事件は4件目。事件が起きた東京都、神奈川県、静岡県、そして長野県の県警が総出で犯人を追っているこの状況で我々が動けば…メモリーカードを回収する以前に存在を気付かれかねない…。」



 だから今回は私がアイリッシュ…貴方を警視正の松本 清長(まつもと きよなが) へと変装させるから、警察内部で犯人を追い…タイミングを見てメモリーカードを回収する。
 説明を聞いたアイリッシュは少しだけ沈黙を落として言った。



「了解…。」

「じゃあ、早速標的を拉致しに行きましょうか。」

「…いいか、今回はお前とベルモットに任せるが…ヘマをすれば…」

「分かってるよ。…ピスコみたいに俺も殺すんだろ? ジン…」



 ジンが煙草を加えたまま笑みを浮かべる。
 分かってるじゃねえか。そのジンの言葉にアイリッシュが露骨に苛立ちを見せたのが分かった。





























 ――彼がピスコに対して思うように組織の誰かを親の様に慕うことは出来ないけれど、彼との関係はなんていうか…兄みたいだな。なんて。
 そんな馬鹿な事を考えていたことも、あった。



『――!』

「…、」



 鳴り響く自分の携帯の着信音に飛び起きる。
 そして隣を見れば、不機嫌な顔をして秀一も身体を起こした。



「…朝からお前に電話なんて…誰だ?」

『……非通知。電話番号を教えてあるのはレイ君たちだけだから、きっと彼らよ。』



 通話ボタンを押して左側に携帯を構える。
 秀一にも会話が聞こえるように。



≪急に連絡してすまない…宮野さん。諸伏だけど。≫

『ああ、諸伏君…。どうしたの? 大丈夫?』

≪うん、俺たちは大丈夫。…ただ組織に動きがあったから、伝えておいた方が良いと思って。≫

『組織に動き?』



 ああ。最近日本国内で起きている連続殺人事件のニュースは見た?
 そんな問いに寝室にあるテレビをつけると、早速その話題が上がっていた。
 確かに最近東京都、神奈川県、静岡県、そして長野県の4都道府県での連続殺人事件が話題になっているらしい。



≪なんの因果か、この4人の被害者のうちの1人が組織のメンバーだったらしくてね…≫

『あら…』

≪さらに困ったことに、彼が持っていた組織に関するノックリストのメモリーカードを何も知らない殺人犯が持って行ってしまったらしく…≫

『なるほど…その犯人が警察に捕まり万が一にもそのメモリーカードが見つかれば…』



 ああ。組織の存在が日本警察にばれてしまう。
 それを阻止するために組織が新しい幹部を日本に、しかもこの連続殺人事件の捜査本部がある東京に呼び寄せた。



≪――アイリッシュ。君のボクシングの師匠だよ。≫



 諸伏君の言葉になんと返せばいいかわからなくて、思わず沈黙してしまった。
 …そう…、アイリッシュが…。



≪とにかく気をつけて。組織内では君は亡くなったことになっているけど…≫

『ええ。万が一にでも遭遇すれば、あの人なら絶対に私に気付く。』



 下手をすればジンと同じぐらいかそれ以上に長い付き合いだもの。
 それに私のことを熟知している。
 そう諸伏君に話す私の隣で秀一が深くため息を吐いた。面倒なことになったと呆れているのだろう。



『連絡してくれてありがとう、諸伏君。貴方も気を付けて。』

≪うん、ありがとう。何かあればいつでも連絡して。≫



 そうして通話を切り、秀一へと目を向ける。



「…面倒なことになったな。よりにもよってアイリッシュか…。」

『あら、貴方彼と会ったことあった?』

「何度か任務をともにしたことがある程度だがな。」

『まあ…メモリーカードの回収だけなら彼らも派手に動くことはないでしょう。とりあえず様子を見ておくだけにしておく?』

「あぁ」



 軽くあくびを交えて頷いた秀一がベットから下りて洗面所へと向かっていく。
 その背中を見送って1人目を伏せる。
 アイリッシュ…。貴方とは正直、争いたくはないんだけれど…。

































 ――場は変わって、警視庁本部。



「…あ、佐藤さん。そろそろお呼びしていた毛利さんがいらっしゃる時間じゃないですか?」

「え? あ…ホントだ。探しに行きましょうか。」



 高木君の言葉に時計を確認して、会議室の扉を開いて廊下に出る。
 と、



「特別に連れてきてやったんだから、おとなしくしとくんだぞ。蘭、コナン。」

「うん。」

「はーい!」


「(あ、いたいた…) すみません毛利さん、こんなに朝早くから…。おはようございます。」



 今まさに高木君と話していた毛利さんたちにそう挨拶をすれば、一緒にここまで来たらしい蘭ちゃんとコナン君もこちらを見上げて挨拶してくれた。



「広域連続殺人だそうだな?」

「はい。一昨日小田原市で起きた殺人事件の現場で麻雀パイが発見されたんですが、同様の麻雀パイが残された殺人事件が他に東京、神奈川、静岡、長野の各県で合計5件起こっていたことが分かって…。」

「…とにかく詳しいことは会議で。中に入りましょう。」

「ん、あぁ。」



 毛利さんを連れて会議室に戻れば、今朝ここに来た時も思ったが…今回はかなりの大所帯での捜査になる。
 ここにいるだけでも警部が何人いることか…。



「――ああ!? 毛利さん! お久しぶりです〜!」

「おぉ…。相変わらずデケェ声だなあ。横溝…」

「横溝 参悟です! こっちは弟の重悟。」

「知ってるよ…、何度も会ってる。双子だけど別々の県警なんだなあ?」

「はい! ワタクシ参悟は静岡県警で、重悟が神奈川県警です!」



 懐かしいなあ…。お二人とも以前何度か捜査でご一緒したことがあったはず。
 確か高木君はまだ捜査一課じゃなかった時だから、タイミング的には…そうだ。宮野さんと一緒に。



「(最近なんだか宮野さんのことを良く思い出すわね…。伊達さんの結婚式があったからかしら。伊達さん、確か宮野さんと同期だったらしいし。)」

「それから彼女が、埼玉県警の荻野警部です!」

「荻野 彩実 (おぎの あやみ) です。埼玉では事件は起こっておりませんが、東京の事件の被害者が埼玉在住だったため、一応会議に呼ばれたんです。」

「ああ、なるほど…。それにしても埼玉県警にこんな美人な警部がいらっしゃったとは…!」

「ちなみに、毛利さんはどうしてここに⁉」



 ああ、それは…。と言いよどんだ毛利さんに代わって説明すべく口を開く。



「今回毛利さんには、松本管理官の要望で特別顧問として来ていただいたんです。」

「フン…探偵に助けを求めるたぁ、情けねえ話だ。」

「――同感だな。」



 こちらの会話に割って入るようにした声に振り返れば、束ねられた長髪、左目に傷…。
 この見た目から、この人も数回会っただけだけどちゃんと覚えている。たしか長野県警の…



「あ、あんたらは…長野県警の大和 勘助 (やまと かんすけ) 警部。それに群馬県警のへっぽこ刑事!」



 そうそう、大和勘助警部…。前にご一緒した時は確か、諸伏 高明 (もろふし たかあき) 警部もいらっしゃったわよね…。



「ちょ、へっぽこ刑事なんてやめてくださいよー! ボクは山村 ミサオですよう! そ・れ・に…警部に昇進もしちゃってまーす!」

「はぁっ⁉ お前がぁ⁉」

「そうなんですよう〜!」

「へ、へえ…群馬県警の警部にねえ…。」



 呆れたように言った毛利さん。
 彼の反応を見ても、この山村って警部…あまり信頼できなさそう。言動を見てもなんだから軽いし…。
 そう考えながら山村警部を見ていると、徐に大和警部と視線が交わった。



「…ん? あんたどっかで…」

「え…あ、ああ。捜査一課の佐藤です。以前長野県警との合同捜査で一度お会いしています。確か…4年ほど前…。」

「…あぁ、思い出したぜ。確か宮野っていう警部補と来てたよな?」

「あ…はい。」



 ああ、宮野な。俺も覚えてる。
 そう言ったのは神奈川県警の横溝重悟警部。



「無口な警部補だったな、確か…。捜査の腕はピカイチだったが。」

「…ああ! ミス・パーフェクト!」

「え…そのあだ名、そちらにまで?」

「いやあ、隣の県なもので東京にも何人か知り合いがいまして…そちらから。」



 横溝参悟警部の言葉に「ミス・パーフェクト? けっ…」と呆れたように言った大和警部。
 ま、まあ確かにこのあだ名はすごい大層だとは思うけど…。



「で? そのミス・パーフェクト殿は今回は不参加か?」

「それが彼女は3年ほど前に退職していて…」

「何? あの宮野が?」

「おぉ、そうだったのか。…で、その代わりがソイツね…。」



 大和警部と横溝重悟警部が高木君へと目を向ける。
 その視線を受けてきょろきょろと周りを見渡し、自分を指さして小首を傾げる高木君。



「――その宮野という警部補は、退職してもなお話題に上るほどに優秀だったのかね?」



 低く響く声に振り返れば、左目に大きな傷を持つ松本管理官が立っていた。



「ま、松本管理官…」

「それほどまでに優秀だったなら、惜しい人材を逃したな。」

「ま、まあ宮野警部補は本当に突然退職したもので、私もどうにかして引き留めようとしましたがそれも叶わず…。」



 松本管理官の言葉に応えたのは目暮警部。
 確かに3年前、私含め宮野さんの直属の上司は目黒警部だったし、まだ記憶に新しいんでしょうね…。



「とにかく、会議を始めるから皆席に着くように。」

「あ、はいっ」



 目暮警部の言葉に全員が席に着き、ついに会議が始まった。


 
 
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