隙ありっ
□隙ありっ
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漆黒の追跡者
≪――ベルモット。事件の概要を送っておく。≫
「了解…。」
ワインを片手にアイリッシュから送られてきた事件の内容に目を通す。
「(凶器はどれも大型のナイフ。右手で上から大きく振り下ろされて殺害されており――)」
犯人は毎回被害者をスタンガンで眠らせ、特定の場所に移動させてから殺害、遺棄している。
すべての殺害現場の遺体の傍には赤い丸印と裏にはアルファベットと中央に伸びる縦線が特徴的な麻雀パイが置かれており、被害者からはそれぞれ1つずつ持ち物が持ち去られている。
その持ち物のうちの1つが、我々が探し求めているメモリーカード…。
それから第6の被害者によるダイイングメッセージ、「たなばた、きょう」。
「(毛利小五郎が特別顧問として会議に参加していたはずだし、シルバーブレットもきっと概要は把握しているはず…。)」
正体がアイリッシュに気づかれなければいいけれど。
「ん?」
携帯が着信を知らせる。
携帯を開き、その着信がアイリッシュからだと確認して通話を繋げた。
≪ベルモット、米花町のショッピングモール…”Beika”に向かえ。≫
「Beika?」
≪あぁ。被疑者の可能性がある男がそちらに向かう…名前は深瀬 稔 (ふかせ みのる)。写真もすぐに送る。≫
「――了解。」
今日はずっと連続殺人事件について考えていたような気がする。
そんな風に考えながら1人帰路につく。
「(2日学校を休んで事件を調べたけど、全く何もわからないまま…。)」
それにあの会議の後、警視庁の外で見かけたジンのポルシェに…山村警部が聞いた組織のボスのメールアドレスの音。
この事件には確実に組織も関わっている…だからこそ、誰よりも早くこの事件を解決したいのに。
「――!」
ププッと前を走る車が軽くクラクションを鳴らし、歩いていた人をかき分けてショッピングモールBeikaの地下駐車場へと入っていく複数の黒い車。
中に乗っているのはのきなみ以前の会議に参加していた警察官たちばかり。
「(このショッピングモールで何か起こるのか…?)」
踵を返し、中に入ってモール全体が見える位置で周辺を確認する。
「(――いた。あれは長野県警の上原 由衣 (うえはら ゆい) 刑事…。)」
ほかの警察官たちも次々と彼女に合流し、こちらと同じように周辺を警戒しつつ…エレベータの傍で入口をじっと見つめている女性へと目を向けた。
なるほど、あの女性を狙って彼ら警察はここにきたらしい。今確保に向かわないところをみると、彼女が待つ誰かが標的か?
何かあった時のために、周辺を見ておくことに――。ん?
「…え゛」
待て、あれは――!
『昴、本当にそれだけでいいの? 冬服。』
「ああ。」
黒凪さんに、赤井さん⁉
なんでここに…!
「稔 (みのる)ー!」
「っ! (来た…、あれが被疑者か! って、黒凪さんと赤井さんかなり距離が近い…被疑者の前に立ってる…!)」
『――? (メール? …秀一から?)』
携帯を開き、その「ここを離れた方がいいかもしれない」という内容に目の前に立つ沖矢昴の姿の秀一を見上げる。
「…感じないか? 殺気のようなものを。我々の周辺を睨む…彼らから。」
『え…、!』
あれは目黒警部に…佐藤さん。それに長野県警の大和警部?
「彼らに見覚えは?」
『…警察官よ。でもどうしてここに長野県警の警部がいるのか…』
長野県警、か。
そう呟いた秀一がちらりと背後に目を向ける。
「大方、あの連続殺人の被疑者がこのエスカレータに乗っているんだろう。関わらないに越したことはない…このまま何食わぬ顔をして離れよう。」
『ええ、そうね。』
そうして6階に到着し、エスカレータから離れようとしたその瞬間…。
「稔…!」
「おおっと、すみません。」
ずっとこの男を待っていたのだろう、耐えきれないようにこちらに走ってきた女性の肩が秀一とぶつかった。
その衝撃に少しふらついた女性を受け止めたのが、彼女に稔と呼ばれている被疑者と思われる男で。
「おい…気をつけろよ。」
「すみません、ぼうっとしていまして。」
「ぼうっとしてただぁ⁉ んな言い訳じゃなくて俺の彼女に謝れよ!」
「――警部、一般人が被疑者に絡まれています。」
「やむを得ん、確保するんだ!」
警察官たちが徐々にこちらに向かってくる。
ああもう、私たちが逃げるよりも前にこの男を確保するつもりだ…!
『昴、もう行こう…!』
「ん、あぁ…」
「逃がさねえぞこの…っ」
男が拳を握り、秀一を睨む。
本当にこの人、短気…! 肩がぶつかったぐらいでこんなに絡む⁉
と、その背後にものすごい勢いで迫る警察官が1人。
早く来て、彼を捕まえて…。そう願った時だった。
「うわぁっ⁉」
「――ん?」
あろうことかその警察官が足を滑らせ、転倒。
拍子に被疑者に見せる予定であった警察手帳がその手を離れ、被疑者の足元へ――ぽとり。
「警察⁉」
被疑者が顔を青ざめ、半ば反射的にポケットに手を突っ込み…ナイフを手に取った。
その背後に今しがた私たちが下りたエレベータで上ってくる1人の女性。
その女性を見た時…私は反射的に走り出していた。
「遥⁉」
『(警察官がいる場で一般人に怪我をさせたらまずいっ)』
「きゃあっ⁉ なんですか貴方⁉」
女性を背後に隠し、ナイフを持ってこちらに飛び掛かってきた男を睨む。
『(とりあえずこの男をノックダウンさせる――!)』
「やめて! 一般人にはっ――」
「ぐあっ!」
「手…を…?」
男を締め上げ、その手からナイフを落とす。
佐藤さんの声がしりすぼみになる中、いち早くこちらに近付いてきた大和警部が床に落ちたナイフを端に蹴り飛ばした。
「(あれ…? この光景、前もどこかで…?)」
「佐藤さん! 手錠、手錠を!」
「あ、え、ええ…!」
「い、痛ぇ! 手荒にしないでくれ、右肩を痛めてるんだ…っ、まじで! ホントに!」
佐藤さんが後ろ手に手錠をかける間にもそう苦しそうに叫びながら悶える被疑者。
その様子を見ながら立ち上がると、背後で秀一が私に背を向けて立ったのが分かった。
『え…昴?』
「み、稔を放して…!」
「遥、離れて。」
背後を振り返れば、先ほど大和警部が蹴り飛ばしたナイフを持って男の恋人と思われる女性がこちらを睨みつけている。
ナイフを両手に持つ彼女の手は震えていて、その表情から精神的にかなり危うい。
多分今なら人も刺せてしまうだろう。
「放してって、言ってるでしょ…!」
「あ、危ない――!」
『昴っ! け、』
ケガだけはさせちゃダメよ⁉
そんな私の声が響いたときには、女性の手首を掴み、もう片方の手で彼女を拘束していた昴。
やはり流石はFBI、重火器相手じゃない場合の落ち着きようがすごいわ…。
「放してえっ!!」
「早くナイフを。」
『あ、う、うん…』
ナイフをぐりぐりと動かして彼女の手から引き抜き、傍に立っていた大和警部へ。
今度こそ手渡ししたんだから、奪われないでくれよという意味を込めて。
「だ、大丈夫でしたか⁉」
『あ、え、ええ…。すみませんお仕事の邪魔をしてしまって…』
声をかけてきてくれたのは佐藤さん。
さっきまでなぜかぼうっとしていたようだけど、ようやく意識をこちらに戻してくれたらしい。
『私達はすぐに退散しますのでっ! ホントごめんなさいっ!』
そして傍に立っていた大和警部とその傍に立つ女性警察官に大きく頭を下げて…顔を付き合わせて、互いに固まった。
「え、あれ…?」
『えっ?』
「お、おぉ…! ソックリですね…!」
呆然とする私と女性警察官を見比べて、先ほどすっころんで警察手帳を放り投げてしまった警察官が言う。
そう。その警察官が言う通り…目の前に立つ黒髪をお団子に束ねた女性警察官は、神崎遥にそれはもう瓜二つだった。
『(やだ、架空の人物として作ってもらった顔なのにこんなにそっくりに似るなんて…⁉)』
「そ、そんなにそっくり…?」
「あ、あぁ。さっき被疑者を確保する様を見て、お前かと思ったぐらいだ…」
そんな風に女性警察官と会話をする大和警部。
だからナイフを渡したときもその前も何故だか無言だったのね、大和警部…!
「と、とりあえずあの、今回のことで後日お話伺うことになると思いますので…良ければ私の名刺を…」
『あ、は、はい! ありがとうございます!』
名刺を確認すると、どうやら彼女は長野県警の上原由衣刑事というらしい。
『それじゃああの、私たちは帰りますのでっ!』
「あ、はい! お気をつけて…!」
何度も上原刑事に頭を下げながら秀一を引きずってその場を離れる。
そして周辺を見渡して、徐に秀一を見上げた。
『――そういえばさっき私が助けた女の人、どこに行ったのかしら?』
「…ふむ、確かに。」
『とにかく、これ以上警察官と関わらないように家に…』
「遥さん! 昴さん!」
聞こえた声に振り返る。そこには息を切らせたコナン君が立っていて、
「ちょっと…いい…⁉」
と息も絶え絶えにいうものだから、私たちは驚きつつも彼を連れて駐車場まで向かい、共に車に乗り込んだ。