隙ありっ

□隙ありっ
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  漆黒の追跡者


『…落ち着いた? コナン君。』

「う、うん…ありがと…」



 先ほど買い与えたペットボトルの水を飲んでコナン君がどっと疲れた様子で言う。
 その隣に座る黒凪をバックミラー越しに見ながら、首都高速を車で走っていた。



『で…どうしたの? あんなに慌てて。』

「そ、それが…黒凪さんがあの被疑者の人から守った女性、ベルモットだったんだ。」



 息を飲んだ黒凪の気配を察知しつつ、俺の口から出たのは「やはりか」という一言で、コナン君が「え」とこちらへ目を向けた。



「悪いな…君が関わっているとは知らず、情報は流していなかったんだが…」

「赤井さんたちも知ってたんだね…アイリッシュのこと。」

「…コードネームまで把握しているとは、恐れ入るよ。」

「いや…知ったのはついさっき。ベルモットを問い詰めたら教えてくれたんだ。」



 組織の人間がこの連続殺人事件の被害者のうちの1人で…犯人が組織の情報が入ったメモリーカードを持ち去ってしまった。
 それを回収するためにアイリッシュが警察内部の人間になりすまして、犯人を追っている。



『え…警察内部の人間に?』

「あ、それは初耳だった…?」

『ええ。…そう…。』



 腕を組んで黙り込んだ黒凪に不安げな顔をするコナン君をミラー越しに見て高速を降り…車を路肩に止めた。



「…アイリッシュは大柄な白人の男だ。」

「赤井さん…会ったことあるの⁉」

「ああ、数回だけだがな…。」



 ボクシングを得意とし、殺し方に指定がなければ絞殺、撲殺と主に武器を使わないやり方を好んでいる。
 俺も一応ジークンドーをかじっているが…直接的には戦いたくない相手だ。



『……。』

「…黒凪。」

『!』



 顔を上げた黒凪とミラー越しに視線が交わると、彼女の目が微かに泳いだ。



『…ごめんなさい、コナン君。ぼうっとしていて。』

「う、ううん…大丈夫?」

『大丈夫よ。…ただね、アイリッシュは私の…』

「黒凪さんの…?」



 言いよどむ彼女に目を伏せる。
 組織に潜入してから黒凪について調べていて判明した、組織内で最も彼女が時間を共にしていた人物がアイリッシュだった。
 単純にボクシングの師弟関係があることもそうだが、それ以上にこの2人は…。



『私の、ボクシングの師匠で。組織でもジンと同じかそれ以上に一緒にいることが多くて…。頭も切れるから、正直鉢合わせると怖くて。』

「黒凪さん…」

『でも大丈夫。調べるつもりなんでしょう? アイリッシュが誰に化けているか…。』

「うん。奴らが狙っているメモリーカードを手に入れれば、奴らを壊滅させられる手段を手に入れられるかもしれないし。」



 でも安心して!
 灰原…、志保さんとは外では会わないようにする。
 万が一にでも、黒凪さんと志保さんが生きているってばれないようにするから。
 そう笑顔を浮かべて言ったコナン君に黒凪が静かに口をつぐんだのが見えた。



『分かったわ。…でも約束してくれる?』

「え…」

『絶対に私たちを頼ること。1人では無茶をしないこと。…いい?』

「…うん。」



 そうして車を降りて帰路に着いたコナン君を見送り、助手席に移った黒凪に目を向ける。



「…心配か? 彼が。」

『まあ、ね。…何もなければいいんだけれど。』

































 なんて、言っている場合でもなくなったらしい。
 コナン君との通話を終え、携帯を閉じて珈琲を仰ぐ秀一の元へ。



『…コナン君が小学校で触った粘土の一部と、工藤新一君の姿で触った帝丹高校の部品の一部が無くなったそうよ。』

「ほう。指紋を採取されたか…。アイリッシュだな。」

『ええ…十中八九彼ね。』



 隣に座り、以前コナン君から送られてきた事件の概要のまとめを開く。



「…今日は七夕か。」

『ええ。この被害者のダイイングメッセージを見る限り、今日何かが起こるような気がする。』

「ちなみにボウヤは今どこに?」

『ダイイングメッセージの言葉から、京都で起こった火事を調べて…被害者の因果関係を解き明かしたそうよ。今はその詳細を調べて動き回っているそうで…葬儀場で待ち合わせを。』



 秀一と暫く事件の概要を見つめ、ノートパソコンを閉じて立ち上がる。



『事件の内容、頭に入った?』

「あぁ。葬儀場に急ごうか。」



 車に乗り込み、秀一の運転でコナン君に指定された集合場所へと急ぐ中…携帯がメールの受信を知らせた。



『…あ、コナン君から続報よ。』

「ほう」



 まず本事件の始まりは京都で起こった火事。
 被害者は7名全員火事が起こったホテルの6階に泊っており、また火事の生還者だった。
 対して6階に泊っていて、火事で死亡したのは本上 なな子さんただ1人。
 この情報から、事件はこの本上さんの復讐の線が有効。



『本上さんの恋人の名前は水谷 浩介 (みずたに こうすけ) さんで、現在行方不明。』

「…。」



 麻雀パイの裏側にある縦線はエレベータのドアを示し、赤い丸印は被害者がエレベータ内で乗っていた場所。
 裏側の縦線で区切られたアルファベットに関してはまだ調査中。それから…



『本上さんのお兄様によると、水谷さんがあともう1人標的がいる旨を吐露していたそうよ。』

「もう1人、か。エレベータの乗車可能人数は?」

『…7人。』

「なら標的は全員殺害したはずだ。あと1人の意味が分からんな。」



 そんな風に呟きつつも秀一が車を止め、コナン君がスケボー片手に車の後部座席に乗り込んだ。



「ありがとう、迎えに来てくれて…」

「問題ないさ。今日は七夕だからな…時間がないことは重々承知の上だ。」

『身体もこんなに冷えてる…上着貸してあげるから、着ていて。』

「ありがとう…」



 私の上着ですっぽりと身体を包み、コナン君が一息つく。
 そしてすぐに彼は窓から見える外の景色へと目を移した。



「赤井さん…、あと1人って誰だと思う…?」

「そうだな…俺は正直、それよりも犯人の几帳面さが気になっていてな。」

「几帳面さ?」

「ああ。犯人は被害者を気絶させてからわざわざ移動させて殺害し死体を遺棄している。こういうパターンのシリアルキラーには強いこだわりがあるときがほとんどだ。」



 仮に犯人を水谷 浩介と仮定して…彼の趣味や仕事は当たったか?



「う、ううん…聞いてみるよ。水谷さんと本上さんについて詳しい、2人の隣人の電話番号をひかえておいたから。」

≪――あ、もしもし?≫



 しばしコナン君が会話を交わし、一度はっとしたような顔をして通話を切った。



「…2人の趣味は天体観測、だって。」

「なるほど。答えは出たらしいな?」

「うん…ピンズの1と7は北斗七星と北極星の形を、アルファベットはそれぞれの星に振られたギリシャ文字の大文字…。」

『待って、今パソコンで照合するわ。残りのギリシャ文字は?』



 B、メラク…。
 呟いた秀一に「分かった」と返答を返して実際の死体遺棄の場所と北斗七星、北極星を重ね合わせる。



『あった。メラクは…港区の芝公園。』

「分かった。」



 秀一がシフトレバーを掴み、強引に進路変更をしてスピードを上げる。



『場所は芝公園で良いのかしら? 公園は開けているし、死体を運んだりしたら…』

「いや…恐らく芝公園周辺の空に最も近い場所…」

「うん。芝公園の近くに東都タワーがあったはずだよ。しかもたなばたフェアをしている。」

「ああ。きっとそこだろう。」



 なんて調子よく会話を交わす2人に肩をすくめ、窓の外へ目を向ける。
 今も脳裏に浮かんでいるのは、アイリッシュの顔。



『…秀一、トランクにライフルは?』

「あるが?」

『いくつ?』

「1つだ」



 そう…。と目を伏せれば、秀一がちらりと私に目を向ける。



「なんだ、何を考えてる?」

『…貴方、もしものためにいつでも狙撃できる場所に待機はできない?』

「アイリッシュを狙撃するためか?」

『ええ。もしも私が彼に勝てず…確保することが難しいようならね。』



 私の言葉にはっとしてコナン君が助手席に身を乗り出した。



「ダメだよ黒凪さん! 万が一アイリッシュに正体がばれたら、黒凪さんが生きてることが…」

『それはあなたも同じでしょう、コナン君。』

「!」

『あなたも組織に存在をばれたくないはず。…そうでしょう?』



 思わず口を閉ざしたコナン君に笑顔を向ければ、コナン君がかすかに目を見開いた。



『私たちは同じ穴の貉。大丈夫…きっとどうにかする。…どうにかできなければ死ぬ。それだけよ。』

「でも…灰原が…」

『あなたがいなくなれば、結局死んだも同然。』

「!」



 あなたが居なければ…私も志保も今も生きていられたかわからない。
 あなたは私たちに必要なの。分かって。
 そうコナン君の目を見つめて伝えれば、彼は口を閉ざして、小さく頷いた。


 
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